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そうして再び月日は流れ――ユニウス条約締結記念の、パーティー会場。
Get along well together 〔後編〕
久しぶりに顔を合わせた元クルーたちは、それぞれ程度の差はあれど、マリューの姿を見るなり、安心したというように表情をほころばせていた。
(そんなに、ひどい状態だったのかしら? 私……)
と、いくら記憶を辿っても当時のことが思い出せないとあってはもう、相手の近況報告に耳を傾けつつ、笑ってごまかす他ない。
「それじゃ、艦長。パルの奴も心配してたんで、探してやってくださいね〜?」
「分かったわ、ありがとう」
片田舎の町で、まったく軍とは関わりのない職に就いたという、ジャッキー・トノムラが千鳥足で去っていくのを、手を振りつつ見送ったところで、
「おっ?」
「あら」
ホールを横切り、足早にどこかへ向かおうとしているバルトフェルドと目が合った。
ここ数ヶ月ですっかり馴染みとなった男の顔は、ライフワークのコーヒーを淹れているときよりも遥かに愉快そうだ。
「なにか、おもしろいものでもありました?」
「しーっ!」
尋ねたマリューを黙らせると、こっちだこっちと手招いて、庭園へ続いているテラスを指す。
まず視覚に飛び込んできたのは、鮮やかなオレンジと黒のコントラスト。
ふんわりしたミディドレスを纏う、栗毛の少女が――タキシード姿の少年に伴われ、外に出て行くところだった。
「ミリアリアさん……ディアッカ君?」
「告白タイムってやつかねぇ? うーん、いいね。若いってのは」
きょとんとするマリューの横で、少々おやじ臭い感想をもらすバルトフェルド。
「って、どこに行くつもりなんですか!」
「ん? 君は見ないつもりかね」
「え――」
のぞきなんて、誰が、そんな悪趣味な。
しかし自分は元艦長として、ようやく戻ってきた我が子のプラント訪問を渋る保護者たちから、未成年の少年少女を預かって来ている立場だ。
厳重に警備された、この会場内に危険が潜んでいるとは思えないが……万が一、なにか起こった場合はどうする?
悶々と考え込んだ末 「行きます」 という結論に至り、こそこそと二人して回りこんでいった建物の裏手には、ずらりと先客がいた。
心配顔の、サイとキラ。
居心地悪そうなアスランに加え、ディアッカの友人だという銀髪の少年までが不機嫌そうにそっぽを向いているのは、どうやらカガリに引きずられてきたようだ。
さらには真剣な面持ちで固唾を呑んでいる、ラクス・クライン。
自分たちの後からも、ぞろぞろと――マードックにチャンドラ、ノイマンまでが壁ぎりぎりの位置に隠れて、前方を窺っている。
(……まったく、そろいも揃って)
呆れつつもマリュー自身この場にいるのだから、とやかく言えた義理ではないのだが。
肝心な、ミリアリアたちの会話が聞き取れず、じっと目を凝らしていると――ディアッカになにか言われらしく、少女が赤くなってうつむく様子が見て取れた。
(脈あり、ってトコかしら?)
聴力の差だろう。コーディネイターの面々には内容までしっかり聞こえているようで、小声で激を飛ばす者に、ひそひそとツッコミを入れたりしている。
一方、見えない聞こえないと不満たらたら、押しあい圧しあい身を乗り出してくるナチュラル組の男たち。
「ばっ馬鹿! 押すなって――」
斜め前にいたバルトフェルドが、顔をひきつらせた次の瞬間には、
「うわああぁあああぁ、ちょっとーっ!?」
のぞきの共犯者十数名は、ぎゃーと口々に叫びながら折り重なって倒れ込んだ。
「ご、ごめんなさい! キラ君」
手前にいた少年を思いっきり押しつぶしてしまったマリューは、あわてて身を起こしつつ謝る。女にしては身長が高め、ということもあるが――自分はけっこう重いのだ。
「いやっ、その。だいじょうぶですから!」
倒れた拍子にぶつけたのか鼻の頭を赤くしたキラは、ぶんぶんと首を振った。
「…………」
人間ドミノ倒しのラインから逸れた位置に立っていた、ラクスは点目になって硬直している。その淡いブルーの瞳が、こちらを凝視しているように思われて、
「?」
つけていたネックレスが千切れでもしたのだろうかと、マリューは自分の胸元を確かめてみたが、別段なんともなかった。
「……羨ましいヤツめ」
人工芝に頭突きをかましたバルトフェルドは、なぜか、難を逃れたプラントの歌姫ではなくキラを一瞥してぼやいた。
「そ……こでっ! なにしてんだよ、おまえらァ!?」
そうこうしている間に、野次馬の存在に気づいたディアッカが猛然と、こっちに向かって突進してきた。
当事者のもう一方、ミリアリアはというと、途方に暮れたような顔で立ち尽くしている。
「やばっ」
アスランを下敷きにしていたカガリが跳ね起き、ラクスが連れていたペットロボットの “ハロ” までが騒ぎだし、サイ・アーガイルは 「勘弁してくれ」 というように頭を抱えた。
「まずい、逃げるぞ! ラミアス艦長っ」
「ええ?」
とっさに動けずにいるマリューの手首をつかんだバルトフェルドは、すたこらさっさと逃げ出した。
二兎を追うものは一兎も得ず。
ディアッカは全員を取り逃がし、なにやら絶叫しているようだったが、その声もすぐに遠ざかり聞こえなくなった。
――ハイヒールでの全力疾走は、少々きつい。
ここまで逃げれば追っては来ないだろうと、自分の手を引く男を呼び止めようとしたとき、
「うお!?」
がくんと、バルトフェルドの左足がつんのめった。
「だっ、だいじょうぶですか?」
そのまま横転しかけた男の背中を、マリューは、すんでのところで支える。
常に余裕しゃくしゃくと物事をこなしているように感じられる、彼の四肢は、左のみ義手義足なのだ。
「ああ、すまん。ありがとう」
やや決まり悪そうに礼を述べたバルトフェルドは、どっかり芝生に腰を下ろすと、
「いや、しかし傑作だったなぁ? エルスマンのあの顔は」
ぶっくっくと腹を抱えて爆笑する。
「ええ、まあ」
走り疲れたマリューもその場に座り、つられるように笑みをこぼした。
皮肉っぽい印象ばかりが強く残る、ディアッカ・エルスマンも――あんなふうに年相応に、うろたえたりするのか。
(……さっきの顔は、ちょっと可愛かったわね)
などと、面と向かって言えば憤慨されるだろうけれど。
なんにせよ、せっかくのムードもぶち壊し。
彼には悪いことをしたが――正直、ミリアリアは、話が中断してホッとしていたように思う。
どちらの意思を尊重するかと問われれば、迷うことなく元クルーの少女だ。
「彼が、我に返って戻ってくるまで、待っててくれるといいんですけどね。ミリアリアさん」
くすくす笑いながらマリューが言うと、
「なかなか薄情になりきれんところが、彼女の弱みだろうなぁ」
バルトフェルドは、満足げに隻眼を細めた。
「さて、会場に戻ろうか? 久しぶりに走って笑って、のども乾いただろう」
こくんと頷いて立ち上がったところで、マリューは、はたと動きを止める。
……笑っていたのか、自分は? たった今。
ムウを喪い、ナタルまで殺して――もう、生きている意味がないのだと。死んだも同然の人間だと思っていたのに。
まだ笑うことが出来て、身体は当たり前のように水分を必要として、足元には芝生の感触。
ひんやりと冷たい、夜の空気。
自分を取り巻くすべてが、すとんと心に落ちた。
バルトフェルドは、てれてれした歩調で前を歩いていく。
そういえば、どこをどう通ればパーティー会場に戻れるのか分からない。
ゆっくり、彼を追って歩きだすと、外灯があるわけでもないのに周りが明るいことに気づいた。
夜空を仰げば、どこか懐かしい色の月。
柔らく、足元を照らす光が……ひどく瞳に沁みた。
(ねえ、聴こえる? ムウ)
もう隣にはいない恋人に、マリューは胸の内で語りかける。
(まだ、一人では走れないけど。あなたが守ってくれたから――私は生きて、笑っているわ)
命ある限り、すべては未来へと運ばれてゆく。
戦火の中で出会った者と、再び、焼き払われた大地で巡り合う日の訪れを、まだ誰も知らない。
マリューと、バルトフェルド。それぞれ精神的、物理的に、支えが必要だったと思われます。この時期。恋愛やら友情より、互いの生き様に対する敬意――のようなものが、根底にあってほしい二人です。