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† 川沿いの教会 †


「……マスター、本当に天涯孤独だったんだね」
 さっきトラペッタ郊外でヤンガスさんが戻るのを待っていたとき、丘で摘んだ花を真新しいお墓に供えた。
「ぜんぶ、焼けちゃって――遺品も何も残ってないけど。神父様が、あの土地はどうしようって困ってたよ」
 火はとっくに消し止められたんだけど、未だに煙が狼煙のように燻っているのは、家の中にたくさんあった火属性のマジックストーンに込められた魔力が尽きていないからだ。
 早く瓦礫を撤去しなきゃ危ないんだけど、金属も溶かす熱を発してるストーン類を踏んだりしたら火傷じゃ済まないから、マスターのご遺体だけ神父様が見つけ出して弔って、焼け跡はそのままにされている。
「武器屋のおじさんも、トロデーンに納品する魔導士の杖とか、これからどうしようって――私じゃ、いくら手伝ってたって言っても、ただのアルバイトだから。お城の警備に使う武器なんて、そんな責任、持てないし」
 ああでも、お城にかけられた呪いをなんとかしなくちゃ、納品しに行ったって受け取ってくれる人がいないんだ。
 まさか、トロデーンの王様やお姫様と、こんな形で知り合って一緒に旅をすることになるなんて。
「教えてもらってた魔法――“メイルストロム”――ちゃんと使えたの、見ててくれた? ぶっつけ本番だった割りには、上手く加減して使えたと思うよ。宿屋のおじさんが、延焼を防いでくれてありがとうって」
 墓標に話しかけても、当然、返事なんか無い。
 本当にいなくなっちゃんったんだな、と改めて実感する。
 お父さんしかいなかった私は、昔話なんかを聞かせてもらいながら、おじいちゃんがいたらこんな感じかな……って思ってた。
「明日から、杖の完全封印の為に、ゲルダさんっていう人の家に向かいます。皆さんの足を引っ張らないように、頑張って来ますね」
 ドルマゲスさんが聖堂騎士団に捕まって、これ以上、賢者の末裔に危害が及ぶ心配は無くなって――少しは安心してくれただろうか?

 その夜、皆そろってウチで晩ごはんを食べて。

 エイトさんたちが宿に戻った後、私は洗い物を終えて、ダイニングテーブルでのんびりお茶を飲んでいたら。
「……ユリマ」
「なぁに? お父さん」
「おまえのご両親が、どういう人物だったか――気になるか?」
「どうしたの? 急に」
「わしは伏せていたつもりだった。だが、おまえは自分が養子だということを知っていた……どうせ、町の連中が洩らしたんだろう? 誰が口を滑らせたのかは、だいたい想像が付くが」
 溜息混じりに切り出された話題に、どう反応したら良いのか、ちょっと戸惑って。
「え? えーっと」
 最初は、お父さんの幼馴染のおじさんだったっけ。
 だけどパン屋のおばあさんや、噂好きのおばちゃんも、ついうっかりって感じで――だから、特に誰からって訳じゃないし。
「まったく気にならないって言ったら嘘になるけど、死んじゃってるんじゃ会いにも行けないし、私にはお父さんがいるもの」
 思ったままを答えると、お父さんは少し笑って、すぐまた真顔に戻って告げた。
「そうか。なら、良いんだが……もし、借金取りに追われて死んだなどと思っているなら、それは間違いだ」
「え?」
「“大金を貸した相手が夜逃げした” ――わしに占いを依頼した男が語った理由が、それだった。尋ね人や失せ物――なんであれ占いが的中すれば、立ち寄るなり手紙なりで結果を知らせてくれる依頼人が大半で、音沙汰ない者は滅多にいなかったから、その後が気になってな――わしは、まず男がどうしているかを占った」
 そこで言葉を切った、お父さんの顔が苦々しげに歪んだ。
「だが予知の力は、悪しき力に阻まれ届かなかった。まさに今回……ドルマゲスの狙いを探れなかったように」
 悪しき、力?
 私の両親を探していたのは、悪い人?
「嫌な予感がして、夫妻がどうしているかを占ってみれば、殺されてしまっていた」
「お父さんの “力” が弾かれちゃうなんて、確かに普通の人じゃなかったのかもしれないけど――」
「ああ。人間業じゃなかった……獣にやられても、ああまで惨い状態にはなるまい」
「え――」
 どういう意味? と訊きかけて、やめる。
 あんまり詳しく聞かない方が良いんだろうな、という気がした。具体的に知ったら、夢に見ちゃいそうだし。
「男の行方は分からず、彼らを手にかけた本当の理由を問い質すことも出来ないが、せめて遺族がいるなら謝罪しなければと考え、占った結果――人里離れた教会の前に、ゆりかごが――おまえが残されていたと判った」
 ずっとずっと気にしないようにしていた、昔のこと。私が赤ちゃんだった頃の出来事。
「わしは、その教会を訪ね、経緯を話し、おまえを引き取りたいと頼み込んだ……独り者の男、しかも職が占い師などという不安定な仕事だ。シスターに難色を示され、赤ん坊の育て方を一から教わる必要はあったがな」
 強張っていたお父さんの表情が、当時を懐かしむように少し緩んで。
「“この子の名前は、ユリマ。いつか必ず、迎えに戻ります。それまで預かっていてください”――それが大金と共に、ゆりかごに添えられていた手紙の文面だった」
「迎えに……」
 呟いてみて、なんでお父さんが急にこんな話を始めたのか、分かったような気がした。
「じゃあ、私、捨てられた子じゃなかったんだね」
 殺されずに済めば、生きていれば、迎えに来てくれるはずだったんだ。私のこと。
「ああ。それに、おまえの養育費としてだろう――封筒に入っていたという金額は、とてもじゃないが金に困っている人間が用意できるものじゃなかった。あの男が語った “理由” は十中八九、でまかせだ」
 町の皆から聞かされた昔話、そうなんだと思い込んでいた過去は、どれも事実とは少し違っていた。
「すまん。わしの占いがおまえの家族を奪ったというのに、仇の居場所も、ご両親がどこの誰だったのかも突き止められん……役に立たん水晶球だな」
「ううん。教えてくれてありがとう」
 お父さんが改まって頭を下げたりするから、私は慌てて首を横に振る。
「私、ずっと……本当のお父さんやお母さんは、お金の揉め事で死んじゃうような困った人で、自分は捨てられたんだって思ってたから」
「断じて、違うぞ」
 そうじゃなくて悪い人に追われていたから、私を安全な場所に預けて行ってくれたんだ。
「うん」
 なんだか嬉しくなって私が笑うと、お父さんもやっと笑ってくれて。
「アスカンタ大陸を南下する予定だという話だったな。おまえが託されていた教会は、マイエラ修道院とアスカンタの中間地点、川沿いにある」
 さっきの話に出てきた教会の場所を、教えてくれた。
「マイエラからアスカンタまでは、かなり遠い。あの教会は宿も兼ねていたはずだ――シスターは、おまえを可愛がっていたし、わしに渡すことを最後まで渋っていたからな。もしかすると、占い師ルイネロの評判が地に落ちたことを知り、心配していたかもしれん。少し立ち寄って、安心させてやってくれ」
「うん、分かった」
 まだ少し話をしていたいような気分だったけど、明日の出発予定時間に遅刻なんかしたらエイトさんたちに迷惑かけちゃうから。おやすみなさいと挨拶して、久しぶりに自分のベッドに入って。

 その晩、夢を見た。
 柔らかい手に、頭を撫でてもらう夢だった。
 私は、お母さんってどんなふうだか知らないのに、不思議と “お母さんだ” って思った。
 両親が死んじゃってることに変わりはないのに、すごく幸せな気分だった。


 翌日、ククールさんのルーラで、マイエラ修道院まで戻るのかと思ったら、もう少し先にあるというドニの町へ飛んだ。
 そこから東へ続く一本道を、ひたすら歩いてモンスターと戦って歩いて、だんだん陽が翳り始めて、今日は野宿になるんじゃないかと思い始めた頃――お父さんが言ってたとおり、大きな川沿いに教会が見えてきた。付近には、民家らしい建物もある。

「まあ、旅の方?」
 扉を開けると、キレイなステンドグラスや女神像、それらを背に祭壇に立つ神父様と、青い衣に身を包んだシスターの姿が見えた。
「もうじき日も暮れます。よろしければ、我が教会で休んでいらしてはいかがですか?」
 私たちの方を見ると、にっこり笑って勧めてくれる。
「今日は、我が神の定められた祝祭日。いつもはご寄付をいただくのですが、今日でしたら、無料でお泊めしますよ」
「えっ、いいんですか?」
 ゼシカが弾んだ声を上げ、エイトさんも嬉しそうに頷いた。
「アスカンタまで、まだ遠いし……じゃあ、お言葉に甘えて。お願いします」
 元々今夜は、ここで宿を取る予定だったんだもの。宿代不要と聞いて、断る理由は無い。
「歓迎いたしますわ。どうぞ、こちらへ」

 案内してもらったベッドスペースに、それぞれ荷物を置いて。
 質素だけど温かくて美味しい晩ごはんまで、いただいて。

「あの。私、ユリマと申します。まだ赤ちゃんだった頃に、しばらくこちらでお世話になったそうで――その節はどうも、ありがとうございました」
 べつに皆がいるときでも良かったんだけど、個人的な話だし、もし当時のシスターとは違う人だったら恥ずかしいから。お風呂を借りた後、就寝の挨拶ついでに声をかけたら。
「えっ?」
 シスターは、まじまじと私を眺めて。
「ユリマ、ちゃんって……あの、占い師ルイネロに引き取られた?」
「はい」
 良かった、お父さんの話に出てきた人だった、とホッとしていると。
「まあ! まあまあまあ、すっかり大きくなって!」
 目を潤ませ、私の手を握って。
「今まで不自由してなかった? 毎日の食事や、風邪を引いたときとか――ルイネロさんは評判の良い占い師だったし、なにより強い誠意を感じたから、あなたを託したのだけれど、数年も経つと悪い噂が聞こえてきて――」
 神父様と私を交互に見ながら、眉を顰めたり、溜息ついたり。
「私は反対したんですよ。親類縁者でも何でもない、子供を育てたことすらない男性に引き取らせるなんて。けれど神父様は、彼が、あなたを不幸にすることはない、心配無用だと――ああ、そもそもどうして旅の人に混じって、ここへ?」
「はい。私、お父さんの娘で、ずっと幸せでした。もちろん、今もです」
 私がキッパリ言い切ると、シスターは驚いたように目をぱちくりさせて。そんな彼女の後ろで、マスターと同い年くらいに見える神父様は、穏やかに微笑んでいた。
「今は、ちょっと人に会いに行く途中で。お父さんから、ここの話を聞いていたものですから、ご挨拶できたらと思って」
「そう……確か、養子だということは伏せておくつもりだと仰っていたけれど。あなたも成長したことだし、気が変わったのね」
「ユリマさん。おいくつになられたかな?」
「17歳です」
 神父様からの質問に答えると、シスターがしみじみと呟いた。
「まあ。あれから、もうそんなに経ったのねぇ……」
「シスター、良い機会だ。本当のご両親について知ったのなら、縁の品もお渡ししてはどうかな? いつまでも、ここに置いておくのもおかしな話だ」
「そうですね。馬車で旅をなさっているようだから、積んでおけるでしょうし」
「縁の品? ゆりかごと、手紙のことですか?」
「そう。それから、あなたの養育費として同封されていたゴールドも」
 ゴールド?
 ああ、そういえば借金が原因だったとは考えにくいって、お父さんが話してたっけ。
「ルイネロさんが育てると言ったのだから、彼に預けるのが筋だったかもしれないけど――当時は私も、まだ若くて。彼の言葉を信じることが出来なくて、ひょっとしたら、このお金目当て?なんて疑ってしまってね。かなり失礼な態度を取ってしまったの。申し訳なかったわ――あの赤ちゃんが、こんなに気立ての良さそうな娘さんに育って」
 シスターはバツが悪そうに肩を竦め、神父様は苦笑いした。
「ご本人も、贖罪の為だし占いで稼いだ貯蓄があるから自分には必要ない。いつか、あなたがご結婚なさる日が来たら支度金にでもさせるから、預かっておいてくれと仰いましてな」
「それに、ルイネロさんの占いでは亡くなってしまったという話だったけど……もしかして、それが外れたら。ご両親が生きておいでだったら、ここへあなたを迎えに来るかもしれないと思ったのだけれど。そうね、あれから、もう17年も経つのよね……」

 小さく息を吐いた、シスターは踵を返そうとして、困ったように立ち止まる。
「どうする? 今は旅の途中なのよね? 大金を持ち歩くのは危ないし、また帰りに寄ってもらった方が良いかしら?」
 私は、少し考えて。
「いただいて行きます。旅の目的が、いつ果たせるか分からないから――お父さんと、隠しごと抜きで家族になれたのは、あの人たちのおかげだから。ちゃんと最後まで、お手伝いしたいんです」
 私の為にと遺されたお金なら、まだ予定も無い “お嫁に行くとき” よりも、この旅で役立てたいなと思った。
「いつ、お金が必要になるか分からないし。ゆりかごや手紙は、モンスターが襲って来たとき汚れたり焼けちゃったら嫌だから、エイトさんかククールさん……あ。えっと、ルーラの使い手さんにお願いして、明日にでも自宅に置いて来ようと思いますけど」
 シスターは笑って頷いて、
「そうなの。聖堂騎士団の方も同行していらっしゃるようだし、粗方のことは心配ないと思うけれど――気をつけてね」
 ちゃんと大切にしまっておいてくれたんだろう。戸棚を開けると、ほとんど時間もかからずに、ゆりかごと手紙を携え戻って来て。

(……この中に居たんだ。まだ、赤ちゃんだった私)

 手渡されたゆりかごを胸に抱え、手紙を開いてみる。
 文面は、聞いていたとおりの短いものだったけど、すごくキレイな字体で――本当のお父さんとお母さん、どっちが書いたのかは分からないけど、やっぱりキチンとした人だったのかな、と思えて嬉しくなった。



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ちょっぴり捏造話。べつに占い道具の紛失が問題じゃなく、ただ一言、養父の仕事を認めて罪悪感を取っ払ってあげれば済む話だったろうにと思うと、ユリマ嬢には、少しは自省しててほしい気がする。
まあルイネロも、潔く占い辞めて転職じゃなく、未練たらたら当たらぬ占いを続け飲んだくれのダメ親父化して娘には気苦労かけてたろうから、お互い様かもしれませんが――