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 ピンポーン、とチャイムを鳴らす。

 街外れに立つフラガ家は相変わらず、こぢんまりとした小さな家だった。子供3人が大きくなる頃には窮屈なんじゃないかと思うくらい。家で留守番している妻子が心配なんだろう、警備システムだけは、立派なものを設置しているようだけれど。
 ややあって、かちゃりと開いた扉。
「いらっしゃい、ミリアリアさん」
 セミロングの髪を首の付け根でくるりと束ね、エプロン姿の元アークエンジェル艦長は、ピンクのベビー服を着た金髪の赤ちゃんを胸に抱いていた。


      Life goes on 〜 Murrue 〜


「お久しぶりです、マリューさん。これお土産――あっ、この子がテラちゃん?」
 三つ子の中でも女の子は一人だけだったはず。
 目の色や顔立ち、ふわふわした髪質は母親譲りだろうか? まあ、両親のどっちに似ても将来美人になるだろう。
「こんにちは、初めましてー。ミリアリア・ハウです」
 背をかがめて目線を合わせ、笑って話しかけてみる。
「ママとおしゃべりしに来たの。夕方には帰るから、半分だけママを貸してねー?」
「…………」
 きょとんとこっちを眺めていた大きな瞳が、急激にうるうると潤み、あ、なんかマズそうと思った次の瞬間にはもう、
「す、すみません!」
 テラちゃんは顔を真っ赤にしてギャン泣きしてしまった。
 わああ、うわあああんと家中に響いていそうな大洪水。
「こっちこそ、ごめんなさいね。最近ちょっと人見知りが始まって――30分も経てば落ち着くと思うから。とりあえず上がって?」
 うながされるまま靴を脱ぎ、ああよしよしと我が子をあやすマリューの後を、赤ちゃんの視界に入らぬよう身を縮めつつ追っていく。
 べつに何もしていないのに、小さい子に泣かれると、自分が極悪人であるかのような居たたまれなさに襲われるのは何故だろう?

 戦後、すぐにでも結婚するかと思われていたフラガたちだが――しばらくオーブ軍に属して働いた後、ゆりかご基金の設立を機にベルリンへ移り住み、居を構え、幾度となくブルーコスモスなどの過激派に襲われるという、心休まらぬ日々を送り――ようやく夫婦となったのは、五年もの月日が流れてから。それも入籍と、記念写真を撮るだけの、いわゆるフォト婚というヤツで。
 報告ハガキに載っていたマリューのウエディングドレス姿が、それはそれはキレイだったから、小さなパーティーでも良いから皆で集って、自分でも写真を撮りたかったなあと残念に思ったけれど、式をどうするかなど第三者が口を出すことでもないだろう。

「ベルリンに着いたのは、昨日だっけ?」
「はい。久しぶりに、ムウさんに施設を案内してもらいました」
「そう。子供たち、元気だった?」
「ええ、もう普通に学校の教室って感じですよね」
 妊娠を機に退職するまで、マリューもまた、エクステンデッド保護施設のスタッフを務めていた。
 幼児の扱いは慣れていても、赤ちゃんとなるとまた勝手が違うだろうし、あまりゆっくり眠る時間も無いんだろう。前に会ったときより少し痩せた気がする。

 ちなみに長男くんは、遠巻きにチラチラとこっちを見ているが、近づいて来ようとはしない。
 逆に次男くんは好奇心が強いのか、はいはいしながら膝によじ登ろうとしたり、腕時計を引っ張られたり。
 長女ことテラちゃんは――だいぶミリアリアの存在に慣れてきたのか、くりくりした瞳でこっちを見ている。見ているを通りこして、凝視だ――なんかちょっと、こそばゆくて、泣かれるのとは違う意味で居た堪れない。

「この子たちの名前……ラテン語で、空、海、大地の意味……でしたっけ? ムウさんとマリューさん、どっちが考えたんですか?」
「二人ともよ。特に、テラは即決――“ファントムペイン” 時代に、あの人が――いいえ、私が、かしらね。死なせてしまった子から、一部もらった形」
 柔らかな、けれど少し翳りある目で娘を見つめ、
「ステラっていう名前の、おっとりした子で、ずいぶん “ネオ” を慕ってくれてたみたい。あと、彼女が乗っていたモビルスーツ―― “ガイア” なんですって」
「……ギリシャ神話の、大地の女神ですね」
 ええ、と頷いた元上司は、
「おなかにいるのが三つ子だって、判ったとき。もしも生まれ変わりだったら、生まれ変わる先に私たちのところを選んでくれたなら――ムウの罪悪感は、少し癒えるかもしれない、なんて、勝手なこと考えちゃったけど。でも、そうだとしても別人だものね」
 ふふっと微笑んで、ちょこまかしている息子たちを眺めやる。
「新しい人生なんだから。まったく同じ名前もどうなんだろうって “Terra”って思いついて、じゃあやっぱり、由来は自然で揃えたいなって」

 ミリアリアが来る前に離乳食を食べ終えていたらしい、赤ちゃんたちは、やがて三人揃ってお昼寝タイム。

 チョコレートケーキとルイボスティーをごちそうになりながら近況報告、共通の知人ネタから時事問題、昔話に加え、肩こり対策グッズがどうこうといった雑談まで、女二人でおしゃべりに花を咲かせていた昼下がり。
「ミリアリアさんは、今いくつだっけ?」
 マリューが唐突に、そんな話題を振った。
「25歳になりました」
「25かぁ……私も歳を取るはずよね。まだ学生だったあなたが、すっかり大人の女性だもの。この間も、近所の子から “おばちゃん” って呼ばれて、ちょっとヘコんじゃったわ」
 そういえば、ヘリオポリスで――出会ったばかりの連合軍人マリュー・ラミアスは、当時26歳だった。ちょうど、あの頃の彼女の年齢に近づいた訳だ。
 相変わらず美人だけれど、確かにもう、お姉さんっていうよりキレイな奥さんって感じ。

「……ねえ、好きな人の子供がほしいなって思う?」
「へっ?」
 たぶん、トールの件で責任を感じているからだろう。
 彼女が、こんなふうにミリアリア相手に、色恋沙汰に言及したことは今まで無かったから。
「それはまあ、いつかは――って思いますけど、相手もいないし、今は仕事が楽しいし」
「あら、そうなの?」
 面食らいながらも答えれば、不思議そうに小首をかしげ、
「余計なお世話だったら、老婆心からだと思って聞き流してね。でも……私みたいに30歳も半ばになって産むと、体力的にも大変よ。妊娠中に通っていた産院にも、ほしいと思ってもなかなか授からずに、悩んでいる人がたくさんいたわ」 
 けれど真面目な、冗談の類としては受け流しにくい口調で囁いた。
「一生一人でいよう、と決めているんじゃなかったら。少し真剣に考えてみて?」


 夕方になり、フラガ邸を辞去して。


「好きな人、ねえ――」

 ベルリンの街を歩きながら、なんとなく空を見上げる。

 恋愛の一歩手前で足踏みしている感じの相手、ディアッカは、今もザフトに属しジュール隊の副官として働いている。
 イザークが国防委員長になったら軍辞めて地球に降りるから雇ってー、と言いながら、なんだかんだ事件や揉め事が起きて先延ばし……内心密かに “来る来る詐欺” と呼んでいる。

 あいつが押しかけ助手になりに現れたら、腹を括って、ケジメの付け方も考えようと思って。
 曖昧な関係が続くうち、周りからは遠距離恋愛中と認識されてしまい、ディアッカはおもしろがって肯定するし、ミリアリアは旅暮らしで訂正する機会も少なく、いちいち否定するのも面倒になって放置しているから、そろそろゴールインするんじゃないかとか長すぎた春だとか、好き勝手に言われているようだけど。
 仕事が楽しくて、結婚や出産なんて、あんまり現実味を持って考えられない――だけど、いつかはと憧れを抱いているのも本当。
 イトコの結婚式が相次いで、両親の 『お見合いしろ』 攻撃に辟易した時期、真っ先にディアッカの顔が浮かんだことも事実。

 ザフト軍人とジャーナリストじゃ、ろくに一緒に居られない。
 仕事を辞めてプラントに定住する気は皆無。
 だから普通の恋人同士になんて、なれっこない。
 急かされないから、それを理由に結論を出さず先延ばしにしてきたけど……私はアイツと、この先どうなりたいんだろう?

 つらつら考えている間に、明日、立ち寄る予定だったTV局の前を通りがかり、
「こんばんはー」
 ついでだからと中を覗けば、顔見知りのスタッフたちが、きょとんと目を丸くした。
「あれ? 取材、明日じゃなかったっけ?」
「明日も来ますよ。たまたま近くを通ったから、なにか今日、片付けられることがあったら済ませちゃおうと思って」
「あ、ちょうど良かった! ねえ。ハウさん、確かオーブ出身でしょ―― “ナルカミ” って、どういう意味か知ってる?」
 横ろから呼ばれ、小首をかしげたミリアリアに、
「ナルカミ? なんの話ですか?」
「これ、昨日の経済新聞」
 女性スタッフがデスクに紙面を広げ、とある記事を指し示す。
「オーブのモルゲンレーテ社がね、次世代エネルギーシステムを発表したそうなの。島国らしく、海の波を電力発電に活用する代物らしいんだけど」
「海の波……つまり、潮の満ち引きを?」
「そ、潮力発電」
 考えてみれば勝手に年がら年じゅう動いているのだ。上手く利用できれば、エコエネルギーになるだろう。
 ただ、燃料不要で有害廃棄物も出ない反面、機材に付着する貝の除去や塩害対策に維持費がかかるうえ、耐用年数も短くコストパフォーマンスが悪い、漁業や船の運航の妨げにならないようにと考えると設置場所も制限されると、利点より使い勝手の悪さが目につくシステムだ。採用している国やエリアは少なかったはず。
 しかし新聞に載るということは、従来の欠点がかなり解消されたんだろう。
「それの名称が “ナルカミ” って言うらしいんだけど、たぶんアカツキやクサナギみたいに、オーブ特有の単語なのね。検索したり辞書で調べても、出るのは関連記事ばっかりで、イマイチそれらしいのが見つからなくて。造語かな?」
「ええっと、聞いたことはあります。確か――」
 まだ子供だった頃、おばあちゃんの家に泊まりに行っていた日の夜、嵐になって。
 雷が怖くてベソをかいていた自分に、祖母が聞かせてくれた昔話。
 悪いことをするヤツには、お空の神様がバチを当てる。ナルカミ様は、ちゃあんと見ている。だから、おまえが良い子にしていれば、真っ暗な夜も明るくして、守ってくださるよ。
「古い言葉で、雷って意味だったはずです。雷の神様、みたいな」
「つまり、雷神ってこと? 北欧神話で言う “トール” ね」
「……えっ?」
 思わず、変な声を上げてしまい。相手は戸惑ったように、こっちと新聞を見比べて言う。
「え、なに? 雷神――で、良いのよね?」
「は、はい。あの……ちょっとこれ、読ませてもらえますか?」
 貸してもらった新聞に目を落とす。
 システムの概要を解説する、記事の末尾に記されていた若手の研究チーム、開発責任者の名前は――カズイ・バスカーク。

(また、取材したい相手が増えたなー……)

 偶然にしては出来すぎたネーミングに、ふっと口許が緩む。粋なことをしてくれるじゃないですか?

 ベルリンでの仕事が終わったら、オーブに帰ろう。
 それぞれのフィールドで頑張っている、皆に会って、近況報告して。
 実家に顔出して、泊まって。どうせ両親の 『孫の顔が見たい』 攻撃を受けるだろうから――マリューが言ってたこと、ちょっとだけマジメに考えてみようか。



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マリューさんはともかくムウさんの心情的に、子作りに踏み切るには、かなり時間がかかるんじゃないかと思います。俺なんかが父親で、幸せになれるのか――みたいな。孤児院経営が軌道に乗ってから、夫婦とも35歳オーバー出産年齢ギリギリで、避妊してたけど出来ちゃったから腹括ったみたいな。カズイは研究者として地味に功績を残していくと良いよ。電力問題を解決する新発明品に、トール由来の名前を付けてくれたりしたら私は泣きます。