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★ ユウウツハルハヤテ (2) ★


 デパートの一角にある、カラフルなベビー用品売り場の景色は――勉強漬けの日々を送っていた身には少し眩しくて、だけど、心和むものだった。
 
 服や小物は、その新米ママさんが手作り出来ちゃう、という話だったから、プレゼントは “親子で使えるスキンケアセット” が良いんじゃないかと意見がまとまって。送付先に 【 木内えり 様 】 と書き込んでから、
「うわ、また間違えた! そのうち書き慣れるのかな? これ――」
 しまった、という顔つきになった先輩は店員さんに謝って、新しい送り状に書き直し始めた。どうやら旧姓を書いてしまったらしい。
 幼馴染なら、20年近く元の氏名で呼んでたんだろうから、癖みたいなものよね。
「えーと、えりさん? ……って、先輩の同級生ですか? ずいぶん早くに結婚なさったんですね」
「そう。幼馴染で、高校までずっと一緒だったんだけど、えりは被服科のある短大に進んで、バイト先の社員さんと付き合うことになって、卒業した年に結婚。友達の中でもぶっちぎりの速さよ」
 ああ、大学じゃなくて短大卒の女性なのか。それでも晩婚化って言われてる世の中じゃ、かなり早いと思う。
「ま、とりあえず旦那さんは見る目あるわ」
 そう呟く先輩は、高校野球の決勝戦で負けてしまったチームの主将みたいな、すごく悔しげだけど、どこか感心してもいるような眼差しをしていた。

 そのまま、夕食も一緒にという流れになって、半個室のある居酒屋に入って。
「雪村さ、人を呪ったことある?」
「へっ?」
 取り分けて空になったサラダの大皿を、脇に退けていた最中に、空耳かと思うような質問。
「無い、です……」
 大学時代はお酒に強いイメージだったけど、激務の疲れからもう酔いが回ったんだろうか? と困惑混じりに窺った先輩の顔色は、出産祝いを見て回っていた時と変わらず涼しげで、瞳の色も真剣そのものだった。
「じゃあ、呪いって実在すると思う?」
 冗談を言ってる雰囲気じゃないから、真面目な話なんだろう。
(そういえば幽助がメチャクチャ過ぎて、たいていのオカルト的な話には慣れたつもりだったけど、呪いって――正直、あんまりピンと来ないな)
 高校の女子寮で幽霊騒ぎが起こったときは、皆が呪いだ何だと騒いでいたりもしたけれど、結局違ったし。ただ、
「見聞きしたことは無いです、けど……人間社会の常識じゃ説明できない “力” や、人が知らずにいる世界は、あると思います」
 幼馴染が入り浸っています、とはさすがに言えないので、断言まではせずに濁してみる。
「あれ、意外。笑い飛ばすかと思ったのに」
 丸くした目を、ふっと伏せて。唇の端に苦笑いを浮かべた先輩は、カクテルのグラスをテーブルに置くと頬杖をついた。そうして、
「ウチの両親――特に母親。教育ママってヤツでね。私も下手に負けん気が強くて、頭の成長も、まあそこそこ早い方だったから――物心ついた頃から、もっと頑張れ。一番を取れって言われ続けてた」
 ぽつりぽつり語られる昔の記憶と “呪い” が、どう結びつくのかサッパリ分からないまま、耳とグラスを傾ける。
「小学校低学年の頃は、ちょっと真剣にやればトップになれた。だけど、だんだん、スポーツでも勉強でも、どう頑張ったって勝てない相手が出てきて……運動会のリレー結果が2位だったとか、通知表がオール5じゃなかったとかで小言の嵐」
「ええっ? さすがにオール5の子なんて、そうそういないでしょう――文系、理系もあるし。副教科だって得意・不得意が出やすいし」
 充分に立派な成績なのに、それで怒られるなんて、ひどい話だ。
「雪村のご両親は? 学年トップを取れとか、言わなかった?」
「ウチですか? むしろ逆で、勉強するより食堂を手伝えって煩かったですよ……料理は好きだから普段なら、そんなに嫌でもなかったけど、テスト前なんかは、ちょっと勘弁してよって思うこともありましたね」
「そうか。実家がお店やってると、そこら辺はサラリーマン家庭より面倒だったりもするのかぁ」
 ふむふむと頷きながら、海鮮チヂミを一切れ口に放り込んだ先輩は、
「だけど、我が子を、誰かと比べたりしないご両親って――私には理想だな。羨ましいよ」
 苦笑しつつ 「ほら、遠慮してないで食べな」 と私の取り皿に、ひょいひょいとチヂミを数切れ移した。韓国やタイ料理の類は、両親のレパートリーに含まれないから、たまにこういう店で食べる機会があると新鮮で楽しい。うん、美味しい。
「散々 “自分より出来る子” と比べられて。努力じゃ、どうにもならなくて、自分の限界を感じてた頃に――学年で一人だけ、名門高校に推薦してもらえるって話が出てさ。候補は、私と、もう一人――だけどライバルは、ずっと私の上だった子。学年1位になるのを阻んできた子。普通に考えて、勝てっこないじゃない? それなのに両親は、担任も、相手を蹴落とせ、必ず勝つんだって――そればっかり」
 少しだけ、どう呪いと繋がるのか読めてきた気がして、
「そんな時にね、普段なら胡散臭いって笑って手に取りもしないような本を見つけたの。古本屋の片隅にあって、タダみたいな値段で売ってた。呪術だの、悪魔だの書いてあって」
 先輩の口から、想像を裏付ける言葉が次々に飛び出しても、
「べつに、それを頭から信じた訳じゃない。ただ、相手がテスト当日に、ちょっと怪我や病気で実力を発揮できなければ……運も実力のうちって言うし、どんな形でも、あの子に勝ちさえすえば、もうツベコベ言われずに済むのかなって考えて」
 当時の心境まで語られても、自分が知る先輩のイメージと乖離し過ぎていて、中学時代の彼女をうまく想像することが出来なかった。
「本の見よう見まねで “呪符” ってモノを作って、持ち歩くようになったの。そしたら、その子が車に轢かれそうになったり、幽霊を見るようになったって言って――」
 先輩と言っても、すごく親しかった訳じゃない。表面しか知らなかったと言われれば、否定は出来ない。
 だけど、胡散臭い呪術書に手を出すほど追い詰められるものだろうか? 学年トップは取れなくても、たとえ推薦枠に選ばれなくとも、進学校に余裕で合格するレベルの秀才、優等生には違いなかっただろうに。
「受験ノイローゼが見せた幻でしょ、って言われたら返す言葉も無いけど……あれは本物だったと思う。悪霊って呼ばれるモノだったと思う。私は自分の弱さに、なんの非も無い相手を巻き込んで殺しかけた」
 私の受験期は、どうだったろう?
 ウチの親は勉強よりも店の手伝いをしろ、ってタイプだったから、私は進学先は自分で好きに決めてきた。
 周りの教師たちは――私の交友関係にこそ煩く口を出してきたけど、少なくとも勉学面に干渉された記憶は無い。先輩の境遇や心境は、かなり想像しにくいものだった。
「途中から、まさか本物なんじゃ? って焦って、後悔して。慌てて探して回った先で、その子は――閉じた踏み切りに引きずり込まれて、危うく電車に撥ねられるところだったのよ」
 先輩の話は続いている。
 呪う気持ちが、物理的な危険を招く……?
「その子の腕を、黒い渦が掴んでた。周りの野次馬たちにソレは見えていないみたいだったけど、助けなきゃと思って踏み切りに向かったら、悪霊たちが私を遮って責め立てた」
 本人が言うように、受験ノイローゼが見せた幻として片付けてしまうのが、現実的ではあるんだろう。
「歪んだ黒い顔がいくつも蠢いて、おまえが望んだことだろう。あいつが居なければと願っただろう。おまえが我々を呼び寄せたんだ、どうして今更ジャマしようとするんだって……」
 だけど、霊界やら妖怪が実在したんだ。
 実際にあった出来事だとしても、なんら不思議は無い。
「結局、なんで悪霊が消えて二人とも助かったのか、ずっと考えてるけど良く分からない――あの子が、すごく優しい子だったから、神様ってヤツが助けてくれたのかな」
 先輩は一息ついて、天井を仰いだ。
「助かったし、助けに来てくれたから良いんだって、その子は笑って許してくれたけど」
 居酒屋の薄暗い明かりに照らされた先輩の横顔は、お酒の所為かプライベートの時間だからか、それとも10代の頃に想いを馳せているからか……なんだかちょっと幼く頼りなげに見えた。けれど、
「私は今も、自分を許せない」
 続けて苦い口調でそう言った、先輩の表情は、今度は奇妙に鋭く近寄りがたくて――なんでか、グレまくっていた頃の幽助を思い出してしまった。
「雪村のご両親は、少数派だよ。大多数の親はね、子供の成績や評判イコール、自分に対する評価だと感じてる。あの頃は、自分ばっかりが大変だと思い込んでたけど……ウチの親みたいなのはどこにでもいる、ある意味、普通の人たち」
 少数派?
 そうかもしれない。たぶん周りに一番多いのは、サラリーマン家庭だろうし。
「高校で仲良くなった友達も、ボヤいてた。頑張って勉強して、過去最高の点数を取って、総合学年八位の結果。褒めてもらえると思って意気揚々、ご両親に結果表を見せたら――あら、すごいじゃない。もっと頑張れって言われたって。その時に悟ったって」
 私にとって勉学は強制されるモノじゃなかった。親に褒められたいと思えば、店を手伝う方が、よっぽど手っ取り早かった。
「もっと頑張って学年一位になっても、きっと次も一位を取れって言われる。どんなに努力したって手放しに褒めてくれることは無いんだな、この人はって」
 きちんとやることが性に合っていたから、手抜きしないでいたら優等生って扱いを受けるようになって。
 教師になりたいと思ったから、勉強を続けてきた。
「だから自分が疲れない程度にしか頑張らないことにした、って肩竦めてた」
 勉強しなきゃいけないことを苦痛に思う気持ちが、私には分からない……?
「すっかり頭が固くなってる親世代を変えるのは、まず無理だから。私は、自分みたいな生徒が道を踏み外さないように、声を掛けられる先生になりたいと思った。親じゃない、友達でもない、自分の頑張りを認めてくれる大人の存在って、かなり大きいと思うのよ――」
 語り終えた先輩は、大きく息を吐いて。
「……ま、私の志望動機はそんなとこ。面接を受けたときも、だいたいこーいう話をしたよ……さすがに呪い云々は伏せたけどね」
 軽く、肩を竦めてみせた。
 さっきまで纏っていた鋭い空気はいつの間にか霧散していて、表情や声音も、私が知っている先輩らしいモノに戻っていた。
「……で? あんたの志望動機は?」
「へ?」
「へ? じゃないでしょ。あんたが筆記で落ちるとは思えないし、面接の方で引っ掛かったんじゃないの?」
「あ、はい。筆記は通ったんですけど――」
 落ちたことを思い返すと少し凹むけど、こうして忙しいのに付き合ってくれて、たぶん話しにくいだろう “志望動機” まで語ってくれた先輩に、お茶を濁すような返事は失礼だ。
「私の場合、切っ掛けは……幼馴染が、学校に馴染めなくて」
 マトモに出席せず喧嘩に明け暮れ、何度も補導されるような不良になってしまい、周囲から孤立していたけれど。そんな状態でも彼を気にかけ、慕われていた先生がいたことを大雑把に話すと、
「幼馴染が不良に、かぁ」
 意外そうな顔をした先輩は、スパッとした口調で告げた。
「面接官によって評価、分かれそうね。それって」
「あはは、まあ……覚悟はしてました。中学の頃、浦飯とは縁を切れって散々言われましたし」
「残念ながら面接官やってるような世代って、まだまだ、そういう頭の固い人たちが多いからね。勉強できれば将来安泰って時代でもないのに、結局は学歴主義から抜け出せない」
「はい――」
「だけど志望動機として筋は通ってるし、あとは、もう相性の良い面接官に当たるかどうか。運次第じゃないかな? 講師なり学習塾なりで実績を積んで、老害どもなんか黙らせるくらいになんなさいよ」
(……運、か)
 だったらジタバタしても仕方ない。
 それに挫折らしい挫折を味わったことは、今後の糧にもなるだろう。教師としてやっていくなら、毎年、何十人もの生徒と関わっていくんだもの。
 きっと人生なんて、なにもかも上手く行くより、躓くことの方が断然多いんだから。

 アドバイスもらったり愚痴を聞いたり、学生時代の話題で盛り上がったり――結局、三時間近く話し込んじゃって。
 会計を済ませて、店を出て。

「あー、飲んだ食べた喋った! こんな落ち着いて過ごしたの久しぶりー」
 テンション高めの先輩が、気持ち良さげに伸びをする。
 すっかり夜も更けてしまったが、繁華街の大通りはそれなりに明るくて混雑していた。
 笑顔のおばちゃん集団。不機嫌そうなおじいさん。疲れた顔のサラリーマン。彼らは、どんなふうに生きて、どう社会と関わって、今ここに居るんだろう? ほろ酔い状態で、ぼんやり人込みを眺めていたら、
「ところでさ、雪村の幼馴染? その元ヤンで、ラーメン屋やってるとか言う」
 がしっと左肩を掴まれて。
 私より少し背の高い先輩を見上げると、彼女は、いつになく人の悪い笑みを浮かべていた。
「案内してよ。シメにラーメン食べて帰ろ」
「え……?」
「定食屋の娘から見ても美味しいんでしょ? ラーメンって、好きなんだけど、ちょっと女一人じゃ食べに行きにくいのよね〜」
 案内してと言いながら、鼻歌混じり、道も訊かずに私を引っぱって歩きだす。
 顔だけ見ると頬に赤みすら差してないんだけど、足元はフラついてるし、けっこう酔っ払っているのかもしれない。

 ――思ったよりも、長い夜になりそうだった。



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リアルタイムで読んでた頃は、武術会とか仙水編とかのバトルに胸を熱くしていたものですが。大人になってみると、そして二次創作したいな〜と思うのは、幽霊やってた初期エピソードとか、終盤の日常編とか。メイン4人は完成され過ぎていて、さらに思い出補正が強烈過ぎて、私には心理描写出来そうにないという側面もあります。