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MSシミュレーション大会、決勝戦の翌週。
プラント本国、ザフト基地のそこかしこは未だ、きゃわきゃわ姦しい噂で持ち切りだった。
「あたしたち昨日、試合観ました〜って話しかけちゃった! 思ってたより、ずっと取っ付きやすい人だったよ」
「ねえ、意外とカッコイイじゃん? 一緒にいた隊長さんまで、すぐ傍で眺められてラッキー♪」
「そうそう。それにジュール隊の子たちが軒並み成績良かったの、エルスマンさんが指導したからなんだってね」
「おいおい待てよ、あいつはさ――」
「なによ、まだ過ぎたことに拘ってるの? やだやだ、器の小さい男ってー」
「……む」
すれ違う男女グループの会話内容は、おおかた似たり寄ったりで。
親の七光りではない実力を示した、ディアッカに対する誹謗中傷は、とりあえず暴力という部分ではピタリと止んでいた。
おそらくこのまま私刑の類は沈静化するだろうが、しかし――
知らず深々と嘆息した少女は、書類を詰めこんだ重量級の段ボールを抱え、ふらふらと歩いていった。
Jack-of-all-trades 〔後日談〕
「なんだってェ!?」
「何度も言わせるな! 既存の部隊はすべて解散、ザフト再編成となった」
確かに大会の主旨は、ヤキン・ドゥーエの戦禍により顕著になった、各隊の戦力格差を調整するためと聞いていたが。
「……配属される部下二人の指名権は?」
「貴様とシホを選んで終わった」
人目につきにくい休憩コーナーの自販機前で、むっつり答えるイザークへ、にじり寄るディアッカ。
「司令官クラスの新規メンバーは?」
「経験豊富な士官はことごとく、成績不振だった白服連中の元へ回された! ジュール隊に留まればまだ伸びるだろうと、新米の奴らは全員が残留決定! ついでに素行・適性に難ある問題児の根性を鍛えなおしてくれと、パイロットにオペレーターとメカニックもルーキーばかり30人余りが異動で配属されて来ることに決まったわ!」
「俺の休暇は」
「あるかそんなもの!!」
「なんっだそりゃあ、勘違いにも程があるぞ! おまえ、今のジュール隊にベテランを増やすふうに言ってたろ?」
「文面を読みもしなかったヤツに、なにが分かる! 貴様がきちんと目を通し指摘すれば判ったことだろうがッ」
「逆ギレかよ! つーか、誰だよこの回覧文作ったの……嘘、おおげさ、紛らわしい! 準決勝で負けたほうが得だったじゃねえか!?」
腹立ちまぎれに投げつけたクリップボードを、
「知るかッ! だいたい、俺の早計ではあったから、どうにかシフトを工夫して休ませてやろうと思ったものを――悪目立ちして仕事が増える原因を作ったのは貴様ではないか!」
激しく叩き落としたイザークは、握りつぶした空き缶で以って反撃してきた。
「んだとォ!?」
ディアッカは、真横にあったペットボトル用ゴミ箱を蹴り飛ばした。ごろごろばらばら、通路を転がっていくリサイクル資源。
「貴様こそ、なんだ!!」
いよいよトサカに来たらしい隊長が、剥ぎ取った瓶用ゴミ箱のフタを、もろに食らった頭部脳内でプッツリなにかが切れた。
売り言葉に買い言葉。
殺伐と宙を舞う、ビンカンときどきペットボトル。
時速150km級の直撃をたて続けに浴びた壁がへこみ、窓ガラスには皹が入り、ピキピキと蜘蛛の巣状になって割れ始め。
がっこん、がらごろと倒れたスモーキングスタンドが、床に灰を撒き散らす。
ひっきりなしの衝撃に壊れた自販機は、ぶしゅうと白煙を上げ大量のコーラを吐き出した。
マナー違反にも中身の残っていたジュース缶が放物線を描きながら、備え付けのソファを見事なオレンジに染め。
白かった天井には、いつの間にやらコーヒー色のマーブル模様が付着。
騒音を聞きつけた通りすがりのザフト兵が、なんだなんだと遠巻きに指差すが――みっともないとか汚いだとか、そういった惨状に馳せる心のゆとりもなく、飽くなき戦いを続けていた腐れ縁コンビの、
「……仕事」
足元すれすれに、ずっどおーん! と大型段ボールが放り落とされた。
静まり返るギャラリー、さらには破壊の権化。
散らかり放題な一帯をゆらりと見渡した、現役ザフトレッド――シホ・ハーネンフースの両目は据わっており。ややあって棒読みに言葉を紡いだ。
「とりあえず、掃除と始末書からお願いします」
「ハイ……」
元ザフトレッドの二人は取っ組み合った体勢のまま、ぎくしゃくと片手を上げた。
×××××
そのまた翌週。
遠く離れた地球は、南国の――オーブ市街地・アーガイル邸。
「こら、ミリィ」
勉強を教えてもらいに訪ねておきながら、片手で資料文献をめくりつつも、まるで文章を追っていなかった後輩は、
「さっきから、なにボーッとしてるんだ? 課題、提出期限に間に合わなくなるよ」
すでに卒業してOBとなった青年から、軽く小突かれた。
「うー……」
お茶菓子とティーカップ三人ぶん、メモ用紙やペンで埋め尽くされたテーブルに突っ伏して、ふてくされる姿に。
「ねー、サイ? 男の子が “忙しくて死にそうだ” から愚痴るときって、結局どうしてもらいたいわけなの」
ん、と首をひねる間もなくピンと来たらしい、サイはからかい口調で問い返す。
「なに、ディアッカからメール?」
こっくり頷いて、持参したノートPCを恨めしげに睨むミリアリア。
「あいつはプラントで、私はオーブにいるんだから。仕事、手伝えるわけないし。ザフトの事情なんか聞いたって解りっこないし――返信に困るったら、もう!」
どうって訊かれてもねえ、と顎に手をあて。
「じゃあ、気分転換に庭へ出ようか? カズイも、教授のとこに寄るから遅れるって言ってたしな」
何事か考えついたように提案した、彼が机から取り出したものを見とめ、ミリアリアはきょとんとなった。
「? なんでデジカメ」
「キレイな花と小動物でも眺めれば、少しは煮詰まった気分も和むだろ」
「そう? ……そっか、そうかもね」
さらりと応じたサイを追い、立ち上がった視界の端に映る、シンプルな壁掛けのコルクボード。
カレッジを卒業した今も変わらず、当たり前のようにトールや自分、キラ、カズイ、そしてフレイの写真が飾られていることが、なんだかひどく嬉しかった。
「あら、どこか行くの?」
階段を降りてリビングを通りがかると、サイの母親に声をかけられた。
「いえ、ちょっとお庭に」
「そう。カズイ君が来たら教えてね、お茶を淹れなおすから」
機嫌よく微笑んだ彼女は、ウェルシュ・コーギーの仔犬を抱いていた。くりくりした瞳、ちょこんと垂れた耳といい、ぬいぐるみのように愛らしい――最近になって飼いだしたと聞いていたが、こうして直に見るのは初めてだ。
「いいって、ポットにお湯を沸かしといてくれるだけで」
苦笑しつつ相槌を打った、サイが、ひょいっと仔犬に手を伸ばす。
「スー、おいで。カメラマン志望のお姉さんと一緒に、記念撮影しとこう」
果たして意味を分っているのかいないのか、元気よく 「わん!」 と吠えるウェルシュ・コーギー。
「あら、写真? 良いわねぇ、スー。ミリィちゃんに遊んでもらって来なさいね」
人見知りする様子もなくミリアリアの胸元に収まった、仔犬は、よしよしと撫でられるがままになっていた。
イングリッシュガーデンといった雰囲気の庭を眺め渡した、サイは、花壇のあたりへ歩いていってうながす。
「……ミリアリア、そこ。スー抱えて、煉瓦にでも座って」
「え、私が撮るんじゃないの?」
「ちょこまか動き回るから、誰かが捕まえてないと難しいよ。それに俺が呼んだ方が、カメラ目線に写りそうだしね」
まあいっか、と頷いたミリアリアは、指示されたとおり腰をおろす。
「撮るよー?」
「はーい」
腕の中で不思議そうに、きょろきょろと首を動かす仔犬の毛がくすぐったくて、ごく自然に唇もほころんだ。
同日、夜。
再びプラント本国の、ザフト基地――ジュール隊員は、連日泊り込みで仕事を続けていた。
乾いた喉を潤すため、給湯室へ入ったイザークは。
さっきアイザックと入れ替わりに休憩時間となったディアッカが、着替えを詰めたスポーツバックやら目薬といった私物を広げたスペースに、大の字に寝転がって。
とてつもなく面倒くさげに起動させたノートPCが、ポロンとたてた軽快な電子音に、瀕死の魚めいた眼球を向けるさまを黙殺して通り過ぎたが。
「……グッジョブ、カメラマン!!」
「あ?」
そんな相棒がいきなり跳ね起き叫んだものだから、とうとう過労とストレスのあまり発狂したかと、あわてふためき駆け戻る。
「あーそうだ、発想の転換をすりゃあいいんだよ!」
「なんなんだ、どうした!?」
「要は新入りをことごとく司令官クラスに鍛え上げりゃいいんだろ。そうすりゃ俺は閑職に移ってお役御免、有給休暇も取り放題! ザフトは基盤もしっかり安定する、良いことずくめ!」
「それはまあ、そうかもしれんが――」
脈絡なくまくしたてられた主張に、イザークは心の底から困惑した。
ルーキーが一人前といえる経験を積むまで、いったい何年かかると思っているんだ。
「仕事はどこだ!?」
しかしディアッカの双眸には、おかしな炎が燃えており。
「机の上に山積みだ」
「おっしゃあ!!」
握りこぶしを振り上げた勢いのまま、休憩室を走り出ていった。
そんな緑服の背中を呆れて見送りつつ、電源を切られることなく放置されたノートPCに視線を留めるイザーク。
ディスプレイに表示されているのは、添付画像付きの新着メールだった。
【激務、お疲れさま。
これでも眺めて、気分転換してね。
いくら忙しくても睡眠時間だけは確保した方がいいよ? それじゃ】
簡潔なコメントと上下に並び。
色鮮やかな花壇に腰かけた少女が、垂れ耳の仔犬を抱きかかえ、はにかんだ表情で笑っている。
(……元気そうだ)
わずかに驚き、ふと頬を緩め。
そんな己を持て余しつつ仏頂面に戻ったイザークは、やれやれと溜息をつき。
「出入りする全員へ見せびらかすつもりか、馬鹿者が――」
ユーザーの切り替えを選択、パスワード入力画面になったことを確認すると、グラスに注いだ水を飲みほし執務室へ戻っていった。
ようやく停戦を迎えた今だからこそ、自分たち軍人や政治家は、戦の残り火を根本から消していかねばならないのだ。
少しでも、世界の平穏が長く続くように。
そんなイザークの奮闘や、ディアッカによる新人教育が功を成し……どうにかこうにか残業の嵐から解放される頃には。
今大会で弾き出されたスコアは、とある国からやってきたトンデモコーディネイターの約2名の手によって塗り替えられてしまい――直後、彼らが抱えた遺恨の煽りを食って一苦労する羽目になるのだが。
それもまた人生の山谷というヤツだろう。
リクエストいただいた時点で、決勝のラストシーンよりも先にイメージ固まってた後日談。裏テーマ (?) はタイトルどおりの器用貧乏。管理人のDさん像はそんな感じです。