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† ウィドウ・アルバート †


 トラペッタへ向かう途中、ちょうど日が暮れる頃――リーザス村の近くに差し掛かって。
 宿屋に泊まろうかという話になったけど、
「皆はそうして。私は、ちょっと……今夜は、馬車で寝かせてもらうから」
「……お屋敷に近づかなければ平気なんじゃない?」
「ポルク、あとマルクでがしたか? あのチビどもは心配してるだろうし、顔を出してやれば喜ぶと思うでがすよ」
 エイトさんとヤンガスさんが立ち寄るよう勧めても、ゼシカは頑なに、首を横に振った。
「やっぱり、止めとくわ。兄さんの仇を討つまで戻らないって決めたんだもの」
 すると、うーんと唸ったエイトさんが皆を見渡して言う。
「ポルトリンクでゆっくり休んだばかりだし、トラペッタに着けばまた宿屋で眠れるし……僕らも今回は、野宿にしようか。かまわないかな?」
「はい。やっぱり船を借りなきゃいけなくなるかもしれないんだし、節約しとかないと!」
「アッシも慣れっこでがすから」
「レディを外で寝かせておいて、自分だけ宿屋って訳にはいかないな」
 港での出来事を思えば、気まずいから実家がある場所に近寄りたくないって気持ちは想像できる。誰も反対することなく、あっさり野宿が決定して。
「じゃあ、村のどこかで、食事だけテイクアウトしてきましょうか?」
 帰らないにしても、故郷の味は恋しいんじゃないかなと思って提案したら、
「うん、宿屋で頼めると思う。僕らが行くとちょっと――ゼシカが戻ってること気づかれそうだし、ククール、荷物持ちに付いて行って?」
「オーケイ」
 私とククールさんの二人で、買い物に行くことになった。

 ポルトリンクでは魚料理をたくさん食べたし、入手した保存食も魚介の干物系だったから。
「あんたたち、二人でこんなに食べるのかい?」
「いえいえ、連れに大喰らいがいましてね」
「あ、あと、リーザス村で定番のおやつみたいなものってありますか?」
「ん? そうだねえ。この時期なら、野イチゴのタルトかねえ」
 ヤンガスさんの強い希望もあって、女将さんに肉料理を中心にリクエスト――出来上がるまでの待ち時間に、座ってるだけじゃ退屈だしと村を散歩していたら。

「おや、奥様……どうなさいました、こんな時間に」

 教会傍の墓地から、話し声が聞こえてきた。
 小柄なおばあさんと――遠目にもすぐ分かる、ピシッと伸ばした背筋が印象的な、ゼシカのお母さん。もう村に戻ってたんだ。
「サーベルトを殺した犯人が、マイエラの聖堂騎士団に捕まったらしくてね。その報告に」
 考えてみれば私たちはポルトリンクで一泊、のんびり出発したし。
 名家の奥様なら、いくら最寄の町だからって歩いて行ったりしないはず――たぶん馬車で、その日のうちに帰宅していたんだろう。
「だからと言って、あの子が生き返る訳じゃないけれど……これ以上、被害者が出る心配が無くなって良かったわ」
 白い花束を胸に、サーベルトさんのお墓の前に佇んでいる夫人に、おばあさんが問いかけた。
「戻るといえば、ゼシカお嬢様から音沙汰は?」
 ちょっとドキッとして、ククールさんと顔を見合わせ、なんとなく二人して木陰に隠れてしまう。
 あのとき待合室の隅にいただけの私たちが、ゼシカの旅仲間だと認識されているとは考えにくいけど――話題の人物が、すぐそこに居ると知って立ち聞きしているのは、ちょっぴり後ろめたい。
 ゼシカは、意地でも実家に顔を出さないつもりみたいだったし。
「坊ちゃんを殺めた者が捕まったなら、危険な女一人旅など、続ける必要も無くなったでしょうに」
「……ポルトリンクで会ったわ。犯人が捕縛されたことは知っているみたい」
「おお、それでは――!?」
 おばあさんが声を弾ませるのに、ぴしゃりと突っぱねるような口調で。
「言ったでしょう。ゼシカは勘当したって」
「あ、ええ。ですが」
「なにが目的か知らないけど、今度はトロデーンに行こうとしていたわ。リーザスに帰ってくる気は皆無みたい」
 苦笑いして、静かに首を振った。
「あの子は……サーベルトのこと以外、どうでも良いのよね」
 そうして、お墓の前にしゃがみこむと、溜息混じりに呟く。
「二言目には家訓、家訓の私――母親の考え方には付いていけない。友達なんか要らない。兄さんが解ってくれればそれで良いって――狭い世界で完結してる」
「そ、そんなことは……ポルクやマルクを可愛がってくださっとりましたし、坊ちゃんを亡くした奥様の心労がいかほどかも解ったうえで、それでもやはり犯人を許せず居ても立ってもいられなかっただけですよ、きっと」
 おばあさんはゼシカを庇ってくれたけど、夫人は諦め顔で肩を竦めた。
「お孫さんたちは、無邪気に慕ってくれるから良いのよ。同世代や、ちょっと反りが合わない相手だと、途端にダメ――」
 その横顔は、すごく疲れているように見えた。
「残された私の負担がどうこうなんて、頭の片隅にも無いと思うわ。ポルトリンクで会ったって言ったわよね? あの子、なにしてたと思う? 港長相手に、船を貸せって駄々こねてたのよ。嫁に行く身だからと思って、事業に関わらせては来なかったけど――それでも子供の頃からサーベルトにくっついて港をうろうろして、船の維持管理や利益を出すことが、どんなに大変かくらい分かってると思っていたのに――甘かったわ」
 おばあさんは相槌に困ってるみたいで、なにも言わない。
「男女の差はあっても、同じように育てたつもりなのに……どうして、あんな極端な性格になっちゃったのかしらね」
 夫人も、特に返事を求めているわけじゃないみたいで、独り言みたいに零し続ける。
「いいのよ、もう。居心地悪い家に、無理に戻って来なくたって」
 勝手に聞いてたら悪いような話になってきたけど、日暮れ後の農村はとても静かで。立ち去ろうとガサガサ音を立てたら、すぐに見つかっちゃう気がする。どうしよう?
「せっかく会いに来てくれたフィアンセのラグサットさんにも、失礼な態度を取り続けて――先日、ご両親から婚約取り消しの話が来たの。本人同士の相性も悪いようだし、そちらさえ了承してくれるならって」
 ゼシカ、婚約者がいたんだ! ホントにお嬢様なんだなあ。
(……あれ? じゃあ、照れて否定してるだけかと思ってたけど、ククールさんと恋人同士っていうのは私の早とちりだったのかぁ)
 ククールさんの方はサラッと肯定してたから、冗談とは思えなかった。
 絵本の王子様とお姫様みたいで、お似合いなのにな。残念。
「夫に続いて息子まで早死にしちゃって――私個人の人脈じゃ、サザンビーク大臣の息子さん以上の相手なんて、到底見つけてあげられないし」
 西の大国、サザンビークのお偉いさんの!?
 それって、かなりすごい縁談じゃないのかな。失礼な態度ってどんなだか想像がつかないけど、ゼシカってば、度胸あるなぁ。
「ゼシカは家業に興味なんて無いから、婿取りして家を継ぐなんて夢のまた夢だもの」
「それじゃあ、その……どうなさるおつもりですかい? ポルトリンクの管理や、跡継ぎ問題は」
「そうね。私の体力が続くうちは、なんとか領民を守る為にも続けて――従業員の誰か、見込みある者に譲るか、遠縁のクランバートル家に頼んで養子をもらうか――ゆっくり考えるわ」
 質問に答えながら、ぱんぱんとスカートの裾をはたき立ち上がって。
「きっと、持って生まれた性格が根本的に、旧家の令嬢っていう立場に合わないのね」
 星が瞬き始めた夜空を、目を細めて仰いだ。
「まだ10代だからって、親より長生きするとは限らないんだもの。アルバート家の名にも、もう、たいした意味は無い……自由に生きれば良いわ。その方が幸せなら」
「奥様――」
 おばあさんは物言いたげな顔つきになったけど、結局、それ以上なにも言わなかった。
「……サーベルトも」
 真新しい墓石の前で、白い花束が、夜風に小さく揺れている。
「跡取りって責任さえ無ければ、なにか――やりたいことがあったのかしらね」

 間もなく夫人も、おばあさんも、それぞれの家へと帰って行って。

「ゼシカ……連れてくれば良かったですね」
 宿屋へ引き返しながら、私が、そんな感想を漏らすと。
「あの様子じゃ宥めてもすかしても、村に足は踏み入れなかったと思うぜ」
 ククールさんは、飄々と肩を竦めた。
「そうかもしれないですけど、なんだか、お互い誤解してるみたいというか――もったいないです。もう二人きりの親子だっていうのに」
 お兄さん以外どうでもいいなんて、ゼシカは、そんな薄情な子じゃないと思うし。
 お母さんは、ゼシカが望むならって村を出ることを許して、本人にその気が無かった婚約も取り消してくれたみたいなのに。
「ま、確かに……あんなマトモな親に守られてて、なにが不満だったんだか? オレには到底理解できないから、口を挟むつもりもないけど」
「うーん。そう言われると――私もお母さんいなかったから、家出したくなる気持ちなんて想像つかないし、口出しするのは差し出がましいかもしれません」
 母親と娘って、どういう間柄かもよく分からないのに。
 仲直りした方が良いよ、なんてアドバイスしたって説得力ないよね……好き好んでケンカした訳じゃないだろうし。
「どのみち第三者が口を挟む問題じゃないさ」
 私がモヤモヤしていると、ククールさんは苦笑して、宥めるように言う。
「ドルマゲスは地下牢の中。見たところ、おふくろさんは40歳そこそこって感じだし、跡継ぎ長男が死んで妹も出て行ったからって、すぐさま村やポルトリンクが廃れちまうってことはないだろ。杖の件が片付けば、旅を続ける理由も無くなる……生活力も無いお嬢様だ、家に帰るしかなくなるよ」
「そうですね。とにかく、なんとかして杖を封印しなきゃ――」
 うん。まず、こっちの問題を解決しないと。
 だけど、今日のところは。
「とりあえず、せっかく作ってもらったごはんが冷めちゃわないうちに、戻りましょうか」

 出来たてのオカズを抱えて合流する頃には、野宿の準備も終わっていて。
 みんなで輪になって晩ごはんを食べて。

 男性陣は甘いもの好きじゃないって言うから、お言葉に甘えて、元の姿に戻ったミーティア姫様と、ゼシカ、それから私――女の子だけで、紅茶も淹れて、食後のおやつタイム。
 船着場で売っていたハーブ入りクッキーの詰め合わせも、それぞれ違う風味で美味しかったけど。
「この、野いちごが良いですよね。甘酸っぱくて」
「本当に……つい、食べすぎてしまいそう」
「姫様は普段、荷物まで背負って歩き通しなんだから、むしろしっかり食べなくちゃ!」
「そ、そうでしょうか? じゃあ、もう一切れ――」
 普段、馬の姿で不自由している姫様が喜んでくださったのに加えて。
「リーザスの定番おやつを、って頼んだら、このタルトを勧められたんだけど。これって、この辺りで採れるの?」
「うん。北側の森に自生してるの。この時期は、ちょっと歩いただけでカゴいっぱい採れるのよ」
「へぇ〜、すごいね」
「お菓子にもよく使われるけど、ジャムにして、パンに塗って食べるのも好きだなぁ」
 タルトを頬張っているゼシカの表情は、ポルトリンクの一件以降初めて嬉しそうに緩んでいて……少しは元気が出たみたいで、ホッとした。



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パーティーメンバーとしてのゼシカは、人懐っこくて物怖じしない印象。村人たちからの評判も悪くない感じで、ちびっこ2人には懐かれてるのに、母親とは日々ケンカ、メイドからも敬遠され気味――と人物像が掴み難いゼシカさん。我が強すぎて、同性から嫌われるタイプって解釈で良いのか……謎です。