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† 岬の魔獣 †


 トロデーンを出発してから仲間は増えたし、武具も買い換えたしで。
 祖国へと引き返す旅路に出没するモンスターは、毎回、ものの五分とかからず一掃――ずいぶん楽になったなぁと、自分の腕が上がったこと。加えて、仲間がいる頼もしさを実感する。
 なにが嬉しいって、姫様たちが戦闘に巻き込まれる心配が、ほぼ無くなったことだ。
 特に、護衛が僕一人だった時期はどうしても、現れる敵の数が多いと馬車を狙うヤツを防ぎ切れずに、陛下の手を煩わせてしまうことがあったから。

 よく晴れた涼しい日は、街道を進む足取りも軽くなる。
 修理中の関所を潜り、いくつもの丘陵を越えて。もうそろそろトラペッタが見えてくるかな、という、なだらかな道に差し掛かったところで。
「……む!」
 隣を歩いていたヤンガスが、急にバッと横を向くから。
「敵!?」
 反射的に鉄のヤリを引き抜こうとしたけど、彼の返事はズレたものだった。
「太ったデカイ猪が! 酒場で料理してもらって、ルイネロのおっさんにもお裾分け、でがす。ちょっくら捕まえてくるんで、兄貴たちは先に進んでてくだせえ」
 嬉々として石のオノを背負い直すと、街道脇の森に飛び込んで行ってしまった。
「あ、ちょっと――」
「また? よく気が付くわね」
「また、って……」
「モンスターの気配にも敏感だけど、狩りの獲物も、しょっちゅうああやって見つけるんだよね。ヤンガス」
 元・山賊だけあって、山ごもりしているうちに磨いた感覚なのか。
「鈍重そうな見た目に反して、それなりに機敏な男じゃからの。けっこうな確率で、大物を捕らえて来るぞい」
「まあ、制限されなきゃ人の三倍は食べるヤツみたいだからな。少しは自給自足してもらわなきゃ、食費も嵩む一方だろ」
 ククールも見た目によらず、所帯じみた感想を漏らした。
「で、どうする? あいつは放っておいて、先に町に入るか?」
「うーん。それでも良いけど、まだ日暮れには時間があるし」
 占いの結果がどう出ても、今日はトラペッタで一泊する予定だ。こんなに早々と宿にチェックインしたって、暇を持て余すだろう。
「僕らも、ちょっと果物狩りでもしながら待たない? ドルマゲスを追いかけている間は、それどころじゃなかったけど――この辺の樹って、けっこう美味しそうな実が生ってたんだよね」
「確かに、果樹が多いみたいだな」
「あ、キノコやハーブが群生している場所もありますよ」
 ユリマさんの相槌に、ゼシカも 「ハーブ?」 と乗り気な声を上げた。
「いいわね、香草焼なんて美味しそう」
「それじゃあ、陛下と姫様は、あの丘で待っていていただけますか? あそこなら、ヤンガスが森のどこから出てきても気が付くと思うので……」
「そうか。ならば、わしらは休憩させてもらうわい」
 ふむ、と頷いた陛下は、姫様と一緒になだらかな丘を登って行かれた。
 視界を遮る木々や岩も無い、見晴らしの良さだ。僕らが遠くに離れ過ぎなければ、モンスターによる不意打ちは、まず心配ないだろう。
(さてと、どの樹に登ろうか?)
 赤やオレンジの果実が生い茂る、頭上を見渡していると、不意に脇腹を小突かれた。
「集めた果物はミーティア姫様のデザートに、か? エイト」
 ククールが、にやにやしながら人の耳元で囁く。
「べ、べつにそういう訳じゃ――」
 いや、確かに昨夜、姫様がゼシカたちとケーキやクッキーを食べながら楽しそうに笑っていらしたから、馬の姿の日でも、なにか甘いものを食べられれば気が紛れるかな、とか。
 城では、菓子類もだけど季節のフルーツを好んで召し上がっていたな、とか。
 トロデーンを出てから今まで、ちっともそういうことに気が利かなくて申し訳なかったな、とか考えはしたけど……あくまでも、これは皆で食べられる食料集めであって!
「じゃ、ま、オレも適当に山菜でも摘んでくるわ」
 僕が口ごもっている間に、ひらりと片手を振ったククールは、さっさと手近な林に入り込んで行ってしまった。

 そんなこんなで、30分くらい過ぎた頃。
「おっ、兄貴ー!! アッシを待っててくださったんですかー?」
「ヤンガス? 猪は捕まえ――」
 背後から、嬉しそうな声が少し遠く聞こえて。
 そっちを向いた僕は、思わず目をこすった。
 脚を前後とも縛られた立派な猪が、泡を吹いていて――それを軽々と背負ったヤンガスが、こっちへ駆けて来てるのは良いんだけど、その、かなり後ろから、もうもうと土埃を巻き上げ迫ってくる――だいぶ距離があるはずなのに、ずいぶん大きく見える黄緑色の――なんだ、トカゲ!?
「う、う……後ろ……!!」
 初めて見るモンスターだったから、注意喚起の方法がとっさに浮かばず、うわ言みたいに声を絞り出しつつ指差すと。
「へ?」
 きょとんと立ち止まって振り返ったヤンガスが、
「のわああああっ!?」
 顔を真っ青にして飛び上がった。
 それもそのはず、人間なんて軽々と踏み潰せそうな巨大トカゲが、こんなに離れていても背筋がゾッとする程の殺気を撒き散らしながら、ものすごいスピードで突進して来ているだけでも怖いのに――そいつときたら二足歩行で、前足というか手 (?) に持ったオノまで振りかざしている!!
(な、なんでトカゲが武器を持ってんの!?)
 リリパットみたいな亜人種系のモンスターならまだ解る、けど、あのトカゲはどう見ても猛獣って感じなのに!
 まともに戦っても勝ち目は無い、と感覚的に悟って、大慌てで踵を返す。
「たったっ、戦わない方が良さそうでがすね!?」
「そうだね、とにかく逃げよう!」
 猪を担いだまま全速力で走ってくるヤンガスのスピードも鬼気迫るものがあるけど、魔獣は牙を剥き、どっしんどっしんと巨体を揺らしながら、どんどん距離を詰めてくる……!
「げっ!?」
 二人、競うように走り続けた先の茂みから、ひょっこり姿を現した真っ赤な人影。
 ククールが顔を引き攣らせ、束になった山菜を片手に掴んだまま、並んで逃げ出しつつ怒鳴る。
「バカ、こっち来んな!!」
「どっちに逃げろって言うんでがすか!?」
 方向転換している余裕は無いし、森に逃げ込んだって僕らのスピードが鈍るだけで、あっちは樹も岩も吹っ飛ばして追って来そうだ。
「ちょっと、なによなんなのよ! メラ、メラー!!」
 さらに前方の草原に屈み込んでいたゼシカも、こっちの騒ぎに気づいて青褪め後ずさりながら、大慌てで攻撃呪文を連発するけど、
「きゃー、きゃー!?」
「トカゲが火ぃ吹いたでがす!」
 火炎球は、遥かに強い炎の渦に飲み込まれてしまった。僕らに当たり損ねたそれは、大岩と周辺の草木を一瞬で黒焦げにして。
「ゼシカ、髪!」
「え? きゃああ!」
 さらにゼシカの左右に結い上げた赤毛の先っぽもかすめ、火を点けた!?
 ちりちりと焦げ臭い匂いを発しながら燃え始めた髪を涙目で見やり、半ばパニック寸前の彼女に、
「火属性のモンスターなら、水や氷には弱いはずだ! ゼシカ、ヒャド使え! ヒャド!」
 追いついたククールが器用にも、走るスピードは維持したまま片手で外したマントをバサバサやって、火を消してやりつつ指示を飛ばす。
「ヒャ、ヒャドー!!」
 知り合った当初からずっと彼に対してはケンカ腰だったゼシカも、さすがに今はそれどころじゃないみたいで、素直に氷の魔法を放った。けど、
「吹き飛ばされたー!?」
 魔獣には全然、効かなかった。それどころか、ますますいきり立ってこっちに突進してくる!
 斧の一振りで氷を叩き割った勢いのまま、大きく穿たれた地面が陥没して、ただでさえ縺れそうな足元がグラグラと揺れた。しかも僕らが逃げる、つまりモンスターが向かう先には――
「陛下、姫様! ユリマさんも! 危険ですから町へ避難してください!!」
 木の実やキノコが詰まったカゴを、馬車に積み込んでいたユリマさんが、唖然とこっちを見て顔色を変えた。
「ま、魔獣ドランゴ!?」
 そうして、陛下たちを庇うように前に出ると、
「皆さん、早くこちらへ……後ろに下がってください!」
 逃げるどころか、こっちへ向かって走ってきた。あれは危ないよ、なんて忠告する余裕も無いまま、

「――右に烈風、添えるは氷の刃――氷刃乱舞、“マヒアロス”!!」

 逃げてきた僕らとすれ違った瞬間に、また初めて耳にする攻撃呪文を放った。
 途端に巻き起こる、強烈な吹雪。

 グガァと呻いて、その場にたたらを踏んだ魔獣は、一度は炎を吐くも広範囲から襲い来る氷の礫に耐え切れず、ほどなく尻尾を巻いて逃げ出した。
 そのまま、どんどん北へ北へと退いていって……やがて、完全に見えなくなる。

「た、助かった――」
「で、がすか?」
「みたい、だね」
「こ……怖かったぁ」

 一帯に渦巻いていた殺気が霧散するにつれ、緊張の糸も切れて。僕らは全員、安堵のあまり、その場にへたり込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか? 皆さん」
 心配そうに声をかけてきたユリマさんが、魔獣が逃げていった方角を指しつつ訊ねる。
「あの。どなたか、崖の近く――海が見える辺りまで行ったんですか?」
「あ、ああ。猪を、追っかけ、てて」
 息も絶え絶えにヤンガスが答えると、彼女は申し訳なさそうに肩を竦めた。
「すみません! 北の岬には近づいちゃいけないって、お伝えしておけば良かったです……トラペッタの住人にとっては常識なので、気が回らなくて」
「な、なにあのモンスター? あんなの初めて見た……新種のトカゲ?」
 ゼシカの問いには、小さく首を振る。
「トカゲとは違って。バトルレックスっていうドラゴン族の、数少ない生き残りらしいです」
「バトルレックス……?」
「ドラゴン、族?」
 初めて聞く種族名だ。トラペッタ周辺に、あんな凶暴そうなモンスターが棲息していたなんて。
「はい。他に、竜族っていう呼び名もあったとか。トカゲなんかより、ずっと知能が高くて寿命も長くて――だけど、環境の変化に弱かったから、滅多に見られなくなってしまったんだとマスターに教えてもらいました」
「竜族とは! 伝承の中だけの存在かと思っておったわい」
 陛下が驚いたように、目を丸くした。
 姫様は気遣わしげに、こっちを見つめている……敵前逃亡なんて格好悪いところを目撃されてしまった僕は、護衛として合わせる顔が無くて、つい俯いてしまった。
「好んで人里を襲ったりはしないけど、うっかり縄張りに踏み込んじゃうと、怒って追いかけてくるらしいんですよ」
 今回も、ユリマさんがいなければどうなっていたか。
 ついさっきまで “腕が上がった” なんて思い上がっていたけど、まだまだ、だ――どんな敵とも一人で戦えるくらい強くならなきゃ、近衛兵を名乗る資格なんて無い。
「ずっと昔に、釣り人が襲われて――そのときは、マスターの曾お爺さんが撃退したとか。それ以来、北の岬は危険区域とされて誰も近寄らないんです。トラペッタの子供は、ドランゴに近づくと食べられちゃうよって寝物語に聞かされて育つんですけど――実在したんですねぇ」
「竜、ねぇ……マイエラ周辺には、たまにデンデン竜って出没するけど、あそこまで巨体じゃないし迫力も無いぜ」
 ククールが、騎士服の襟元を緩めながら 「あー、死ぬかと思った」 とボヤき。
「まだ心臓がバクバク言ってるし――」
 ゼシカも深呼吸を繰り返しつつ、がっくり肩を落とす。
「ああ、もう! せっかく集めたハーブ、半分近く落としてきちゃった。疲れた……今夜はぐっすり眠れると思うわ」
「そうでがすか? アッシは、さっきのを夢に見ちまいそうでがす」
「ちょっと、嫌なこと言わないでよ」
 ヤンガスの嘆きにゼシカが文句を言い、ククールも渋い顔を向ける。
 僕もヤンガスとそっくり同じことを思っていた、とは言わない方が良さそうだった。



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トラペッタ周辺のフィールド探索中、何度背後から襲われ全滅したことか――縄張りエリアに入らないように注意してても、いつの間にか後ろから迫っていたり。けっこうな恐怖でした。初期の主人公たちじゃ逆立ちしたって勝てないもん。後に、バトルロード参加資格を得てから、倒して仲間 (?) に出来たときは感慨深いものがありました。