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■ アスラン脱走 〜オーブの法律 (前編)〜


 アスランは、ふっと目覚めた。

 エンジンの駆動音。やや硬いシート。耐熱ガラス越しに見える空。手元にはレバーの感触。コンソールパネルが、視界の隅で点滅を繰り返している……。
 ひどく馴染み深いものに囲まれている、その感覚に再び、睡魔に身を委ねかけたとたん、

「うわ!?」

 がくん、と凄まじい揺れに襲われ、アスランは条件反射でレバーを動かしていた。
 ややあって平衡感覚が戻る。跳ね上がった心臓を宥めながら、あらためて周囲を確認すると、そこはMSのコックピット内であった。操縦中に居眠り――とんでもない話だ。油断が即、死に繋がる場所だというのに。
 あわてて敵影を探すが、空域は平和に凪いでいる。どうやら今は戦闘中ではないようだ。ただ移動していただけか? しかし、どこへ行くんだったろう? 寝惚けているらしく思い出せない。アスランはもう一度、よく周りを見渡してみた。
 自分は、真紅のパイロットスーツを身につけている。胸元にはFAITHの徽章。進行方向に見えてきた、あれは見慣れた群島の海岸線だ。
 …………ああ、そうか。議長からFAITHに任命されて、ミネルバと合流するためオーブへ向かっているんだった。

「オーブ・コントロール、聞こえるか?」

 回線を開いたアスランは用件を伝え、入国許可を求めた。
 ほどなく応答があり、管制官から指示が送られてきた。MSは無事、オーブ軍の発着デッキに着陸。しかし、そこで待ち受けていたものは、ミネルバへの案内でも、カガリとの再会でもなく――

「よくもまあ、のこのこと戻って来れたものだな、アスラン・ザラ。貴様を、脱走罪で逮捕する!!」

 なんだかすっかり老けたような気がする、レニドル・キサカ率いる強面の軍人たちであった。
 なんだってぇ!? と思う間もなくアスランは手錠をかけられ、問答無用でしょっ引かれていった。

×××××


 牢屋に放り込まれてしばらくすると、見覚えのある青年が現れた。
「やあ、ひさしぶりだね」
 同情まじりに苦笑している。ずいぶんと大人びた印象になった、その人物は、キラの友人サイ・アーガイルだった。
「それにしても何だって、あんな目立つ格好で戻ってくるかなぁ……あれじゃ、俺たちも庇いようがないよ。まあ、覚悟の上でのことだったんだろうし、恨まないでくれよな?」
 彼は、裁判官を思わせる黒衣と帽子を身につけていた。
「えーっと、まず君の罪状は、アスハ家での生活費二年間ぶん踏み倒し。利子がかさんで膨れ上がってるから、借金返済がんばってね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! いやっ、そもそも、それはなんだ?」
 事態についていけないアスランは、まず手近なところから問い質した。
「なにって、オーブの六法全書だけど?」
  事も無げに言う、彼の手元の黒い手帳には 『カガリさま親衛隊10の心得』 とピンクの文字で記されていた。
「それから、カガリ代表に対しての婚約不履行。これはもう彼女、結婚して幸せそうだから、いまさら追求されないと思うけど」
「結婚っ!?」
 もしかせずとも、あの嫌味なユウナ・ロマと?
 聞き捨てならない台詞を耳にして、アスランは手帳に関する追及も忘れ、鉄格子に張りついた。
「あ、君がプレゼントしたっていう指輪は、法曹界で協議して、質屋に売っ払って借金に充当させてもらったから……といっても、スズメの涙くらいの額にしかならなかったけどね」
「質入れーーー!?」
 店員のお姉さん方の協力のもと、何十件も宝石店をはしごして選んだのに!
 愕然とするアスランを眺めやり、
「だめだよ、いくら懐具合が寂しくても、ああいうのはそれなりの品物を贈らないと。愛でカバーするにも限度があるしね」
 サイは、あははと爽やかに笑った。
 骨董品の皿を豪快に落っことして割りかねないほどのショックを受けたが、幸か不幸かアスランの手元には、鞄さえなかった。
「……で、いっちばん重いのが、代表のボディーガードを放棄してデュランダル議長に加担した、脱走・反逆罪ね。言っとくけど、これ時効無しだから」
「なっ? いやそれは、きちんとカガリに――」
「プラントに行っていいとは言ったけど、護衛を辞めていいとかザフトに戻っていいなんて許可は出してないだろ、彼女?」
「う……それは……」

 ずばりと指摘され、アスランは反論できずに黙る。

 裁判は明日だからね〜と言い残して、サイは去っていった。
 それきり誰も訪れず、食事の差し入れすらなく、アスランは侘びしい夜を過ごした。



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脱走シリーズ最終回。最後の舞台はオーブです。サイ兄さんを書くのは楽しいです。爽やかに腹黒い感じが特に楽しいです♪ (……性格分析を間違ってるんじゃないか?)