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† 占い師ルイネロ †


 疲れ果てた足を引きずり辿り着いたトラペッタは、けっこう立派な町だった。
 丘の麓に集落が出来たのか山を切り拓いて今の形にしたのか――とにかく、平地と高台の二段構えになっていて、門を潜った正面と左手には、登ると少々疲れそうな石段があり。
 頭上には高台の両端を繋ぐ回廊らしき物も見え、さらに東西南北ぐるりと立派な防壁で囲まれている。
 領主の娘・ゼシカには悪いが、ここと比べちまうとリーザス村は田舎だな。なにしろ酒場すら無かったもんなぁ。
 しかし、ここいらの弱っちいモンスター相手にしちゃ、やたら堅牢な造りだなと訝しみ、すぐにさっき遭遇した物騒な魔獣の姿を思い出す。
 そうだよ、ドランゴ!! バトルレックス。
 あんなのが徒歩圏内をうろついてるんじゃあ――いくら、縄張りに踏み込まなきゃ平気だって言われたって、人里を襲いに来ないって保証も無いし、これくらい頑丈にしてなきゃおちおち眠れやしないだろう。納得だ。

 門番と、噴水前で日向ぼっこしてた爺さんに 「おかえり」 と声をかけられ。石段を軽やかに駆け上がり、店の前を掃除してた武器屋のオヤジにも挨拶して、
「ただいま、お父さん!」
 右奥に教会が見える広場から細い路地へ入り込んでいった先、井戸の前の一軒家がユリマちゃんの家らしかった。
「おお、ユリマか。おかえり」
 濃い紫の絨毯、角に置かれた四つの灯りが照らすその中央、テーブルの上には大きな水晶球が輝いている。
 年代物の壷や古書、意味ありげなカードなどが所狭しと飾られ、まだ真昼間だってのに窓ひとつ無く薄暗い、そこは確かに占いの館らしく神秘的な空気に包まれていたが。
(うわ、似てねー)
 出迎えた親父さんはモジャモジャの長髪。ヒゲも、眉毛まで濃い。不細工ってワケじゃないけど、とにかく顔がいかめしい。ユリマちゃんとは似ても似つかぬ風貌の男だった。
(母親は……?)
 さりげなく辺りを見渡すが他に人の気配は無い。そうして一拍遅れて、リーザス村へ立ち寄った際に彼女が 『お母さんいなかった』 とこぼしていたことを思い出す。
 死別か、この親父が愛想尽かされちまったのか分からないが、とにかく母親がよっぽど可愛らしい人だったんだろうな。うん。
 
「探していた道化師は、無事に捕らえられたようだな」
「おう。マイエラ修道院の地下牢に、ぶち込まれているでがすよ」
「その節は、どうもありがとうございました。今度は、ユリマさんにも助けてもらっちゃって――」
「そうか。殺されたライラスも、魔法を教えた甲斐があったと喜んでいるだろう」
 オレが家主や室内を観察している間に、旧知の間柄らしいエイトたちはルイネロと話を進め。結局、呪いの元凶はドルマゲスというより国宝の杖だったこと、ここへ立ち寄った目的まで説明し終えていた。
「ふむ。トロデーン城へ向かう最良の手段か……まあ、占ってみよう」
「あ、ルイネロさん。お代は――」
「要らん。他ならぬおぬしらの為でもあるし、暗黒神とやらの問題が片付かなければ、ユリマとて落ち着かぬだろうからな」
 懐具合を気にするエイトの心配を一蹴した占い師は、水晶球に手をかざし、瞑想し始める。
 すぐに淡い光を放ち始めた水晶の色が、ほどなく紺碧に変わった。
 いや、違う……海? 海原を走る、大きな船が映し出される。
「船だわ! やっぱり、ポルトリンクで借りて――あれ? でも、ウチの船とは違うみたいね」
 小首をかしげるゼシカの隣で、エイトとヤンガスも眉根を寄せた。
「誰だろう、この人たち?」
「どっかで見たような気もするが、思い出せないでがす」
「そう? 僕は全然、心当たり無いけど」
 甲板の上には人影がふたつ。
 魚釣りをしている、ぽっちゃりした農夫っぽい服装のヤツ。
 それから、船長だろうか? 舵を取っている、筋肉隆々の大男――こっちの顔は、荒くれどもが好んで被るマスクに覆われていて、ほとんど見えない。
「あ、船名が彫られていますね。ええっと、麗し……の……貴婦人号?」
 ユリマちゃんが目を凝らし、船体に刻まれた文字を読み上げると、またヤンガスが 「うーん」 と唸りながら曖昧な反応をした。
「どっかで聞いたような気もするが、やっぱり思い出せないでがす」
「なによ、それ」
「知ってる相手なら、思い出してよ。ヤンガス。貸してくださいって頼みに行かなきゃ――」
「うーん。兄貴の為とはいえ、アッシの記憶力をアテにされても……」
 頼りないヤンガスを呆れ顔で見やるゼシカと、期待を込めた目を向けるエイト。
 両者に挟まれ頭を抱え、うーうー呻いていたヤンガスが唐突に、
「げっ、ゲルダ!?」
 壁際まで飛び退いて、悲鳴まがいの大声を上げた。
「げる……だ?」
 ヤンガス以外の全員がきょとんとして、水晶球に視線を戻す。
 そこにはさっきまでの船や男たちじゃなく、一人の女性が映し出されていた。
 年齢は30歳前後か? すらりとした身体に露出度の高い真紅の衣装を身にまとい、長い黒髪を後頭部で束ねている。いわゆるポニーテールだが――髪質、にしては刺々し過ぎるから、ジャマにならないようオイル類で固めているんだろうが――形容するなら、むしろハリネズミ。それがまたキツイ顔立ちに似合っている。けっこうな美人だ。
 腰に帯びた短刀、服装も旅の女戦士といった感じで、一般人とは思えない。
 女が階段を上ると、そこは船の甲板で。さっき映し出されていた男たちが、しゃっちょこばって頭を下げる。
 女が客? 男どもが使用人?
 いや、例えるなら、そう――女海賊と、その子分。そんな雰囲気だった。
 とはいえ船の帆に髑髏マークは見当たらず、砲台などの武装も皆無。海賊船ではなさそうだが。
「なに、やっぱりヤンガスの知り合い?」
「この人が、船を貸してくれるってこと?」
 エイトとゼシカが顔を見合わせ、問いかけると。
「いやいやいやいや、ムリムリムリムリ! 頼んだからって貸してくれるようなヤツじゃないでがす!」
 ヤンガスは壁に張り付いたまま怯えた顔で、首と両手をぶんぶん振った。
「え? でも、知ってる人なんでしょ? 住んでる場所とか」
「そりゃ、アジトの場所くらいは。昔と変わってなけりゃ……」
 アジト。
 つまりヤンガスの、盗賊時代の同業者か。
 タダで貸しては――くれねぇだろうな。こいつの反応からしても、友好的な間柄じゃなさそうだし。
 堅気の人間じゃないとなると、交渉しても、いくら吹っ掛けられるか。ポルトリンクで正規料金を払った方が手っ取り早いんじゃないか?
「しかしアイツとは、その、昔いろいろあって……とにかく行っても、きっと無駄足でがすよ! ここからじゃあ遠いし、もっと他の方法を考えた方が」
 渋るヤンガスの頑なさに、エイトとユリマちゃんは次善策を問うようにルイネロを伺うが、ゼシカは容赦なかった。
「なによ。元はと言えば、ヤンガスが橋を壊したりするから面倒なことになってるんじゃない。知り合いが船を持ってるなら、責任持って話を通しなさいよ」
 ご尤も。
 がっくり肩を落としたヤンガスが 「ぐう……」 と呻き。
 たいした手間でもないからと再びルイネロが占ってくれた “次善策” が、例の崖崩れで塞がれたポルトリンク西の街道が通れるようになるまでひたすら待つ、という時間を持て余すにも程がある選択肢だった為、とりあえずアスカンタ大陸南端にあるという女盗賊ゲルダのアジトを訪ねて行くことに決まった。

 その晩、積もる話もあるだろうからとユリマちゃんは自宅で過ごし。
 オレたち四人は、町の宿屋で素泊まりすることになった。

 晩飯は、酒場や宿で食っても良かったんだが、ユリマちゃんが腕を振るってくれるというので甘えることにした。最初は、
「そんな、悪いよ。それに親子二人暮らしの家じゃ、お皿なんかも足りないでしょ?」
 全員が同時に食事するスペースなど無いだろうと遠慮していたエイトも、占い部屋の奥にあるダイニングスペースに招き入れられると、拍子抜けたように目を瞠った。
 広々とした空間に、やたら大きなテーブル。
 聞けば、占い師ルイネロが絶頂期だった約二十年前には、客足が途絶えず待ち時間が長過ぎた為ここを待合室とし、なんとメイドまで雇って客に茶など振る舞い、もてなしていたらしい。
 当時の名残で、椅子や食器も予備があるんだそうだ。

 ヤンガスが仕留めた猪、その他、野菜や果物をキッチンに運び込んだ後――オレたちは、いったん宿屋にチェックインして荷物を置いて来ることにした。
 大部屋は大抵が四人用。
 ユリマちゃんもいたポルトリンクでは、二部屋借りて男女別に寝泊りしたが、今回は一部屋で済むとエイトは嬉しそうだった……所帯じみたヤツだなあ。
 それから、野郎三人と同室と聞いても顔色ひとつ変えないゼシカにも面食らう。
 良家のお嬢様なんだよな? 普通、渋るところだろうに、年頃の女の子にしては警戒心が無さ過ぎるというか、なんと言うか。オレの口説き文句には、肩を怒らせ拒否反応を示すのに、こういった部分には無頓着って――箱入り娘だったからこそ、か?
 色っぽいネグリジェ姿を拝めそうで、オレとしては嬉しいんだが、少々心配にもなる。
 次の目的地、アスカンタ南端を目指すには、無法地帯と悪名高いスラム街・パルミドで一泊するか、そのゴロツキがわらわらいて物騒な地方で野宿する必要に迫られるだろうに……大丈夫か? 普段の服装からしてアレだしな。水風船と見紛う巨乳が悪目立ちしないように、なにか羽織らせた方が無難かもしれない。

 陽が暮れる頃、再びユリマちゃん家に集まることにして、それまでは各自・自由時間。
 エイトが馬車へ報告に戻り、ヤンガスは宿で昼寝。ゼシカも買い物に出掛け、オレは初めて訪れた町をぷらぷらと散策してみる。
 トラペッタは、ルイネロの急変に関する噂で持ち切りだった。

 恰幅の良いおばちゃん談 ―― 『爽やかに “おはよう” なんて挨拶されて気持ち悪いよ。どうしちゃったのかしらね?』
 酒場のマスター談 ―― 『溜まっていたツケを払ってくれたのは良いが、急に呑みに来なくなってしまった。占いの仕事に打ち込み始めたらしく、応援すべきなんだろうが……少し寂しいな』
 宿屋に泊まっていた貴婦人談 ―― 『高名な占い師・ルイネロが占いを再開したと聞いたから、失くした指輪を見つけてもらおうと、わざわざアスカンタから足を運んだのに、探さない方が良いですって! たとえ見つけても、指が太くなっていて入らないですって!? なぁんて失礼な男なのかしら! どうせ、占っても分からないから適当なことを言ってごまかしているに決まってますわ!』
(鼻息荒く憤慨している、彼女の指は確かに太めだった)

 見慣れぬオレを通りすがりの旅人と思ってか、誰もが饒舌に言いたい放題していた。
 そうして、ある民家の傍。
 酒樽に腰掛け考え事をしていた、ルイネロとは昔からの友人だという中年男は、ユリマちゃんの生い立ちについて語った。
 百発百中だったルイネロの占いが、急に当たらなくなった理由。
 居場所を突き止められ、何者かに殺されちまったらしい彼女の両親。
 ずっと自暴自棄だったルイネロが、昔の、自信に溢れていた頃の顔つきに戻っていて安心したと、男は目を細めるが。
(……おいおい)
 かなり深刻な話じゃないか? それ。
「その、ユリマちゃんの本当の両親は、なんで追われていたんだ? ルイネロに占いを頼んだヤツって何者だ? そいつが、わざわざ殺しを報告したのか?」
「さあ? そこまでは聞いていないが――借金でもしてたのかなぁ?」
「さあ、って……」
 そこは、深く考えずに流すところじゃないだろう、おっさん。
 借金取りが、相手を殺しちまったら元も子もないぞ。金を回収出来なくなるし、なにより、当時まだ赤ん坊だったというユリマちゃんを見逃すはずがない――人買いの類に売り飛ばされたに決まっている。釈然としない。
 じゃあ、恨みつらみの類か?
 あの、のほほんとした少女の親が、そうまで他人から憎まれる極悪人だったとはイメージしにくいが……。
 おっさんを追及してみても、どうも肝心な部分の記憶が曖昧らしい。今夜、機会があればルイネロ本人に訊いてみるか?
 正直、気になる。けど、詮索はシュミじゃないしなぁ――



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近所のおじさんによって、意味ありげに曖昧に語られたユリマちゃんの生い立ち。結局どういう理由だったのか、がんばってトラペッタに通ったけど分かりませんでした……謎のままだったご両親の素性が、魔王の手先に追われていた、世界を救う勇者の血筋&幽閉状態から助け出された巫女さんとかだったら、超ドラマティックなんだけど (ありがち)