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■ アスラン脱走 〜ハツカネズミの大冒険〜


(…………ん?)

 ふっと意識が戻り、ぼんやり考える。
 どこだ、ここは?

 不快な薬の匂い漂う、薄暗い空間――医務室だろうか? 起き上がろうとしても、手足が上手く動かせない。
 かすむ視界に映る景色は、無機質な縦縞模様。
 なんだ? 俺は……なにをしていて?

(ああ、そうだ。オーブの特使としてプラントへ、議長を訪ねて――)

 そこで急に、ぷつんと思考が回らなくなる。
 議長って誰だ? オーブってなんだ?
 ……分からない。
 分からないという状態が気持ち悪くて、思い出そうとする。しかし頭が働かない。それどころか、たった今なにを考えていたのかすら分からなくなってしまっていた。
 必死に記憶を辿っても脳裏に浮かぶのは、桜並木に佇む、学生服姿の幼い少年。その手に止まる、キレイな緑色をした作り物の鳥――たったそれだけ。
 なにがなんだか分からず痛む頭を抱えると、ふさふさした手触り。
 それも漠然とおかしい気がして、なんとなく己の両手に目を落とす。
 まっしろな毛に覆われた細い腕の先に、同様の白いちんまりした手。乳白色の爪。
 ズキズキ疼く頭をもたげ、腹部に目をむける。やはりまっしろな毛に覆われた胴体。なんだこれは。いくらなんでも妙だぞ? 俺は、こんなふうじゃなかった……気がする。
(俺は――なんなんだっけ?)
 あまりの違和感に固まっていると、すぐ傍から話し声が聞こえてきた。

「しかし、クローンか……よく出来ていましたね」
「記憶と性格を植えつける時に、ちょっと失敗したらしいがな。まあ、仲間割れさせるにはちょうど良いだろうってことで、廃棄されずに済んだらしい」
 白衣姿の男が二人、書棚の前に立っている。
「本物は処分されたんですか?」
「いや、実験素体として別の部屋に保存されている。魂と身体を切り離してな」
 しかし、なんだ彼らの、この大きさは!? まるで巨人だ――人間じゃない、のか?
(……人間?)
 人間とは、なんだったろう? 俺がそうだった、ように思うが。
「そんなことが可能なんですか?」
「ああ。我らコーディネイターの叡智を結集すれば」
 コーディネイター? それも俺自身のことだった気がするが。違ったか?
「魂の保存というのは、どうやって?」
「そこのネズミに移してある。魂と肉体は連動しているものらしくてな。オリジナルが生きていた方が、ちゃんと動くんだそうだ」
 “そこのネズミ” と言いながら、男は憐れみの目をこちらに向けた。
「ジジジッ!?(何だって!?)」
 とっさに出た叫び声は、まさに齧歯類のそれだった。
 愕然となりつつも事態を把握する。つまり、頭上で交わされている会話はすべて俺のことか?
 本来は人間、コーディネイターで、魂だけネズミの身体に閉じ込められたと?
「へえ! これがねぇ……餌は、ネズミの餌で宜しいんで?」
「意識は人間のはずだからな。仕出し弁当の残りでも入れてやれば良いんじゃないか?」
「チュチチュチチ!(せめてチーズを!)」
 ネズミにされたからか咄嗟に意味不明な要求が口を突いて出る――が、もちろん端からはネズミが騒いでいるようにしか映らない。白衣の男たちは、じたばたするネズミを気に留める様子もなく、分厚い本を片手に出て行ってしまった。
「チチーッ、チュチチーッ!!(おい待て、ここから出せ!!)」
 誰もいなくなった部屋に、空しくこだまするネズミの鳴き声。

 衝撃の事態に愕然となりつつ、その場にうずくまる。さっきから頭が上手く回らないのはネズミだからか。脳ミソがプチトマト以下のサイズしか無いからか!
 どう記憶を辿っても桜並木と、学生服の少年、キレイな緑色をしたロボット鳥しか思い出せず、それらがどこの誰かも分からないが、それだけしかない状態が異常だってことは分かる。
 しかもさっきの人間たちは、なにやら 『偽者』 を使って悪巧みしている気配だ。なんとかせねば! まず、とにかく連中の目的を探らなければ……。
 それに、本来の身体も取り戻さなければ。そうすれば、相手が誰であれ薙ぎ倒して脱出できる――気がする。確か、別の部屋に保存されていると言っていたな。
 しかし自分が今いる、ここは……さっき縦縞模様に見えたのは、小動物などを飼う際によく使われる金網ケージだ。
 まず、このカゴから脱出せねば。
 しかし、どうやって? 
 カゴの扉部分に近寄り、見上げてみる。
 外から簡単なフック式の鍵がかけられているようだ。
 だとすると、このエサ入れを足場にジャンプして、回し車を蹴った反動で上手く跳べれば扉の内側に取り付いて、そこで――

 ネズミ離れした考えの下に、囚われのハツカネズミは行動を開始した。

「あ、おい! カゴが落ちてる!」
「まずい、ネズミがいなくなってるぞ!」

 数時間後、薄暗い資料室に、研究員たちの焦り声が響き渡る。
 物陰に身を潜めていた話題のネズミは、開きっ放しになっていたドアから、速やかに脱走した。


 同時刻――
 ハツカネズミが疾走する通路から、さほど離れていない建物の一室。

「うわっ! なに、この部屋!」
「あ、アスランがいっぱい……」

 マーチン・ダコスタとレニドル・キサカをお供に、アスラン救出に乗り込んできた双子と歌姫は、眼前の光景に唖然としていた。

 薬液に浸されたカプセルの中で、ぷかぷか浮いている大勢のアスランたち。とりあえず、最も近くにいる彼に話しかけてみる。
「えーっと、アスラン?」
 すると黒い服を着たアスランが、うっすら目を開けて。
「ここに人間はいなかった……一人もな」
 それきり再び、ダークグリーンの双眸を閉じてしまった。キラは腕組みしつつ首をひねる。
「うーん。アスランにそっくりだけど、別人って感じ?」
「ダコスタさんの調査結果によれば、ここは人体の研究所らしいですから――」
「どうにかして、本物を探し出さないと!」
 握りこぶしを固めたカガリが、水色の服を着たアスランに 「なあ、私が分かるか?」 と話しかけると、
「お言葉ですが、ジルコニア様ぁ!」
 外見は寸分違わずアスランである彼は、まるで女の子みたいな声を上げた。
「うわっ、怖!」
「声帯を弄られたのでしょうか? 完全に女性の声でしたわね……」
「っていうか、ジルコニアって誰?」
「ここの研究員名簿に、そんな名前の者はいなかったと思うがな」
 ドン引きするカガリ。感心するラクス。訝しむキラ。周辺を油断なく警戒しつつ相槌を打つキサカ。
「本物は、魂を抜かれた状態で保管されているらしいですから。話しかけても無反応な彼がいれば、ひとまず本人だと看做して間違いないと思います」
 調査で得た情報を伝えつつ、ダコスタもまた手近なアスランに話しかける。
「君は、本物のアスラン・ザラか?」
 すると紫の服を着たアスランが、にっこり笑って人差し指を立て 「それは秘密です♪」 と応じた。
「……絶対に違うね」
「ええ」
「そうだな」
 一行は、さらに奥へ進みながら、色とりどりのアスランに話しかける。
 グレーの服を着たアスランが 「歌はいいね。歌は心を潤してくれる――」 と微笑み。
 黄色の服を着たアスランは 「かまったり、かまわれたりする関係って、憧れで」 と呟き。
 緑の服を着たアスランも 「地獄って意外と庶民的なところだなぁ……」 と呟く。
 青の服を着たアスランが脈絡なく 「……ニボシならある」 とポケットから取り出した物体は、確かに干乾びた小魚のようだった。

 色違いのアスランたちに辟易しつつ、あちこち調べて回っていると、
「あ! あの服、見覚えがある――」
 双子がそろって指差した。
 部屋の隅に、ぐったり座り込んでいるアスランの手足は、鎖で柱に繋がれてしまっている。
「アスラン?」
「おい、しっかりしろ! アスラン」
 カガリに首根っこを掴まれ、がくがく揺さぶられたアスランは、ぼんやり目を開け――すぐに安堵の笑みを浮かべた。
「カガリ……助けに来て、くれたのか? マイハニー」
「そうだ! こんなの、すぐに外してやるからな!」
 その場に屈み込んだカガリは、太い鎖をガチャガチャと引っぱり始め――ピタリとその手を止めると、唐突にアスランをぶん殴った。
「ぐはっ!」
 ぶっ飛ばされたアスランは、すぐさま跳ね起き、懐から拳銃を取り出そうとするが、
「うぐっ!?」
 小さく呻くと、発砲寸前の体勢のまま静止した。整った顔は、顔面筋肉痛であるかのように引き攣っている。
「ホムンクルスは自分のベースになった人間の身体の一部を前にすると、まともに動けなくなる……ミリアリアさんが調べてくださった、情報どおりですわね!」
 はしゃいだ声を上げるラクスが突き出した手の中には、ハーブでも入っていそうなお洒落なレースの小袋。
「ありがたいけど、世界を股にかけすぎだよね。いくら知り合いがいるからって、僕らの後番――」
「細かいことを気にしてはいけませんわ、キラ」
 あまり緊張感の無い会話を続ける一行の前に、
「アスラン・ザラの身体の一部だとぉ!?」
「本人を連れ去ったというのに、どうやって!」
 思わずといった感じで机の下から飛び出してきた研究員を、キサカの太い腕がむんずと捕まえる。
「あいつが使ってた部屋に大量に落ちてた、アスランの抜け毛だ!」
「大量に抜けすぎだよね。昔はかなり、おでこヤバかったけど……オーブで暮らすようになって、だいぶマシになったと思ってたのに」
 弟のコメントを受け、痛ましげな表情になったカガリが、くうっと握りこぶしで唇を噛み締める。
「無事に連れ戻して、毎食、ハクト海岸で採れたワカメとヒジキと昆布を食べさせてやるんだ!」
「質素かつ健康的な食生活ですわね」
 やっぱり緊張感に欠けるムードの一行に、捕縛された研究員の一人がたまらずツッコミを入れた。
「待て待て待て! そもそもこいつらはホムン何とかじゃない、クローンだぞ!」
「あ、認めたね。偽者のアスランだって」
「本物から造り出された偽者という点では同じですもの、大差ありませんわよね」
「ああっ、しまった!」
 要らぬことを言った研究員が頭を抱え、その白衣の胸倉を、カガリが眼光鋭く掴み上げる。
「本物のアスランはどこだ?」
「素直に教えた方が身の為だと思うよ」
 凄む少女の後ろで、にこにこと場違いな笑みを浮かべるキラとラクス。腕っ節は弱そうなのに、なんなんだこのプレッシャーはと、研究員の頬を冷や汗が伝った。


 コーディネイターにも匹敵するハツカネズミの聴覚が、話し声をキャッチする――本物がどうこう、と押し問答しているようだ。
(こっちか!?)
 声が漏れてくる部屋に駆け込むと、本棚の陰に3つの人影があった。

「ん、なんの声だろう?」
「あら? ネズミさんですわ」
「おまえも、実験動物にされていたのか?」
 紫色の目をした、この少年の顔は記憶にあるぞ!
 なにより、意識が無い様子で彼らに抱えられている男――これが俺だ。たぶん俺だ。理屈じゃなく、感覚的に分かる――しかし、それらしい身体は見つけたものの、どうすれば元に戻れるのだろう?
「外に出られたら、おまえも自然に帰してやるからな。ポケットの中に入ってろ」
 避ける隙も拒否する間もなく、金髪の少女に、むんずと掴まれ胸元に放り込まれる。
「だけど、困ったね。本物のアスランらしい身体は見つけたけど、抜かれちゃった魂ってどこにあるんだろう?」
 少年が眉を寄せ、華やかな薄桃色の髪をした少女も、ふうと溜息を吐く。
「研究員さんたちにお訊ねしても知らないの一点張りでしたし、キサカさんや、ダコスタさんとも逸れてしまいましたし……」
「私たちが忍び込んだこと、完全にバレちゃってるみたいだしな。下手に廊下に出たら、すぐ見つかりそうだ――」
 だけどいつまでもここに隠れてる訳にもいかないし、踏み込まれたら袋のネズミだし、と部屋から出て行った彼女たちは、行く手を警戒しつつ進んでいたが、あっさり武装した男たちに取り囲まれてしまった。

「ちょろちょろしやがって……ようやく追い詰めたぞ!」
「護衛どもがいなければ、ただの子供3人! こいつらを人質にすれば、あのデカブツとて抵抗できまい」
「まったく、コピーをけしかけた時に捕まえられていれば、余計な手間もかからなかったものを」
「そもそも、なぜバレたんだ!? 本物のフリをして侵入者を抹殺せよと指令を出していたのにッ」
「コピーって、あの歯の浮くセリフ言ってた偽者のことか? バカだなあ、おまえら――」
 金髪の少女は呆れ顔で、あっけらかんと言い切った。
「どういう下調べしたのか知らないけどな。アスランが私の前でカッコ良かったことなんか、一度も無いんだぞ!!」
 状況を把握しようと突っ込まれたポケットの中から這い出し、ポケットの縁に両腕をかけたところだったハツカネズミは、曖昧な自我ながらも彼女の発言にショックを受け――

 ずるっ、ごちん!!

 ポケットから転げ落ちたネズミの頭部が、気絶している青年の、やや広いひたいに思いっきりぶつかった。
 瞬間、スパークする記憶、過去。

『おまえ……頭、ハツカネズミになってないか?』

 本来の自我を取り戻した “アスラン” は、ふらふらと立ち上がる。
 動けないはずの男が動きだしたことに、追撃者たちはもちろん、双子と歌姫も目を丸くした。
 ぶれていた視界が定まる。ダークグリーンの双眸で敵を見据えた、アスランは、白兵戦には向かない三人を背後に庇いつつ、吠えた。

「その言葉――今すぐ撤回させてやる!!」

×××××


 ……自分の寝言で、目が覚めた。

 ベッドに蹲ったアスラン・ザラは、ぶつんと途切れた夢の余韻に、頭を抱えていた。
 夢は深層心理の表れだという説を聞いたことがあるが、それにしても――

「一度も、というほど、ひどくは無かったろ……?」

 自嘲混じりに呟いて、苦笑いする。
 どんな良い思い出も台無しになるくらい、勝手な行動を取り、暴言も吐いた。挙句、面倒かけて。それはお互い様だと彼女は笑ったけれど――
 そのとき信じた道だったとはいえ、幾度も己の陣営を裏切り、脱走した自分が――今日から正式に属するオーブ軍内で、どういう目で見られるかは、覚悟しておかなくてはならないだろう。
「ああ、承知の上だ」
 軍人は、政府の方針に従い、国を護るべき存在。
 誰が指導者として立ち、誰が暮らす土地を守りたいのか? 重々考えて決めたこと。
「……今すぐ、は無理でも」
 撤回させるだけの働きを、これから、必ず。

 初日早々寝坊する訳にはいかないと、二度寝に誘う眠気を振り払って、まだ薄暗い部屋のカーテンを引いた。
 うっすらと、差し込む朝陽。


 もうすぐ夜が、明ける――



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懐かしきDESTINY放映時に、訪問者F様からコメントいただいてた、アスラン偽者クローンネタ。戦後カテゴリと、どっちにするか迷ったけど、あまりにもコメディ系なオチになったので、脱走部屋にin♪
ニコルたちの墓参りの深夜に、議長の策略により捕まって囚われの身になっちゃった……本編アスランは偽者だったという。