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† アスカンタ (1) †


 タダで泊めてくれたうえ飯まで食わせてくれた、太っ腹な川沿いの教会を出発して。
「確か、この大陸の北東にはアスカンタの城があるはずでがす」
 はて、北東ってどっちだったか――と考えるが分からない。
「ともかく城っぽい方角に思いっきりダッシュすれば、きっとアスカンタに着くでげすよ!」
「この辺は、東のお城の領地ってことになるわけね。私、全然知らなかった」
 一面の緑をきょろきょろと見渡しながら、弾んだ声でゼシカが言うと。
「王様……どんな人かしら? 私、王様ってまだ一度も会ったことがないのよ」
「ちょ、ちょっと、ゼシカ。陛下のこと忘れないでよ」
 声を潜めた兄貴が慌てて、御者台のおっさんを肩越しに見つつ耳打ちする。
 あのおっさん、王様扱いされねぇと怒ったりスネたり、面倒なんだよなぁ――まあ、呪いで魔物にされちまって、トラペッタでは石投げられたりもしたし、気の毒だけどよ。
「そ、そう言えば。そうなのよねえ……そう思えないけど」

 ひたすらお日様が昇ってくる方へ歩き続けて、途中、ちぃと強くなってきたモンスターに足止めを食らったりで野宿も挟み、そろそろ昼飯が食いたくなって来た頃、ようやくアスカンタの城が見えてきた。

 世話になっておいて文句を言えた義理じゃないんだが、教会ってところの飯はどうも味気なくて腹持ちが悪い。早いとこ肉にありつきたいと、張り切って城下町に足を踏み入れてみると。
「ははあ……」
 どこもかしこも真っ黒だった。
 黒い布に覆われた城壁、だれもかれも黒い服を着ていて、晴れてるはずの空までどんより曇って見えてくる。
「こりゃあ葬式でげすかねえ。ずいぶん、みんな沈んだ顔で」
 お天道様は高く昇っているのに、アスカンタの住人には見えてねぇのかって思うくらい、暗い空気が漂っていた。
「とりあえず拝んどくのが大人の常識でげす。なんまいだー、なんまいだー」
 アッシが手を合わせている横で、
「あーあ。せっかく修道院を出てきたってぇのに、またかよ! 辛気臭い。黒だの灰色だの」
 ぶつぶつ言っていたククールが、通りすがりの姉ちゃんを横目に、ひゅうと口笛を吹き。
「ま、喪服ってのも、それはそれで色気があるけどな」
 罰当たりな感想を呟くと、ゼシカが心底軽蔑したような目を向けた。けど、その強い目つきも、すぐに暗く翳っちまって。
「みんなの暗い顔……あの、喪服……嫌なこと、思い出しちゃう。なんだか……なんだかちょっとだけ、兄さんのこと……」
「……ゼシカ。そ、その。なんて言ったら良いか……」
 しかし、なにを言ったところでドルマゲスに殺されて戻って来ない現実は変わらねえ。相手が男だったら、元気出せよって背中でも叩くところだが、娘っ子をはたく訳にもいかねぇし、力加減もよく分からねぇし。
「あー! だから女は苦手なんでがす!!」
 心優しい兄貴。女の扱いに慣れてるククール。同じ年頃の、ユリマの嬢ちゃん。話をして気を紛らわすにも、アッシ以外が良いこたぁ確実だ。
 暗い景色からゼシカを引き離すためにもと、アッシは、とりあえず飯が食える店を探すことにした。

 しかし考えてみりゃ、国がこんなじゃ旅人相手の商売なんて流行っこねえ訳で――ほとんどの店が休業状態。記憶にある町並みより、ずいぶん寂れた印象だった。
 しょうがねえから宿屋に入って、昼飯を食いながら女将に話を聞くと。
 二年くれぇ前に、ここの王妃様が病気で死んじまって、それ以来ずーっと王様の命令で喪に服してるんだと。
(嫁さんを大事に思うのは、まあ、良いことなんだろうけどなぁ……)
 二年って、ちぃと長過ぎねえか? しかも国の連中まで強制的にって。
「何年ぐらいが普通なんでげすかね?」
 修道院にいたんだから、こういった葬式関係の決まり事には詳しいだろうとククールに話を振ると。
「土地柄もあるだろうけど、まあ長くて二ヶ月程度だな」
「そうよね。兄さんの喪だって、もう明けたんだもの」
「するってえと、この国は随分長いことお后様を悼んでるんでがすなぁ……」
「随分もなにも長過ぎだろ。王様の気が済むまで国民を付き合わせる気かね? 庶民なら、メソメソ泣いてちゃ飢え死にしちまうからって、嫌でも日常生活に戻らざるを得ねぇけど、現実逃避していられるご身分じゃあなあ――喪服なんて窮屈な格好してちゃ、ろくに仕事も出来やしねえのに。酒場は潰れてる、物音や話し声もほとん聞こえない、アスカンタ大陸の首都とは思えねえ廃れっぷり。まるでゴーストタウンだ」
 皮肉たっぷりに肩を竦める。
 こっちの話が聞こえたか、近くのテーブルの夫婦らしい客が複雑そうに顔を顰めるのが見えた。
 言われようは気に障るが、町の人間としても、この状況に辟易しているんだろう。

 呪われたトロデーン程じゃねえが、ここはここで大変そうだなと思いつつ、腹ごしらえを終えて。
 まだ眠るには早過ぎるんで、それぞれ自由時間ってことになった。

 ユリマの嬢ちゃんは、ちょっとトラペッタの自宅に戻りたいと言い。
 それならマイエラに定期報告に行くついでにルーラで送っていくと、ククールが提案して、魔法で飛んで行った。
 ゼシカは、まだ沈んだ顔で、教会へ祈りに向かい。
 特にしたいことも無ぇアッシは、国王に挨拶に行くという兄貴に同行したんだが――噂以上に酷ぇ状態みたいで、真昼間だってのに自分の部屋に閉じこもって出て来ないんだと、玉座の間にいた大臣が困り顔で話してくれた。
 ククールの呆れ顔を思い返す。
 昼間はダメでも、夜なら働いて……いそうに無ぇよな。国のことは、あの大臣が代わりにやってるんだろうか? 王様が立ち直るまでこの調子――って、二年も塞ぎ込んでるのに、あとどんだけ経てば?
 病気なら、まだ死に別れを覚悟する時間もあったろうよ……理不尽な理由でいきなり兄貴を殺されてもドルマゲスに立ち向かおうとした、ゼシカの気概をちったあ見習えって感じでげす。

「え? 教会に、お城のメイドさんが?」
 王様に会えないんじゃ仕方ないと、宿に戻ると、少ししてゼシカも帰ってきた。
「うん。私と同い年くらいの子……どうか王様が立ち直ってくださいますようにって、休み時間にはいつもお祈りに来てるんだって」
 ますます沈んだ顔で溜息を吐く。礼拝堂にいた町娘が、心配そうに噂してるのを聞いたんだそうだ。
「それって、厨房のばばあが気にしてた、キラって娘っ子でがすかね?」
「たぶん、そうだろうね」
 玉座の間へ向かう途中、間違って入った城の台所で、アッシらも似たような話を聞いていた。無気力な王様を付きっ切りで世話してて、王妃様が死んじまってからというもの一日も休まず働き続けてるんだそうだ。
「まともに眠ってないからだろうけど、彼女、なんだか顔色も悪くて――いくらお妃様を亡くして悲しくても、お城に仕えてる人たちや町の皆に苦労させちゃ、王様失格よね」

 晩飯前には、ククールとユリマの嬢ちゃんも戻って来て。
「修道院は変わりなかった? ドルマゲスは?」
「相変わらず。地下牢で黙秘。変わりっていうか、院長が、ちょっとなぁ……」
 兄貴の質問に、困ってるんだか笑ってるんだか曖昧な、引き攣った顔をする。
「え? オディロさんがどうかしたの? ドルマゲスに、なにかされてた後遺症が出たとか?」
 心配そうに身を乗り出すゼシカに、いやいやと首を振り。
「院長、位ある聖職者には珍しく、お笑い好きなんだよ――で、ドルマゲスが本性現す前に披露した芸が、あの人にとっては爆笑モノだったらしいんだよな」
 頬杖をつきつつ、遠い目をした。
「人殺しの罪は、杖に操られた影響もあったろうし、失うには惜しいセンスの持ち主だ。マイエラ修道院長、最後の務めとして、必ずや更正させてみせる!って、変な方向に燃えちまったらしくて、毎日あいつの牢屋の前で、ダジャレについて一方的に語り続けてるんだと」
「…………」
 さすがに相槌に困った。
 それは全員同じだったみてぇで、部屋に妙な沈黙が漂う。
 特に個人的な恨みの強いゼシカは、開いた口が塞がらないといった感じだ。
「あの。杖に操られる以前に、杖を盗もうとしてトロデーンに入り込んだんだろうから、元から悪者なわけで――私にも、謝りもしなかったし――あんなヤツにも良いところはあるって、オディロさんの考え方は立派かもしれないけど、更正なんかするとは思えないわ」
「ああ。オレも、そう思う」
「…………」
「たぶん修道院の連中も全員一致で、そう思ってるんだろうけど。大半が、院長に引き取られて育てられた人間だから、あの人には強く言えないんだよな。特にマルチェロなんか、すぐにでもドルマゲスを処刑したい気分だろうけど、院長を蔑ろにしてまで権限行使は出来ないだろうし――そんなこんなで頭抱えて、胃が痛そうにしてた」
 せっかく問題児ククールが修道院を離れた矢先だってのに……なんつーか、まあ、気の毒な。
「とにかく未だ黙秘中だけど、トロデーンの呪いを解く方法についても、引き続き尋問を続けるってよ。また、定期報告のついでに様子を見てくるから」
「うん、ありがとう――なんだか、ごめんね? 色々と」
「いや、まあ。なにか実害が出てる訳じゃねえし……あっちは向こうに任せて、オレたちは、さっさとトロデーンを目指そうぜ」
 そんなふうに話が落ち着き、一眠りした翌朝、すぐにゲルダのアジト目指して出発するはずが。

 今回も町の外で待機していて、ようやくアスカンタの現状を聞かされたおっさんが、御者台から飛び降りそうな勢いで大声を上げた。
「えっ、偉い! なんという主君想いのメイドじゃ! わしは感動したぞ!」
 その迫力に兄貴を始め、全員がたじたじとなって後退る。
「良い家臣は国の宝。しかもそのメイド、ミーティアと同じ年頃の娘というではないか――よしっ! これは命令じゃ! そのメイドさんの力になってやれ!」
「へ?」
 ゼシカとククールが目を丸くし、ユリマの嬢ちゃんもきょとんと城を振り返る。
「ええっと、ですが陛下……王様は王妃様を亡くして悲しんでいらっしゃるわけで、身近な方々が尽くしても二年もそのまま立ち直れずにいるのに、通りすがりの僕らがどうこう出来るとは思えませんし。ここに留まっていてはトロデーンの呪いを解くのが遅れて……」
 しごくまっとうな兄貴の意見を、本当に聞いていたのか?
「そんなもん、おまえが急いでパパッと片付ければ問題ないわい」
 おっさんは、薬草を買って来いみてぇな調子であっさりと言う。パパッと片付く問題じゃないだろうことはアッシの頭でも分かるのに、なんだってそうなるんだ?
「わ、分かり……ました。頑張ってみます」
 兄貴がガックリと肩を落としつつ、どうにかこうにかって感じで笑顔を浮かべ。
 アッシらは、どんよりした町へ逆戻り。
「アスカンタが気にならないわけじゃないけど、いいの? 他所の国で人助けしてる場合じゃないと思うけど――」
 御者台でふんぞり返っているおっさんを肩越しに見やりつつ、ゼシカが耳打ちすると。
「うん。だけど、陛下がお望みなら叶えてあげたいから……ごめん。なにか役に立てることが無いか情報収集してみて、僕らの出る幕じゃないって分かれば、そう報告するから。少しだけ付き合ってもらえるかな?」
 爽やかな朝だってのに疲れた顔した兄貴は、苦笑いで応じた。
「……オレは同行させてもらってる身だから、反対はしないけどよ」
 ククールも、ゼシカと似たり寄ったりの呆れ顔で、肩を竦める。
「陛下って本当に、お優しいんですねぇ」
 ユリマの嬢ちゃんは、ちょいとおっさんを買い被っているようだ。
(いやいや、娘っ子に甘いだけだと思うでがすよ)
 そういやあ、と思い出す。滝の洞窟へ行くことになったときと、まるっきり同じ流れ――なんか、兄貴の懐が深い理由が分かったような気がするでがすよ。



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キラやパヴァン王の台詞は面倒なんで割愛。アスカンタ編で気になったのは、もし過去を見られるならエイトは己の出自を知りたいだろうし、ゼシカは幻でもサーベルトに会いたいだろうってこと。RPGの登場人物って、主人公たちの出番が無くなるから仕方ないんだけど、行動力皆無ですよね……。