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★ きみへ続く道 (2) ★


 またまた翌日。
「ごめんなさい。ぼたんさんにまで、ご迷惑をかけて――」
「なに言ってんだい! これは、あたしの仕事でもあるんだよ。雪菜ちゃんのおかげで一人、行方不明者が見つかるかもしれないんだから」
 人前で霊体のまんまじゃ会話に不便だからと、人間のフリして合流したぼたんと合計四人で向かった、けっこうデカイ警察署、廊下の突き当たり。
「すみません。昨日電話で問い合わせした、桑原と申しますが……佐鳥さんか、篠田さんはいらっしゃいますか」
「はい。少々お待ちください」
 頷いた事務のおばちゃんが扉の向こうに引っ込んで、すぐに現れたのは、スカした表情の兄ちゃんだった。
 スーツ姿に銀縁のメガネをかけてて、刑事って感じはしないが事務員って雰囲気でもない。なんつーんだ、刑事ドラマによく出てくる嫌味なエリート官僚? うん、それっぽいな。
 こっちを見る鋭い、けどどっか関心が薄そうな目つきに、なんとなく昔の敵――仙水一派の刃霧を思い出す。
「よ、久しぶり。佐鳥くん」
 姉ちゃんが軽い調子で片手を上げると、
「ああ、卒業以来か? しかし、おまえがここに来るとは珍しいな。たまに、親父さんから近況を聞かされてはいたが……」
「父さんの仕事とは直接関係無い、個人的な依頼だからね」
 二人はお互いに肩を竦めて、どっか似通った苦笑いを浮かべた。どうも知り合いらしい――卒業以来ってことは、中学か高校あたりの同級生か。
「すまんが、適任者になるだろう篠田が、まだ昼飯から戻っていない。そこの休憩室で待っていてもらえるか?」
「ああ。指定されてた時間より、少し早く着いちゃったからね」

 自販機で買ったジュースを飲みながら、姉ちゃんと佐鳥が高校でクラスメートだったこととか、室田の “盗聴” と同種の能力持ちだとかいう話を聞いていると、ドアの向こうから女の声が響いた。
「すみませーん! 篠田、戻りました! お客さん、もうお付きになっているそうで――」
 そんでもってすぐに、佐鳥に連れられて、事務員らしい制服姿の姉ちゃんが顔を出した。

「お初にお目にかかります。篠田麻弥です! 職種は事務なんですけど、怪奇事件発生の際には捜査チームの一員として働いてます。以後、お見知りおきを」
「桑原静流です。初めまして」
 びしっと敬礼して寄越した篠田サンに、姉ちゃんが 「お世話になります」 と挨拶したんで、
「弟の和真です。えーと、今回はよろしくお願いします」
 オレも慌てて頭を下げた。そこへ横から佐鳥が 「少し話しておいたろう。桑原氏のご子息だ」 と言い足すと、篠田サンは妙に納得で頷いて、
「ご用件は人探しですよね? 数年前に亡くなられた方の、遺骨を――ご家族の元へ返したいと」
「はい」
「それらしき人物の捜索願は出ています。石蕗靖、存命であれば29歳」
 手元のファイルをめくりながら、彼女が言ったことに、
「ああ、遺族も探してくれてたんだね。良かったよ〜! 昨日、故郷を調べはしたんだけど、時間が経ちすぎてるからか皆さん普通に生活してるようにしか見えなくて、行方不明の彼が、どういう扱いになってるのか分からなかったからさぁ」
 声を弾ませた、ぼたんがホッと胸を撫で下ろす。
「あ、失礼しました。そちらのお二方も、桑原さんのお連れ様で――」
 焦ったように振り向いた篠田サンが、言葉の途中でハッとした表情になり、ぼたんをマジマジと見つめた。
「あなたは、ひょっとして霊界の人……?」
「あ、うん。水先案内人のぼたんちゃんよー。よろしくね!」
 “領域” 持ちとは聞いてたが、外見だけじゃ分からないはずの種族を言い当ててるあたり、けっこう霊力も強そうだ。
「水先案内人!? わー、天使様だ……! 話には聞いてたけど、初めて会えたー! あの、もしかしなくても空を飛べるんですか?」
「ああ、うん。鳥の翼みたいなもんは無くて、櫂に乗って飛ぶんだけど。しかし天使なんて言われると変な感じだねえ――西洋風に例えるなら、天使って言うより死神だよ?」
 照れくさそうに笑うぼたんに、感極まった様子ではしゃぐ篠田サン。
「えー? でも、死んだらお迎えに来てくれるんですよね?」
「うん。それが、あたしらの仕事さね」
「あははー、こんな明るい人が案内してくれるなら、死後の世界も楽しそう!」
 ひとしきり、きゃいきゃい盛り上がってから、
「ああ、それでね――実質この子が、今回の依頼主なんだよ。石蕗さんを直接知ってるのも彼女でさ」
 後ろで目を白黒させていた雪菜さんの、肩を軽く引くように前に出して説明する、と。
「……か、わ、いー!!」
 アーモンド型のデカイ目をさらに丸くして、ぼたんが霊界人と気づいた時以上に、浮かれた歓声を上げ。
「え、あなた妖怪? 氷属性の妖怪さん?」
「あ、はい。氷女の雪菜と申します」
 おっかなびっくり応えた雪菜さんを眺め回して、その場でピョンピョンと跳ねだした。
「かわいー! かわいぃー! 声とか仕草まで可愛いー!! こんなカワイイ子がいたらそりゃ雪女伝説も出来るわー。ふらふら雪山に入っちゃう馬鹿も出るわー」
 なんか、すっげえテンションが高い。集団でショーウインドウにへばりついて、新作パフェやら仔犬やらがカワイイと騒いでる女子高生のノリだコレ。若いし、制服着てなかったら、とても警察関係者には見えなかっただろうなぁ。
「あの、人間界って暑くない? 出歩いて大丈夫なんですか? 好きな食べ物とかあります? ――って言うか人間みたいな “食事” って必要なのかな?」
「え? ええっと、あの」
 ぼたんは似たノリで話も盛り上がってたけど、お淑やかで、こういったテンションには不慣れな雪菜さんは、戸惑い顔のまま目をぱちくりさせている。
(なんか、さっきから脱線してばっかだけど……べつに、すげぇ急ぐ話って訳でもねーんだけど。なんか変わった姉ちゃんだよな)
 いい加減に口を挟むべきか、と迷っていたら。
 佐鳥が溜息混じりに近づいて来るなり、分厚いファイルの角っこでバコンと同僚の頭を殴った。
「んぎゃっ!」
 頭を抱え涙目で悶絶する篠田サン。パッと見ショートヘアかと思ってたが、そこそこ長そうな髪が首の付け根でクルッとバレッタで束ねてあった。
「あ、あの?」
「申し訳ありません。うるさいヤツで――」
 おろおろする雪菜さんに向かって、丁寧に頭を下げた佐鳥は、
「心霊現象の相談に応じる部署なのだから、仕事で妖に遭遇することも多々ある。いちいち騒ぐなと何度言えば分かる」
 呆れ切った顔つきで篠田サンを見下ろすと、説教をかました。
「だってだってー!」
「やかましい」
「うう〜」
 なんとなく、これが日常的な会話なんだろうなーという気がした。

「とにかく相手が故人なら、おまえの仕事だ。彼女たちと私的な話をしたいと思うなら、事件解決後、ご本人の同意を得てからにしろ」
「はぁーい……」
 不承不承、頷いた篠田サンは、
「失礼しました。とにかく車で現場に向かいたいので、ご同行願えますか?」
 さっきまでの自分の言動が、いまさら恥ずかしくなったらしく赤面しつつオレらを促した。

 佐鳥の車に乗ること数時間、垂金の別荘跡地に到着すると――ぼたんに聞いていたとおり、そこにはもう何にも残ってなくて欝蒼とした森が広がっているだけだった。

「この辺らしいが、痕跡は見当たらんな……」
 なにかの端末で番地と位置情報でも照合してるらしい、佐鳥が眉根を寄せて呟き、
「それじゃ “発動” してみるので、後はよろしくお願いします。先輩」
 そう言って目を閉じた篠田サンは軽く両腕を広げた。深呼吸してるみてーな体勢だ。
 ほどなく “領域” が広がる気配を感じるけど、視界にはこれといった変化が無い。オレが首をひねってると、こっちの疑念に気づいたらしく佐鳥が彼女を指して説明した。
「気になるなら、篠田の手でも掴めば同じものが見えますよ。ただ、あくまで “過去の景色” なんで、話しかけたり触ったりは出来ませんが」
「あれま、本当かい? それじゃ篠田さん、ちょいと失敬するよ――うひゃっ!?」
 篠田サンの手首あたりを握った途端ぽかんと口を開けて、きょろきょろと周りを見回している。
「わ、私も……! あ、手じゃないと見えない、でしょうか?」
「篠田に触っている人間の足や髪でも、効果は変わりません。とにかく服や靴などの無機物を挟まず、本人に直に触れていれば」
「そうなんですね。でしたら――」
 ぼたんに 「失礼します」 と声をかけた雪菜さんは、ポニーテールの先っぽを包むように持った。途端に、やっぱりびっくりした顔になって。確かに何か “視えて” いるんだろうなあ、という雰囲気に変わる。
「んー、私もちょっと見せてもらいたいね」
 姉ちゃんは雪菜さんの頭に手を乗せたけど、片眉を跳ね上げたくらいで、さっきの二人みたいなリアクションは無し。
(あ、姉ちゃんの手くらいなら――いや、ちょっとな。髪の方がマシか?)
 ぼたんや雪菜さんと違って遠慮がいる相手でもないし、そりゃあガキの頃は手ぇ繋がれて出掛けてた時期もあったけど、いやでもやっぱりオレも見せてもらえるなら見ときたい。
 ちょっと迷ってから、結局、姉ちゃんのロングヘアの先っぽを掴むことにする。
 子供とは呼べない歳の五人が電車ごっこしてるような状態は傍から見るとマヌケだろうが、他には佐鳥しかいないんだしな。あれ? そういえば――
「佐鳥サンは、見ないんスか?」
「そいつの “領域” に巻き込まれると、過去の景色しか見えなくなるんですよ。車を運転しようにも、歩行者や信号まで過去の代物だ。誰か一人は “現在” を見たまま、そいつを引っ張っていく必要がある」
「あー、なるほど……」
 こんな辺鄙な場所だけど、不審者や悪さする妖怪が通りがからないとも限らないしな、と納得しつつ、姉ちゃんの髪を肩口に押し付けるように手を乗せたら、

「うおぁっ!?」

 いきなり響き渡る轟音。
 重機や作業員が寄って集って、垂金の屋敷をぶっ壊していた。
 しかもそれが、なんつーか――ビデオテープを巻き戻してるみたいに、瓦礫の山だったのが造り直されてく?
 そのスピードが早過ぎて全体を見てる暇は無かったけど、戸愚呂兄弟の姿だとか、中学の制服来たオレと浦飯や、助け出された雪菜さん、そういやあの時、コエンマの指令があったらしくていつの間にか屋敷にいた飛影やら、美女だと思ったらオカマだった妖怪連中なんかの出入りする様子も、とにかく “あの時だ” と分かる映像が巻き戻されていった。
 それからリムジンに乗って屋敷を出入りする垂金と、執事か何からしいチョビ髭男、護衛か下っ端らしい黒スーツ集団がちらちら映って、そんで、
(……! 雪菜さん!?)
 顔は布で覆われて、さらに縄で縛られている着物姿の女の子が、玄関前に停まった黒塗りの車から引き摺り下ろされてきた。
「って、おあ?」
 姉ちゃんの髪を掴んでた手が急に引っ張られる。
「ちょっと、痛いよカズ。移動するっぽいから、ちゃんと付いて来な」
 姉ちゃんが、文句垂れつつ一歩前に出た――というより、歩き出した篠田サンに連れられる形で、並んでた全員がわたわたと歩き始めたんだ――玄関に向かってる?
 視界はやっぱり早送りで、けど、さっきまでと違って巻き戻してるんじゃなく時系列を追ってたから、なにが起きたかくらいの流れは判った。

『死なない程度に世話をしろ』

 葉巻をふかしながら、横柄な口調で言い放つ垂金。
 赤い瞳に涙をいっぱい溜めて、戸口に立つ男どもを見上げる、今より幼い姿の雪菜さん。
 真面目くさった顔して立っていた石蕗は、垂金がチョビ髭どもを連れて立ち去ると、やや困った調子で雪菜さんに話しかけた。
『えーと……あんた、名前は?』
『……』
 雪菜さんは恐怖に引き攣ったまま答えない。石蕗は、かすかに苦笑する。
『まあ、いきなり攫われて来たんだし、なにも答えたくないよな――俺は、石蕗だ』
『…………』
『どう聞いてるか分からないけど、ここの主の目当ては “氷泪石” っていう宝石でな……つまり、その、あんたに泣いてくれってことらしくて。嬉しくもないだろうけど、少なくとも殺される心配は無いから』
 本当に、なんで垂金なんぞに雇われてたんだかって感じの、実直そうな男の声には、事務的になりきれない温かみが滲んでいて。
『食い物とか、部屋の温度とか、なにか希望があったら教えてくれ。俺の裁量で出来る範囲になるけど、対応するから』
 ふと姉ちゃんの前に立つ雪菜さんを見れば――彼女は、はらはらと涙をこぼして泣いていた。
 地面に落ちた氷泪石が、かしゃんかしゃんと悲しげな音を響かせた。



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雪菜ちゃんて何年くらい、垂金に幽閉されてたんだろ……2年以上3年未満ってイメージなんですけれども。外見年齢10歳くらいの頃に捕まって、12歳くらいで救出されたような。件のお兄さんと心通わすまでに半年ほど? 原作の絵柄を見ると彼は25歳前後に見えたので、ご存命であれば20代後半かなー。名前は捏造しました。妖怪に、佐藤だの田中だの人間の苗字はピンと来ないだろうけど、花の名前なら覚えやすそうなので。