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 報道なんて業界に属していると、記事から記事、伝手から伝手を辿り、望む望まないに関わらずいろんな人に出会う。だから滞在していた街角のカフェで、
「ミリアリア・ハウさん、ですね?」
「はい?」
 名指しで声をかけられ、振り向いた先に見知らぬ二人組の男性が立っていても、べつだん疑問には思わなかった。


      花葬


「少々お聞きしたいことがありまして――ああ、お時間は取らせません」
「これは、あなたが撮ったものですか?」
 地元の調査会社に勤める者ですと、それぞれ自己紹介した彼らは、カードケースに入った一枚の写真を差し出した。
「え……?」
 唐突さに面食らいつつ受け取って眺める。
 見覚えがあるような気もする、春色の景色。けれどこれといった特徴も無い桜並木では、そうだと断言できるほど確かな記憶力も無く――ミリアリアは、いつもの習慣で写真を裏返してみた。
 撮影した地名と日付、さらに自分の名前。
 作品に責任を持つ意味も込め、プリントした写真や原稿には手書きするようにしているのだ。
 そうして自らの筆跡を確かめ、思い出す。
「ええ、私が撮りました。ユニウスセブンの破片が落ちた被災地で」
 奇跡的に焼失を免れていた、観光名所の桜並木。
「でも。確か新聞や雑誌には採用されず終いだったから、焼き増しした覚えも無いんですけど……どこから、これを?」
 しかも泥跳ね? もしくはインクでもこぼしたんだろうか、裏も表も部分的に茶色く汚れている。
「ある事件に付随した、家宅捜索中に発見されたそうでして」
「情報的な価値があるようには見受けられませんが、我々も仕事なもので。意味の無い写真だろうと決め付ける訳にもいかず――ちょうど撮影者と思われる人物が近郊に滞在中だと情報が入ったものですから、確認だけでもと思いまして」
「お話からすると、ほとんど出回っていない物のようですが。紛失したり、盗まれたということは?」
「いえ、だってホントに、ただの桜の写真で。持って行かれたって……」
 困惑しつつ首をひねり、ごめんなさい分からないですと言いかけたのを押し留め、
「……あ」
「なにか、心当たりが?」
 ふっと浮かんだ記憶の切れ端。
「スカンジナビアの海辺で、二人組の男の子に会って――」
 そうだ、女の子にあげるんだって探してた。
“なんだよ、サクラって?”
 薄紅色の貝殻なのに、ちっともイメージが解ってないみたいで。
「桜を見たこと無いって言うから、私は焼き増しすれば良いからって、あげて……あのときの?」
 それがどうして、こんな見知らぬ人たちの手に渡って?
「家宅捜索って? この写真があった家で、なにか起きたんですか?」
 ミリアリアが眉を顰め問い質すのに、
「申し訳ありませんが、お答え致しかねます。ただ、やはり写真そのものに事件性は無いようですね――」
 相手は答えず、そう結論付けてしまった。
 話は終わりだと態度が告げていた。
「…………」
 釈然としないが、食い下がってどうなる話でもないだろう。
 写真が事件に関わっていればまだしも、証拠品の類ではないと判断されてしまっては、こちらの疑問を解消する義務など彼らには無い。

 事務的に礼を言い、写真を手に立ち去った男たちを見送ってから。ミリアリアは、最寄のターミナル中継点に立ち寄ることにした。
 あの子たちの顔すら覚えていないうえ、写真そのものは “事件” と無関係では、到底突き止められるとも思えないが――ダメで元々、近隣で起きたニュース一覧に目を通してみようと考えたのだ。



 何度か利用したことのあるブースへ足を踏み入れると、顔見知りの女性に声を掛けられた。
「あ、ハウさん? さっき通信が入ってましたよ。コダックさんから」
「……師匠が?」
「ええ、ずいぶん慌てている感じでしたけど。他の中継点にも、あなたを見かけたら連絡をくれって頼んでいたみたいで」
 なんだろう、珍しい。
 ミリアリアは瞬いて、伝言メモを受け取る。
 弟子が独り立ちしてからは、もう放ったらかし。用がなければ連絡など寄こさない人だ――つまりは何かあったんだろう。

「師匠? お久しぶりです」
 メモの日時欄からしても通信があって間もなかったようで、折り返せば、すぐに応答したコダックだったが、
〔……なんだ、生きとったか〕
 開口一番これだ。
 憎まれ口の類には慣れっこだけどと、ミリアリアは苦笑いする。
「ご挨拶ですねー。おかげさまで元気にやってますよ。今日は、どうかしたんですか?」
〔ああ。近いうち、おまえさんのところに二人組の男が訪ねていく可能性が高いんだがな〕
「え? ああ、さっき近くのカフェで声かけられて――私が昔撮った写真の話して、10分もしないうちに勝手に納得したみたいで帰られましたよ」
 コダックの仏頂面が拍子抜けたように崩れるのを、怪訝に思いながら見つめ返す。
「師匠のお知り合いだったんですか? 確か地元の、調査会社の人間だって名乗ってましたけど……」
〔調査会社――まあ、大雑把に括れば嘘じゃねえか〕
「嘘じゃないって? どういう意味です?」
〔可愛いお弟子さんが拘束されたり、下手したら殺されるんじゃないかって心配してたんですよねー?〕
 横からひょいと顔と声を出した中年男性の姿に、ミリアリアは驚いた。
「フジさんまで! お久しぶりです」
 戦後一度会ったときには、アッシュ部隊に壊された宿にかけていた保険金が下りるまで、コダックさんの手伝いでもしているつもりですと肩を竦めていたけれど、まだ同行していたのか。
 まあ師匠も強気な人とはいえ年齢が年齢だから、誰か一緒に居てくれた方が安心ではあるけれど。
「……って、拘束? こ、殺されるって……」
 唐突に出てきた物騒な単語に、目を白黒させるミリアリア。
〔地元の警察ですよ、その二人は〕
〔しかも連合軍施設の調査に携わっている、な〕

 コダックとフジは代わる代わる語った。
 連合軍施設と言っても、エクステンデッド育成・管理に使われていた研究所らしく、デュランダル議長による “ロゴス撲滅宣言” の折、武器を取った一般市民の討ち入りによって解放され、今はザフトの駐留部隊と現地警察組織が合同で管理しているという場所だった。
 そこの調査員が 『ミリアリア・ハウ』 を探していたと小耳に挟み、しかし理由までは判明せず。今度はなにをやらかしたんだあの馬鹿弟子は――と心配したコダックが、とにかく知らせて心当たりがあるなら把握しておこう、すでに手遅れで連行などされているようなら、身元引受人が必要だろうと思って連絡して来たらしい。

〔まあ、あっさり帰って行ったなら取り越し苦労だったんだろうが……艦長やザフトの小僧ならまだしも、なんの用だったんだ。おまえに?〕
 尤もな疑問だろう、けれどミリアリアには、明確に返せる言葉が無かった。
〔私が昔、撮った――被災地の写真がそこにあったらしいんです。だけどホントに、ただの桜並木を写したもので〕
 なんとなく、海辺で出会った少年たちの話はしたくなかった。
〔……だから、たまたまだと思います〕

 本当に偶然、だけど。
 桜貝を探していた男の子に、あげた写真がそんなところにあって。
 確か、ピンクを表現するときに 『連合の女の制服』 と奇妙な言い回しをしていた――彼らは今どこで、どうしている?
 なんて名前だったろう、あの子たち?
 お互いを呼び合っていた気がするけど、思い出せない……覚えてない。一生懸命に桜貝を探して、あげたがっていた女の子の名前も。

×××××


 コダックたちが首をひねりながらも納得して、通信を切った後。
 仕事もなにもする気になれず――ミリアリアは、近くの公園へ足を延ばした。

 そよ風が気持ち良い、晴天の初夏。
 広場は親子連れで賑わっていて、ブランコや滑り台といった遊具の周りは騒々しいくらい、でも……花盛りを過ぎて、ほとんど葉桜になってしまった木々に目を向ける物好きはいないようだ。
 木陰のベンチに凭れて、空の青さ、鮮やかな若葉色に目を細める。
 すっかり新緑の季節。
 それでも今年は例年に比べ寒かったからか、じっと眺めていると、わずかに残った桜色が見て取れた。
 ここより季節の巡りが早い彼の地では、さすがにもう、最後のひとひらまで散ってしまっているだろうけれど。

「いい加減だなぁ……記憶なんて」

 あの日、自分が、どうして一人で海辺を歩いていたのかも忘れてしまっていた。
 連合兵だった可能性が高い、彼らについても、一人が妙に礼儀正しかったことくらいしか思い出せない。
 なにも死んだと決まったわけじゃない。
 軍になんてまったく関わりを持たない一般市民だったかもしれない。
 たとえ連合軍に属していてもエクステンデッドじゃなく、昔の自分みたいな志願兵で――戦争も終わったんだし、どこかで元気に暮らしているかも。
 あるいは無事に “保護” されて、フラガも出資する医療施設で、リハビリを続けているかもしれない。
 けど、たぶん “そう” なんじゃないかと思ってしまう空気が、昨日の、事情聴取の場にはあった。
 泥かインクと思った染みは、もしかしたら……。

「!」

 つらつら考え込んでいると、ふっと視界を小さな影が遮り。
 反射的に虫かと思って目を瞑り、片手で顔を庇う――が、そおっと薄目で窺っても、飛び回る影は見当たらず。手の甲がこそばゆいなと視線を落とせば、服の袖と手首に挟まれるように、桜の花びらが引っ掛かっていた。

(……海は、ちょっと遠すぎるわね)

 手のひらに乗せ替えて、しばし眺め考える。
 今は、まだキレイな薄紅色だけれど。辛うじて残っていた花だ、数時間と経たず瑞々しさを失い変色してしまうだろう。

 立ち上がったミリアリアは、この近くに川があったのを思い出して、そちらへ向かう。
 無意味なこと。
 束の間、すれ違ったに過ぎない相手。
 スッキリしない気持ちを切り替えようと、なにかしたかっただけの自己満足――それでも。

 橋の欄干に寄りかかり、握っていた手のひらを開くと、薄い花びらはひらひらと水面へ落ちていって、すぐに見えなくなった。
 この川は海へ、そこから世界中へ繋がっている。
 流れに乗って、どこまで届くだろう……彼が眠るマーシャル諸島跡地は、さすがに遠すぎる?

 行ったことがある場所、まだ見ぬ街。
 形にしなければ薄れていく一方の記憶を、伝え残す難しさ。
 来年の春には、またあの桜並木を撮りに行こうか? スカンジナビアの元職場にも立ち寄ってみるか――だけど、まずは。
「今日はサボっちゃったから、明日は教習所に行かなくっちゃねー」
 思いっきり背伸びをして、深呼吸。

 免許取得まで、もう少しだ。
 無事に取れたら、あの子の歌をかけて……どこへ行こう?
 すっかりご無沙汰な友人たちを、アポ無しで、訪ねて行ってみるのも楽しいかな?




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タイトルは、ラルク・アン・シェルの同名曲より。当初は、戦後ラボ取材に訪れたミリィがたまたま落ちてた写真を発見するという流れを考えてたけど、それは無理がありすぎですね。話の大筋だけ考え保留にしたまま、そういや写真あげてたなあと、連載終了から2年も(!)経って思いついた……。