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† 無法地帯 (1) †


 ヘトヘトになりながらも目的の宝石を手に入れ、パルミドに帰り着いて。
 まだちょっと半信半疑のまま、久しぶりに、姫様や陛下も一緒に町の門を潜って。

「本当に、ヤンガスの言うとおりじゃな。ここの連中は、わしの姿を見ても、なにも言って来んぞ」

 片側には武器屋なんかの商店が立ち並び、もう一方の壁沿いに洗濯物がはためいている大通りを、もし二人に危害を加えるようなヤツが近づいてきたら、いつでも応戦出来るように警戒しつつ進んで行っても――すれ違う人や店の売り子さんたち、誰も気にしている様子は無かった。
 らっしゃいらっしゃい、と普通に呼び込みの声がかかるし、中には御者席の陛下を目にして不思議そうな顔をする人もいたけれど、すぐに興味無さげに元々していた作業に戻っていく。

「……となれば早速、酒場じゃ! わしは、先に行っておるからな」

 鼻歌混じりに嬉しそうに、僕らに手を振って。
「おまえたちは、情報屋とやらの話を聞いてから来るが良い。吉報を待っておるぞー」
 姫様と一緒に行ってしまった陛下を見送っていると、

「ここは悪徳の町パルミドだ」
 不意に、後ろから声をかけられて。
「おまえさん旅人のようだが、この町にゃ、あまり長居しないことだな」
 振り向けば、若い男性が立っていた。
「さもないと、きっと痛い目みるぜ。ここの連中は、ひとクセも、ふたクセもある奴らばかりだからな――」
 そう言って僕らに順々に視線を当てるけど、ヤンガスを見るなり拍子抜けた顔になって。
「なんだ、ヤンガスの連れかよ。なら余計なお世話だったな」
 そうして、からかうようにニヤリと笑う。
「ずいぶん久しぶりじゃねえか。しかも、こんなカワイコちゃんや色男まで引き連れて、どうしたよ? 堅気になり損ねて、とうとう人攫いでも始めたのか?」
「アホかっ! 違ぇよ。剣……いや、酒を飲みてぇって連れが言うから寄ったんだよ。あと、情報屋のダンナにも用があってな」
 昔の知り合いらしく冗談混じりの軽口を交わして、男性は去っていった。
 
 僕らを心配してくれたのかな? 親切な人だなあ――けど、住民があんなふうに言うってことは、やっぱり治安はイマイチなのか。

「さて、と。じゃあ、情報屋のダンナんとこへ行きやしょうぜ」
「あ、ごめん。ヤンガス。その前に、酒場ってどこかな?」
「へ?」
「いや、まだ日暮れ前だけどさ。陛下お一人で、酔っ払いにからまれたりしないか心配で……どんな雰囲気の店か、ちょっと見ておきたいんだ」
 あ〜、と考え込んだヤンガスは、
「酒場は何箇所かあるでがすが、この町は初めてのおっさんだ――確か向こうに曲がって行ったし、たぶん牢獄亭に併設されてるトコに行ってるでがしょ」
 こっちでがすよ、とスタスタ歩き出した。

 案内されていった先には、酒場の看板前に佇む姫様の馬車があって。

「うっうっ……まったく、どうして酒を飲むのに、こんなに苦労せねばならんのか……」
 陛下はカウンター席に座って、お酒を飲みながら嘆いていた。
「これも、すべては、あのドルマゲスのせいじゃ。あやつが、わしらに呪いをかけたせいでっ!」
「そうですか。珍しいお姿の御仁だとは思いましたが、呪いが原因で? 人生、いろいろありますねえ」
 バーテンダーが、普通に相槌を打ってくれている。
「それにしても、哀れなのは姫じゃ。せっかく婚約も決まったのに、よりにもよって馬の姿とは――」
 けっこう広い店内にはバニー姿のウエイトレスさんや、他の客の姿もあるけど、ゆったりした空気が流れていた。

「……良かった、だいじょうぶそうだね」

 ジャマしちゃ悪いな、と扉をそっと閉める。
 魔物の姿でも飲食店に入れる町なんて、たぶん、ここ以外には無いだろう。一晩休んだらゲルダさんを訪ねて行って、船を借りられたらトロデーンの封印の間へ急がなきゃならない。せめて今夜くらいは、ゆっくりしていてもらおう。
「兄貴も心配性でがすなあ」
 苦笑するヤンガスの隣では、姫様が目を細めている。白馬の姿にされてしまっても変わらない、キレイな深い森の色。
「まあ、トラペッタでは、あんなことがありやしたから、無理もねぇでがすかね。おっさんも、これで少しは気晴らしになるでがしょ」
「こんな小汚い町でもバニーちゃんは、なかなかの美人だしな」
「ククールは、そればっかりでがすなぁ」
 やれやれと肩を竦めた、ヤンガスは後ろを指差した。
「そうそう。どのみち、ここが今晩、泊まる予定の宿屋でがす。ついでだから二部屋、予約を済ませておくでがすよ」
 酒場の真向かいには、なんだか妙に堅牢な造りの建物があった。見たところ、厩舎は無さそうだけど――
「……ねえ、町に入れるんだから、きっとトロデ王も宿で寝るでしょ? さすがに馬のままじゃ扉を潜れないから入店を断られるだろうけど、姫様だけ外なんて寂しいじゃない。後で、ちょっと外に出て、人間の姿でいられる間に部屋に入っちゃえば、だいじょうぶなんじゃない?」
 姫様の寝る場所に関して、僕が考えを巡らす前に、ゼシカが提案してくれて。
「良いと思うでがすよ。こんな町なもんで、借りた部屋に宿の従業員が入ってくることは、チェックアウトの時間まで――それこそ火事でも起きない限り、無いでげす」
 ヤンガスが太鼓判を押して、皆も賛成してくれて。
「どうせ飯も別料金でがすから、外の美味いところで買い込んで来て、部屋で食うでがすよ」
 びっくりしたように目を丸くしている姫様に、Vサインして見せながら、宿に入っていったヤンガスは、すぐに 「予約完了、でがす」 と戻ってきた。
 町に詳しい人がいると、あれこれ調べて回る手間が省けるから助かるなあ。
「……じゃあ、姫様。七賢者の末裔の所在地について、調べ終わったら戻ってきますから」
「また、後でね」
「晩ごはん、一緒に食べましょうね」
 姫様は嬉しそうに、尻尾を振り返してくれて。

 そうして陛下たちを酒場に残して、僕らはヤンガスの案内で、茜色に染まる住宅街の方へ向かった。

「あら〜、ヤッくんじゃないの! 元気にしてた?」
「おう、おばちゃんも元気そうで何よりだな!」
 途中、ヤンガスの知り合いらしい人々に、話しかけられたりしながら、裏路地や階段を回り込んだり上ったり。
 あまりにも複雑な道を辿るから、ひょっとして久しぶり過ぎて場所を忘れてるんじゃ? と疑いたくもなったけど、ヤンガスの足取りに迷いは無くて。
「この町に、スゴ腕の情報屋がいるって噂を聞いて、はるばる訪ねて来たんだが――野郎、いったい、どこに住んでやがんだ? まったく、この町はややこしいぜ」
 ボヤいてる人に遭遇して、ちょっと共感してしまったり。
 剣士像の洞窟を歩き回り、トドメに物騒な宝箱と戦って疲れた体には、かなり億劫な入り組んだ町並みだった。

 本音を言えば皆もう、今日ばかりは何もかも後回しにして宿屋で寝ちゃいたいところだけど、とにかく情報屋さんの話だけは先に聞きに行こう、ということになっていた。
 ヤンガスが言うには、仕事柄、定期的に、世界情勢を把握する為の旅に出ちゃうらしくて、そうするといつ戻ってくるか誰にも分からないんだとか……とっくに旅立ってるなら仕方ないけど、もし入れ違いになったりしたら待ってる時間がもったいないしね。
「――だけど、それなら剣士像の洞窟に向かう前に寄っておくべきだったんじゃない? 午前中までは居たんだけどねー、なんて町の人から教えられたら、溜息モノよ」
 呆れたようなゼシカの問いに、頭を抱えてうな垂れるヤンガス。
「面目ねえ……アッシも、ずっとここを離れてたもんで、ちょいちょい忘れてることがあるんでがすよ」
 まあ、何年も会ってない知人のことじゃ仕方ないよね。元々、そんなに記憶力が良い方じゃないみたいだし。
 だけど、もし不在だったら――とりあえずオディロ院長の知り合いに賢者の末裔がいるらしいから、その人に封印のことを聞いてもらって。なにか他に打てる手は――なんて心配は杞憂に終わって、

「お久しぶりでがす、ダンナ」

 辿り着いた扉の奥には、壁を埋め尽くす本棚に、ぎっしり詰まった書物。
「すごーい……」
「……ひょっとしたらマスターの家より、たくさん本があるかも」
 こういう雰囲気の町の情報屋ってことだから、なんとなく、盗賊っぽい背格好の人をイメージしてたんだけど、
「おや? ヤンガスくんじゃないですか」
 ヤンガスが頭を下げた人物は、まるで学者みたいな風貌の男性だった。
 耳元でくるりとカールした髪。鼻の下に蓄えたヒゲ。いかにもインテリ!って感じのメガネをかけていて、机の上には羽ペンや、分厚い辞書。
「お久しぶりですね。確か、盗っ人稼業から足を洗うと宣言して町を出て――」
 口調や物腰も丁寧で、上品な服装といい、トロデーン城の図書館なんかで働いていても、まったく違和感が無さそうな人物だった。
「お連れさんに聖堂騎士団員までいらっしゃるところを見ると、初志貫徹できたようですが……用も無く堅気の方々を連れてきたい故郷ではないでしょうに。こうして私を訪ねて来たということは、なにか聞きたいことがあるんですか?」
「さすが、ダンナは話が早えや。実は――」

 トロデーンの秘法、杖の封印をかけ直す方法を求めていること。
 その為に、七賢者の子孫に話を聞きに行きたいと、掻い摘んだ事情を説明したヤンガスが、

「そんな訳なんでげすが、ひょっとしてダンナが、呪いをどうにかする手段を知ってたりとか……?」
 期待に満ちた眼を向けると、情報屋さんは苦笑いした。
「残念ながら、そこまでは――力及ばず、申し訳ありません」
 まあ万が一、この人がそんなこと知ってたら、トロデーン王家に仕えていた僕や、所有者である陛下の立場が無いんだけど。
「ですが……七賢者の末裔に関してなら、ある程度は分かりますよ。興味深い伝承ですからね」
 そう言って彼は、まるで詩でも諳んじるかのように語りだした。なんでも、すごく険しい山の上にある石碑の文面なんだそうだ。

「その時代――われら七賢者の末裔は、かく生きている」

 そんな神話時代の話じゃなくて、子孫が今どこにいるかを知りたいんだけど……と戸惑っていたこともあり、前半は、あまり頭に入らなかったけど、
「無敵の男、ギャリングの末裔は、血の繋がらぬ二人の子供と共に、人々の歓喜の声に包まれている――これは名前からしてもベルガラック在住の、ドン・ギャリング氏のことでしょう。二人の養子、どちらが跡を継ぐか注目されております」
「ああ、カジノで有名な街だな。そこのオーナーか……」
 ククールの相槌に頷いて、彼は、さらに続ける。
「魔法使いマスター・コゾの末裔は、杖の封印を委ねた城より、程近い町にて、その時代も魔法を教える師であろう――これはトラペッタにお住まいだった魔法使い、マスター・ライラスのことでしょう。残念ながら、つい最近、ご自宅の火災で亡くなったそうですが、他殺との噂も根強いですね」
 ユリマさんが 「……ええ」 と小さく頷いて、目を伏せた。
「大呪術師クーパスの末裔は、その呪術のチカラを自ら捨て去り、森深くにて魔物たちと暮らしている――この一族に関しては、私にも詳細は分かりません。ただ、弟子ハワードの血筋が、彫刻家の街・リブルアーチで暮らしているようです」
「そこなら、遠縁の親戚がいるわ。なにか聞けると良いんだけど……」
 口許に手を当てたゼシカが、天井を仰ぎながら眉根を寄せ。
「魔法剣士シャマルの末裔は、血脈こそ他の家系に渡ったが、土地の名士として慕われる存在にある――これはトロデーン王国にあるリーザス村、アルバート家のことですね。ただ、ご長男は最近、何者かに殺害されてしまったそうです。まだお若いのに、お気の毒なことです――話なら、他のご家族から聞けるとは思いますが」
「…………」
 ゼシカの表情が凍りつく。
 ただ、彼女が上を向いていたこともあり、情報屋さんはゼシカの動揺には気づかなかったみたいだ。
「大学者カッティードの末裔は、雪深き地にて、神鳥の伝承を未来に伝えるべく愚直に生きている――これはリブルアーチからオークニスへ向かう途中の山小屋にお住まいの、メディさんのことでしょう。裏の洞窟に石碑がありましてね。君たちが探しているものと同一かは分かりませんが、暗黒神を封じた杖について書かれていました」
「暗黒神を……!?」
 思わず、身を乗り出してしまう。まさに知りたかった内容だ。
「ただ、封印したと記されているだけで、その手段については記述が無かったと記憶しています。詳しく知りたければ、まず彼女に会いに行くことをお勧めしますよ――私が訪ね、歴史の奥深さについて語り明かした時点でも、けっこうなご老体でしたから、いつ寿命で天に召されるか――息子さんがオークニスで暮らしていらっしゃいますが、彼は、町で仕事がしたいと家を出ているようですから、伝承の類にはさほど詳しくないでしょう」
 良かった、もしも封印の間に戻すだけじゃ呪いが解けなくても、そのメディさんって人に話を聞ければ、方法が見つかるかもしれない。
「そして天界を見てきた男、レグニストの末裔は、その時代、信仰を重んじる人々の頂点にあるだろう――これはまあ、サヴェッラの法皇様のことでしょうね」
 するとククールが、ちょっと困った顔をした。
「やっぱり、そうなのか……だとすると、オレたちがお目通り願うのは無謀だからな。院長なら、お偉方の集まる会議なんかで定期的に顔を合わせるはずだから、なにか知らないか聞いといてもらえるよう頼んどくよ。ここを出たらちょっと、報告も兼ねてマイエラに行ってくる」
「うん、分かった」
 あ、それなら一緒に行って、ちょっと図書室を見せてもらおうかな。なんて考えている間に、
「最後に――私自身の末裔は、多くの修道士を束ねる存在にあり、心は満ち足りた日々を送っている。これはマイエラ修道院の長、オディロさんのことかと」
 語り終えたらしく情報屋さんは、ふうと一息ついた。
「さて、今の時点でお教え出来ることはこれくらいですが……いかがでしょうか? もっと詳しく知りたいということであれば、調査資金を前払いいただいた上で、半月ほどお待ちいただくことになりますが」
 ヤンガスが、窺うような目でチラッと僕を見る。
「いや、ありがとうございました。ひとまず充分です。また行き詰ったら、調査をお願いすることになるかもしれませんけれど――」
「そうですか? お役に立てたようで、なによりです」

 ほとんどの子孫の所在が判ったし、クーパスって賢者に関してこそ謎だけど、お弟子さんの一族に聞くことは出来そうだし。思った以上の収穫だった。
 情報料を支払って、僕たちは、本に囲まれた部屋を後にした。



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情報屋なら、情報を売って生計立ててるはずなのに、あっさり無料で教えてくれたのはヤンガス相手だからなのか、どうなのか。しかしあの石碑、神鳥の魂入手後じゃないと行けないけど、偶然辿り着いた一般人がどれだけいるのか。エジェウス、本当に後世に伝える気あったのかしら……。