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 アスランの元同僚は、超特急で走り去っていった。
「…………」
 取り残されたカガリは、むううと考える。
 ミリアリアに対してだけ、別人のように扱いが丁寧な男と、ディアッカに対してだけ、ひどく素っ気ない少女。よく分からない二人だ。
 でもまあ、弱みでもなんでも、さらけ出せる相手がいるのは嬉しいことだろう。
 私に、あいつらがいてくれたように。
(ん? そういえば……)
 艦長たちとの打ち合わせが済んだら、迎えに来てくれると言っていたアスランは、ずいぶん遅い――話が長引いているんだろうか? 
 どっちにしても、とうぶんディアッカが戻ってこないことは確かだな、と判断したカガリは、
「おにぎりー♪」
 食べ物を粗末にしないためにも、彼のぶんの差し入れは、ありがたく頂戴してやることにした。


「おい、ちょっと待てって!」
 所狭しと機材が散乱している通路の途中で、ようやくミリアリアに追いついた。
「……なによ」
 腕を掴まれた彼女は、振り向いてはくれたが、すこぶる機嫌が悪そうで。
「なにって……その」
 また俺は何か気に障ることでもやらかしたんだろうかと、困惑して口ごもるディアッカを、
「用が無いなら話しかけないで!」
 逆立った声音で怒鳴りつけ、つかつかと早足で歩き出す。睨みつけてきた瞳に、ここ数週間でようやく消えてくれたと思っていた拒絶の色を見つけ、ディアッカはいよいよ途方に暮れた。
「いや、だからさ――」
 話しかけるなと言われても、聞きたいことや知りたいことは山ほどあるのだ。しかし根掘り葉掘り追及できることでもないし、だから迂闊に口に出せないのであって、じゃあ俺はいったいどうすればいいんだよ?
 堂々巡りを続けるアタマが命令を出す前に、反射的に、彼女を追って踏み出した足がガツンとなにかに引っ掛かった。

「うおあっ!?」

 普段なら有り得ないことだった。そのへんに転がっている物に蹴つまずいて、転倒するなど。
 だが、そのときは受身すらままならない勢いでひっくり返り、背中と肘を強打した上から、どばどばとシンナー臭い液体をまともに浴びることになった。

「…………」

 半身を起こしつつ頭に手をやると、ぬるりとした黒い液体が滴り落ちてきた。ジャケットからジーンズまで、べったりと黒く濡れている――なにかの塗料らしい業務用サイズの缶が二つ、がらんごろんと派手な音とペンキを撒き散らしながら通路を転がり、壁にぶつかって止まった。
 しばらく呆然としていたディアッカは、状況を把握するなり飛び起きてわめいた。

「誰だよ、んな通り道にこんなモン置いた奴はぁ!?」

 整備士たちの誰かだろうが、こんな物置状態の通路に、答える者がいるはずもない。
 代わりに、その場に響いたのは、

「ぷっ……は、はは、あははははは……!」

 こちらを指差して笑い転げる、ミリアリアの声だった。
 一瞬、幻覚かと思い――あまりに間抜けな今の自分の格好を考えれば、それも当然かと自覚する。
「……おまえ、笑いすぎ」
 図らずも願ったものを見られたわけだが、まさか自分が笑われるハメになろうとは。むず痒い気分で文句を言うディアッカの態度が、ますますツボをくすぐったらしく、
「ご、めん……あ……あーははは……」
 彼女は謝りながらも、腹を抱えて身を震わせている。
 あーもうちくしょう、好きなだけ笑えよ。ディアッカは、どっかとその場に座り込んだ。洗濯しても取れねえだろうなー、などとジャケットの袖を見ながら考えていると、
「だいじょうぶ?」
 ミリアリアが、切らした息を整えながら近づいてきて、ちょっと身を屈めた。

「シャワー浴びてきた方がいいわ、ディアッカ。髪も服もぐしゃぐしゃよ」

 泥遊びしてきた子供状態の、元敵兵の顔にハンカチを宛がいながら。ごく当たり前のような自然さで、彼女は笑った。


×××××



 ……まったく、あのときのアイツときたら、オールバックの髪が中途半端に固まって垂れていて、全身真っ黒で、ぎゃんぎゃん吠えてる犬みたいで。笑ったら悪いと思いつつ、笑わずにいられなかった。
 だけど、私がハンカチを差し出したあと。
 彼も、ふっと笑ったのだ。
 ちょっと目を細めるだけ。なのにとても満ち足りた感じの、きれいな笑顔だった――思わず、見惚れてしまうくらいに。あんな柔らかい表情を見たのも、初めてだった。

『んじゃ、一緒に入る?』

 和んでいた空気は、彼の要らぬ一言が原因でぶち壊しになって。
『最ッ低!!』
 往復ビンタと罵声を投げつけてやった後のディアッカは、やっぱりタレ耳の犬みたいだったけれど。


「……リ……ア……おいってば!」

 ゆさゆさと肩を揺さぶられ、ミリアリアは、思い出の世界から帰還した。
「なんだよ、そんなに考え込むようなことか?」
 顔を上げると、パジャマ姿のカガリが、不思議そうにこっちを見つめていた。
「それで、どうなんだ? あいつが他の女の子と仲良くしてたら、やっぱりイヤだろ? 気にするだろ?」
「知りませんー」
 澄まして答えると、彼女は 「なんだよ、それ?」 と子供っぽく唇をとがらかせた。
 ミリアリアは、くすりと笑う。

 あいつを初めて意識したのは、たぶんあのときで――妬いた相手は、大好きな故郷のお姫様。
 でも、認めるのはちょっと悔しいから、カガリには教えてあげない。



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しかし、やっぱり1Pに収まらなかった……(汗) リクエストはディアカガなのに、結局ディアミリになっちゃってごめんなさい、ちぃちぃさん……。