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† 切なる願い (1) †


「セシル……セシル……」

 湿っぽい川沿いの道を突き進み、ひんやりした岩肌の洞窟を潜り抜けると、丘の中腹に出た。
 自然に削れたのか人力で作られたのか分からないけど、螺旋状の道が上へと続いていて、転落防止用だろう柵まであちこちにある。
 遠いし危ないから地元の人は近寄らないって話だったけど――夕陽に染まった深い森は、景色の類にはそんなに興味が無い僕の目にも、とてもキレイで。
(姫様も、ご覧になったら喜んだろうな……)
 こんな険しい道程でさえなければ、ハイキング先として人気が出そうなのに、と残念に思った。
 そんな絶景も、アスカンタ王の目にはまったく映らないみたいで。

「……なぜだ?」

 僕らの少し先を歩きながら、ずっと半泣きの声でぶつぶつ言っている。
「どうして……シセル。君は僕を一人置いて、天国へ行ってしまったんだ?」
 威厳もへったくれもない感じだけど、王様が家臣の前で、こんな姿をさらしちゃって良いのかなあ?
 お付きの兵士がいることも、同行しているキラさんのことも、まったく気に留めてないみたいだ。
「あれから二年。僕の時計は止まったままだ。なにひとつ、心が動かない」
 そんな王様へ、キラさんや、兵士の大部分は丘を登りながら、痛ましげに励ましの声をかけているけど――あからさまじゃないにせよ、逸らした目にゲンナリした色を浮かべたり、終始無言でモンスターを追い散らすことだけに集中している人もいた。
「せめて、もう一度だけ……夢でもいいんだ。もう一度、君に会いたい」
 他国の王様にこんなことを言っちゃ失礼だから口が裂けても言わないけど、ちょっと病的で怖い。
 王としての務めも放り出して、二年もこんな感じでいたなんて――トロデーンには、まったく伝わっていなかった。
『そうか、パヴァン王が、そこまで思い詰めておったとは……わしも王妃を早くに亡くしたから、気持ちは分からんでもないがのう』
 キラさんを護衛して “願いの丘” まで行って来ますと報告したときに、アスカンタの窮状もお伝えしたら、陛下は驚いていらっしゃった。
 まあ、これじゃあ他国に対して、王様の近況を伏せたくなるのも当然だろうなあ。
「君がいなければ、王冠も、玉座も意味が無い。僕一人では、なにも出来ないんだ」
 だけど、もし――あの日、陛下と姫様まで茨になってしまっていたら。
 僕一人だけ、取り残されることになったらなら。
 正気を保っていられたか、呪いを解くため旅に出ようなんて思えたか、あまり自信は無いのも確かだった。

「だいじょうぶですか? キラさん」
 やつれてはいても、そこは成人男性。
 元から疲れが溜まっていたんだろう少女よりは足が速くて、僕たちは、だんだん王様一行から遅れだした。
「少し休憩しようか?」
 ユリマさんとゼシカが、心配そうに促すけれど、
「いえっ、まだ平気です! だいぶ、日も翳って来ましたし――夜になる前に、ちゃんと頂上に着いていたいですから」
 キラさんは、手を両膝について荒い息をしながらも、頑なに首を振る。
「遠慮しなくて良いんだぜ? どのみちオレたちのペースは、ゼシカやユリマちゃんに合わせたものになるんだからな」
 そんな彼女にククールが左手を差し出して、ウインクひとつ。
「なんなら、オレが負ぶって登ろうか?」
「え、ええっ!? そんな、あの」
 返事に困っているキラさんに代わって、
「……あんたは黙ってなさい」
 目を吊り上げたゼシカが、ククールの後頭部を鞭の持ち手でどついた。さらに横から、
「もし、強そうな魔物が出たら、アッシの後ろに隠れるでがす」
 声をかけたヤンガスが、キラさんに向かってニカッと笑う。
「そうすりゃ、ケガしねえで済みやす。足元にも充分気をつけるでがすよ。月を見る前に、ケガしちゃいけねえ」
「あ、ありがとうございます……」
 彼女がちょこんと頭を下げると、金色のポニーテールがふさりと揺れた。

(願いの丘、か――)

 ゼシカたち、魔法が得意な面々は、なにかしら感じ取れる気配があるみたいで、少なくとも、まったくの無駄足になるとは思っていないみたいだった。
 僕は、そこそこ魔法は勉強してるけど、霊的な感覚が鋭いわけじゃないから、半信半疑といったところだけど。
 いったい、どうなるだろう?
 願ったからって、二年も前に亡くなった人が生き返るとは思えないけど、もし本当に、なんでも叶うんだったら――
(トロデーンの呪いを解いてもらうことは、出来ないんだろうか?)
 つい、私的なことを考えてしまって。
ホントになんでも叶うんだったら私、マスターを生き返らせてほしいですし。実の両親にも会ってみたいし』
 ユリマさんの呟きを思い出す。
 そうだ。みんなだって、違う願いがあるはず。
 ゼシカも、口にこそ出さなかったけど、殺されたサーベルトさんを返してほしいって思っているはずだ。
(死んだ人に会いたい、か……)
 ふと、顔も知らない、自分の両親のことを考える。
 僕には、トロデーンで、陛下と姫様に拾われた日より前の記憶が無い。
 記憶喪失ってヤツらしい。
 当時のことを聞くと、べつに怪我したり頭を打った痕も無かったそうで、原因は不明。
 自分の名前が“エイト” だということ以外、なにひとつ覚えていなかった。
 どうして子供一人でトロデーンの森にいたのか、ポケットに住み着いているネズミはペットなのかどうか、両親のことも、自分の年齢すら分からずに。ただ、おなか空いたなとボンヤリ思いながら、湖の傍に突っ立っていたところを、森へ散策にいらしていたトロデーン王の一行に見つけてもらった。
 見た感じ、ミーティア姫様と同じ年頃だろうってことで、同い年ということになって。拾われた日が誕生日ということになって、今、ここにいるけど――僕の両親は、どういう人だったんだろう。
 陛下が、領内や他国にまで僕の特徴を報せて、親を探してくれたけど、結局見つからなかったから、たぶん死んでしまっているんだろうけど……。

 道中、遭遇した人面樹やヘルホーネットを、アスカンタ兵と連携して蹴散らしながら。歩き続ければ、いつの間にか、頂上が見えてきた。
 草に覆われた平たい丘に、ぽつんと生える大きな樹。
 あとは、外壁や柱の一部だけが残る、なにかの建物跡があるだけだった。

「さー、どっこいしょっと! ……ありゃ、座らねえんでがすかい?」
 早速、といった感じで壁を背に座り込んだヤンガスが、戸惑い顔で立ち尽くしている王様や、兵士たちを不思議そうに見て、
「――ああ、そうか! メシの準備が先でがすな」
 その辺に散らばっている大きめの石や、枯れ枝を集め始める。
 たぶん皆、噂以上になにも無い丘で拍子抜けてるだけだと思うけど……一晩ここで過ごすからには、腹ごしらえはしておかなくちゃ。他方、
「……この気配! やっぱり、魔法だわ」
 ゼシカは確信に満ちた声音で、大きな瞳をキラキラさせながら辺りを見渡す。
「この丘と、満月。なにか強い魔法の力を感じる」
「楽しみだね、なにが起きるか!」
 ユリマさんも頷いて 「期待してて良いと思います」 と、言いだしっぺながら半信半疑といった面持ちのキラさんを励ましている。
 日暮れ前の空でも目立つ、丸い月が――本当に、昔話のような “奇跡” を起こしてくれるんだろうか?

 頂上には、燃料として使えるような枯れ枝がほとんど落ちてなかったから。
 野宿に慣れているヤンガスが、拾い集めた石でかまどを組んでいる間――王様やキラさんたちもその場に残して、僕らは薪拾いに出た。

「あー、イライラする!」
 小枝を拾い集めつつ丘を下る道すがら、ゼシカが思い出したように声を荒げる。
「大の男が、なによ!? 王妃様が亡くなったの、もう二年も前なんでしょ? それをウジウジと……!」
 たぶん、ずっとボヤきたかったけど、王様たちがすぐ傍にいるから我慢していたんだろう。
 だけど吊り上っていた眉が、急にしょぼんと下がって。
「そりゃ……私だって、サーベルト兄さんが死んだときは、すごく悲しかったけど……」
「ま、家族と最愛の妻とじゃ、いろいろ違うってことさ。そのうち、恋をすれば分かる――どう? 教えてやろうか?」
 ククールの軽口を受けて、またキッと吊り上がる。
「け、っ、こ、う、です!!」
 一音づつ区切るように力いっぱい拒否された、ククールは、肩を竦めて引き下がった。
 ゼシカをからかって遊ぶのが日課みたいになってるよね、ククールって。ころころ表情が変わるから、おもしろいって気持ちは分からなくもないけど……どこまで本気なんだろう?
 どすどすと肩を怒らせ先へ進んでいたゼシカが、ふっと頂上の方を振り返って、しんみりと呟く。
「あのキラみたいに、私と同じぐらいの年でも働かなきゃならない子もいるのね。しかも家族の元を離れて、二年間もずっと、なんて……寂しいだろうな」
 ホームシック? なんて言ったら全力で否定されそうだから、やめておこうと思ったら。
「ゼシカってば、ホームシック?」
 僕の思考を見事に代弁するタイミングで、ユリマさんが訊いてくれた。
「ちっちっ、違うわよ! ほら、おじいさんもおばあさんも寂しがってたし? 二年って、さすがに長すぎるし! 不眠不休で生きてくなんて不可能なんだから、ちょっとくらい里帰りしたって、お城の誰も怒ったりしなかったんじゃないかなって――」
 真っ赤になって首を振り振り、そこでピタリと動きを止めて数秒考え込んだと思ったら、うんうんと片手を顎に頷いて、
「……勘、なんだけど。ちょっとした、女の勘」
 悪戯っぽい表情になって、声を弾ませる。
「あれだけ尽くすっていうのは、ただの働き者ってだけじゃないわよね。うん、絶対そう!」
「? どういうこと?」
「憧れてるんじゃないかなー、って。今のあのメソメソした王様にじゃなくて、王妃様が亡くなる前のパヴァン王――船の運航でアスカンタ大陸とは取引があるから、王様の評判も聞いたことあるけど、優しくて賢い王様だって噂だったもの」
 確かに、ずいぶん一生懸命だなあとは思うけど、純粋な忠誠心じゃないのかなあ?
 だけどククールも 「おそらく、そうだろうな」 とゼシカに同意して。
「けっこう、かわいい子なのに、あれも目に入らないくらいの上玉……二年も忘れられないほどの美しいお后様、か。幽霊でも良いから、一度、二人きりでお目にかかりたいね」
 どうしてか、皮肉な感じの笑みを浮かべる。
「パヴァン王と王妃は、よっぽど激しい大恋愛の末に結婚したんだろうな。そして、魔法の解けないうちに、王妃は天に召された――カンペキだね。羨ましい美談だ」
「……どこが美談なの? 王様は、あんなに悲しんでいらっしゃるのに」
 王妃様だって、まだ死にたくなかったはず、と思うと無意識に険悪な口調になってしまった。
 彼が言うことは時々、意味が掴めない。
 陛下も、早くにお后様を亡くしている。ミーティアは、お母さんの記憶がほとんど無いらしい。残して逝かなきゃならなかった人も、残された方も、寂くて悲しいだけじゃないか。
「…………」
 ククールは、アイスブルーの目をぱちくりとさせた。その表情は妙に子供っぽくて、僕は気勢をそがれてしまう。
「世の中には、正反対な夫婦もゴロゴロしてるってことさ――ま、おまえには無縁な世界だろ。気にするな」
 苦笑いすると、僕の背中をポンポンはたいて、話を打ち切るようにスタスタと歩いて行ってしまった。



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そんなこんなで皆で山登り。キラって、王様に片想いなのかなぁ……? 憧れの範囲を出ないと思うんだけど、ゼシカの台詞から察するに恋愛感情ありなのか。まあ、シセル王妃との間には子供がいなかったみたいだし、再婚しなきゃ王家を継ぐ人いなさそうだけど、一般家庭出身のメイドさんを嫁に出来るのかしらん? ドラクエ世界って、けっこう身分に煩そうだしなぁ。