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† 夢に見た旅人 (1) †


「あれ……?」
 窓から差し込む朝陽も、だんだん強くなり始めた頃――隣のベッドから、もぞもぞと身じろぐ音がして。
「あ、起きた? おはよ」
「……アローザさん?」
「へっ?」
 挨拶代わりに返された疑問符に、思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「ユリマさん、ウチのお母さん知ってるの?」
 まだ寝惚けているのか不思議そうに小首をかしげていた彼女は、やがてポンと両手を打ち合わせて、嬉しそうに笑った。
「あ。もしかして、あなたがゼシカさん?」
 質問に対する答えになってないけど、とりあえず肯いて、どう話を仕切り直そうかと考える。
「ええっと――ここ、どこなんでしょうか?」
「マイエラ修道院の客室よ」
 きょろきょろとユリマさんが見渡している、室内は、年季が入った感じで簡素だけど清潔な造り。汗臭かったり埃っぽいということもなく、昨夜は疲れも手伝ってか思ったよりぐっすり眠れて目覚めた。
 男所帯のワリに、ちゃんと掃除されているのねと、ナンパで偉そうなうえ嫌味とマイナスイメージばかりだった修道院の印象が、少しだけ良くなったりもした。
「マイエラ……あっ! 院長さんたちは」
「無事よ。ドルマゲスなら牢屋の中。朝イチで恨み辛み罵詈雑言ぶつけてやったわ――黙秘って言うのかな? 無視されたけどね」
 肩を竦めてみせると、少し視線と声のトーンを落として言う。
「殺人犯が生きているのは悔しいでしょう、けど……ゼシカさんが人を殺めたら、お兄さんだけじゃなくてアローザさんも、悲しむと思いますよ」
「あなた、お母さんの知り合い?」
「いえ、知人という訳では――エイトさんたちの後を追いかけて旅してるとき、立ち寄ったリーザス村で、アルバート家のご長男が何者かに殺されたとお聞きして――マスターと同じ、賢者の末裔だったからドルマゲスに狙われてしまったんだろうなって思って」
 ベッドに上半身だけ起こしたまま、記憶を辿るように天井を仰いで。
「お墓参りしていたら、アローザさんがいらして。少し雑談して、娘さんが仇討ちの旅に飛び出して行ってしまったとお聞きして」
 そこで、ふふっと苦笑したユリマさんは、困り顔でこっちを見上げた。
「勘当だと言えば断念するだろうと思ったのに、本当に家出しちゃったって溜息つかれてましたよ。危ない目に遭っていないか心配で、夜も寝付けないって」
「……そうなんだ」
 そんなこと言ってたんだ。
 通りすがりの子に愚痴るくらいなら、最初から気持ち良く送り出してくれれば良かったのに――って、あの二言目には家訓・家訓のお母さんには無理な話か。
 そうよ。だいたい、家訓だからって兄さんの喪が明けるまで屋敷に閉じ篭っていたら、ドルマゲスを見失って、オディロさんも殺されちゃってたかもしれなくて。
 そりゃあ、私が行かなくたってエイトたちが追いかけたはずだし、あいつとマトモに戦えてたのはイヤミ団長くらいで、それこそ、この子が来てくれなかったら勝てたかも怪しい……私なんて頭数と言うにも微妙な感じだったけど、ポルトリンクからずっと旅の途中は、襲ってきたモンスターと何十回も戦って、野宿の時にはメラで焚き火を作って、皆から助かるって言ってもらえてたし!
 でも、ドルマゲスが、ここで捕まって――牢屋の中じゃ、聖堂騎士団にケンカ売る覚悟じゃないと、もう手を出せないし。あいつを殺せば兄さんが帰って来るって言うならまだしも、そうじゃないんだから、確かに、なんの目的で兄さんやオディロさんを狙って、エイトの故郷をメチャクチャにしたのか、洗い浚い吐かせなきゃいけないだろうし。
(これから、私……どうしよう?)
 当初の目的を失ったことに気付き、ちょっと途方に暮れて考え込んで――ふと、今は話の途中だったことを思い出す。
「と、とにかく身支度を済ませちゃいましょ。いつまでも、ここに居たってしょうがないし」
「そうですね。あれ? このネグリジェ……?」
 頷いたユリマさんは、きょとんと自分の胸元を見下ろした。
「あ、ごめん。それ私の」
 飾りが少なくてシンプルな、白いワンピース風の。お気に入りで、予備も幾つか持ってたから良かった。
「あなたの荷物、どこにあるのか分からなかったし。着ていた服は、ククールの所為で血塗れになっちゃってたから、洗濯してもらってる――あ! もちろん着替えさせたのは私だから、安心してね」

 離れ小島に突入するとき、かさばってジャマだから中庭の辺りで放り出して来てしまっていたという、手荷物を見つけて来てあげて、二人とも着替えて。

「ゼシカ。ユリマさん……起きてる?」

 ちょうど身支度を終えたタイミングで、こんこんと扉がノックされた。
「起きてるわよ」
「はい、おはようございます」
 扉の鍵を開けてやると、旅装束姿のエイトが顔を覗かせた。その背後でひょこひょこ動く、黄緑色の棘帽子。
「お久しぶりです、エイトさん。ヤンガスさん」
 ユリマさんは、ぴょこんと頭を下げた。なんでもトラペッタの町で縁があった顔見知り同士らしく、昨夜は彼女が早々にダウンしてしまったこともあり、全然話が出来なかったからと、お互いの状況確認みたいな流れになる。
「また、夢を見たんです」
 トラペッタで父親と暮らしているはずだったのに、なぜマイエラにいるのかと問われた少女は、そう答えた。
「暗黒神に魅入られた道化が、賢者の末裔を狙っている。このままでは全員、殺されてしまう――“人でも魔物でもないもの” と共に行き、その力となれって」
 人でも魔物でもない?
 ……トロデ王のこと、だろうか?
「具体的に、なにをどうしろって言われているのかはよく分からなかったけど、夢のおかげで、お父さんが占いに対する情熱を取り戻してくれたんだから――お告げをくれた、神様? それからエイトさんたちにも、恩返ししなきゃって思って」
「しかし嬢ちゃん、ルイネロの親父と血は繋がってないんでがしょ? 前もそうでがしたが、なんでそんなこと、夢で見れるんでがす?」
 ヤンガスが不思議そうに問い、本人も釈然としない様子で答える。
「さあ……見ようと思って見てるわけじゃなくて。やたら眠くなった日の夜って、たいてい暗示的な夢を見ちゃうんですよ」
「予知夢ってヤツかしらね。確かに魔法の才能は遺伝が主だけど、霊的な環境によっても磨かれるわ――お父さんが占い師なら、その影響なんじゃないかしら?」
 私が口を挟むと、エイトが感心したように相槌を打った。
「へー、そういうものなんだ?」
 そうして、思い出したように話題を変える。
「あと、そうそう。もうひとつ聞きたかったんだ。ザバンの話だとか、僕なら呪いに引きずられないはずって、どういう意味?」
「あ、トラペッタを出発して、リーザス村へ向かう途中、滝の洞窟にも寄ったんです。ほら、お父さんが水晶玉を投げ捨てた所為で、滝の主さんが怪我して怒ってたって話だったでしょ? 父が迷惑をおかけしてすみませんって、謝りに行かなくちゃって」
 のんびりした口調で説明する彼女を、顔を引き攣らせた男二人が咎める。
「あの中に? 一人で?」
「あ、危ないでがすよ、嬢ちゃん!」
「え? でも、凶暴な魔物はエイトさんたちが退治してくださった後だったからなのかな、意外と平気でしたよ。ザバンさんも紳士的なお魚さんでした。お詫びに万能薬を差し上げたら、喜んで、父のことは水に流してくださるって」
「…………」
「ええと、それで――エイトさんのことについても聞いたんです。呪いを弾く不思議な体質だって。だからトロデーンが茨に覆われても無事だったんだろうって」
「あ、私も聞きたいこと、まだあったんだ。ねえ、あのとき使ってたマホカ、トール? とかの呪文……初めて見たんだけど、あなた魔法使い?」
 ウチも魔法剣士シャマルの直系なんて言われてるだけあって、そこそこ魔法に関する書籍は揃っていたんだけど。
「違います。魔法使いだなんて、そんなちゃんとしたものじゃ――」
 ユリマさんは目を丸くして、ぶんぶんと首を横に振った。
「家の近所に、魔法使いのおじいさんが住んでいて、弟子も孫もいないから、自分が死んだら一族が研究していた魔法は廃れて失われてしまう。概念だけでもいい、覚えて次世代に伝えてくれないかって頼まれて」
「魔法使いって……まさか、マスター・ライラスのこと?」
 エイトの表情が少し変わって、椅子から身を乗り出してくる。
「はい。だけど伝承や呪文を教えてもらったり、アルバイトで、お店に納品予定のマジックアイテムに魔法を込めるお手伝いしてただけで。だから、バギラくらいなら、郊外の畑で魔物が襲って来たときに使ったことありましたけど、マホカトールなんて使う機会も無かったから、ぶっつけ本番で――成功して、ホッとしました」
「……じゃあ、ユリマさん。これが何なのかも聞いてるんだ?」
 エイトは、右手に持った杖を見ながら顔を顰めた。
「僕たち、そもそもはマスター・ライラスに会いたくてトラペッタに立ち寄ったんだけど、亡くなられた後で――トロデーン王家には、封印の間から出してはならない神の杖としか、伝わってなかったんだよ」
「あ、一応……でも私、マスターが火事で亡くなったんじゃなくて、元お弟子さんと口論になって殺されたのかもしれないって噂を聞くまで、どれも単なるお伽話だと思ってましたから。正しいのかどうかまでは」
「それでもいいから、教えて?」
「はい、あの。遥か昔に、神鳥と七賢者の血を以て、暗黒神ラプソーンを封じ込めた杖だと――野放しにすれば、生き物を引き寄せ糧とし、手にした者に強大な魔力を与える代わりに、その精神を侵蝕してしまうとか」
 ほわほわした雰囲気から一転、うつむいたユリマさんが、深刻な調子で唇を噛む。
「マスター・ライラスが、焼死と見せかけ殺害されて、クランバートルの末裔であるサーベルトさんも、杖を手にしたドルマゲスに殺されたなら……聞いた、昔話そのものです。お伽話じゃなかったんだと思います」
「クランバートル? 私の名字、アルバートなんだけど」
「あ、はい。ご先祖さんにリーザスっていらっしゃいますよね? その方の旧姓がクランバートルじゃないかと」
「ああ、そういえば家系図で見たかも。リーザス村を作った人、それからシャマル・クランバートル――」
 賢者と呼ばれた魔法剣士、彫刻家の一面もあって……出身地は西の大陸・リブルアーチ。
「じゃあ、この杖を、城の封印の間に戻せば、トロデーンにかけられた呪いは解けるってこと?」
「そこまでは分かりません。ただ、賢者二人の魂を吸収した杖には、封印の力も効き辛くなっていると思います。置いてみて、呪いが解ければそれで元の状態に戻った――マスターたちも天に召されたと、考えて良いはずですけど」
 ユリマさんが、ちょっと気後れしたように言い淀んで。
「そういえば、ザバンさんも仰っていましたけど……トロデーンを覆った茨の呪いとは、どんな? お城の人たちは無事なんですか?」
「……城中、茨に包まれて。人間も犬も猫も馬も、みんな茨の一部みたいになってしまって……動かないし、喋らない」
 エイトは、悔しげに項垂れた。
「触ると少しだけ温かいから、まだ生きてると思いたいけど……分からない。しかも王は魔物に、姫様は馬に姿を変えられてしまった」
「え? じゃあ、馬車を引いていたあの白馬って」
「うん」
 ユリマさんは、白馬の正体に驚いた様子だけど、私は聞いた話を頭の中で整理していて――それどころじゃなくなった。
「ちょ、ちょっと待って。魂を吸収って言ったわよね? 兄さんの魂、その杖に閉じ込められて出られないってこと!?」
「た、たぶん」
 私の剣幕に押されたユリマさんは、たじたじとなりながら後退る。
「なんてことなの……! それじゃ、仇なんか討ったって」
 歯噛みしつつ杖を睨みつけると、自分が睨まれたように感じたのか、エイトが冷や汗を浮かべて視線を彷徨わせた。
「じゃ、じゃあ、とりあえず、今から――トロデーンへ行ってみましょうか?」
 ユリマさんの提案に、エイトが頷いて。
「そうだね。試してみないと始まらないし、城の様子も気になるし」
「呪いだ何だは、ちんぷんかんぷんでがすが……とにかく、トロデーンへ引き返すんでがすな? おっさんは朝っぱらから団長室ってトコでマルチェロの野郎と話し込んで」
 ようやく難しい話が終わったかと、ホッとした面持ちのヤンガスが、
「――うげっ!」
 急に口を半開きにして、真っ青になり、あわあわと慌てだす。
「どうしたのよ、ヤンガス」
 声を掛けても耳に届いていないのか、しばらくおろおろした後、大きな身体を丸めてエイトに頭を下げた。
「……す、すいません。兄貴! トロデーンへ続くあの吊り橋、アッシが壊しちまったもんで……壊れたまんま、かも」
「あっ」
 エイトも、なにか思い出したみたいに愕然となった。
「す、すいませんすいません! 最悪、アッシがこの斧で薪割りしまくって作り直しやすんで!!」
「バカ! トロデーンとトラペッタ地方を隔ててる川幅、どれだけあると思ってるのよ? 私たちも手伝ったって、何ヶ月かかるか」
 強盗目的で橋の上で襲いかかって、マヌケに自滅して、崖から落ちそうになったところを助けてもらった――元山賊のヤンガスがエイトの子分になった経緯は、船旅の途中に思い出話として聞いてはいたけど、その結果が、こんな形で行く手を阻むなんて。
「うう、面目ねぇ……」
 叱りつけられたヤンガスは、小さく小さく身を縮めて頭を抱えた。
「ポルトリンクで船を借りて上陸するか、迂回路――あるのかな? あれば陛下が知っているかも」
 すぐに思考を切り替えたらしい、エイトは次善策を挙げながら、ふっと時計に目をやり頭を掻いた。
「あ、つい長々と、ごめん。そもそも、朝ごはんどうぞって言われたから呼びに来たんだった」
 私たちが応えるより先に、ぐきゅるるるとヤンガスのおなかが音を立て。
「おお、そうでがす! メシ、メシ!」
 気まずい空気をごまかすように、食事の時間を主張する。
 昨夜は大変だったし、とりあえずドルマゲスもこてんぱんに出来て一段落着いた気分だからか、朝早くてもけっこうおなかは空いていた。

 まだまだ話し足りない気分だったけど後回し、私たちは連れ立って、1Fの食堂へと降りていった。



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ユリマちゃん。ルイネロと血縁関係は無いにも関わらず予知夢 (?) 能力あり、何者かに追われ殺害された両親と訳アリの気配、なにか主人公たちに関わってくるキーパーソンなのかと思ったら何事も無く――クリア後にあらためて考えると勿体無いなーと。そんなこんなでユリマ嬢にもスポットを当てて、IFストーリーを展開してみます。