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† アスカンタ (2) †


「どうも、ありがとうございました」
「いえ、たいしたお構いも出来ませんで――キラに会ったら、お城の仕事も忙しいだろうけど、たまには顔を見せておくれとお伝えくださいね」

 こぢんまりした一軒家を出て。
 機織の手を止め、笑顔で見送ってくれたキラのおばあさんと別れて、とりあえず話に聞いた “願いの丘へ続く道” を把握しようとしたんだけど、どこから進めば川辺に降りられるのか分からなくて迷子になってしまった。

「あれ? おかしいなぁ……ここって、元の場所だ」
 散々うろうろした挙句、キラの実家前に戻っちゃって。
 エイトが頬を掻きつつ世界地図を眺めるけど、さすがに、こんなデコボコ入り組んだ地形の拡大図までは載っていない。なにか目印を探そうにも、見渡す限り濃い緑と似たような山肌に覆われていて、だんだん方向感覚が狂ってきちゃう。
「どうしよう? もう一回、おばあさんに聞いてみるか、どこか高いところから川辺の景色を見てみるか――」
「あ。街道を挟んだあっち側の崖に、人影が見えますよ」
「ホントだ。あそこで訊いてみよう」
 あの人が詳しくなくても川辺の地形が見えるかもしれないし、と近づいて行ってみると、
「おや? 君たちは、さっき訪ねて来てくれた……?」
 そこに居たのは、さっきも会ったキラのおじいさんだった。私たちがモタモタしている間に、家畜の世話に出てきたみたいで。
「あ、はい。度々すみません。願いの丘って、どう行けば良いんでしょうか?」
「一応おばあさんから、家の前を流れる川の上流、とは聞いたんですけど、この辺の地理に疎いもので――」
「あはは、地元の人間じゃないと、すぐには分からないかもしれないねぇ」
 立派な白い顎ヒゲを蓄えたおじいさんは、家の裏手をぐるっと回って、川沿いに下っていくと土手へ降りる道があるんだと、眼下を指差しつつ教えてくれた。
 そこから今度は逆に川を遡って行くと、洞窟があって、潜り抜けた先が願いの丘。
 エイトが取ったメモと地図を照らし合わせながら進むと、今度はちゃんと川岸に下りることが出来て、私たちは、ひとまずその洞窟まで行ってみることにした。

 トロデ王の一言で、アスカンタ城のメイド・キラに協力することになって。
 なにか手伝えることは無いかと聞きに行ったら、最初こそ戸惑っていた彼女だけど、
「僕の主に、この国の皆さんが困っていると話したら――ぜひ、力になってやれと」
 こっちの事情を簡単に説明すると、渡りに船とばかりに身を乗り出して。
「でしたら……! わたくしの祖母に、願いを叶える昔話のことを、詳しく聞いて来ていただけませんか?」
「願いを叶える?」
「ええ。傷心の王様を、どうにかお慰め出来ないかと考えていて――子供の頃に聞いた話を、思い出したんです。確か――お月様がキレイな夜に、願い事をすると不思議なことが起きる、どんな願いも叶うって」
 キラは、握りこぶしで訴えながら。
「だけど、いつ、どこでどんなふうに祈るんだったかも、うろ覚えで……ただのおとぎ話かもしれませんが、もし、それが本当なら、わたくしは王様の願いを叶えてさしあげたい」
 思い詰めた表情で、唇を噛み締める。
「自分で聞きに行きたくても、わたくしには、お城の仕事があります。勝手に抜け出す訳にはまいりません――どうか、よろしくお願いします」

 彼女の祖父母は、アスカンタ城の西。橋の傍の家に住んでいるんだって。
 最初に話を聞いたときはピンと来なかったけど、要するに、ドニを発った晩、無料で泊めてくれた川沿いの教会の近くだった。
 場所さえ分かってしまえば、ルーラの呪文でひとっ飛び。やっぱり便利な魔法よね、これ。
 魔法適性は持って生まれたものだからどうにもならないんだけど、ちょっと、エイトやククールが羨ましいな。

 ちなみにキラの心痛の種、パヴァン王は、昼間は自分の部屋にこもってマトモに食事も摂らず、夜は玉座の間でメソメソ泣いてるそうで。
 昔話に頼るより、王様を引っ叩いて目を覚まさせた方が早いんじゃないかと思ったけど。
 大臣や兵士、メイドさんが心配して話しかけても返事もしない――というか、聞こえてないみたいだって、エイトが溜息を吐いていた。

 私自身、魔法を使うから、こういった伝承の類は好きだし、多かれ少なかれ真実が含まれていると思うんだけど、
「満月の夜に、一晩、高い丘の上で待っていると、不思議な世界への扉が開く……ねぇ。祈っただけで、なんでも叶うなら、誰だってそこに押しかけてるだろうぜ」
 ククールは懐疑的だ。
 それ言っちゃったら神様に仕えてる、あんたたち教会関係者の立場はどうなるのよ?

 道中、襲ってきたアローインプやコサックシープを蹴散らしながら、辿り着いた洞窟の入り口で、
「あ……」
 立ち止まったユリマが、道の先を見つめて呟いた。
「確かに、この上から魔力を感じます」
「そうね。微かにだけど、不思議な気配――」
 私たちが頷き合っていると、ククールも肩を竦めて同意した。
「まあ、悪いものじゃなさそうだな」
「どうする? 上まで行ってみる?」
「でも、自然に蓄積した魔法の力が、言い伝えの源なら――うっかり丘の上で願っちゃったら、しばらくそういった “奇跡” は起こらなくなるかもしれませんよ?」
 ユリマが、うーんと小首をかしげて言う。
「アスカンタの王様はお気の毒だと思いますけど、ホントになんでも叶うんだったら私、マスターを生き返らせてほしいですし。実の両親にも会ってみたいし」
 エイトを困らせちゃうだろうから口には出さなかったけど、もし本当なら私だって、サーベルト兄さんに会いたい。帰って来てほしい。
 王妃様のことだけなんて、祈ってあげられる自信は無かった。

 結局、丘の上までは確認せずにアスカンタへ引き返して。

「高い丘の上……願いの丘!?」
 見聞きしたことを報告すると、掃除の最中だったらしいキラは、ホウキを手にしたまま、がっくり肩を落とした。
「そんな――家に戻るだけでも何日もかかるのに、野獣が巣食っているらしい洞窟の先にある、あそこまで行かなきゃいけないの――?」
 溜息混じりに項垂れて、悔しげに呟く。
「わたくしの足では、あんな険しい山道は、到底登ることが出来ない……」
「そんなことないですよ!」
「えっ?」
「モンスターと戦うのはともかく、山道は、登り続けていれば絶対いつかは頂上に着きます!」
 力いっぱい断言するユリマ。
 まあ、そうよね。何時間、何日かかるか分からないけど、不可能って訳じゃない。
「私、父が占い師をしているから、世の中には不思議なことってたくさんあると思うんです。それに迷うくらいなら、試してみた方がいいです。やらない理由ばっかり探して先延ばしにしてたら、もっと早く行動していれば良かったって、いつか後悔するんじゃないかな」
「そ、それは――だけど、おとぎ話を確かめる為になんて、お城の仕事を放り出す訳には」
「王様の為なら、ううん、王様の許可をいただければ堂々と行けますよね?」
 目を白黒させているキラが渋るのも気にせずに、声を弾ませて。
「そうそう、だって誰よりお后様を想っていらっしゃるのは王様なんだもの。奇跡を願うなら、まず王様をお連れしなくちゃ話になりませんよ! 王様に、直談判しに行きましょう?」
「え、だ、でもあの、わたくしの実家周りは田舎で、ちょっと里を離れると、もうモンスターがいっぱいで」
「じゃあ、護衛の兵士さんもお願いしましょう!」
「そ、そんな許可が出るとは――」

 確証がある話でもないのに前向きなユリマと、後ろ向きなキラの会話に、不意に、割って入る声があった。

「いや。私の権限で許そう」
「だ、大臣様!?」
「気になる話が聞こえたもので、すまんな」
 振り返ると、ゆっくり階段下りてくる、小柄なおじさんの姿があった。
「王は、この二年間、一歩も外に出ておらぬ。なんとしても元気を取り戻していただかなければ……このままでは、国が傾く」
 苦笑混じりに近づいてきた、大臣は疲れた口調で嘆いて。
「願いの丘の伝説――城の書物で読んだ覚えがある。正直、おとぎ話に過ぎぬとは思うが、それでも。なにが目的であれ外に出て、今のアスカンタ――民の浮かぬ顔、暗く停滞した国を目に映せば、我に返ってくださるかもしれん」
 バルコニーまで歩いていって、城下町を見下ろした。
 王妃様が亡くなったときから時間が停まってしまったような、モノトーンの国。
「もし、もしも……王が、このまま変われぬようなら……遠縁から養子を迎えるなり何なりして、時期国王を定めねばならん。他国に対して “喪中” を理由に、わしが代理として政務を続けるのもそろそろ限界じゃ」
 そんなこと、通りすがりの旅人がいる場所でボヤいて良いのかしら?と思ったけど、逆に国民の前じゃ、下手に愚痴も言えないのかもしれない。
「いつもどおりなら、そろそろ玉座の間に降りていらっしゃる時刻だ――良い方に転ぶか、ワシの首が飛ぶかは分からぬが――まあ、現状を変えるキッカケにはなるだろう」
 そうして、キラに向き直ると優しく笑う。
「もしも、王の耳に言葉が届かなければ……キラ、おぬしが行ってみてくれるか? 何日かかってもかまわぬ。護衛の兵士も付けよう。毎日、教会へ赴き祈りを欠かさぬ、おぬしの信心深さは誰もが認めるところだ……ひょっとすると、神様も聞き届けてくださるかもしれん」
「大臣様――ありがとうございます」
 キラは、涙目で頷いた。


「パヴァン王。もしかすると、王妃様に再会できるかもしれませぬぞ」


 噂どおり玉座に突っ伏してメソメソしていたパヴァン王は、
「……え?」
 数十秒かかって、ようやく、泣き腫らした顔をのろのろと上げた。
 エイトたちが話しかけても無反応だったらしいのに、王妃様絡みの話なら聞こえるって、都合の良い耳ねぇ。
 そんな彼にキラと大臣は、代わる代わる、願いの丘の伝説について語った。
「祈る力が、願いを叶えるなら――王様の想いなら、きっと神様に通じます! だって、こんなにも長い間ずっと、シセル様を想い続けていらっしゃるじゃないですか」
「ちょうど明後日は、満月です。キメラの翼を用いれば、すぐに川沿いの教会へ着きますから、間に合いましょう。モンスターに出くわす危険はありますが、護衛の兵士に万全の準備をさせますから」
「……行く」
 ぼそりと応じた王様は、どんよりした目にギラギラした光を浮かべて大臣に詰め寄った。
「そこへ行けば、シセルに会えるんだね?」
 たぶん、なんて曖昧な言い方をしたら暴れだしそうな、病的な目つきだった。
 それが分かっているのか、あんまり信じてない様子の大臣だったのに、
「ええ。誰よりもシセル様を愛していらっしゃる、パヴァン様ならば、必ず」
 ほとんど断言してみせた。
 ふらふらと立ち上がった王様は、痩せていて顔色も悪い――山道を登って、倒れたりしないかしら? まあ、本人が同意して大臣も賛成してるんだから、私たちが心配することじゃないだろうけど。

「わ……わたくしも、連れて行ってください!」
 キラの申し出に、大臣は、ちょっと困った顔になって。
「む? むう……しかし、王が赴かれるからには、兵士たちは、まず王をお守りせねばならぬ。おぬしでは、足の速さも体力も……」
 するとククールが、軽い調子で口を挟んだ。
「彼女一人くらいなら、オレがエスコートするぜ?」
 こいつって、ホント手当たり次第――もう、いちいち突っ込む気にもなれないわ。
「このまま、ここで待ってるだけっていうのもね。キラさんの力になることは、陛下のお望みでもあるし」
「そうですね。あの丘から感じる魔力が、どういうものかも気になりますし」
「全員で守りを固めれば、きっと、嬢ちゃん一人くらい無傷で山の上まで連れて行けるでがすよ」
 エイトとユリマ、ヤンガスも賛成して、もちろん私だって反対する理由は無い。
「あ、ありがとうございます!!」
 目を丸くして私たちを見た、キラは、初めて笑った。
 黒い服の人間ばかりいる薄暗い部屋の中で、そこだけヒマワリが咲いたような笑顔だった。

 どうか言い伝えどおり、奇跡が起きてくれますように――だけどまずは頂上まで、護衛を頑張らなくちゃね!



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そんなこんなで王様とキラも連れて行きまーす。だって何で赤の他人が山登って祈らにゃならんのよ? 切望してる本人が祈らんでどーする。
しかしキラって名前、どうしてもガンダムSEED主人公のキラさんを連想してしまって、変な感じ……。