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† トラップボックス (2) †


 完全に行き詰ってしまい、もう、1時間近く経ったろうか?

「それにしても分からないな――また明日、出直そうか?」
 当てずっぽうに石像を動かし続け、這い蹲るようにして壁や床を調べても、なにも起こらず見つからず。滅多に不平不満をこぼすことがないエイトも、さすがに匙を投げたくなって来たようだ。
「……そうね。おなか空いてきたし」
 うんざりした表情のゼシカは、一度は同意したものの、
「だけど、なんだか負けたみたいで悔しいなぁ。町に戻って考えたって、先へ進む方法を思いつける気がしないわ」
 まだ諦め切れないようで、恨めしげに石像を蹴っ飛ばす。

 まあ、これ見よがしに置かれた宝を狙って、今まで何百、何千人と、この洞窟に挑んだろうに、未だビーナスの涙を手に入れたヤツがいないってことは、最奥に辿り着くことがそれだけ困難なんだろうから――初挑戦で、そこそこ内部を把握できただけでも良しとするべきか。
「どうすればいいのか分からないときは、視点を変えることが大事だなんて、よく言うよな」
 だけど、この部屋、マジで石像以外になにも無ぇもんなー。
「しかし実際、迷ってる時ってのは、それすらも難しいもんさ。まったく、天を仰ぎたくなってくるぜ」
 お手上げだと嘆くオレに頷いて返しながら、
「ホントだよね……あ」
 両手を首の後ろにやり、背中を逸らして、肩をほぐすストレッチめいた動きをしたエイトが、その体勢のまま口を半開きにして止まった。
「? どうした?」
 つられるように頭上に目線をやり、
「あ」
 ようやく気づく。天井の一部に、穴が開いている――老朽化で崩れ落ちたって感じじゃなく、大きな床石ひとつぶんほど、キレイな正方形にぱっくりと。

「さすが兄貴でがす!」
「私ってば、前とか足元しか見てませんでした!」
「いや、ククールが天を仰ぐって言ってくれたから、なんとなく上を向いただけで……」
「言われたからって素直にそうしちまう、おまえの単純さに乾杯、だな」
「あんた、それ褒めてるつもりなの?」

 八方塞りな時間が長かったぶん、手がかりらしきものを発見した喜びもひとしお。全員が、気を取り直したように立ち上がり、
「とにかく、あの位置に穴があるってことは、きっと――」
 天井と床を見比べながら、ゼシカが片方の石像に手をかけ、
「よそ見しながらじゃ、ちょいと力が入れにくいでがすね。なんか、その位置に目印……」
 もう一方を押しながら、ヤンガスが困った顔をして。
「誰か、そこに立っといてくれるとやりやすいんでがすが」
「あ、じゃあ。ユリマ、そこに居て? こっちは3人でも、どうにか動かせると思うから」
「あ、はい」
 前屈みに全力を出していても横目に映る、ユリマちゃんのロングスカートを目印に、二体の石像を動かしていく――像の持つ剣が、それぞれ、例の空洞の真下を指して交差する位置まで。すると、
「ひゃー!?」
 ゴッと硬い物がこすれるような音にゆるい悲鳴が被さり、山吹色のスカートが急に視界から、消えた。
「えっ?」
「あれ!?」
「ユリマ!」
 彼女が立っていた位置の床石が、そこだけ切り株のように盛り上がっている……けれどユリマちゃんの姿は、無い。
 どうやら像を特定の位置に置けば、石柱が飛び出してくる仕掛けになっていたようだ。オレたちが慌てて駆け寄る間に、それはスルスルと元に戻って――周りの床と同化してしまい。
「のわっ!!」
「きゃあ!?」
 ヤンガスとゼシカが一足先に駆け寄った、とたん、またゴッと音を立て突き出てくるが、片足をかけただけの状態だった二人は、足払いを食らった形で豪快に転んでしまった。
「こりゃ、重さに反応して作動するみたいだな……大丈夫か?」
 どっしんと尻餅をついたヤンガスを跨いで、ゼシカを助け起こそうと伸ばした手は、
「もー! やっぱり、この洞窟、嫌いっ!!」
 ものの見事にスルーされた。ぴょんと跳ね起きた彼女は、スカートの裾をはたきながら天井を睨み付ける。
「ユリマさんが心配だ――全員、同時に飛び乗るよ? いっせーの……!」
 エイトの掛け声に合わせ床石に飛び乗ると、三度、ゴッと硬い音が響き――オレたちは天井の先へと突き上げられた。

「げっ? なんだ、ここ……」

 危うく天井に激突しかけながらも、なんとか無傷で着地し、辺りを見渡して。
 真っ先に目に付いたのは、フロアの隅に散らばる無数の骸骨だった。どれも白骨化しているが、おそらく、モンスターじゃなく人間の――
「ユリマ! 大丈夫だった?」
 ゼシカの声がした方を見れば、すぐ近くにユリマちゃんの姿が。壁の前に座り込んでどうしたのかと思ったら、そこには何やら文字が刻まれているようだ――石碑、だろうか? こんな人工の洞窟に? ヤンガスの話に出てきた “大昔の好事家” が、なにか書き残したのか。
「うん。ねえ、ゼシカ。これ読める?」
 こちらの心配を他所に、振り返った彼女は、のんびりした口調で小首をかしげ。
「え?」
「なんて書いてあるんだろうと思って触ってみたら、なんだかね、ククールさんにホイミをかけてもらったときみたいに疲れが取れる感じがしたの」
「へぇ……どれどれ?」
 ゼシカとエイトが身を乗り出し、ヤンガスは、
「魔法のことじゃあ、アッシには分かりっこないでがすな。先に、この部屋を調べて回るでげす」
 そう言って、のしのしと階段を上っていく。
「あ、本当だ」
「体力だけじゃないわ、気力も回復した感じ――」
 石碑に触れた二人が驚きに顔を見合わせ、オレも、横から手を伸ばす。確かに、強い癒しの波動に加え、“妖精の矢” を放った時と同じ感覚が身体を包んだ。
「マジックアイテムか? 古代文字みたいだけど、かすれて読みにくいな……しかし魔力回復の効果まで帯びさせるって、相当な技術が要ったはずだぞ? 散々、侵入者をおちょくるような罠を張り巡らせておいて、どういうつもりだ? ここを作った好事家ってヤツは」
「頑張って、ここまで辿り着いた、ご褒美――とか?」
 嫌いだ嫌いだ言っておきながら、さすがお嬢様育ち。見事な善意の解釈を述べてくれる。
「まあ、疲れてたから助かったけど、それにしては……」
 首をひねりながら辺りを見渡した、エイトが顔を顰め、意見を求めるようにオレを見た。
 そう。石碑に気を取られ考えるのを中断してしまっていたが、あの、遺骸の山――ここへ辿り着くまでもそうだったなら、違和感は抱かなかったろう。宝に釣られ潜り込んで、棲み着いている魔物にやられただけだと。
 だが道中、あんな骸が目に付くことは無かった。
 そりゃそうだ、襲ってくるモンスターを蹴散らす程度の腕が無けりゃ、さっさと断念して引き返すはず。
 ここへ来るまでは平気で、揃いも揃って、ここで力尽きた理由があるとすれば――?
「! おい、ヤンガス!」
 制止は、しかし間に合わず、
「兄貴〜! あったでがすよ〜、宝箱!! ここが入り口から見えた、例の部屋に間違いないでがす! ついに、ついにアッシは……!!」
 大喜びする声が聞こえ、すぐに “カチャリ” と無機質な音が、奇妙に大きく響いた。そうして、

「うぎゃー!?」

 絶叫が、耳を劈き。
「な、なに!?」
 大慌てで、さっきヤンガスが向かった階段を駆け上がると、そこには――

「きゃああ!?」
「な、なんだこりゃ……」
「いだだだだだ、痛てぇーっ!!」

 首根っこを掴まれた猫のように尻を挟まれ涙目で、時計の振り子状態で、ぶらんぶらん揺れるヤンガスの姿。
 その巨体に半ば隠れてはいるが、ここへ入ってすぐに見えた、あの妙に立派な宝箱が――ふわふわ浮かんでいる? どういう仕掛けだ?
「みんな構えて! たぶん侵入者に攻撃を加える、下層にいたモンスターなんか比じゃない、なにかが……!!」
 エイトも、例の石碑は単純な厚意からの代物じゃないと悟ったようで、戸惑い顔のゼシカたちを背後に庇いながら、注意喚起する。
 その大声に反応したか、ヤンガスを宙吊りにしていた宝箱が大きく動き、
「ぐわっ!?」
 ぶん投げられたヤンガスは壁に叩きつけられ、うつ伏せに床に落っこちた。
 急いで駆け寄りベホイミを唱えながら、敵の姿を、横目に確かめる。
 だらりと長い舌を垂らす、角の生えた骸骨。胴体より下は、ふわふわと浮かぶ宝箱に隠れて、どうなっているのか分からない。ゆらりと持ち上げられた両腕の先に繋がる、宝箱の蓋部分は鋭利な牙に縁取られている。さっきまで、それに挟まれていたヤンガスのズボンは、ギザギザに破け血塗れだった。
「おい、しっかりしろ!」
「ううう……」
 とりあえず意識はあるようだ。
 しかしヤンガスには悪いが、不意打ちを食らったのがコイツで、不幸中の幸いだった。あんなのに噛み付かれちゃあ、ゼシカやユリマちゃんなんて、下手すりゃ真っ二つに喰い千切られていただろう。
 噛まれたのも分厚い肉の塊で、骨や内臓に損傷は無さそうだし。こっちは、男のケツなんて触りたかねぇけど。
「き、キングミミック……? とは、違うかな? あんな色じゃなかったし」
「なにそれ、ユリマ、あれ知ってるの!?」
「マスターのところで読んだ、神話の本に、似たような魔物が描かれていて――ひょっとして、あれがモチーフになったのかな?」
 どこか危機感の足りない口調で呟くユリマちゃんに、エイトが冷や汗を浮かべつつ問い質す。
「弱点とかは!?」
「ええっ? 闇のお城の宝箱って載っていただけで――す、すみません」
「なんにせよ、ヤンガスを軽々と持ち上げちまう馬鹿力だ。なるべく近寄るな!」
 幸い、ヤンガス以外は遠距離攻撃が可能だ。
 エイトは基本、槍を武器にしているが、魔物の群れに襲われた場合に備えて飛び道具のブーメランや、ギラ系の呪文も使いこなせる。
「頼まれたって近づきたくないわよ、気持ち悪い! もしかして、人食い箱の中身もあんななの……!?」
 壁ギリギリに後ずさったゼシカが、敵の動きを警戒しつつ促す。
「ユリマ、補助魔法をお願い。その間に、私、どの系統の呪文があいつに効くか試すから!」
「うん、分かった―― “スピオキルト” っ!!」

 防御力、素早さ、攻撃力が同時にグッと高まる感覚。
 オレがスクルト、ゼシカはピオリムとバイキルトを手分けして唱えれば、同じ効果は得られるだろうが、とにかく時間を食っちまう。こういった正体不明のヤバそうな敵と対峙したときには、魔力の消耗が激しいにしても、まとめてかけられる方が便利だよな、やっぱり。

「ああ、死ぬかと思った……宝箱にまで罠でがすかっ!?」

 回復したヤンガスが、床に転がっていた斧を拾い上げ突進していき。
 オレは全員の傷に注意を払いながら、ラリホーアローを放った。上手く効いて眠ってくれればラッキーなんだが、そう都合良くはいかず。
 不気味な宝箱は、両腕で組み付いてくるだけが攻撃手段かと思いきや、ヒャダルコに加え、ラリホー、厄介なメダパニまで唱えてくる。幸い、今のところ誰も昏睡したり混乱させられてはいないが、戦闘が長引けば、こっちが不利になる――ラリホーで眠らされるだけならまだしも、メダパニに精神をやられてしまえば、魔法で治すことは出来ず、ひたすら呪文の効力が切れるのを待つしかないからだ。
 火炎系が有効と判断したらしく、ゼシカは、メラミを連発。

「右に灼熱、添えるは紅蓮の炎――閃熱大炎、“メゾラゴン” !!」

 ユリマちゃんも大技を放つと、唐突に、
「つ、疲れちゃった……ちょっとごめん、さっきの石碑のところに行って来るね」
 度胸があるというより、戦闘に関しちゃ素人故だろう。火達磨になった宝箱に背を向け、スタスタと、例の石碑の前へ引き返していく。
 こ、行動が読めねぇ。この子。
 知能が高いモンスターが相手だったら狙い撃ちされてるぞ? オレたちの中じゃ、ぶっちぎりの攻撃威力。しかも体力面じゃ一番か弱いんだから。
 けど幸い、この宝箱は、そこまで考えて動いちゃいないようで――もしくは、ユリマちゃんの魔法が既に致命傷になっていたのか、オレたちの間を突っ切って後を追うことはなく――エイトのブーメランに切り刻まれた後、ヤンガスの一撃でひっくり返ってバラバラになり、青い人魂のような光を撒き散らして、消えた。

「……アッシ、米粒みてぇな脳ミソで助かったんでがすなぁ」

 その場に残された、大きな青い石を拾い上げた、
「もしも一人で、ここまで辿り着いていても、間違いなくさっきのに食い殺されていたでがすよ」
 ヤンガスが、しみじみと呟く。
「ビーナスの涙を手に入れて、これでようやく、あの頃の想いに決着をつけられた気がするでがす」
 無骨な手のひらで輝く宝玉は、名前のとおり、キレイな涙の粒の形をしていた。
「昔の失敗は、苦い記憶でげすが、今回、みんなと一緒に、この洞窟に来て良かったでがすよ」
 事前調査のみで引き返す予定が、思いがけず、用件が片付いてしまった。
 結果オーライとはいえ、結構、危ない橋を渡った気がする――あんまり、ヤンガスを単独行動させない方が良いな、こりゃ。
「さ、とにかく目的は果たせたんだし、もうヘトヘト。早くパルミドに戻りましょ? リレミト、唱えるわよ」
 ゼシカが、ユリマちゃんに右手を差し出す。
 もう一方の手をオレが取ろうとすると、ぷいっと避けて、ヤンガスの左手を握った。
 目をまん丸にした元・山賊は、もう一方の手に宝石を持ったまま、へらりと嬉しそうに笑う。
「人間扱いしてもらえるって、幸せでがすなあ……」
 滅多にお目にかかれないレベルの美少女と手を繋いだ感想が、あんまりにあんまりだったから、さすがに気の毒になった。もしかしてコイツ、30年以上生きてきて、女の子の方から手を握ってもらったこと無かったんだろうか?
 見かけの悪さで苦労した、と嘆いていたのは覚えているが――オレには理解不能な日常を想像してみようとしてもサッパリで、
「なにボーッとしてるの? ククール、行くよ?」
 ぼやぼやしているうちに、ユリマちゃんの、もう一方の手はエイトが握ってしまっていた……不覚。



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管理人、福岡出身なんですけれども。“またごす” って方言だったんだと、この話を書いてて初めて知りました……跨ぐって言わないんですよー。またごす、なんだよー。