■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

TOP


■ 終わらない明日へ


 それぞれが日常に戻るまでの道程は――前大戦時よりも、遥かに険しかった。

 オーブとプラントが戦闘を休止したからといって、絶対数で勝る地球連合軍が、黙って引き下がりはしなかったし。
 濡れ衣を濡れ衣と立証するには決定打が足りぬまま、プラント議会は最終的に 『一連の騒動の首謀者は、メサイアに潜伏していた』 という結論を出したけれど。
 『要塞壊滅により、被疑者死亡』 『真犯人が誰であったか、複数か単独犯かも特定不能』 という曖昧な “公式発表” に、すぐさま世間が納得してくれる筈もなく……アスランやラクス、フラガなど、込み入った事情を抱える面々が放免されるには、ミリアリアたちよりもずっと長い月日が必要だった。
 中には必要に迫られて、逆に自発的に、オーブへ帰らずプラントに留まることを選ぶ者もいた。

 そうしてすったもんだの末、各国間に停戦協定が結び直された後もなお、ナチュラルとコーディネイター間の遺恨は根深く――武装勢力による混乱やクーデター、事故も絶えず、トップニュースの見出しを日々塗り替えている。
 ここ数日は、世界情勢も落ち着いているようだけれど……手元の記事は、すべて昨日までのデータを元に書かれたものであって、今のことは分からない。
 明日、どんな報せが舞い込んでくるかも。


 ――スカンジナビア王国の、地方都市。
 食後のコーヒーを飲み終えたミリアリアは、最後にもう一度、経済欄に目を通す。
【 “ゆりかご基金” 設立 】
 戦災孤児の保護を目的とした団体について書かれた文章に、併記された発案・出資者の名を指先でたどり。また取材したい相手が増えたなと考えながら、新聞をラックに戻してカフェを発ち、ひとり歩いていた海沿いの道で、

「ミリアリア?」

 呼び止められて振り返った先――反対車線の路肩には、黒いオープンカーと、サングラスをかけた人影。
 どこかで、似たような情景を見た気もするけれど。
「…………」
 いつのことだったか思い出すより早く、声の主が誰だか判ってしまって脱力する。
 運転席から軽く身を乗り出すようにして、こっちに向かってニヤリと笑う人物の、きらきら陽を照り返す金髪と浅黒い肌――遠い宇宙に暮らしている筈の男だが、他にそんな目立つ風貌の知り合い、居やしない。
 ぶろろろろ、と往来を行き交うエンジン音が途切れたタイミングで、つかつかと車道を横切り、胡散臭い風体のドライバーを眺め下ろす。
「あんた、なにしてんのよ? こんなところで」
 偶然バッタリとは考えにくいから、以前務めていたTV局でも訪ねて、だいたいの居場所に見当をつけて来たんだろうが……なんでまた地球に? 
 問われた当人は、シートに凭れたまま首をぐるりと回すと、すっとぼけた口調で応じた。
「んー、就職活動?」
「は?」
 思わず眉間に皺が寄る。
 しゅうしょくかつどう? 今、就職活動と言ったか? この男は。
「今さあ。イザークを国防委員長に推そうって話が持ち上がってんだよねぇ――まだ、お偉方の間で内々に言ってる段階だけど。遅かれ早かれ推薦されるだろうな」
 話の飛び具合に面食らうよりも、告げられたニュースに対する驚きの方が先に立つ。
「え、そうなんだ? すごいわね……ザフトの総司令官ってことでしょ?」
「そ。ウチの隊長、出世街道まっしぐら」
 20歳そこそこの若さで?
 実力主義の国だと知ってはいたが、それにしても大抜擢だ。
「それはまあ、めでたい限りなんだけど。次期国防委員長の相棒が俺みたいな前科持ちじゃあ、目障りだし、反対派がこぞって難癖つけたりもする訳よ」
「ま、真面目にザフトで働いてる人たちにしてみれば、一時的にとはいえ敵だった人間に指図されてたまるかって気分でしょうね」
 祖国へ戻ったラクスの護衛として、今はキラもプラントに居る。
 イザーク本人の経歴に傷が無くとも、三隻同盟の一員だったディアッカが側近の立場にあっては、要職に据えることを危ぶむ意見が出て当然だろう。
「俺が異動願い出したら出したでイザークが勘繰ってうるさそうだし、他の白服連中の補佐なら別に、俺じゃなくたって務まるだろうし? ザフトの閑職で一生終えるなんて趣味じゃないからさあ、推薦の話が本決まりになったら軍辞めて、地球各国ふらふら旅暮らしでもしてみるか――ってな訳で、助手ひとり雇わない?」
 そこにコンビニあるから寄ってかない? みたいなサラッとした口調で、やぶからぼうに言う。
「マルチに使えてお買い得よ?」
 そういう問題じゃないだろう。スーパーの特売品じゃあるまいし……これ見よがしに溜息をついて、ミリアリアは、ぷいと踵を返した。
「エイプリル・フールはまだ先だけど?」
「あ、ひっで。真面目に話してんのに」
「だったらフリーランスの仕事を舐めてるとしか思えないわね。まだまだ駆け出しよ、私は――生活だってギリギリ。人を雇う余裕なんてある訳ないでしょ」
 なにを言い出すかと思えば、助手? コダックのようなベテランならまだしも、ろくな稼ぎもキャリアも無いフリージャーナリストの?
 アークエンジェルを降りて、師匠の元からも離れ。
 自信喪失の時期や、預金残高と睨めっこする日々を経て、どうにかこうにか副業抜きでも生活出来るようになったばかりだというのに……なんの冗談だ。
「えー? 自分の食い扶持ぐらい自分で稼ぐって。掘り出しモノだと思うんだけどー。必要なら、まずは運転技能から披露してみせますけどー?」
 背中越しに追いかけてくる声は、掴みどころなく飄々としていた。
 元フェブラリウス市長の、しかも大病院の跡取り息子が、ザフトでだって望めばそれなりの地位に返り咲けたろうに、ほとんどの仕事には楽々就ける能力もあるだろうに、よりにもよって――馬鹿じゃなかろうか?
 本気で提案してるなら奇人変人の類だし、からかいに来ただけなら世界一の暇人だ。
 ……だけど。

 立ち止まって数秒黙考。
 じぃっと背後から感じる視線が、痛痒い。
 妙な敗北感と照れ臭さに苛まれながら、ミリアリアは、やや乱暴にオープンカーの助手席に乗り込んだ。
「言っとくけど、あんたは助手よ。助手!」
 たぶん傍からは逆に見られてしまうんだろうけれど。腕組みしたまま、横目で睨むように宣言する。
「一生、安月給でこき使うからね」
 するとディアッカは 「ぶはははっ!!」 と愉快そうに笑いだした。
「な、なによ?」
「いや別に?」
 そっぽを向いて首を振るも、わずかに見て取れる口元は可笑しげに緩んだまま……不気味だ。
 やっぱり無視して通り過ぎるべきだったかと後退るミリアリアに、ようやく笑いを引っ込めた男が、おどけた口調で訊ねる。
「それで? 今日は、どこの取材に行く途中だったんですかぁ?」
「首都よ。この国の王太子が近々結婚するって、知ってる? その取材」
「ああ。 “シンデレラはハーフ” って騒がれてる、アレ? 三流週刊誌に売るネタでも探してんの?」
「あんたは、ケンカ売りに来たの?」
「イエ、滅相もございません」
 ディアッカは 「冗談通じねえなあ」 とボヤキながら両手を挙げ、降参のポーズを取った。
「けどさあ。実際、王族の結婚式なんて、国の広報が発表する以外じゃあゴシップしか見かけない気がするけど――なにかキナ臭い噂でもあんの? スクープ狙って、張り込みでもする気?」
「あのねえ……そんな訳ないでしょ。ツテならあるわ」
 どこに滞在していても物騒なニュースが多い中で、久しぶりに明るい記事を書けそうだった。
「相手の女性、昔の同僚なのよ。TV局に勤めてた頃の――独占インタビューさせてくれるって、待ち合わせしてるの」
 王子様に見初められた美女だなんて、まさにシンデレラストーリー。
 そんな童話と違って、ロイヤルウェディングの先にこそ続いていく彼女たちの、身分違いの恋の結末はまだ誰にも分からない。きっと楽しいことよりも困難の方が、多く待ち受けているだろうけれど。
「世間って、意外と狭いわよねぇ……」
「ま、世界を股にかけてるジャーナリスト様にとっちゃ、そうなんじゃない?」
 たとえば、これといった取り得も無いナチュラルの自分が。初めは敵同士で、しかも、あんな最悪な出会い方をしたコーディネイターと――肩を並べてやっていけるなら。
 世の中、大抵のことはなんとかなるのかもしれない。


 間もなく信号が、青に変わり。
 二人を乗せたオープンカーは一気に加速して、澄んだ青空の下を走りだした。



END

読者様によっては不完全燃焼に思われるかもしれませんが、このラストシーンだけは、連載当初から不動のイメージとしてありました。FINAL PLUS ちっくに書きたい個別エンディング構想もいくつかありますが、連載SSクロニクルは、これを以って完結です。お付き合いありがとうございました。