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† トラップボックス (1) †


「着いた着いた! ここがアッシの故郷、パルミドでがす」

 ぐるーっと砂色の塀に囲まれた、懐かしい景色を前にして、思ったより嬉しくなっちまって。
「故郷を離れて、はや幾年……ついに、アッシは帰ってきたでげすよ」
 入り口の手前まで走って行って、ちょいと中を覗くと、ちっとも変わらないゴチャゴチャした町並みが見えた。
「悪徳の町なんて呼ばれてるけど、案外いいところなんでがすよ」
 悪事に嫌気が差して出て行ったけど、この町や住んでる連中のことは、なんだかんだ言って好きだったんだなあと、しみじみ思う。
「特に、おっさんみたいな怪しい姿をしたのを受け入れてくれるのは、世界でも、あの町くらいのもんでさあ」

 ゆっくりこっちに向かってくる馬車の方を振り返ると、兄貴は、いつもの穏やかな顔で。
 娘っ子たちは、興味津々といった感じに辺りを見回し。
 パルミドの悪い噂ばっかり聞いてたらしいククールは、露骨に嫌そうな面をしていた。

「おまえに怪しいとか言われたくないがな……それに、本当に大丈夫なのか? トラペッタみたいな目に遭わされるのはごめんじゃぞい」
 町に入れないことを愚痴っていたはずのおっさんは、ククール以上に渋い口調で。
「すみません、陛下。町の皆、普段は気の良い人ばっかりなんですけど――」
 ユリマの嬢ちゃんが気まずそうに頭を下げると、顰め面を引っ込めて笑い、ひらひら片手を振ってみせる。
「おぬしが謝ることはないわい。戦い方も知らん民草が、この姿に怯えるのは無理もないことじゃしの」
「パルミドなら平気だって! おっさんも案外、心配性だなあ」
「……不安じゃのう」
 またジト目で、わざとらしい溜息。嬢ちゃんとアッシとで、態度が違いすぎるんじゃねえか? このおっさん。つくづく兄貴の公平さが身に染みるぜ。
「人が親切心から紹介してやってるっていうのに、失礼なおっさんでがす」
 アッシは兄貴のお役に立てさえすれば、おっさんが食いっぱぐれようが酒を飲めなかろうが、どうでもいいんだぞ? 兄貴にとっちゃ大事な王様らしいから、モンスターの群れからだって守ってやってんのに。
「まったく、こんなことなら優しくしてやるんじゃなかったでげす」
 すぐには町に入ろうとせず、値踏みするみてぇに塀の周りをウロウロしている緑色の後ろ姿を眺めているうちに、さすがに腹が立ってきてボヤくと、
「まあまあ。ずっと王様だったのに、いきなり魔物に変えられて、石を投げつけられたりしたら、ショックで悪い方に考えちゃっても仕方ないわよ」
 ゼシカが苦笑いしつつ、肩をすくめた。
「ごちそうの件で、いきなりスネちゃったのも――普段は明るく振舞ってるけど、やっぱり、あんな姿になっちゃってストレスが溜まってたんじゃない?」
「むう……」
 それもそうだなあ。
 馬にされて普段は喋れない馬姫様と、アッシらが戻ってくるまで町の外でボーッと待ってんのも暇だろうし。
 ワガママのひとつやふたつ、大人の余裕でポイポイと聞き流してやるのが、偉大な兄貴の子分の務めってヤツだよな!
 ――って、兄貴と同じ年頃の娘がいるんだ、おっさんはアッシよりも一回りは年上だろうがよ? 大人気ないにも程があるぜ。
「それにしても……ヤンガスにも、故郷なんてものがあったのね。てっきり、山の中で、お猿さんに育てられたのかと思ってたわ」
 ひでぇ。
 おっさんと良い勝負だぞ、ゼシカ。
「そりゃ、あんまりでがす〜! アッシだって、れっきとした人の子でがすよ〜!」
 たまらず抗議すると、ごめんごめんと言って笑う。
 悪気も何もないことは見てれば分かるし、娘っ子相手に凄んでみせる訳にもいかねぇし、やれやれだ。

 そんなこんなで入り口で騒いでいると、不意に、「わん」 と威勢のいい声がした。
 足元を見れば、薄茶色の犬っころがパタパタ尻尾を振りながら、こっちを見上げている――おお、おまえは!
「おう、チビ! アッシのこと、覚えててくれたのか〜?」
「ヤンガスの……ってことは無いよね。元ご近所さんの飼い犬、とか?」
「いや、昔から、この町に住み着いてる野良でげすよ」
 じゃれつくチビに優しい眼を向ける、兄貴に説明して、
「悪ぃなあ、旅の途中で、しかもちょいと “ダイエット” ってヤツに挑戦してるもんで、おまえが食えそうなモンは持ち合わせてねえんだよ」
 かがんで頭を撫でてやると、嬉しそうに腹を出してひっくり返った。相変わらず懐っこいなあ、こいつ。
「しばらくこの辺を行ったり来たりする予定だから、途中で、なにか獲物を捕まえたら、おまえにもお裾分けしてやるからな」
 アッシの言ってることが分かったのか――それとも兄貴やゼシカにも愛想を振りまき撫でてもらって、さらに食うのが遅いユリマの嬢ちゃんから、まだ残していたらしい握り飯をもらって満足したのか。チビはアッシらを先導するようにトコトコと、町の中へ入って行った。

「しかし、着いたは良いが、まだ午前中だぜ。もう宿に入るのか?」

 まだ昇りきってないお天道様を見上げている、ククールは気乗りしない調子だ。
「そうだなあ……」
 腕を組んで考え込む兄貴。確かに、さっき朝飯を食ったばかりだ。
「まず、情報屋のダンナのところに――行っても、だいぶ時間が余っちまうでがすね」
 あのダンナは、とにかく仕事が早い。知ってることなら即座に関係ある本やら何やら引っ張り出して教えてくれるし、知らないことに関しちゃあ、分かったら連絡するから出直してくれと言われるから、とにかく30分もかからず終わっちまうだろう。
「おっさんは酒場に行けばいいし、カジノもあるけど、嬢ちゃんたちが暇潰し出来るような洒落た店は無えしなあ……」
 見事なボインのゼシカ。しかも気が強ぇ。久しぶりに戻った故郷で、ドニの酒場みてぇな乱闘騒ぎは起こしたくないし。
 見るからに、押し売りもナンパも断り切れなさそうな感じの、ユリマの嬢ちゃん。
 アッシが一緒に居りゃあ問題ないだろう、とはいえ、厠の類にまでくっ付いて行く訳にもいかねぇし。

「ここへは、もうルーラで飛べる」

 なんの意味があるのか、また芝居がかった仕草で両手を広げたククールが、辺りを見渡しながら言った。
「ヤンガスが言うには、剣士像の洞窟ってところは罠だらけらしい」
 そういやドルマゲスのアジトっぽい建物を風除け代わりに野宿した晩、あれこれ訊かれて話したなあ。しかし、寝付くのが早い兄貴たちは聞いてなかったはずだからと、アッシも横から言い足す。
「大昔の好事家が、自慢のお宝――ビーナスの涙を安置する為に、作ったんだそうでがす」
 まったく、酔狂なヤツがいたもんだ。
 “アレ” を作るのに、どんだけ金かけたんだろう? お宝の値段以上だったりしてな。
「アッシも昔、そいつを取ろうと何度か挑戦したもんでげすが、結局、見つけられなかったんでがす。いろんな仕掛けがジャマして、アッシ一人じゃ、とても目的の宝箱までたどり着けねえんでさあ」
 まだ若造だった頃を思い返す。
 襲ってくるモンスターを蹴散らしながら無い知恵絞って、散々痛い目に遭って、けど、どうにもならなくって、しょうがなく諦めて帰ったら。
「それをアイツは、やれ嘘つきだ、なんだと……ああっ! 思い出しただけで、腹が立つ!」
 当時を思い出して、ついイラついちまっていると、ユリマの嬢ちゃんがぱちくりと瞬いて首をひねった。
「アイツって、どなたですか?」
「へっ? あー、いや、ええと」
 船の件で会いに行かなきゃならない、とはいえゲルダのことに関しちゃ、あんま突っ込んで訊かれたくないんだよなあ。
「独り言なんで、気にしないでほしいでがす」
「そうなんですか? 分かりました」
 頭を掻き掻き言葉を濁すと、嬢ちゃんは、こくりと頷いた。
 ホッとしたんだが、こうもあっさり引き下がられると、それはそれで寂しいような……。
「人工的に作られた、人里離れた場所にあるダンジョンだ――たぶん、ルーラで行けるようになってる」
 そんなアッシらに構わず、ククールの話は続いていた。
「でなきゃ、その好事家も、お宝を眺めたくなるたびにモンスターを蹴散らしつつ長旅する羽目になっちまったろうからな」
「それもそうだね」
「そういう訳だ。まず、その洞窟を確かめて、体力に余裕があれば中もどんなだか調べてみないか?」
 兄貴は納得したように、ふんふんと頷いている。
 なんだかんだ言ってククールのヤツは、学があるんだろうなあ。アッシにも人並みの脳みそがありゃ、兄貴の相談相手になれたかもしれねえのに……。
「――で、ある程度、把握してから宿で休んで、また明日出直せば楽だろう?」
 通い詰めたから、洞窟への道順くらいはだいたい覚えてるけど。
 もう、中がどんなふうで、どんな仕掛けがあったかはキレイに忘れちまってるんだよなあ……罠だらけでマトモに先に進めなかった、ってイメージしか残ってねえし。役立たずで申し訳ねえけど。
「行きたい! 洞窟なんでしょ? 私、リレミト覚えたの。早速、試してみたいわ」
 ゼシカも、うきうきと手を上げて賛成する。アッシに出来るこたあ、体を張って皆を守るだけだよな。うん。
「じゃあ、日が暮れないうちに行ってみるでげすよ。おっさんも、酒を飲むなら夜の方が良いだろ?」
「まあ、モタモタしておったばっかりに、その “ビーナスの涙” とやらが賊に持ち去れてしまっては困るしの。まずは目的の物を手に入れるのが先決じゃな」
 おっさんも、さすがにゴネることはせず。
 アッシらは結局、パルミドを素通りして西へ向かった。

 そうして森を抜け丘を越え辿り着いた、ゴツゴツした岩山やら毒の沼、枯れ木ばっかりの荒れ地に、ぽっかり口を開けた剣士像の洞窟は――
「ちなみにゲルダのアジトは、ここから道なりに南に行った池の傍だったはずでがす」
「だったら、ここにルーラして向かえば早いね」
 階段を下りてすぐ、遠くだが真っ正面に、見えてるのに届かねぇ宝箱があること。トラップの巣窟で、なかなか先に進めねえことも、まったく変わっちゃいなかった。

「アイタタタ……」
「もう、なんなのよさっきの扉はっ!」
 どこからか次々と湧いて襲ってくる、さまよう鎧やマミーをイオラでぶっ飛ばしながら、ゼシカが唇を尖らせる。
「私、この洞窟を作った人とは、絶対、友達になれそうもないわ」
「ああ。まったく、ふざけた扉だぜ――下手すりゃ、このオレの美しく高い鼻が潰れちまうところだったんだぞ!」
 ククールもバギマをぶちかましつつ、文句たらたらだ。
「もし、そんなことになったら、世界の損失ってもんだろ? そんなこと、許されることじゃないぜ!」
「弾き飛ばされた先の床に、ちょうど大穴が開いてるなんて。あれを避けて通った時点で、周辺を警戒するべきだったね」
 苦笑いしている兄貴のハイブーメランが、敵をばったばったと薙ぎ倒し、それでもまだフラフラ立っているヤツに、ユリマの嬢ちゃんを庇いながら止めを刺すのはアッシの役目だ。
「ただの扉かと思いきや、あんな仕掛けが隠されてるとは……」
 ようやく大穴のところまで戻って来れて、今度はちゃんと、問題の扉前を素通りしつつ、一緒になってボヤく。
「だから、この洞窟は油断ならねえんでがす。アッシが昔、あきらめたのも、無理ないでげしょ?」
 開けようと触ったら、本物そっくりに影まで付けて壁に描かれた絵だったり。開いたと思ったらそこは壁で、進もうとしかけてたユリマの嬢ちゃんが止まり切れずに頭を壁にぶつけて涙目になったり――かと思えばさっきは、びっくり箱みてぇな扉に全員弾き飛ばされて、下の階に落っこちちまって。

「こりゃあ、いったい、どういう部屋なんでがしょう? なにか仕掛けがあるのは間違いないと思うんでげすが。さて、なにを、どうしたもんなんだか――」
「あの石像、どうやら動きそうよ」
 さらに奥の、行き止まりに見えた部屋じゃあ、
「たぶん、石像を動かすことが、この部屋の謎を解くカギだと思うのよね。とりあえず、適当でいいから動かしてみたらどうかしら?」
 ゼシカの言うとおり、石像を床の窪みに嵌め込んだら吊り橋がかかって、腕力だけが自慢のアッシも少しは役に立てたんだが。

 もっと奥の、また石像のある妙な部屋では、なにをどうすりゃ良いのか誰にもサッパリだった。
 二体ある像は重すぎて、持ち上げることは、アッシにも、全員で試しても無理だったが、ずりずりと押して前や後ろへ移動させることは出来た……けど、どう動かしても、アッシが片方を、残りの四人でもう片方を同時にあれこれ動かしてみても、なにも起きやしねえ。
 他の通路や扉は、面倒でも、ひとつ残らず調べて回ったから、これで行き止まりで “ビーナスの涙” はただの噂だったってオチは無いはずだ。なんせ最初に見えてた宝箱が、まだ見つかってねぇんだからよ。
「あーあ、トベルーラを習得出来てりゃあな。入り口からまっすぐアッサリ柵もなにもかも飛び越えて、アレの中身を確かめられたのによ」
「ククールは、まだいいよ。何秒かは自分の意志で浮いていられるようになったんでしょ? やっぱり、熟練度の差だよね――」
 兄貴とククールは、お手上げって感じで魔法の話をしている。あんま一般的じゃない術の習得はやっぱ難しいみてぇで、ここでも、トロデーンへ向かうにも当分は使えなさそうだ。
 嬢ちゃんたちは、床にへたり込んで休憩中。
 リーザスでも少しは鍛えてたらしいゼシカはともかく、ユリマの嬢ちゃんは、戦闘にはほとんど加わらず、ただ歩いてただけだが、それでもヘトヘトになっちまってる。ククールが言うには、
『習得してる魔法のレベルは賢者級。ただ全く鍛えてないから、体力はもちろん、魔法を使う精神力も素人同然。大技を二発も使えばダウンしちまうだろうから、ドランゴみたいな、ヤバイ敵が現れたときの切り札ってことで』
 現れる敵のレベルが知れてる移動中は、馬車で休みを挟みつつ戦ったり、ゼシカに魔力を上げる精神修行みたいなの習っているが、それでも心許無ぇから、敵から庇ってやるよう兄貴に頼まれたわけだ。
 兄貴はまあ、トロデーンの近衛兵だっただけあって強いから、雑魚にやられる心配はまず無ぇし、嬢ちゃんを守ることで兄貴が安心するなら、それも兄貴の為でがすよな。




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ヤンガスの両親って、どうしてるんでしょうねえ? 故人なのかな。故郷ってワリに、親類縁者は出て来なかったけれども。
とりあえず、パルミドの出入り口で寄ってくる犬が可愛かった記憶が♪ そんでもってヤンガス、動物好きそう。雨に濡れてる子猫とかつい拾っちゃって、捨ててきなさいって怒られてそうなイメージ。