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† 開かずの扉 †


 すっかり明るい空気になった、アスカンタを出発して。
 途中、ミニデーモンやガチャコッコと戦ったりしながら、道なりに南へ歩き続けて。しばらくすると――大きな湖が見えてきた。
 その傍には、丸太小屋もあって。入り口の看板には
[ 湖畔の宿屋へ ようこそ。アスカンタへ行く方も、パルミドへ行く方も ここらで ちょっと ひと休み ]
 って書いてある。
 宿屋で飼われているんだろうか? 繋がれてもいない茶色い馬が、私たちを――というか、ミーティア姫様をじっと見つめて、ばさばさ尻尾を振った。
 ……今の姫様って、白馬の姿だけど、普通のお馬さんたちからはどう見えてるんだろう? やっぱり、キレイな牝馬だとしか思えないのかな?

「まだ、先は長いでげすから。もうじき日も暮れ始めるし、今日のところは、ここで休んで行った方が良いと思うでがすよ。兄貴」
 懐かしい景色だなあと目を細めながら、ヤンガスさんが提案して。
「ここを通り過ぎちまうともう、パルミドに着くまでは、野宿するしかないでげすから」
「分かった、そうしよう」
 エイトさんが足を止めると、ククールさんも頷いた。
「確かに、アスカンタ兵が言ってたとおり、西側に比べて、襲ってくるモンスターも手強くなったもんな」

 宿にチェックインして、皆で晩ごはんを食べて。
 せっかくだから湖でも眺めに出ようかな、と思ったら、入り口近くの本棚前でエイトさんを見つけた。
 書物というより、日記帳みたいな装丁の本を手に、ずいぶん真剣な顔をしている。

「なに読んでるんですか?」
「うん? 気になるタイトルの本があって。手持ちのアイテムで、なにか出来ないかなって――」
「?」
 横から覗き込んでみると、武器商人さんの日々の記録みたいだった。開かれているページの真ん中辺りには [ただの皮のムチでも、錬金術を用いれば、ヘビ皮のムチに改造できるという話を聞いた。ただし、その為には、ヘビ皮を再現する、うろこが必要だという] って書いてある。
「うろこ……うろこ……なにか、うろこの付いた物って」
 考え込んでいる彼に、今度は、私たちの背後からひょこっと顔を出したククールさんが声をかけた。
「うろこの鎧とか、うろこの盾とか?」
 そうそう。リーザス村や船着場の防具屋さんで、売ってた気がする。
「! それだ!! リーザス像の塔で手に入れた、あれ!」
 エイトさんは本を小脇に抱えたまま、まだ食後のティータイム中だったゼシカを手招いた。
「ゼシカ、ゼシカ! ちょっと皮のムチ貸して!」
「? どうしたの?」
 彼女は小首をかしげたけど、説明が始まる前にピンと来たらしくて。
「……あ。なにか、おもしろそうな錬金レシピ、見つけたんだ?」
「錬金?」
 ククールさんにも初耳だったみたいで不思議そうにしてたけど、ゼシカとヤンガスさんは、なんのことだか知ってるみたいだった。

 実際に見た方が早いわよ、と言われたから外へ付いて行って、宿の傍の木に繋いで停めてある馬車の中を覗き込む。
「あ、陛下。お夕飯、終わりました? 食器、返してきますね」
「おお、頼んだぞ。ついでに、お茶のおかわりを貰えるようなら貰って来てくれんか。こんな片田舎の宿にしては、なかなか良い茶葉を使っておるわい」
 満足そうにおなかをさすりながら、陛下が空になったトレーを手渡してくれた。
 錬金の見物もしたいけど、お茶は早く飲みたいだろうし、どうしようかな? なんて、ちょっと考えてしまっていたら、
「じゃ、お茶は私が貰ってくるわ。それで、飲み終えたら食器と一緒に返せば一度で済むでしょ?」
 ゼシカが、くるっと踵を返した。
「確かユリマもククールも錬金するとこ見るの初めてよね? 作業自体は簡単なものだから、よそ見してたら終わっちゃうわよ」
「いいの? ありがとう」
 私がお礼を言うと、嬉しそうに笑って。
「うん。どうせ、五人も六人もいっぺんに入るのは無理だしね」
 こんなふうに優しくて美人な彼女と、リーザス村で立ち聞きしちゃった “旧家の令嬢っていう立場に合わない” アルバート家の娘さんのイメージは、やっぱりどうにも噛み合わない。どうして、お母さんとケンカ別れするようなことになっちゃったんだろう? もったいないなあ……。
 もっと一緒に旅して仲良くなれたら、訊いてみる機会もあるかな?
 だけど私、お母さんってどんなものか知らないし、もし相談とかしてもらえても的外れなことしか言えなさそうだなぁ。
 なんて思っているうちに、ゼシカは宿屋へ引き返していって。
 陛下に 「失礼します」 と頭を下げたエイトさんは、ゼシカから借りたムチと、うろこの盾を、馬車の奥に置いてあったお釜に無造作に放り込んだ。するとお釜は、沸騰したケトルみたいに揺れ始めて。
 そうして、ごとごとガタガタ激しく動いていたお釜は、少し経つとシチューを煮込んでいるお鍋みたいに、静かにグツグツ言い始める。
「受け付けた! きっと成功だ……楽しみだなぁ」
 エイトさんは、嬉しそうにニコニコしている。
 どっちかっていうと穏やかで、物静かなイメージだったから、こんな小さい子みたいにはしゃいでる姿は、始めて見たかも?
「良かったでげすなあ、兄貴」
「うん! ヤンガスが勧めてくれたとおり、ここに泊まることにして良かったよ。錬金レシピって、どこの何に書かれてるか分からないから」
「兄貴が喜んでくれて、アッシも嬉しいでがす」
 “錬金” って単語から、もっと難しい手順を踏むのかと想像してたけど、予想以上に簡単というか――ただ材料を入れるだけで良いみたいだから、誰にでも出来そうだ。これじゃ、お茶を取りに、宿屋に戻る途中で作業完了していただろう。代わってくれたゼシカに感謝。
「錬金釜か……実在したんだな。小耳に挟んだことはあったけど、架空のアイテムかと思ってたぜ」
 並んで喜んでいる二人の後ろ、私の隣で、しげしげとお釜を眺めながら呟いたククールさんに、
「うん。実在はするけど、大昔に造られた国宝級の物だから、現存していても壊れていることが多いらしいんだ」
 説明するエイトさんは、屈んだ体勢のまま、両肘を自分の膝に置いて頬杖をついている。
「これも城から持ち出した釜を、陛下が修理してくださって――使えるようにはなったんだけど、たいした素材は手持ちに無いし、どう組み合わせれば成功するか資料も無いから、ずっと手探りでさ。今まで出来たのって、薬系がほとんどで」
 馬車は、けっこう大きくて、二人くらいまでなら並んで寝転べるスペースはあるけど、私たち四人に加えて陛下までいらっしゃるから、身体を縮めてないとお互いぶつかっちゃいそうだった。
「それ以外で上手くいったのって、僕のハイブーメランと、盗賊の鍵くらいだったから」
「そいつは、どういう組み合わせなんだ?」
「トラペッタで売ってたブーメランと、船着場にいた人から譲ってもらった鉄のクギ」
 答えて、ハッと焦ったように振り返ると、
「あ! あとさ、最初に頼まれて旧マイエラ修道院に潜ったとき。鉄のクギが置いてあるの見つけてさ、また使えるかもと思って、持ち出しちゃったんだけど――」
 気まずそうに頭を掻き掻き、ククールさんを窺う。
「修道院の中があんなふうだったから、てっきり捨ててあるものと思って取って来たけど……本来ちゃんと管理されてるなら備品だったんだよね? お返ししないとマズイかな?」
「クソ真面目なヤツだな……」
 ククールさんは、苦笑いしつつ肩を竦めた。
「いーよ。クギの一本や二本、気にしなくて。慰霊式典の日くらいしか入らない、あの中に、備品なんか置かねえしな。捨ててあったか置き忘れか――とにかく誰も、無くなったことなんか気づきゃしねえよ」
「そ、そう? 良かった……トラペッタに引き返したとき、あれとブロンズナイフで盗賊の鍵が出来るって知って、使っちゃったから……すぐには返せないんだよね」
 ホッと胸を撫で下ろした、エイトさんが急にこっちを向いて。
「そうだ! ユリマさんは、なにか知らない? 錬金レシピ」
「え?」
「マスター・ライラスって、先祖代々の魔法使いだったんでしょ? 燃えちゃった家に、古い本とかあったんじゃない?」
 質問されて、まだ記憶に鮮やかな情景を思い出す。
「あ、ええ。壁側は、ほとんど書棚で埋まっていて。難しそうな本がたくさん――でも、私は読んでも理解できる気がしなかったから、借りて見たことは無いですけど」
「壁いっぱいの古書……宝の山……勿体ない……ドルマゲス、いや、ラプソーンめ……」
 エイトさんは、悔しそうに肩を落とした。本当に好きなんだなあ、錬金。
 だけど、もう使わないものが新しいアイテムに生まれ変わるって、素敵なことだよね。古着を集めて、新しい服に縫い直すのに少し似てるけど、材料が布だから服が出来るとは限らないんだって――不思議な魔法の道具。
 しかも、材料を入れちゃえば後は出来上がるのを待ってれば良いなんて、楽チンだな〜。
「古い本、ねぇ」
 ククールさんが思い出したように、顎に手を当てて。
「マイエラにも、それなりの規模の書庫があるぜ。普通は、修道院の人間以外立ち入り禁止だが、旅の助けになるかもってことなら院長に頼めば閲覧許可が出ると思うぞ。マルチェロも、まあダメとは言わないだろ」
「ホント!?」
 エイトさんは、わくわくした表情で黒い目を輝かせた。
「じゃあ、今度――だけど今は先を急ぐしなあ。ゲルダさんと船の件が落ち着いたら、定期報告に付いて行かせて?」
「オーケイ」

 そんなこんなで、夜が更けて。
 ぐっすり眠れた後の朝食後、宿屋を出て、また南へひたすら歩き続けていると、すっごく目立つ建物が見えてきた。
「ヤンガス、なにあれ?」
 石造りなのかな? 全体的に堅そうな質感のグレーで、扉は、左右がそれぞれ緑とオレンジに塗り分けられていて、牙みたいな金色の飾りが各三本、斜めに伸びている。

 遠目には、建物周辺に丈の長い草が生えてるように見えた、炎みたいなギザギザ模様も、オレンジと緑色で。三階建ての家くらいの高さだけど、明かり取りらしい穴から中の様子を窺おうにも真っ暗だし、そもそも背が届かないからダメだった。
 あーあ。こんなとき、トベルーラが使えたらなあ。
「うーん、なんだっけなぁ……」
 エイトさんの質問に、ヤンガスさんは困った顔して建物を見上げた。
「胡散臭い外観だな」
「そうね。こんな、森の中にポツンと建ってるし。中の様子も分からないし」
「貴族の別荘――にしちゃ無骨な感じだし、宿屋やレストラン――にしても、客商売って雰囲気じゃない」
 扉や周りを調べて戻ってきたゼシカが、小首をかしげる。
「ノックしても応答が無いし、押しても引っ張っても開かないわ。ここの人、留守なのかしら?」
「いや。確か、そこは開かないんでがすよ」
「?」
「アッシら盗賊や山賊の、どんな腕のいいヤツがこじ開けようとしても、開かないんでげす。潜り込もうとあれこれ試しても骨折り損だとは聞くけど、お宝や金がたんまり置いてあるって噂なもんで――昔から、向かってくヤツは多いんでがすが、成功したって話は聞いたことないでげすね」
「誰も入れないってこと?」
 皆から怪訝そうに見つめられて、ヤンガスさんは、自信無さそうに首を振った。
「入る人間を選ぶって噂でげす。アッシの故郷、パルミドにも、ここで落ちぶれて流れ着いたってヤツが、たまにいたでがすよ」
「落ちぶれ……?」
 どういう意味だろう? 落ちぶれるってことは、なにかに失敗したんだろうけど。
「ああ、一文無しになっちまったって」
「その人から、中の様子を聞いたことはあるんですか?」
「聞いたんでがすが、なんせ何年も前だし、入れないんならどうでもいいやと思ったもんで、うろ覚えで――」
 自分に関係ない話なら、忘れちゃうのはムリも無いかな?
「とにかく、噂どおりなら、あの中にはモンスターがいるんでがすよ。ここら辺じゃ見かけないような、凶暴なのがわらわら」
 魔獣ドランゴが、たくさんいる感じかな? 危ないなぁ。
「んで、そいつらを倒せば、珍しいお宝が手に入るって話でがした」
「……要するに、建物の中には魔物が棲み着いてるってこと?」
「けど、入る人間を選ぶって、どういうことだろう?」
 ゼシカが、エイトさんと顔を見合わせたところに、ククールさんがサラッと言う。
「案外、ここがドルマゲスのアジトだったりしてな」
「!!」
 皆それぞれ目を丸くして。
 ゼシカが、感心したように扉をぺちぺち叩いた。
「言われてみれば、そんな感じね……うん、きっとそうよ。怪しいくらい頑丈な造りだもの。なんだかペンキの色も、毒々しい組み合わせだし」
「全員で肩車とかして、窓から覗けば中は見えそうだけど。魔法使いの家だったら、下手に入ろうとしたら危ないかもしれませんね――罠が仕掛けてあるかも」
 エイトさんも、高い位置にある小窓らしい穴を睨み、目を眇める。
「その筋のプロでも開けられないっていうのも、侵入者を拒む魔法なのかもしれないね」
「なるほどな……思い付きで言っただけだが、あいつの隠れ家なら、珍しい道具のひとつやふたつあるだろうし、見慣れない魔獣を飼っていても不思議じゃない。たまに入れる人間がいるってのも、有り金や食料を巻き上げて放り出す為だとすれば、辻褄は合うな」
「だとしたら……マルチェロさんが、あいつから、なにか聞き出してくれるのを待つしかないね。呪いを解く鍵になるものが無いかは、ちょっと気になるけど――盗賊やってる人たちが、いくら挑戦しても開かなかった扉が、簡単に開くとは思えないし。寄り道している時間も無いし」
 ヤンガスさんは、まだ首を捻っているけど、これ以上なにも思い出せないみたいだし、たぶんそうだろう、という結論に至って。

「だけど、ここ風除けくらいにはなるかな……もうじき日も暮れるし、今日はここで野宿にしようか」

 そんなこんなで、私たちは。
 だいぶ後になって、ヤンガスさんが、ここは 『バトルロード闘技場』 っていう施設だと思い出すまで、ドルマゲスさんの家だと思い込んで。
 日も暮れ始めて物陰もぼんやりした感じだったからか、王様たちを含めれば7人がかりで建物周辺を見て回ったのに、誰も、屋上に続く階段の存在に気がつかなくて。
 バーベキューしている私たちの騒ぎ声を聞きながら、焼肉の良い匂いを嗅ぎながら、屋上で風に吹かれている人影にも気づけないまま、翌朝、ゲルダさんの家を目指して出発した。



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初プレイ時。屋上 (?) への階段を見落とし、、当然モリーさんの存在にも気づかず、トロデーン城に着いたあたりで攻略情報を目にする機会があり、やっとあれがバトルロード闘技場だと知った管理人でありました。
ずっと、あれはドルマゲスの隠れ家で、彼を倒せば扉が開いて中に貴重な情報とかアイテムがあるんだと思ってた……。