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† 暴食からの脱却 †


 パヴァン王との会食も終わり、まだベッドで休んでいるキラを見舞って、ようやくアスカンタを出発することになった私たち。
『急いでパパッと片付ければ問題ないわい』
 だなんて、トロデ王が無茶を言い出したときは、どうなることかと思ったけど――ウジウジしてた国王は元気になって、キラの体調も、しっかり休めば問題ないって診断だったし。
 キレイな景色を見て、あんな不思議な体験まで出来たんだもの。手伝ってみて良かったわ。

「ふぃー、食った食った! 今まで食ったメシの中で一番、美味かったでげす」

 久しぶりの外遊びにはしゃぐ子供たちや、井戸端会議してるおばさん集団の笑い声を聞きながら、城下町の門を潜って。舗装された坂道を下りながら、いつにも増して真ん丸なおなかをさすりさすり、ヤンガスが、満足そうに息を吐き出す。
 そりゃあ、山賊生活してた人が、王宮の料理を食べたんだもんねぇ。
「また今度、個人的な礼として、ごちそうしてくれるって言うんでがすから。キラの嬢ちゃんは、律儀な娘っ子でがすなあ」
「次にお会いする頃には、キラさんが元気一杯で、私たちの方も杖の問題が解決していると良いですよね」
「でがすな。心配事が無くなりゃあ、最高に美味いメシが食えるでげすよ!」
 ユリマと並んで、ニコニコほのぼの話している横で。
「あの子、髪を下ろすと、だいぶ大人っぽい印象になってたな? パジャマ姿だったのが惜しいところだが……いや、あれはあれで素朴で良いけどな」
 ククールは、また好き勝手なこと言ってる。具合が悪い女の子を前にして、なに考えてたんだか。まったく!
「そ、そう? かな?」
 同意を求められたエイトも、相槌に困ってるみたいだ。
「エイト。こいつの、このテの話に付き合ってたら疲れちゃうわよ? 独り言だと思って聞き流したら?」
「なんだ、妬いてくれてるのか? ゼシカ? 心配しなくても、君のネグリジェ姿以上に男のロマンを体現――」
「妬くわけないでしょ! バカじゃないの!?」
「そうは言うが、じゃあエイト。ミーティア姫様に着てもらうなら、キラみたいな木綿のパジャマと、ゼシカ風のネグリジェ、どっちが好みだ?」
「ミっ!?」
 真っ赤になったエイトは、ククールにぶつかりそうな勢いで詰め寄って怒りだした。
「ひ、姫様のことで、変な想像しないでよ!」
「変って、オレは単に服装の好みを訊いてるだけだぜ?」
 両手を軽く挙げて、どうどうと馬を宥めるみたいにしながら、ククールの顔はものすごく楽しそうだ。
 ……エイト。完全に、からかわれてるわね。

 わーわー騒ぎながら、深い堀に架けられた石橋を渡り切った先で。

「ええのう、おまえたちは。パヴァン王から、盛大にもてなされて楽しそうじゃのう……」
 私たちに背を向け立っていたトロデ王は、ちらっとこっちを見ると、
「きっと、ごちそうや酒もいっぱい振る舞われたんじゃろうな。羨ましいのう」
 いじいじと呟きながら、また後ろを向いてしまって。そんな父王を、ミーティア姫はしげしげと見つめている。
 なにを言いたいのかは、馬の姿や表情じゃちょっと読めないけど、彼女の性格だと―― 『仕方ないじゃないですか、お父様』 って嗜める感じかしら?
「その間、わしと姫は町の外で待ちぼうけじゃ。ああ、寂しい、寂しい……」
 不満たらたら、足元の小石を蹴飛ばしたりするけど。そんなこと言われても、私たちだって遊んでた訳じゃないんだし。
 城を出る前に 『いっそパヴァン王に、トロデーンの窮状を打ち明けちゃったら?』 って訊いたら、
『いや。なるべく国が呪われたと外部に知られないうちに解決策を、っていうのが、陛下のご意向だから――皆も、アスカンタを再訪する機会があっても、馬車のお二人が王族だってことや、僕がトロデーンの近衛兵だってことは内緒にして欲しい。パヴァン様にお願いしたのは、いくら頑張っても、どうにも出来なかったときの為だから』
 そう言って、エイトが頭を横に振ったから、私たちは旅の一般人としか思われていないはずだ。
 それなのに、ごちそうを食べる為だけに、魔物や馬の姿の二人をアスカンタ王家に紹介するのはちょっと、ねえ?
 たぶん似たようなことを考えながら、私たちが顔を見合わせ困っていると、
「……おっさんの気持ち、アッシにゃあ分かるでがすよ」
 しみじみ頷いたヤンガスが、遠い目をして。
「そりゃあ、おっさんだって、まともな姿だったら、町に入って酒のひとつも飲みたいでがしょうよ。アッシも昔っから、見かけの悪さで苦労したもんでさあ。だから、分かりやす」
 そうねえ。
 姫様みたいに馬とかの大型動物だったら難しいけど、せめて犬や猫、モンスターだったとしてもスライムくらい小さければねえ。荷物の中に隠して、町に連れて入ることも出来たんだろうけど。
「ゲルダのアジトに行く途中――この大陸の南の方にある、アッシが以前住んでいた町なら、心配ないでげすよ」
 得意げなヤンガスの台詞に、とんがった緑色の耳がピクンと動いた。
「パルミドって、小汚ねえ町ですが、これがどんな余所者でも受け入れる、懐の深いとこでしてね。そこなら、おっさんも安心して、中に入れると思うんでがすよ」
 パルミド……聞いたことないなぁ。小汚い、っていうのはちょっと気になるけど、ゲルダさんの家はアスカンタ大陸の南端らしいから、町があるなら寄って泊まった方が良いわよね。
 願いの丘を登る道中で、アスカンタ兵に聞いたけど、大陸に生息するモンスターは南部の方が凶暴だって話だったし。慣れない土地を旅するんだから、慎重に、きっと回復アイテムなんかも買い足さなきゃいけないもの。
「それに、あの町にゃ、アッシなじみの優秀な情報屋がいるんで、なにか嬢ちゃんが知ってる以外に、例の杖のことを調べられるかも――」
「そっか! 賢者の末裔はマスターだけじゃなくて、他にも……四人かな? いらっしゃるはずだから。その方たちが、どこに住んでいるかとか分かれば、もっと封印について詳しいことが聞けるかも」
 ユリマが顔を輝かせるけど、ククールは難色を示した。
「パルミド? 行ったことねえけど、良い噂は聞かねぇぜ。そんなところに寄ったら、ゼシカやユリマちゃんが危ない目に遭うんじゃねえのか?」
「まあ、ガラの悪い連中が多いから、若い娘っ子が一人でウロウロするにゃ向かない町なのは確かでげすよ。けど、アッシと一緒にいれば、狙って来るような馬鹿はいねえだろうし、万が一、アッシを知らない新顔が妙な真似しやがったら、責任持ってぶっ飛ばしてやるでがす」
 力こぶしを作ったヤンガスは、そのままポリポリと頬を掻いて。
「なによりアッシ、考えたんでげすが、ただ訪ねて行って事情を話しても、船を貸してくれるようなヤツじゃないんでがすよ。ゲルダは。交換条件を出されるに違ぇねえ」
 まあ、仲が良い訳じゃないみたいだし、気前の良い盗賊なんているとは思えないけど。
「パルミドと、ゲルダん家の間に、剣士像の洞窟って場所があって……そこには “ビーナスの涙” ってお宝が眠ってるって話なんでげす。アイツ、昔、それを欲しがってて。まず間違いなく、今も欲しがってるだろうから……そいつを手に入れて持っていけば、話が早いかもしれねえ」
「そうなの? じゃあ、先に、そこへ行ってみようか」
 エイトが賛成して、トロデ王も 「そのパルミドっちゅう街の酒場は、酒の品揃えはどうなんじゃ?」 と、ヤンガスの故郷へ立ち寄ることに、乗り気になっているみたいだ。

 すると唐突に、ユリマが小首をかしげながら言った。

「……ヤンガスさんって一度、山賊を止めようとしたけど上手くいかなくって、また元の生活に戻っちゃって……その頃、エイトさんたちに出会ったってお話でしたよね?」
 その目は、なぜかヤンガス――というより、いつにも増して立派な、彼のおなかを見つめている。
「おう、そのとおりでがす!」
 大きく頷いて返した、ヤンガスに言わせると 『聞くも涙、語るも涙の壮大な物語』 らしいけど、ポルトリンクからアスカンタ大陸へ向かう船の中で聞いたそれは、絵本に出来そうなくらい単純な経緯だった。
(なんで今、急に、そんな話題?)
 似たようなことを思ったみたいで、エイトやククールも注目している中、
「あの、余計なお世話かもしれませんけど。それって、食費のかかり過ぎで、生計が立てられなかったんじゃないかと思うんですけど……」
 言われてみれば尤もなことを、指摘するユリマ。
「!!」
 ヤンガスの、普段は三白眼な目は真ん丸になって、さらに口まで大きく開けて。
「…………」
 青褪めてプルプル震えながら、助けを求めるようにエイトを見上げた。
「ま、まあ……よく食べるよね、ヤンガス」
「修道院だったら、ムダ飯食らいって陰口を叩かれること間違い無しだな」
「さっき、見かけの悪さで苦労したと言うとったが、案外、そっちが原因かもしれんのう」
 誰も否定しないどころか、口調の柔らかさに差こそあるけど、ずばずば言う。
「山賊稼業から足を洗おうと、故郷を出て? 挫折するまで、どこでなんの仕事をしとったのか知らんが――米粒みたいな脳みそだと公言しとるくらいじゃ。住み込みの力仕事くらいにしかありつけまい?」
 トロデ王の指摘に、ヤンガスは、悲しそうな顔のまま頷いた。
「働く以上に食いまくられてはのう……力仕事の収入なんぞ、限度があろうに、軽く人の三倍、あれば五倍は食べる胃袋の持ち主じゃ。住み込みだったとすれば、厨房の人間が雇い主に、即クビにしろと文句を付けたろうし。そうでなかったとしても、食べ物を買うだけで稼いだ金が湯水のように消えていったろうから……行き詰るのは、無理もないのう」
 そうよねえ。
 旅の合間の狩りだけじゃ追いつかないくらい、よく食べるものね。ヤンガスって。
 仕事の合間に、魚釣りとか畑仕事で補おうとしても、ちょっと無理なんじゃないかしら?
 外で働くっていう体験をしたことない私には、ちょっと、口を挟みにくい話題だけど。
「腕は立つし、性格も案外まっとうなヤツじゃから、トロデーン城が復活したらエイトの部下として雇ってやってもいいかと思ったが、ちょっと考えてしまうのう」
「そうね。お城でも、出された料理、私たちが食べ切れなかった分まで、ぜんぶ残さず食べちゃったし」
 ぽそっと私が呟いたら、
「なにっ!? そんなにたくさんごちそうが出たのなら、余った分は、わしらにお土産としてお持ち帰りしてもバチは当たらんかったろう! なんで全部食うんじゃ!」
 ぷんすか怒りだしたトロデ王に、ハッとしたエイトが平身低頭する。
「あっ! す、すみません気が回らなくて――」
 あ、しまった。せっかく王様の機嫌が直りかけたのに、ごちそうの件、思い出させちゃった? ヤンガスの食べ過ぎ問題に、話を戻さなきゃ。
「強面だったら、そりゃあ不利な部分もあるだろうけど、顔が怖いだけならウチの船乗りたちにもたくさん、そういう人はいるしね」
 私が、さらに言うと、全員から食べすぎ認定されて、反論の言葉も見つからないらしいヤンガスは、とうとう泣きそうになった。
「アッシは……アッシは…………!」
「ヤンガスさん!」
 そこへ、わしっとヤンガスの大きな手を握り、キラキラした瞳で問いかけるユリマ。
「ヤンガスさんの、将来の夢ってなんですか?」
「へ?」
 またコロッと変わった話題に、ヤンガスは目を白黒させたけど、
「き、キラのばあさんトコみたいな、小さな家で……のんびり余生を過ごしたいでがす」
 元山賊の強面サンにしては、平和かつ地味な将来像を口にした。さらに握りこぶしを作って、すっかり気を取り直した感じの勢いで主張する。
「もちろん、暖炉の傍にはエイトの兄貴がいる! それが理想の暮らしでげすよ」
「……どんだけエイトが好きなのよ」
「ジジイの二人暮しか……むさいな」
 ヤンガスの未来像に加えられているエイトは、苦笑いのノーコメントだ。
「お金の問題もですけど、暴飲暴食は健康に悪影響! 病気で長生き出来なかったら、その夢、叶わないですよ?」
 ユリマって、おとなしいんだか強引なんだか、時々分からなくなるわよね。
「ウチのお父さんだって、アルコール依存症気味だったのが治ったんだから。ヤンガスさんには目標があるんだし、エイトさんと楽しく元気に暮らすためと思えば、きっと食欲も抑えられますよ――この旅の間に、ちょっとダイエットしませんか?」
 考えたこともなかったことを提案されたみたいで、ヤンガスは、ぽかーんとしている。
「ヤンガスさんは体力もあるし、運動不足って訳じゃないんだから、少しずつ食べる量を調節すれば、きっとアッサリ痩せられますよ?」
「そういえばヤンガスって……いつ頃から、その体型なの?」
 エイトが首をひねった。私も、続けて訊いてみる。
「まさか、子供の頃から太ってたわけじゃないんでしょ?」
「そりゃあアッシだって、ガキの頃は痩せっぽちで」
 そうして本人も、ふと首をひねった。
「あれ? そういやあ昔は、そんなに食いモンが無くても――」
 そのまま考え込んじゃって、
「そうか……アイツが、ああ言って……だから……」
 ぶつぶつ呟きながら、なんだか、ちょっと懐かしそうな表情になって――そのまま、しばらく流れる沈黙。

「…………おっと」

 我に返ったらしいヤンガスは、頭を掻き掻き、照れたように笑った。
「すまねえ、嬢ちゃん。うっかり、苦い青春のメモリーに浸っちまったでげす」
 青春のメモリー? なんのことかしら?
 だけど、うっかり質問したら、また話が長くなりそうだし。
「よっし! 今度こそ、ビーナスの涙を手に入れて、この贅肉ともオサラバするでがすよ!!」
 とりあえず、ダイエットしてみる気になったみたいだから、ヤンガスの健康面でも、お財布の中身事情的にも良かったんじゃないかしら? うん。



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『少年ヤンガス〜』 を管理人は未プレイなんですが、噂によるとゲルダの趣味嗜好が分かるとか? んで、彼女の好みの男性は、どうやら太った人らしい……。
ひょっとしてヤンガス、彼女の好みのタイプを目指して太る過程で大食らいになったのか!? と思ったので、こんな話に。ゲルダのこと諦めモードなら、無理に太っちょ体型を維持する必要は無いよな〜。