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ミリアリア・ハウ。18歳。
先の大戦の折、浮沈艦アークエンジェルのCIC管制官として、MSパイロットたちを支え続けた少女。

終戦を見届けたのち、故郷オーブに戻った彼女は、フリーの報道カメラマンとして独立。己の夢に向かって、日々着実にキャリアを積み重ねていた――はずだったのだが。

なんの因果か今現在、地球ではなくプラントにいて。
活動的な取材用パンツルックではなく、ふりふりの借り物エプロン姿で、ハーネンフース邸のキッチンに立っていた。


      Special Lunch


事の起こりは、昨晩に遡る。
いつものように取材を終えて帰社したところ、所属しているTV局に、プラントから衛星通信が入ったのだ。画面に現れたのは同世代と思われる女性で、シホ・ハーネンフースと名乗った。なんでもジュール隊の一員で、ディアッカの同僚だという。

『ディアッカが摂食障害を起こしていて、やつれて今にも倒れそうなんです! 隊長が食事しろと怒っても、病院に行くよう促しても聞いてくれなくて――ですが、あなたが作ったものなら食べるというんです』
 さらさらストレートロングの髪が羨ましい美人さんは、しごく生真面目な調子で訴えた。
『いきなりこんなことをお願いするのは、ご迷惑だということは重々承知しています。ですが、もちろん旅費等はこちらがすべて負担しますので、何日かだけでもプラントに来て、彼に食事を作ってあげてくれませんか?』

…………はい?

あまりに突飛な “頼み事” に、ミリアリアは固まった。
しかし結局は、相手の熱心さと、冗談抜きに危険な状態らしいディアッカの体調を案ずるがゆえ了解してしまい――事の成り行きに興味津々の上司たちが一週間の休みをくれたため、迎えに来たシホ嬢に連れられて、シャトルでプラントまでひとっ飛び。ハーネンフース夫妻への挨拶もそこそこに、さっそく弁当を用意するため、早朝からキッチンに立っているのだった。

「あのー……これ、二種類しかないんですか?」
「………………すみません」

 問われたシホは、ふりふりエプロンの裾を握りしめ、真っ赤になって俯いた。
 今日の朝食には間に合わないため、ひとまず職場で食べるお弁当を届けてもらうことになった。そのためには、当然ランチボックスが必要なのだが――なぜかハーネンフース邸の食器棚には、お正月にしか見かけないような重箱と、特撮ヒーローの絵柄がプリントされたアルミ製弁当箱。その二種類しか置かれていなかったのである。

 あまりにシホが恐縮するので、突っ込んで理由を訊くのも気の毒な気がして。ミリアリアは、少し考えた末、子供用ランチボックスを借りることにした。デザインの是非はともかく、食欲がない人間にはちょうどよさそうなサイズ――なにより、体調不良を認めたくないからと、ミリアリアが作ったものなら食べるなんてテキトーな言い訳をして医者にもかからず、周りの人々に心配かけるようなヤツ、図体の大きな子供だ。幼稚園児のほうが、まだ聞き分けがいいことだろう。
 とにかく、なんであれ食べられないことを証明してやって、強制的にでも病院送りにしてやらないと……! 気合とともに、ミリアリアは包丁を握った。



時と場所は変わって。
ザフト基地内に停泊中の、戦艦ボルテール――今日もまた、壁時計の針が12時を回った。



「……ディアッカ、食事の時間だぞ」
「あー、そうだねぇ」
 ここ連日、変わらず繰り返されている不毛なやり取りに、イザークはげんなりと息をついた。生返事をするディアッカには、机から動く気配がまったくない。その場に居合わせた部下たちが、また例の口論が始まるのかという顔で、びくびくと身を縮こまらせる。
「…………」
 このままでは隊の士気に関わるし、やはりもう最終手段を使うしかなさそうだ。イザークがちらりと視線をやると、
「あの、ディアッカ。今日もお弁当を用意してあるのですが――」
 シホは心得た様子で頷いて、小さな包みを出してきた。しかしその声音は、なぜかいつになく歯切れが悪い。
「…………?」
 訝しむイザーク。そわそわと落ち着かず、廊下側の窓をしきりに見やるシホ。
 そしていつものごとく、ごまかすような苦笑を浮かべたディアッカだが、そこで初めて反応らしい反応を見せた。シホの手から包みを引ったくり、まじまじと紺の布にくるまれた物体を凝視する。
「なあ――これってもしかして、ミリアリアが?」
 質問形ではあるが、その口調はあきらかな確信を持って響いた。
「ええっ、どうして判るんですか!?」
 説明するより先に言い当てられて、驚くシホに向かってディアッカは大真面目に答えた。
「なんかミリィの匂いがした」
「犬か、貴様はッ!?」
 すかさず、イザークの突っ込みが飛ぶ。事の成り行きを遠巻きに眺める部下たちが、うんうんと頷くのが横目に見えた。

「いっただっきま〜す♪」

 しかし、もはや弁当しか眼中にないらしい。
 ランチボックスは、いつぞやシホが持ってきた特撮ヒーローアニメ仕様なのだが――目にするのが二度目だからか、まったく意に介する様子はなく。ディアッカは、脱力する周囲を他所に、嬉々としてフタを開けた。

 全員が注目する中、かぱりと判明した、その中身は。
 ………………弁当箱いっぱいの、白飯の中央に赤い梅干。たったそれだけ。

「シ、シホ? これは、いったい――」
「いえっ、あのですね!」
 いくらなんでも、これはあまりにわびしすぎる。イザークは、浮かれて別世界に飛んでしまった副官のぶんまで顔を引き攣らせた。シホはあたふたと事情を話し始めた。
「ミリアリアさんが仰るには、体調が悪いときの定番はお粥とリンゴらしいんですが……それではお弁当にならないということで、まずは白ご飯と梅干で落ち着きまして!」
 同情したり、おもしろがったり、羨みながら眺めるジュール隊員たちにかまわず、もりもりと白飯をかっ込み始めるディアッカ。これまでの食欲不振は演技では、と疑いたくなるほど豪快な食べっぷりである。
「あの、それ……美味いですか?」
 度胸ある新入りが、おずおずと声をかけると、

「これまで食ったメシの中で一番美味い!」

 堂々たる答えが返ってきた。ジュール隊員たちは “美味いもなにも、ただの白飯じゃん!” という、互いの心の叫びを確かに聞いたように思った。
「それで、おかずを作ろうとなさっていたんですけど。卵焼きは甘いのと塩辛いのと、醤油と焼き加減などをどうしたらいいかと悩まれていて、タコさんウインナーや唐揚げなどの油物は、胃に負担をかけてしまいそうだし、生野菜も消化が悪そうだからと却下されまして」
 シホの解説をBGMに、隊員たちが見守る中、
「出来上がるのをお待ちしているうちに、出勤の時間になってしまったので、ひとまずこれだけお預かりして――」
「ごっそさん♪」
 終始幸せそうな顔をして、ぺろりと弁当を平らげたディアッカは、ぱんと両手を合わせた。そうして、ひょいと立ち上がると、
「ですが、作り終わったらすぐに家の者が」
「シホ〜。おかわりないの? これじゃ足りない」
「えっ? えーと」
「てーか、ミリィどこ? プラントに来てたの? まだいんの? もしかして、もう帰っちゃったとか? な〜、イザーク。地球行くから、MS借りてっていい? このままじゃ俺、ミリィ不足で死んじゃうって!」
 あせるシホを問い質し、イザークに職権乱用を要求。ここ数日の憔悴ぶりからして「ンなわけあるかぁ!」 と一蹴することもできない主張を始めた。

「ジュール隊長。お取り込み中すみません、お客様です」
「あの〜。シホさん、いらっしゃいます?」

 そうこうしているところに、受付の女性兵士に連れられて、ひょっこり話題の人物が現れた。くりんとした瞳は海の色。外ハネの栗毛が特徴的な少女が、なにやら巨大な風呂敷包みを抱えている。

「ミリアリア!?」
 ディアッカは紫黒の眼を輝かせ、彼女に駆け寄っていった。それはまるで、飼い主の帰宅を待ちかねていた忠犬のごとく。
「……あんたねぇっ!」
 今にも抱きつきかねない勢いで纏わりついてきた相手を、持っていた風呂敷包みで押しのけたミリアリアは、真っ赤になって叫んだ。
「体調管理くらいちゃんとしなさいよね? さんざん人に心配かけといて、なんなのよ。おもいっきり元気そうじゃない!」
「なに、いきなり……まさか、それでイザークたちが?」
 ディアッカはきょとんと彼女を見つめ、呆れ顔の同僚たちに目をやると、バツが悪そうにぽりぽりと頭を掻いた。
「別にどこも悪くないって。ちょっと食欲なかっただけで」
「どこが! どこからどう見ても痩せすぎよ、あんた」
 さっきと矛盾することを言いながら。自分より頭ひとつぶん背の高い男を、やや背伸びして睨みつけたミリアリアは、持参した風呂敷包みをびしりと指す。
「それ、あげるから。ちゃんと食べなさい、いいわね?」
「あげる、って……」
 ディアッカは、いまいち状況が飲み込めないという顔で、布の結び目を解く。そこから出てきたのは、豪華七段重ねの重箱であった。

 かぱ、と開けられたフタの中身は、具だくさんのサンドイッチや、色とりどりのおにぎり、焼きソバ、卵焼きにソーセージ、ポテトサラダなどなど。凝ってはいないが、誰しも好きそうな定番メニューがぎっしり詰まっている。そのボリュームと豪勢さに、食堂かコンビニ弁当にしか縁のないジュール隊員たちから、やっかみと驚愕の息が漏れた。

「ちょっと……っていうか、だいぶその。作りすぎちゃったんだけど……体調悪いって聞いたから、いろんなもの少しづつ食べたほうがいいかな、って……おかずの種類増やしてたら、量まで増えちゃって」
 ミリアリアは、頬を朱に染めたままうつむいた。そんな彼女に、呆けた顔で見惚れているディアッカ。
「えーっと。だから、職場のひとたちみんなで食べて?」
 女の子の手作り弁当を食べられる! 俄かに色めき立つジュール隊。しかし夢は儚く打ち砕かれた。
「ダメ」
「へっ?」
「俺がぜんぶ食う」
 ディアッカは、うちひしがれる部下たちを一瞥すると、ふてくされたように言う。
「なんでミリィが作ってくれた弁当、こいつらにやんなきゃいけないの」
「なんで、って……そんなに一人で食べられるわけないじゃない!」
「食べるもん」
「無理だってば!」
 確かに、言い争いをしているはずの両者。そこからなんだか、お熱い桃色の空気が漂ってきた気がして、ジュール隊員たちはこぞって窓を開け、デッキに避難した。

「ディアッカ」

 声をかけるが、どうも痴話ゲンカに夢中で聞こえないようだ。腹立たしいが、今日ばかりは仕方ない。
「ここで話し込まれては、仕事のじゃまだ。他所でやれ」
 イザークは、怒鳴りたい衝動をぐっと堪え、副官の襟を掴んで執務室の外に放り出した。
「ミリアリアさん、彼をお願いしますね」
 テキパキと重箱を風呂敷に包み直したシホが、それごとミリアリアも廊下に送り出した。

「なに、早退していいの? さんきゅー、イザーク!」
「えええええっ! イザークさん、シホさんっ!?」

 幸せそうな男と、うろたえる少女をぱたんと閉め出して、扉には内鍵がかけられた。

「お願いしますって言われても……な、なに? どこ行く気よ、ディアッカ? さっさと食事すませて、仕事しなさいよ!」
「んー……どっか、自然公園みたいなとこ?」
「はぁ?」
「ひさしぶりなんだし? ミリアリアがいて、手作り弁当があって。こんだけ天気いいなら、デートの定番はピクニックだよなぁ?」
「なによデートって、どーいう理屈よ!? てゆーか、手! 放しなさいよっ」
「♪」
「いやーっ、人攫いぃーーーーーーー!!」

 騒がしいカップルの会話は、彼女の絶叫を残して遠ざかっていった。

「さて、俺たちも食事にするか」
「そうですね」

 ふーやれやれと顔を見合わせて、小さく微笑み、向かい合わせに座って弁当を広げるイザークとシホ。
 
 
 あっちにいてもこっちにいても、馬に蹴られて死んでしまう……。
 ジュール隊員たちは、そろって無言で執務室を後にした。
 


 ミリアリア効果ですっかり体調も回復、標準体重に戻ったディアッカが、いつまで彼女のお手製ランチにありつけたのかは、また別のお話。



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チャットネタから生まれた、『月に桜』 なちさんのSS続編 (?) で、マ広さん主催 『Fruit ★ party』 への寄稿作品です。短編らしい短編は、これが初挑戦でした。