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 ……後悔をした。
 マーシャル諸島の戦いで、トール君とキラ君がMIAになった時から。

 朗らかな少女だったミリアリアさんが、医務室で殺傷沙汰を起こすまでに至った時や。
 JOSH-Aでザフト軍の猛攻を防ぎ切れず、“ダメだ、この艦は沈む” ――と覚悟した時も。
 あの時、子供たちを拘束するんじゃなかった。
 そもそも連合軍がヘリオポリス内で兵器開発などしなければ、プラントだって、中立国たるオーブのコロニーを攻撃対象になどしなかっただろうに、と……


      マリア・ロス・クリスマス 〜 Murrue 〜


「まあまあ、ようやく寝付いてくださいましたねえ〜」
 マーナさんが、やれやれといった様子で笑いながら、コトリと何かを置いた音に気づいて顔を上げる。
「あ、すみません。ありがとうございます。私ったら気が利かなくて――」
 いつの間にかお茶菓子が用意されていて、二人分のマグカップまで湯気を立てていることに慌てて立ち上がろうとすると、
「まあ、なにを仰いますやら。雇っていただいたのですから、家事育児に勤しむのは当然でございますよ。マリューさんこそ、もう少し楽になさっていても宜しいんですのに」
 ぽんと肩を撫でられ、寄りかかっていたソファに戻された。
 マンスリーマンションのリビングは、玩具の数々がものの見事にとっ散らかっていて。隣の寝室では、遊び疲れた子供たちが大の字になって眠っている。
「いいえ、とんでもない! 自分の他に子供の相手をしてくれる人がいるっていうだけでもう、気が楽というか……」
 ベルリンでは他人を家に入れるのが正直怖くて、風邪を引こうがどうしようが気合だけで乗り切ってきたから。ここ数日、夫が不在でも頼る相手がいるという状況に置かれてからは、ついボーッとしてしまう。気が緩んでいるなあと自分でも思う。
「それにしてもマーナさん、幼児をあやすのお上手ですよね。息子二人はともかく、テラは、気難しいというか人見知りが激しい子で、人様に面倒見ていただくのは気が引けていたんですけれど」
 ベテランの乳母とはいえマーナさんも高齢だから、活発な次男に付き合うのは少々しんどそうだったけれど。
 絵本やパズル、ブロック遊びが好きで物静かな長男や、歌ったり踊ったり、おままごとを好む娘とは本当によく遊んでくれて、こちらが驚くほどご機嫌に過ごせて、食事の時間もゆとりを持って済んだし、入浴や寝かしつけまで手分け出来てスムーズそのもの。
 祖父母が健在で手伝ってもらえるような一般家庭だったら、パパが仕事に行っていても、子供たちに寂しい思いをさせずに済んだのかしら、と考えると申し訳なくなる――こればっかりは、どうしようもないのだけれど。
「まあ、人生のほとんどを子守りに費やしていたような婆さんでございますからねえ」
 マーナさんは疲れた様子も見せず、にこにこと笑う。、
「我が子のときは必死過ぎて、可愛いところを楽しむ余裕も、ほとんどありませんでしたけれど。人様の子は、もう、愛らしいばかりでございますよ」
 そうして散らかった玩具を拾い集める手際の、また凄いこと。
「見て見て〜と一生懸命アピールしているのに、家事や仕事に追われて後回しだなんて、本当にもったいないこと。赤ん坊が一人でも大変なのに、今まで身内もいない北国で、三つ子を抱えて頑張って来られたのでしょう? マリューさんも、ここにいらっしゃる間くらいは、雑事はマーナに任せて息抜きしてくださいませ」
 お礼を述べつつ飲んでみたハーブティーは、これまた美味しかった。

 今回が初対面とは思えないくらい、子供たちも懐いて。
 三度の食事は文句なしに美味しいし、偏食のある子供たちには、巧みに肉団子に混ぜ込んだり、ジューサーにかけてスープにしたりと、自分が 「もう少し時間に余裕があれば」 と思いつつ諦めていた手のかけよう。
 おやつも、お菓子というより、サツマイモの蒸しパンなど育児書で見るような “補食” で、初日にパスタを出されたときは、これはもはやランチじゃないのかしら……と目を剥いたものだ。
 さすがは代表首長の養女を任されていた人物である。
 こんな老齢にも関わらず、この仕事っぷり――脱帽だ。体力と健康だけを武器にどうにか約三年やってきた自分とはレベルが全く違う。
 手を洗ったり水仕事をする頻度が激減して、ひどかった手荒れも、だいぶマシになったし。
 夜も早めに眠れるし。
 テラはまだ、たまに夜泣きをするけれど、日中楽させてもらっているぶん余裕がある。

 しばらくオーブに滞在すると決めたときは、住み慣れた家を離れて大丈夫かしらと不安になったけれど。
『俺のワガママに付き合わせて悪いな。向こうに妻子だけ置いて行くのも心配でさ……君は、これを機に少し休めよ。産後ほとんど一人で頑張ってたんだから』
 里帰りをしたらこんな気分になるのかしら、なんて考えてしまうくらい平穏な毎日を過ごしていて、切羽詰った心境でオーブを訪れたんだろう彼を思うと複雑だった。

 隠居状態だったマーナさんに、短時間で良いからハウスキーパーを頼めないかと、カガリ経由で持ちかけてくれた夫――ムウ・ラ・フラガが今、どういう仕事をしているのかは詳しく知らない。

 プラント政府がクローニング技術の合法化を進めているというニュースが発表されてから、ずっと浮かない顔をしていた彼が、
『オーブ支社に長期出張になった。子連れで面倒だろうとは思うが、一緒に来てくれないか?』
 帰宅するなり、そう告げたのが一週間ほど前のこと。
 なにか社長たちから調査業務でも受けているのか、本社にいても心ここに在らずで仕事にならないからオーブヘ行って、オフタイムは好きにしろという恩情なのか、分からないけれど。
 少なくともベルリンで、ただやきもきしていた頃よりは落ち着いた様子で、なによりマーナさんが 『期間限定なら』 と快諾してハウスキーパーに来てくれることになった、つまり知人の中では誰より世界の中枢近くに立つカガリと、連絡を取って話が出来たんだろうから、それだけでも意味があったと思える。

「一番大変で、一番かわいい年頃でございますよ。なんでもイヤイヤ、飛び跳ねて走り回るのによく転びますし、カガリ様も一度、公園で思いっきり前のめりに転んで頭をぶつけて、おでこに大きなたんこぶをこしらえてしまって大泣きして!」

 焼き菓子を摘みながら、彼女の思い出話に耳を傾ける。
 乳母やベビーシッターとして面倒を見た子は他にも何人もいるらしいが、共通の知人ということもあって、話題に上るのはカガリのことばかり。
「ああ、そうそう。カガリ様も、近々こちらへお越しになると仰っていましたよ」
「……え?」
「なんでも意見を聞きたいことがおありだ、とかで。都合の悪い日時があったら、聞いておいてほしいと言われたのですけれど、なにかご予定は?」
「いえ。ここに滞在中は、夫が休みでも出歩いたりはしないと思います。旅行に来た訳ではないので――私はこうして、休ませてもらっていますけど」
「そうですか? では、そのようにお伝えしておきます。なにぶんカガリ様は多忙な方ですので、来訪予定日時の連絡があっても、遅れてしまったり延期になるかもしれませんが、ご勘弁くださいね」
「ああ、それは分かってますから気にしないでください。子供たちがいて、マトモにおもてなし出来ないかもしれませんけれど……」

 そうして今日も午後八時きっかり、マーナさんは自宅へ帰っていった。

 自分一人だったら、まだバスルームで大騒ぎしているか、寝かし付けに四苦八苦している時間帯だ。
 洗い物や洗濯物は片付いているし、歩いていたら踏むような場所に落ちているオモチャも無い。
 ムウの夕飯だって普段より手の込んだ料理がそろっている。いつもなら自分で電子レンジでチンしてもらうところだけど、子供たちは既に夢の中だから、彼が着替えている間に鍋で温め直すくらいの余裕はあるし。
 私はこうしてTVを観ながら、食べたり飲んだり雑誌を読んだり――なんて贅沢。

 だけど、今まで無かった “一人の時間” は、物思いに耽る時間にもなった。
 ――結局のところ、解ってはいなかったのだろう、と。

 理由はどうあれ、自分の意志で軍に志願した私には。いくら平和の為だ、地球を守る為には仕方の無い犠牲だったと嘯いたところで。
 大人の都合で始まった戦いに巻き込まれ、故郷から遥かに遠い地で散っていった、まだ幼い命たちに注がれた愛情も時間も、本来あったはずの未来も。

 ……戦後、謝罪に行った。
 フレイさんのところは、父一人、娘一人のご家庭だったから、墓前に頭を下げた。
 どうにか生きて帰せた子供たちのご両親からは、多少の差はあれど 『最終的にはウチの子が志願したのだし、もう済んだことは良いから、二度と関わらないでください』 というようなことを言われた。
 唯一、親御さんは健在なのに、子供に先立たれる結果となってしまったケーニヒさんご夫妻には、門前払いを食らった。
『悪かったと思っていらっしゃるなら、来ないでください!』 と泣かれてしまった。
 怒りの形相をしていても見て取れる、トール君と雰囲気の良く似た、善良そうな人たちだった。
 フレイさんのように親が政府高官という訳でもない、ヘリオポリスが破壊されるまで、戦争とは無縁だったろう家族――その息子さんを戦死させた。
 私個人の罪の結果だった。

 謝る為に訪ね続けるのも、逆に迷惑をかけているような、私の自己満足に過ぎないような気がしてきて。
『いまさら親の金に頼るなんてな。カッコ悪ぃ――』
 いつだったかムウが、そんなふうにボヤいていたけれど。取り返しがつかない存在を奪ってしまった以上、他に誠意を形にする方法も思い浮かばなくて。
 お金と手紙を、定期的に送らせてもらうことにした。
 手紙は、読みたくなければ破り捨ててもらったら良いし。
 息子を戦死させた女からの見舞金なんて使いたくないと思うなら、どこかへ寄付するなり何なり、気の済むようにしてくれれば……少なくとも、直接訪ねて行って時間を取らせるよりは負担にならないだろう。
 少し相談させてもらった、私よりは、ずっと彼らを知っているミリアリアさんも頷いていたけれど。
 優しそうだった、あのご夫妻は、たぶん……息子の仇と呼ぶべき相手であっても、他人を罵ったり冷たく当たることに、良心を痛めてしまうような人柄だろうから。

 オーブの復興作業に携わっていた間も。
 ベルリンに移住して、被検体だった子供たちの保護活動に従事するようになってからも。
 トール君の命日に、手紙と小切手を送るということを続けて来ていた。
 ムウと結婚したことも、妊娠・出産した時も、迷いながらも結局は近況を包み隠さず書いてきた。
 ベルリンに居を構え、今はお会いする機会が無くても――いつかバッタリお会いしたときに、隠し事があっては頭を下げることも出来ないだろうと思って。
 そうして送ったものが、どう扱われているか確かめるを術は無い。
『ちゃんと読んでるみたいですよ。どう思ってるかまでは、さすがに訊きにくいし、あちらも話題にはしませんけど……あ、あとお金は、トールが通っていた保育園に寄付してるみたいです。彼の初恋って、そこの担任の先生だったらしいんですよねぇ』
 ミリアリアさんが教えてくれたことを真に受けて良いものか分からず、そうだと思って安心してしまってはいけない、とも思う。
 普段は生活の忙しさに追われて、正直なところ考え事をする余裕も無いのだけれど。
 こんなふうに、ふと息をつける時間に幸せを噛み締め、子供たちの未来に想いを馳せて――同時に思い出す。己の過去を。
 そうして、この子たちが将来、戦争に巻き込まれる想像をして……やっとその怖さを実感した。

 そのことを書き記そうかどうしようかと、また迷っている。
 だって私の子供たちは、そろって元気に遊んで。幸せそうな顔をして、スヤスヤと眠っている。
 ケーニヒ家の方々に向ける顔など、元より無いのだ。戦争をしていた側の人間なんだから。そのくせ、生き長らえ、こんなふうに家庭を築いている自分が、客観的にどう見えるか――

 けれど、それでも……どうか。
 また世界規模の揉め事だなんて、勘弁してと思ってしまう。願ってしまう。
 この子たちを巻き込まないで。未来を血みどろのモノにしないで。やっと軍服を脱いで自由になれたあの人を、戦火に引き擦り込まないで――と。 



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マリューさん。ムウさんもだけど、なんでこの人無印時代、連合で軍人やってたんだろ……管理人が知らないだけで、どっかの外伝とかで説明あったのかな? べつにプラントやコーディネイターに恨みつらみや因縁がある訳でもなさそうだし、戦後、こんなふうに家庭を持ったら、過去の自分をどう思うんだろうなー。