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† 狂乱の道化師 (1) †


 お笑い好きのオディロ院長に招かれたという道化師が、離れ小島の書庫兼院長室に入ったまま、日が暮れても出て来ず――様子を見て来てくれと頼んだ三人組も戻らぬまま、夕食時になり。

 べつに悲鳴や騒音が聞こえてる訳じゃない、食事を届けに行った当番のヤツも和やかで楽しそうだったと報告した……けど、だったらこの胸騒ぎはなんだ? 他の連中は、なにも感じないのか?
 それ以前に、いくら元気だって院長も高齢だ。いつも夜の9時頃には寝ちまうのに、こんな時間まで初対面のピエロを引き止めるか?
「しかし、よっぽど盛り上がってるんだな」
「どんな曲芸を披露してるんだろう? ボクも見てみたいけど、院長が快諾してくださったって、マルチェロ様が許可を出しっこないもんなあ」
「ただでさえ娯楽の少ない修道院なんだ。俺らはともかく、チビたちにくらい、一緒に見物させてやったって罰は当たらんだろうに」
 そこかしこから聞こえてくる、修道士たちの呑気な雑談にイライラし始めていた矢先――ずっと感じていた禍々しい気が、ふっと消え失せ。
(マイエラから出て行った……逃げた?)
 しかし院長は無事だろうか、本当に何事もなく済んだのか? と石頭二人が塞いでいる、小島へ続く橋を睨んでいると、
(――げ)
 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、マルチェロとその取り巻きたちに連行されて来る、赤毛の巨乳美人に棘帽子の太っちょ、それからオレンジバンダナ。

「そうだ。見張りが、やられていた。六人ともだ!」
「まだ中にいたはずの道化師が見当たらない?」
「我々が駆けつける前に逃走した……ということは、こいつらとグルか? 旅芸人と偽って侵入を手引きしたか。脱出には、キメラの翼でも使ったんだな」
「こいつらは絶対に橋を渡っていないし、あの道化師だって帰る姿など見ていませんよ! 怪しい物音も、特には――ずいぶん長居しているなとは思いましたが」
「ああ。院長はご無事だ、ただ眠っていらした……夕食に薬を盛るような素振りは無かったというから、ラリホーなどで強制的に眠らされていた可能性が高い。ピエロがいつ帰ったかも記憶に無いらしい」
「こいつらを尋問して、道化の居場所を聞き出す。マイエラ周辺も捜索しろ! まだ潜んでいる賊がいるかもしれん」

 聞こえてくる断片的な会話から、どうにか状況を掴む。
 問題の道化師は、中にいた見張りを、増援を呼ぶ声も上げられぬほど一方的に蹴散らして、オディロ院長を眠らせ――なにをするつもりだったのかは定かでないが、目撃されてはマズイ行為を、あいつらが現れた為に断念、逃走したタイミングで、たぶんオレと同じく “もう就寝時刻だが” と訝しみ、院長の様子を見に来たマルチェロと鉢合わせ、見張りに危害を加えた犯人と誤解される羽目になったんだろう。

 間違いなく濡れ衣なんだが、肝心な容疑者が姿を消しちまった以上、オレがなに言ったってマルチェロは、あいつらを解放しようとはしないだろうし……と考えた末、


「こんばんは、皆さん。お元気そうで、なによりだね」
「てめえ!!」
「おっと、そう怒るなって。さっきは悪かったよ」


 旧修道院へ入る為のアイテムでもある騎士団の指輪は、酒場でスリに盗まれたってことにして、いったん連中に牢屋に入ってもらい。
 見張りのメシに眠り薬を入れといて、鍵束を失敬、拷問室のアイアンメイデン――その奥から繋がる抜け穴を教えてやったわけだ。いつの間にやら三人組に、妙な緑色の魔物が加わっており、しかもそのチビが偉そうに場を仕切ろうとするのが不可解だったが。

「おおっ、ミーティア! 無事じゃったか!」

 普段あまり使われていない農具小屋には、なぜかキレイな白馬がいて、その前脚に涙目の魔物がまとわりついた。
「わしがいなくて心細かったじゃろう、もう大丈夫じゃ!」
「姫様! なぜ、こんなところに?」
 三人組の中ではリーダー格らしい、バンダナ男が目を丸くして、馬に話しかける。
(……姫?)
 頭、大丈夫かコイツ? なんで馬が姫なんだ? しかも様付け。
「あんまり長い間、おまえたちが帰って来んから探しに行ってやろうにも、姫を一人で外に置いておく訳にはいかんじゃろう。風は冷たいし日が暮れて暗いし、にわか雨が降らんとも限らんし、護衛がおらぬ間にモンスターに襲われでもしたら一大事じゃ」
 魔物のくせに、飼い馬 (?) が魔物に狙われる心配してるよ。
「どうしたもんかと迷っておったところ、遠目に、この小屋が見えての。一晩くらい寝床代わりに借りておっても見つかりはせんだろうと――しかし、こんな藁の中に抜け穴があったとは! 運命じゃのう。忌々しいドルマゲスめに呪いをかけられようとも、わしら親子の固い絆は引き裂けんのじゃ!」
 ドルマゲスって、なんだ? 呪い? 魔物と馬って親子関係成立すんのか? どんなハーフだ。
 悪い奴等じゃないってことくらいは感じ取れるが、それにしても変な連中。
「さっ、ここから逃げ出すぞ!」
 白馬を連れた魔物がすたこらさっさと小屋を出て行き、髪や服に付いた藁を払いながら、三人組が後に続く。世話になった相手だ、オレも少し、見送りでもするかと外へ出た。

 修道院の西、川沿いのせせらぎ。

「ここまで来りゃ、よほどのヘマをしない限り、逃げられる。ま、あれだ。いろいろ悪かったよ」
 ドニの酒場で指輪を押し付けたときは、単に好みの美人だったから、上手くお近づきになれればと思っただけなんだが――とんでもない目に遭わせちまったな。
 緑の魔物は愛馬に夢中。
 バンダナと太っちょは、さほど憤慨していないようだが、赤毛の彼女はキツイ眼つきでオレを睨んでいる。怒りを含め感情が、かなり顔に出やすいタイプのようだ。
「それじゃ、ここでお別れだ。この先の、あんたたちの旅に、神の祝福がありますように」
 ひらひら片手を振ってやると、目も鼻も顔も丸い太っちょが、心配そうにオレを仰ぎ見た。
「……あそこに戻って、大丈夫なんでがすか? 兄ちゃん?」
「ん?」
「そうだよね。僕らが牢屋にいなかったら、当然どうやって逃げたんだ、見張りを眠らせたのは誰だって騒ぎになるだろうし」
「そうね。あの二階からイヤミ、指輪の件で最初からククールを疑ってたし――」
 バンダナも表情を曇らせ、怒り一色だった少女までが吊り上げていた眉を寄せながら、溜息をつく。
「このまま逃げるなんて悔しくて、気分悪いわ。なんとか潔白を証明出来ないかなあ」
「うーん。院長さんだけは僕たちのこと庇ってくれてたけど、あそこに戻ったら、また問答無用で聖堂騎士団に捕まっちゃいそうだし……」
 おいおい、なに考えてるんだバカ。
「濡れ衣を晴らすのは、さすがに無理だろうから諦めてくれ。オレのことなら気にするな。知ってのとおり、舌先三寸はお手の物だからな――あの道化師――ドルマゲス? あいつが戻ってきて、なにかの魔術使って逃がしたんじゃないかってごまかすさ」
「そ、そう?」
「ああ。じゃあな」

 さてと。一応は謹慎中、外出を禁じられた身だ。
 眠らせた見張りが目を覚ます前に、さっさと引き返して、そ知らぬ顔でおとなしくしてなきゃ 『重大な任務を抱えてるから、修道院を離れられない』 なんて大嘘こいてまで、オディロ院長の安否確認をこいつらに頼んだ意味も無くなっちまう――と、踵を返した視界に、夜景の色彩としては不自然な “赤” がちらつき。同時に、

「潔白って言えば、そもそもドルマゲスは、なにしにマイエラ修道院に現れたの? どこ行ったのよ? 私たちが駆けつけたとき、幻みたいに消えちゃったけど。あれ、ルーラ?」
「ううん、違うと思う。部屋の中でルーラ使ったりしたら、天井に頭ぶつけるはずだよ……ほら、こう、ゴースト系のモンスターみたいに、物理的なものは無視して移動出来るんじゃないかな」
「そういえばリーザス像が見せてくれた、兄さんの――あのときも、あいつの姿、消えたり現れたりしながら」
「アッシには、魔法の小難しいことは、よく分からねえでげす」
「なんじゃ、なにを話し込んどるんじゃ? そういえば聞きそびれとったが、中でなにが……」
 連中のルーラ談義が聞こえ、驚愕する。
 確かに、あの魔法は屋内じゃ使えない。道化師――ドルマゲスが、そんな妙な消え方をしたなら、いくら見張りを増やして警備を厳重にしようと。

「橋が――修道院が燃えている? バカな――」

 無意識にこぼれ落ちた呟きは、我ながら、ひどく掠れていた。
「え?」
「ちょっと、なにあれ! 火事!?」
 背後で響いた悲鳴に弾かれ、混乱に陥っていた思考が動きだす。
 まさか、さっきの禍々しい気のヤツが再び!?
「オディロ院長が危ない!!」
 修道院は目と鼻の先だ、動揺した今の精神状態でルーラを使うより走った方が早い。

「ククール!?」

 騒ぎ叫ぶ声を振り切って院内へ駆け込み、がらんとした聖堂、宿舎を突っ切ろうとして、火事だ鎮火だバケツはどこだと右往左往している小坊主とぶつかりそうになり、
「おい、マルチェロはどこだ? 院長のところにいるのか!?」
「ま、マルチェロ様? ええっと、地下牢に行かれて、それから――」
 おろおろと返された答えに、唖然としてしまう。まさか、あいつらが脱獄したと発覚して?
 地下にいて、道化師の気配どころか火災にすら気付いていないのか!? それどころじゃねえってのに!
 慌てて階段を駆け下り、尋問室から拷問部屋まで駆け回るが、

「畜生! マルチェロの野郎、どこにも居やしねえ!!」

 完全な無駄足だった。
 地下牢に人の気配は無く、小坊主が言ったのは、あいつらが捕まったときのことかよ紛らわしい、と遅まきに思い至るも、最後まで聞きもせずに早合点したのはオレだ。
 舌打ち混じりに引き返し、明るい通路へ戻った途端、悪寒が奔った。消え失せていたはずの、あの、
(禍々しい、気……?)
 いや、そんなかわいいモンじゃない。まるで、悪魔が――地の底から、悪魔が大群で這い出して来たみてえな――

 慌てて中庭へ出れば、ごうごうと火柱を噴き上げる橋の手前で、おたおたしている同僚たちが見えた。
 肝心な橋は――? 燃えてはいるが、まだ形を留めている!
 腕で頭を庇いつつ全速力で突っ走り、焦げ臭い匂いと降りかかる火の粉、踏みしめた橋板がガラガラと後方で燃え落ちていく物音にヒヤリとしながらも、どうにかスライディングセーフで離れ小島に着地、院長の部屋へ上がろうとして、
「中から鍵が掛かってる……? マルチェロたちも中か!? くそっ、なにが起きてるんだ! いったいどうなってやがる!?」
 建物の扉が閉まっている事実に歯噛みし、ドアを蹴っ飛ばすも。
「開きゃしねえ、くそっ!!」
 不審者が入り込めないようにと頑丈な素材を使った、それもこうなってしまえば逆効果だ。
 バギ程度じゃ到底、こんな分厚い扉や壁に穴は開けられない。どうすれば――
「ククール!」
 急に名を呼ばれ、二の足を踏んでいた団員たちが池を泳いで辿り着いたのかと振り返れば、
「あんたら……そうか、オレの後を追って、来てくれたのか……」
 そこにいたのは、さっき農具小屋前で別れたはずの三人組だった。
 衣服が濡れていないところを見ると――院長のことで頭いっぱいで気付かなかったが、オレより先にこの小島へ渡っていたらしい。宿舎でマルチェロを探して、もたついている間に追い越されたか。
「僕たちも、いろいろ試してみたけど開かないんだ」
「アッシが体当たりを繰り返して、これでも、ちったあガタつくようになったんでがすが……」
「旧修道院みたいに、指輪が鍵になっているわけじゃないのね?」
「ああ。いいぞ、助かった! 悪いが、もう一度だけオレに力を貸してくれ――こうなりゃ実力行使だ! これだけ人数がいりゃあ、どうにかなる! 中から鍵が掛かってる。さあ、みんなで体当たりして扉をブチ壊すぞ!!」
 顔を見合わせた三人が頷いて、太っちょを先頭に突撃すれば。

 どかぁあああん!!

 さすがに300kg級の衝撃には耐え切れなかったらしい、扉が派手な音をたて壊れ、オレたちは、ぶつかった勢いもそのまま建物内に転げ込んだ。


「やったぞ!」


 それぞれ立ち上がりながら、弾んだ声を上げたのも束の間、
「おい、なにがあった? しっかりしろ!」
 血塗れで本棚の前に倒れている団員を見つけ、ホイミを唱えつつ問い質す。
「よか……た、応援が……早く……院長様を……」
「どうした!? いったい、誰が!」
 うっすら目を開けたそいつは、
「……やつ……は……強い……マルチェロ様……も、危ない……」
 途切れ途切れに応じたが、傷も深く、オレの回復呪文数回くらいじゃ治りそうにない。話の途中で、ぐふっと呻き気絶してしまった。



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ククール。パーティー加入初期は、あんまり好きじゃなかったんですが、仲間コマンドで会話してたら意外とアホの子で、ギャップにやられました (笑) ダメ親父が原因で、いらん苦労を――女好きは素だろうけど、わざと問題児的な振る舞いをするのは 『修道院 (=養父オディロ院長) を兄貴から奪う気なんかないよ』 という無言のポーズなのかな。器用貧乏だなー。