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† 迷宮へ (2) †


 暗黒神を祭る神殿という話だし、外観や島自体も暗い印象だったから、松明が手放せない探索になるかと思いきや――突入した遺跡の中は、意外にも明るかった。
 古くてところどころ朽ちてもいるけど、元は立派な城のようだったんじゃないかと想像できる凝った造り、かなりの広さ。
 しかも侵入者を阻む為か、それとも信者の中にも階級があって奥まで入れる人間を限定していたのか、なにも知らなければ “行き止まり” に思える場所が度々ある。
 普通だったら、仕掛けを解くのにかなりの時間を費やす羽目になったろうけど、
「確か、ここをこう……」
 うろ覚えらしいけど、ラプソーンに操られていた時の記憶を頼りにゲルダさんが解除してくれたおかげで、無駄足を踏むことなく先へ進めた。
 入り組んだ回廊の先に設置された幾つものレバー、それに反応して一部が上下左右へと組み変わる通路。道順は複雑極まりなく、なんの知識も無しにここへ来ていたら、剣士像の洞窟以上に行き詰っていたと思う。
「おまえ、昔からこういうの得意だったもんなあ」
 さっきからヤンガスは感心してばかりだ。
 船旅の最中にローディさんたちも言ってたけど、彼女たちは普段から世界各地の洞窟や、こういった遺跡を巡っては骨董品や貴金属を探し当てているから、迷宮探索は慣れっこらしい。
「ここが怪しいって取っ掛かりさえありゃあ、たいしたこと無いよ。あの時の記憶は、どんどん薄れてってるけど――インパクト強かったことなら、まだ辛うじて思い出せてるから」
 今現在役立っている、とはいえ忌まわしい記憶には違いないだろう。苦笑いを浮かべたゲルダさんが、ボタンを押すと、眼前の巨像が回転しながらベギラマに似た熱閃を放ち始めた。無機質な音がガンガンと大広間に響き渡る。
「……ゲルダさんが完全に忘れちゃう前に、例の “霧” を吹っ飛ばせて良かったわよね。急いだ甲斐があったわ」
「ああ。ノーヒントじゃ、うろうろしてる間にモンスターに襲われ続けて疲弊して、今頃とっくに撤退してただろうな」
 目の前の現象に気圧されたようなゼシカと、ククールの会話が聞こえてきて。
「ここを調べてる隙に、敵が杖の方を狙わないって保障は無いし――ギャリングさんが護衛に付いてくれたのは、ありがたいけど」
「いくら腕っ節が強くても、あの晩、魔女相手に押され気味だった訳だからな。長くは防ぎ切れないだろう……俺たちが戻るまで、あっちは何事も起きなきゃいいんだが」
 事前に皆と話し合って、これが最善だと一度は納得したはずなのに、また気持ちが焦る。
 黒尽くめの敵が、ここに潜んでいる確証は無い。
 遭遇すれば、まず間違いなく戦闘になって――手負いの魔女だけならまだしも、ツォンと呼ばれていた男も傍にいたら、どうなるか分からない。
 だからと言ってモタモタしていたら敵に時間を与えるだけだし、またどこかで七賢者の子孫が命を狙われるかもしれない。姫様と陛下を地上に残していくのも危険に変わりはないし、不安要素だらけだ。
(いや、でも……少なくとも、この遺跡を一緒に探索するよりは安全だったよな)
 遺跡にはミイラや幽霊といった、元は暗黒神の信者だった人たちの成れの果てなんだろうか? と思われるモンスターが多かった。
 その中でも神官らしき服装の亡霊は危険度合いが飛び抜けていて、ベギラゴンやザオリクといった高位呪文を連発してくる。あの魔女たちほどじゃないけど、かなりの強敵だった。
 それが遭遇率は高くないとはいえ、複数徘徊しているんだから、とんでもない場所だ。

 ゲルダさんの記憶によれば、ラプソーンは白黒の世界から複数の人物を “召喚” して、遺跡を彷徨っていた元信者の魂を憑依させたそうだ。
 魔力が足りないとか何とかで、その時点で動けるようになったのはツォンとベギルの二人だったらしいけど、放置していれば黒尽くめの仲間がさらに増えてしまうかもしれない――これ以上、脅威が増す前に食い止めないと。
「……開いたね。もうすぐ最深部だよ」
 壁画の鳥が焼き尽くされて、現れる隠し通路。
「この先に墓場みたいな、蝋燭だらけの部屋があった。連中が潜んでるとしたら、たぶんそこだ」
 道の向こうについて語るゲルダさんは、緊張しているみたいだった。
 階段を下りる前にと、皆それぞれ武器の刃毀れをチェックしたり、魔力を回復させたりと戦闘準備を整える。
 そうして警戒しつつ進んだ道の先――開いた扉の向こうには、ゲルダさんが語ったとおりの情景が広がっていた。

×××××


 だいぶ迷宮を奥へと進んで――イノシシみたいに突っ走ってるけど、方向は合ってるのかと疑問に思っていたら。何のことはない、ユッケは地図を手にしていた。
 フォーグ一行も持っているはずだという。
 まあ、後継者を決める儀式に使う場所なら、隅々まで調べつくしてあってもおかしくないし、地図のひとつやふたつ作り置いてあるんだろう。
 ついでに、もう一方の手には、さっき出くわした僧侶の首根っこを掴んでいる。本来フォーグ一行の護衛だが、魔物と戦っているうちに逸れたとかで一人ぽつねんと洞窟内に突っ立っていたのだ。
「そ、その、フォーグ様の護衛としては、お嬢様の手助けは致しかねるのですが……」
「べつに、いいわよ。こっちはこっちでやるから、あんたはあんたで魔物と戦って。出くわす魔物が分散してくれるだけでも楽だし、はぐれちゃって一人なのを置いてく訳にもいかないし――だいたい、それくらい融通利かせなさいよ。ただでさえジャンケンに負けて、こいつが護衛なのに、夕飯に眠り薬を仕込むなんて卑怯な手を使ったお兄ちゃんのせいで大幅に出遅れてるんだから!」
「す、すいません」

 とにかく、そのおかげで最短コースを突き進んでいたら、悲鳴が聞こえて。
「!? あれって……!」
 止める間もなく脇道に逸れたユッケを追ってみれば、魔物の群れに襲われている女がいた。
 風貌からして魔法使いのようだが、攻撃する様子は無くて逃げ惑うばかりだ。
「ちょっとチャゴス! ヤバイ、手伝って!」
 こっちの返事も待たずに突っ込んで行って敵に回し蹴りを食らわせ、女との間に割って入ると、
「魔力切れなの?」
「は、はい……」
「これ持って下がって! あんたは彼女の怪我を治療してて!」
 相手に松明を押し付けながら早口でまくしたて、バッと身構える。
 指示を受けた髭面の僧侶は、慌てて同僚らしい魔法使いに駆け寄った。
 巨大なトカゲ、ドラゴンバゲージ。さらにはハエ男のベルザブルが複数。ユッケの蹴りに怯んでいたのは一瞬で、いきりたった様子で三人を包囲している。
 どっちも触りたくないけど、もうこの迷宮に潜った時点でトカゲ臭いしと、半ば諦めに似た気持ちで加勢する。
 幸い、そこまで手こずらずに一掃することは出来たけど――
「んぎゃっ!? ナニコレ、臭いっ!!」
 一帯に悪臭が漂い、真っ先に鼻をつまんだユッケが叫ぶ。
 ベギラマをぶつけて倒したベルザブルと一緒に、なにか茶色いベチャッとしたものが落ちてきたと思ったら、それは巨大な糞だった。
 サイズ的にも戦闘中にベルザブルが出したとは考えにくいから、なにか大型獣の糞を持ち運んでいたんだろう。
「チャゴス! 焼いて焼いて! 炭になっちゃえば、だいぶマシなはずよ!」
 当たり前のような顔して、酷いことを言うユッケ。
「……」
 済まなさそうに、こっちを見るフォーグの護衛たち。
「……」
 そりゃあ魔力を切らしてちゃ、どんな魔法も使えないよな。僧侶じゃ使えてもバギ系がせいぜい。ユッケは脳筋だしな。今まで火炎系の使い手で、こんなモンを焼かされたヤツいたのかなあ――
(もう嫌だ、なんで王子のぼくが、こんな目に……?)
 いや、まだ直接かぶったり踏んだりしなかっただけマシか――もうギャリング一家と関わらなくて済むようになるまで、物事を深く考えるのは止した方が良い気がする。
 言われたとおり、ベギラマを放つ。
 着弾した炎が燃え上がり、悪臭が焦げ臭い匂いに代わって、ほどなく消える。
 魔法を使うようになって、まだ日が浅いぼくだけど、たぶん人生で一番しょうもない物を始末したんじゃないかと思う……早く忘れ去りたい。
 ギャリングの屋敷に戻ったら風呂だ。絶対、なにがなんでも風呂に入らせてもらうぞ!

「あ、ありがとうございました……」

 僧侶の手でベホイミをかけられた女は、ホッと溜息をついた。青白かった顔にも多少血の気が戻っている。
「しっかし、お兄ちゃんも薄情だねー。はぐれたのは不可抗力としても、魔力が尽きちゃった魔法使いを一人で置いてくとか鬼じゃん?」
 さっきぶっ飛ばしたドラゴンバゲージを片足で踏んづけたまま、呆れ顔で道の先を睨むユッケ。
「勝負の最中ですし、お役に立つどころか足手纏いの状態になってしまいましたもの。仕方ないですわ」
 女が肩を竦めると、ワインレッドの髪がサラリと揺れる。佇まいだけ見たら、こっちの方が良家の令嬢みたいだ……実際は逆だけど。
「それに少し、おかしいんです。現れるモンスターは戦ったことがあるものばかりなんですけど、その遭遇頻度と、凶暴さが――普段なら、聖水を撒いておけば向こうからは寄って来ない魔物まで、獲物に飢えているように襲ってきて」
「なかなか先に進めなかったものな」
 髭を弄りながら、相槌を打つ僧侶も疲れた様子だ。
 そうなのか?
 ここまでユッケに引き摺られるように走ってきたし、その普段とやらを知らないから何とも言えないけど、フォーグが通過した後だから多少はモンスターも減っていたのか。
「ふーん? じゃあ、もしかしてお兄ちゃん、まだそんなに遠くまで行ってない?」
「私を置いて進まれたのが、おそらく30分ほど前のことでしたから……」
「ホントに!? よーし、急ぐのよチャゴス! 早く追いついてお兄ちゃんをぶん殴るぞー!!」
 ぱあっと顔を輝かせたユッケは、えいえいおーと一人で拳を突き上げると、再びスタスタ先陣切って走り出した。
「もしかしなくても――本来の目的、忘れてないか? あいつ」
 呆れ混じりに呟くと、
「……良くも悪くも根に持たないのが、ユッケお嬢様の良いところでして」
「それじゃダメだろ。少なくとも、カジノオーナーとしては」
「そうなんですよねえ……」
 苦笑いした僧侶と魔法使いが代わる代わる、頷いて寄越した。フォーグを勝たせようとした使用人どもは間違ってない気がする。うん。

 仕方なしにユッケの後を追いかけて行くと、ほどなく――今度は通路の壁に凭れ掛かって座り込んでいる、長髪の戦士がいた。
 利き手を負傷し、回復役もおらず、この場に置いて行かれたんだそうだ。
「面目ない……もし、魔物に襲われているフォーグ様を見かけたら、ひとまず勝負のことは忘れ、どうか助けてやってくれ」
 よほど切羽詰っているらしく、ぼく相手にそんなことを言うけど。
「ふーん、どうかしらねぇー。あんな卑怯な手を使うくらいだし、また罠に嵌める気なんじゃないの?」
 半眼になって笑いながら、ユッケが口を挟む。血が繋がってないことを抜きにしても正反対な兄妹だと思ってたけど、今の物言いはよく似ていた。無意識に影響を受けているのか、それとも真似してみせたのか。
「まぁ、仮にホントだったとしても、護衛を置いて一人で先走ったんだから、危ない目に遭っても自業自得よ」
 それは確かに。
「それで? お兄ちゃんが先に進んだのって、どれくらい前のこと?」
「ついさっき……と言うには時間が経ったか。10分ほど前になるかと思います」
「うわ、けっこう追いつけて来てる! 家を出た時は完全にダメかと思ったのに――」
 高揚した様子で声を弾ませたユッケが、こっちを振り返ってまくしたてる。
「三人揃ってれば、まあ大丈夫でしょ? 時間が惜しいから先に行かせてもらうよっ! 勝負がついたら迎えに来てあげるから」
 手負いの戦士を僧侶に任せ、踵を返そうとして思い出したように、
「あ、チャゴス。彼女に魔法の聖水、ひとつ分けたげといてー!」
 魔法使いには、魔力回復薬をくれてやると言い。ぼくが指示通り薬を渡している間に、遠ざかる軽快な足音。顔を上げてみれば、もう姿が見えなくなっていた。
「早く! 早く追いかけてください!!」
 焦り顔の戦士どもが、口々に急き立てて来る。
 護衛を置いて一人で先走ってるのって、むしろユッケの方なんじゃ……? あー、ホントに疲れる。



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思いつきで組み合わせたチャゴス&ユッケですが、非常に楽しい。二人とも殺しても死ななさそうな図太さを感じるので、ギャグ展開を挟みやすい。それにしても 『○○のフン』 系のアイテムは、袋に入れて持ち歩いてる状態をリアルに想像すると、とっても嫌だ。