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† 切なる願い (2) †


 ……夢のような夜だった。
 実際に幻聴・幻覚の類だったのかもしれないが、オレたち一行、キラや王様、護衛の兵士たちまで揃って同じものを見たわけで。

「シセルが僕に教えてくれたこと――もう二度と、忘れはしまい」

 噛みしめるように呟くアスカンタ王の表情は、昨晩までは皆無だった生気を、取り戻していた。
「夢のような出来事だが、僕は信じます。ありがとう……」
 そう言って、オレたちに頭を下げる。
 生真面目なエイトとゼシカが 「いえ、僕らは、キラさんを少し手伝っただけですから」 などと相槌を打ち。
 ヤンガスは、食卓にこれでもかってほど並べられた料理の山に夢中。
 純庶民のユリマちゃんは、テーブルマナーに疎くてすみませんと恥ずかしそうにしながらも、幸せそうに味わって食べているようだ。
 本来、今回の功労者であるキラこそ労わられるべきなんだが、彼女は、食事会が始まる少し前にぶっ倒れちまった。
 長期間の過労状態を気力で乗り切り、ようやく王様が復活して一安心した、その反動もあるんだろう。
 そもそも過酷な山登りを敢行した翌日だってのに、メイド仲間たちの 「休みなよ」 という気遣いを 「いえ、お世話になった皆さんをおもてなししたいですから!」 と固辞して、朝も早くから立ち働いていたからだ。気持ちは嬉しいが、真面目すぎるのも困りものだな。
「みなさんと、キラのおかげで僕は、ようやく長い悪夢から覚めた。これからは、王の務めに励みます」

 とにかく腑抜けた王様も、こうして正気に戻ったんだ。
 ただの夢じゃなかった、亡き王妃の魂が励ましに現れた、ということにしておいた方が良いんだろう。


 願いの丘に登った、昨晩。

 辺りがすっかり暗くなって、腹ごしらえしながら時間をつぶしていると――月が昇るにつれて、丘の上にあった建物跡の、辛うじて残っていた窓枠の影が、だんだん細長く伸びて行き――反対側の壁、崩れかけた柱と柱の間に、あたかも窓や扉があるかのように黒い線を形作った。
 その周りに、青白い光がちらついていることに、最初に気づいたのはゼシカだったか、ユリマちゃんだったのか。
「! あれって……」
「すごい “力” が溢れて来てる!」
 だが、小声で囁いた二人が立ち上がるより早く、

「!? シセルの声が、聞こえる――」

 ついさっきまで地面に突っ伏してメソメソ泣いてた王様が、がばっと跳ね起き、月光が作り出した窓の影に突っ込んでいった。
「ぱ、パヴァン様!?」
 パッと見、窓や扉に見えても、ただの影――普通なら壁にぶつかってひっくり返るはずだろうに、王様の手が影に触れたとたん、それは、まばゆい光を放ちながら――本物の扉であるかのように、開いた。
「え、ええっ!?」
「パヴァン王!!」
 王様の姿はそこに吸い込まれ消えてしまい、血相を変えたキラや兵士たちが後を追って、やはり姿が見えなくなり、怪奇現象に戸惑い顔で二の足を踏んでいた兵士やオレたちも、護衛として来ている以上はぐれる訳にもいかず、順に扉(?)を潜る。
 強い光に目が眩んだのは一瞬、さっきまで丘の上にいたはずのオレたちは、水音が耳をくすぐる薄暗い場所に立っていた。
 自然に出来た物ではないだろう、デザートグラスのような形状の固い足場が飛び石のように――川のような流れは感じないから、湖だろうか――点在する空間。
 頭上を見上げれば、ぽつん、ぽつんと光る場所から、滝のように流れ落ちてくる水の筋と岩肌がうっすら見える。
(地底湖……か?)
 振り返れば、さっき潜った “窓の影” ――特にヤバイ気配もしないが、万一の場合に、引き返せないということもなさそうだ。

 王様は、急に切り替わった周りの景色もなにも眼中に無いようで、奥へ奥へと走って進み、そのまま小さな神殿っぽい建物に入り込んで行ってしまった。
 その後を、わたわた追いかけるキラや兵士たちに続いて、五角形の扉を潜ると――そこは、アスカンタ城だった。
 視野の狭い王様も、キラたちも、さすがに戸惑ったように階段前に突っ立っていて。
 いくら夜だからって不自然なほど、城内の人間は、誰も彼もぐーすか寝こけていた。つついても話しかけても、いっこうに起きる気配が無い。
「お城全体に……強い、眠りの魔法を、かけられているみたいですね」
 ユリマちゃんが、眉を顰めて呟き。
「眠らせられた? 誰に――」
 エイトが表情を険しくして、いつでも槍を引き抜けるように構えつつ階段を上がる。

 そうして警戒しつつ辿り着いた、玉座の間で――オレたちは、亡き王妃の幻を、見た。

 艶やかな紅茶色の髪、柔らかな表情。ドレスの色も相俟って、春の陽射しめいた、暖かく柔らかい印象の美女だった。
 王様やキラたちの反応からして、アスカンタの現状を心配して現れた幽霊の類じゃなく、過去にあった出来事が断片的に見えていたようだ。
 まあ、王妃だけじゃなく王様の幻影まで、オレたちを無視していちゃつきながら会話してるんだから、そうと思った方がしっくり来たが。

『大丈夫、あなたの判断は正しいわ』
 自分が出した、おふれのことで、ウジウジしている男を励ます王妃。
『あなたは優しすぎるのね。でも、時には厳しい決断も必要。王様なんですもの、ね?』
 宿屋の犬に仔犬が産まれたと、はしゃぐ声。
『バカね、パヴァン。あなたが決めた名前が世界中で一番いいに決まってるわ』

 広間のあちこちに浮かんでは消える、かつての二人を、アスカンタの連中は呆けたように見つめていた。

『……シセル。どうして、君はそんなに強いんだい?』
 王の幻が、王妃に訊ねる。
『お母様が、いるからよ』
『母上? だって君の母上は、ずいぶん前に亡くなったと――』
 奇しくも話題は、家族に先立たれた側として、王妃が語る想いになっていた。
『お母様が亡くなって、悲しくて寂しくて……でも、こう考えたの』
 それはそのまま、今のアスカンタ王に当てはまる。
『わたしが弱虫に戻ったら、お母様は、本当にいなくなってしまう。お母様が、最初からいなかったのと同じことになってしまうわ……って』
 しかも完全に腑抜けていた、この男は。
 王妃の言葉を借りるなら、彼女が最初からいなかったのと同じにしてしまっていた、わけだ。
『励まされた言葉、お母様が教えてくれたこと、その示すとおりに頑張ろうって』
 幻に話しかけようとしたり、その姿を追いかけながら、ぶつぶつ独り言もらしていた王様の心にも、さすがに響くものがあったようで、ハッとした顔つきで押し黙る。
『……そうすれば、わたしの中にお母様は生きてるの。ずっと』

 そうしてテラスへ誘う王妃を追って、王も階段を上っていく。
 いつの間にか王の幻は消え、過去の女と現在の男が手を取り合った――ように見えた。
 戸惑うばかりだったオレたちも、二人の姿が見えなくなったことで我に返り、慌てて後を追う。
 悪い気配はしないが、万が一、これが人間に取り憑く悪霊の類だったら、魅入られた王様が投身自殺でもしかねない――なんて心配は、杞憂だったが。

『わたしの王様。みんなが笑って暮らせるように、あなたが……』

 パヴァンに微笑みかけた王妃は、夜明け前の、わずかに光差し始めた景色に溶けるように消え失せ。
 残された男は、泣き崩れながらも晴れやかな顔で。

 長い長いアスカンタの喪は、ようやく明けた。

「本当に、ありがとう。もし、この先、なにか困ったことがあったら、いつでも言ってください。必ず、その時は、僕があなたがたの力になります。約束します。必ず、お役に立ちましょう」
 そんな言葉を聞き流しながら、訝しげな、エイトの声を思い返す。

『……どこが美談なの? 王様は、あんなに悲しんでいらっしゃるのに』

 そうして思う。美談だよ、やっぱり。
 あの二人だって、早々と死別せずに生き続けてたら、パヴァンの情けなさに愛想を尽かしたり、王妃に横恋慕するヤツが現れて、浮気や心変わりだってしたかもしれない。
 それとも50年後、60年後――寿命を迎えるまで、やっぱりお互いベタ惚れのまま、死んでいけたのかね?
 それだって、人間の寿命くらいまでは変わらず続いたってだけの話だ。
 それとも……あるところには、あるんだろうか? 永遠の愛とかって代物が。

「困ったこと……」
 モシャモシャと骨付き肉を貪っていたヤンガスが、不意に目を輝かせ。
「アッシら、ちょいとトロデーンに行きたいんでげす。けど、吊り橋が壊れてたり、道が崖崩れで塞がっちまってて、借りられるもんなら船を借りたいんでがすが」
「船、ですか? 申し訳ない――この城は地形的に、船舶を保有するには向かないもので。公的な用事で国外へ赴く際は、ポルトリンクで船を借りるようにしているんですよ」
 肩をすぼめた王様は、気を取り直したように提案する。
「すぐに、とはいきませんが、レンタル船で良ければ手配しますので、船着場でお待ちいただけますか? ああ、もちろん代金はこちらが用意しますから。だいたい、どれくらいの日数お使いになる予定ですか?」
「あ、いえいえ!」
 そこへ慌てたように割って入るエイト。
「キラさんを護衛しただけなのに、そんな大金を払っていただくわけにはいきません! 知人から借りられるかもしれないし、ポルトリンク西の街道が通れるようになるまで待てば済むことだし」
「む、むう……兄貴が、そう言うんなら」
 他の奴が相手なら “もらえるモンはもらっとけ” とでも言うだろうヤンガスは、遠慮するエイトを見て困った顔をしたが、それ以上は食い下がることなく引き下がった。
 ゲルダに会いたくないって気分よりは、兄貴の意向が大事らしい。
「そうですか? しかし私としても、きちんとしたお礼をしたいのですが――」
「……それ、じゃあ」
 また首を振りかけたエイトだったが、ふと真剣な顔つきになって俯き、すぐに居住まいを正すと口を開いた。
「僕の大切な人たちが、悪い魔法使いに、呪いで、魔物や動物に姿を変えられてしまって――今は、それを何とかする為に旅をしているんですが」
「魔法使い? 呪い?」
 王様は、戸惑ったように眉を顰めたが。
「そうですか。世の中には、そういった不思議なこともあるんでしょうね……お気の毒に」
 昨日の今日だ。疑う理由も無いと思い直したんだろう、気遣わしげな眼をエイトに向ける。
「その方たちの、お体の具合は? お怪我はなさっていませんか?」
「はい。お元気でいてくださることだけが、救いです」
 確かにトロデ王と姫様は “元気” だが、トロデーン城で茨になってる連中は生死も定かじゃない訳で――パヴァンの労わりに、表情を緩めたのは一瞬。エイトは、絞り出すような声で訴えた。
「解決するために試さなきゃならないことは、決まっているし。もしそれでダメでも、諦めるつもりは無いけど……もし、僕が途中で倒れたら。二人を護る人間はいなくなってしまう」
「ちょっと、エイト。縁起でもないこと言わないで! それに水臭いわよ? 万が一のことがあったって、私たちがいるじゃない。二人が人間だってこと、もう疑ったりしてないわ。国に帰れなかったら、リーザス村で暮らせば――って、言ってあげることは、ちょっと、勘当されてるから、出来ないけど」
 たぶん途中までは 「ウチに来ればいいじゃない」 と請け負う気満々だったんだろう、ゼシカの言葉は尻すぼみになり……頬を赤くしながらも、コホンと咳払いして。
「と、とにかく。私、この旅が終わったらどこかで一人暮らしする気だから、もしも、あなたに何かあったって、二人は私が守ってあげるわよ」
「アッシも、兄貴のぶんまで用心棒するでがす。トラペッタみたいなことがあっちゃ危ねえから、おっさんは表を歩けねえだろうけど、馬をいじめる奴がいるとは思えねえし」
 ヤンガスも、にかっと笑う。
「なにより、アッシが兄貴を守りますから! 万が一の話なんてやめてくだせえや。兄貴がいない毎日なんて、考えたくもねえ」
 まあ、まともな状態で助かったのが自分一人じゃあ、思い詰めちまう気持ちも分からなくはないが。
「オディロ院長も事情は知ってるからな。さすがに修道院に、魔物の姿したおっさんを置いとくのは難しいだろうけど、手出し無用って根回しくらいは出来ると思うぜ」
「…………」
 オレたちの発言が意外だったようで、目を白黒させているエイトを眺めつつ、王様はニコニコと笑った。
「ならば、旅を終えられた後は、ぜひアスカンタでお暮らしください。郊外に、シセルのお気に入りだった小さな別荘があるんです。思い出を壊したくないから、立ち入り禁止だと――私が言えば、家臣や民が足を踏み入れることはないでしょう」
「二人の身の安全を保障してもらえれば、安心ですけど……いいんですか? そんな、王妃様の」
「ええ、シセルは優しい女性でした。この話を聞いたら、その方々を匿ってあげてと言ったに違いありませんから。万が一、の場合のことは、心配しないでください」
「ありがとうございます。皆も――ありがとう」
 泣き笑いみたいな表情で、エイトは深々と頭を下げた。
「……無事に、呪いが解ければ良いですね」
「はい、がんばります!」
 エイトの顔に明るさが戻り、振る舞われた料理は、ヤンガスが残さず平らげて。

「では、みなさん。どうぞ、これからの旅も、お気をつけて。また、いつでも遊びに来てください」

 宴は、お開きになったが。
 全員、少々食べ過ぎで、すぐ出発するには胃が苦しかったので、倒れてそのまま熟睡しているキラが目を覚ますまで、休憩がてら待ち、見舞ってから町を出ることにした。



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イシュマウリって、願いの丘に人が来たら例外なく願いを叶えてあげてるのかなー、と考えてみると、それならもうちょっと、おとぎ話レベルを超えて有名になってそうなものだし。パワーチャージには、それなりの時間がかかる&直接対面する人間は選んでるんじゃないかと思います。普段は、勝手に深層意識を読んで過去を見せてあげるだけ。興味を持った相手には、姿を現すと。