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† 夢に見た旅人 (2) †


「食わせてもらって文句は言えねえが、薄味だし量も足りねえ……ここを出たら狩りして焼肉でがす!」
 早々に一人前を平らげたヤンガスさんは、食べたばかりなのにグキュルルルと豪快に鳴っている腹部をさすりながら 「お先に失礼、でがす」 と食堂から出て行った。
 おなかが大きいと、胃袋も大きくなっちゃうんだろうか?
 続いてゼシカさんも、
「ヘルシーなのは良いんだけど、ちょっと家の味が恋しくなっちゃったなー」
 上品にナプキンで口許を拭うと、立ち上がって。
「ちょっと荷物整理したいから、先に部屋に戻ってるわね」
「うん、また後で」
 食事のスピードが遅めな私に、エイトさんが、お茶を飲みながら付き合ってくれる形でテーブルに残った。
 それから10分くらい経って、ようやく私も完食。

「あー、美味しかった! おなかいっぱい♪ ごちそうさまでした」

 手を合わせながら呟いて、ふと人の気配に振り向けば、ティーポットを携えた小坊主さんが目をうるうるさせている。
「ど……どうかした?」
 エイトさんが戸惑い顔で尋ねると、
「い、いえ! ただ、その――到底、お客様にご満足いただけるような食事ではなかったと思うので――」
「え? 美味しかったですよ。それに外食なんて子供の頃の誕生日くらいだったから、誰かが作ってくれたごはん自体が嬉しいって言うか……」
「でも、お連れの方たちのお口には、合わなかったみたいですし」
 小坊主さんは、修道服の肩をしょんぼり落とした。
 どうやら、さっき二人が零した感想が聞こえてしまっていたらしい。
「ああ。ゼシカはお嬢様育ちだし、ヤンガスは大食いだから悪気は無いんだ。ごめんね、気にしないで?」
 苦笑混じりにフォローした、エイトさんは少年に優しい眼を向けた。
「僕も小間使いやってたことあるから、料理にはそこそこ自信あるけど――君の料理は美味しいよ、自信持って良いと思う」
「ほ……褒められました? 褒められました!」
 小坊主さんは、つぶらな目をまん丸にして赤面。
「あ、ありがとうございます! これ、お茶のおかわりです。ごゆっくりどうぞ!」
 恥ずかしそうに俯いてポットをテーブルに置くと、回れ右、水汲み用だろう桶を持って食堂から走り出て行った。

 もう食べ終わったんだけどな、と思いつつも、せっかく持って来てくれたんだからと、熱々のお茶を二人分のカップに注いでみる。

「ふふ。作ったものが美味しいって褒められると、嬉しいものですよね」
「そうだね。特に、それが仕事だと出来て当たり前って目で見られるから――昔、不意打ちで褒められたときは嬉しかったな、僕も」
「エイトさんって小間使いだったんですか? トロデーンのお城で」
「近衛兵になる前はね。だから、ここの厨房の感じとか……もちろん造りは全然違うんだけど、ちょっと懐かしい気がする」
 微笑を浮かべたエイトさんは、思い出に浸るように天井を仰いだ。
「そういえば、お父さん、ちゃんと食事してるかなあ。酒場で定食を食べるから平気だ、気にするなとは言ってたけど」
「家では、やっぱりユリマさんが作ってたの?」
「はい。父も一応、切ったり焼いたりくらいは出来るけど、今はとにかく占いの仕事が楽しいみたいで、寝る間も惜しんでって感じで」
 町の人たちも、ルイネロさん変わったなぁ、なんて噂してたっけ。
「とりあえずお酒の量が目に見えて減ったから、安心しました。評判の回復には、まだまだ時間がかかるでしょうけど――」
 来てくれたお客さんを大切に、真剣に応対していれば、きっとまた。
「あんなにイキイキと、水晶球と向かい合う父の姿が見られるなら……もっと早く、言ってあげれば良かったです。ぜんぶ知ってるけど、お父さんの占いの所為だなんて思ってない、大勢の困っている人を助けられる立派な仕事じゃないかって」
 黒い瞳が、少し躊躇うように泳いで。
「その。いつ頃、知ったの? 自分が養子だってこととか、ご両親が殺された経緯とか」
 投げかけられた問いに、苦笑いを返す。
「物心ついた頃にはもう、漠然と――町の人たちが内緒話してたり、私に向かってうっかり口を滑らせちゃったりで。ルイネロさんに、自分が漏らしたことは内緒にしてねって、何人かから言われるうちに、秘密にしなきゃいけないんだって思い込んで」
 お母さんがいないだけじゃなくて。
 お父さんも、本当はお父さんじゃないんだと理解した夜は布団にこもって泣いたっけ。
「ある程度、大きくなって、自分が置かれた状況を客観的に考えられるようになっても、父が隠したがってるんだから知らないフリをしてなきゃって……私にとって家族は、お父さんだけだったから、本当の親子じゃないって関係と向き合うのが怖かったんだと思います。本当のこと知ってるよって言ったら、お父さんが、お父さんを辞めていなくなっちゃうかもって」
 スッキリしちゃった今となっては、そんな訳ないよねって笑えるのに。
「ずっと怯えて黙って、なにもしないでいたから――キッカケをもらえて、本当に感謝しています。ありがとうございました」
 私が改めて頭を下げると、エイトさんは驚いた様子で首を振った。
「いや。僕たちは、教えてもらった場所に行って水晶球を取って来ただけだから」
「そんなことないですよ。お礼のひとつも準備してなかったのに、私の一方的な頼み事を叶えてくださって」
 エイトさんだけじゃない、トロデさん、ヤンガスさんも、みんな良い人だもの。
「今度は私が、お手伝いしますから!」
「……ありがとう」
 勢い込んで宣言する私に目を白黒させていたエイトさんだけど、すぐに笑って、頷いてくれた。

「ククール、おはよう」
「ああ、おはよう」

 食事を終えて廊下に出たところで、エイトさんが誰かに声を掛けて。そっちを向けば、階段の手摺りにもたれる真っ赤な人影が目に飛び込んできた。
 聖堂騎士団の制服みたいだけど、行き交う他の人たちは青だし、修道士の服はモノトーンだから、すごく目立つ。
 なんで一人だけ赤いんだろう? 担当業務で違うとか? それとも見習い中の色?
「朝食が終わったんなら、団長室まで来てくれ。マルチェロが呼んでいる」
「うん、分かった。ゼシカは客室に戻るって言ってたっけ――ヤンガスも食後の一眠り中かな」
 エイトさんと彼が会話しているのを聞きながら、そういえばと思い出す。
「おはようございます。あの、昨晩は庇っていただいて、ありがとうございました。背中の怪我、大丈夫ですか?」
「お気遣いいただき、光栄です。女神様」
「メラミ?」
 火炎系呪文。知ってはいるけど使ったことないし、昨晩も炎の魔法は使わなかったはずだけど。
 あ、バイバーハで弾き返した炎が、そんなふうに見えたんだろうか?
「私の名前、ユリマですけど……」
 ククールさんは、きょとんと碧眼を丸くして、ぷっと吹き出した後、急に砕けた口調で頷いた。
「そう。こっちこそ服を汚しちまって、悪かったな。ユリマちゃん――今、洗って外に干してあるから」
「はい。ありがとうございます」
 確かゼシカさんも、そう言ってたっけ。
 雲行きの怪しかった昨日と違って、今日は良いお天気みたいだから、きっとすぐに乾くだろう。

×××××


 とても静か。
 お父さん、また酒場に行ってるのかな?

 ――鳥の――羽ばたき? さえずり?
 飛んでいるのは、私……?

“人でも魔物でもない者が、やがてこの街を訪れます。その者たちが、そなたの願いを叶えるでしょう”

 ふわふわ暖かい真っ白な世界に、声が響く。
 知らない、だけど優しい音。

“ルイネロが持つべき水晶球は、滝の洞窟に眠っています。彼らを、そこへ――”

 急に浮上する意識。遠くなる声。

 目を開けてみれば、薄闇。
 見慣れた家具と、突っ伏したテーブルの感触。
(あれ、寝ちゃってた……?)
 時計を見て、少し考え、腰を上げる。
 そろそろ父を迎えに行かないと、また酒場で泥酔してしまってバニーさんたちに迷惑をかけるだろう。

 一歩外に出ると、もうすっかり日も暮れているのに妙に町がざわざわしていた。
『こんばんは。やけに騒がしいけど、なにかあったんですか?』
『あら、ユリマちゃん! 魔物が追っ払われるところを見なかったのかい? 今夜は、しっかり戸締りをして寝るんだよ。あいつら、まだ町の近くをうろついているかもしれないから』
 細い路地を抜けた先、町全体を見下ろせる高台に立っていたおばさんに話しかけると、
『魔物?』
『旅人風の若い兄ちゃんと、人相の悪い太った男が、白い馬を引いて町に入って来たんだがね。妙にうろうろしてるから、なんか怪しいなと思ったら――緑色のモンスターまで連れてやがったのさ!』
 彼女は、興奮した様子で教えてくれた。
『人間に見えた二人も、きっとモンスターが化けてたんだね。私たちが寝静まるのを待って襲う気だったんだろうが、いくら小さい怪物だからって、堂々と入り込んで気づかれないとでも思ったのかねぇ』
 ああ嫌だ嫌だと顔を顰め、町の出入り口を指差す。
『門番が、しばらく深夜は南門を閉めておくと言っていたから、畑や川に出るときも、あんまり遅くならないようにね』
 魔物?
 町の中に?
 トラペッタ周辺に生息するモンスターは、世界的に見ても弱く臆病で、人里を荒らす事件なんて滅多に無かったのに……。
(――え、まさか? さっきの夢)
 まったく違うかもしれないけど、でも。
『は、はい。あの、ちょっと急ぐので失礼します!』
 お辞儀して石段を駆け下り、急いで町の外に出ると、白い馬車の傍に人影がみっつ。

 街道沿いに歩き始めた彼らを、慌てて呼び止めると、
『お嬢さん、あんたワシが怖くないのかね?』
 おばさんが話してくれた通りの姿形をした、私の腰までも無さそうなサイズの生き物が、じろりとこっちを一瞥した。
 うん、怖くない。だってモンスターと呼ばれる動物たちが発する、ぴりぴりした害意を、微塵も感じない。
(あれ? お告げが指しているのって、この喋る魔物さん?)
 どうして私、こっちの人だと思ったんだろう?
 緑の棘帽子をかぶったおじさんの隣。
 澄んだ黒い目。バンダナからはみ出した髪の色はこげ茶。朴訥とした雰囲気の青年。
 外見は完全に人間だし、魔物の気配もしないのに――他の二人より背が高くて、上着の色合いが月夜に映えるから、とっさに目に留まっただけだろうか?

 団長室へ続く階段を上りながら、ぼんやりと思い出の世界に浸っていたら、
「ねえ、ユリマさん」
 エイトさんに呼ばれる声がして、ハッと我に返った。
「ルイネロさんは、反対しなかったの? その――君が、こんな危険な旅に出ること」
「大丈夫です。夢のお告げのこと、父に話したら……」
 ヤンガスさんも心配そうに、こっちを見ている。
 旅慣れていそうな彼らには、どうしても危なっかしく見えるんだろう。
「ドルマゲスの目的とかを占おうとすると、なにか霞がかったように父の予知を拒む、悪い力に弾かれる――私が見た夢にも、きっと意味があるんだろうって」
 とりあえず、オディロさんがドルマゲスに殺されちゃう事態は避けられた。
 それだけでも、トラペッタを飛び出してきた意味はあったと思える。
「私の姿は水晶球で見えるけど、時々は里帰りするようにって念を押されちゃいましたけど」
「うーん、しかし」
 私が力説しても、やっぱりヤンガスさんは渋い顔のままだった。
「兄貴が持ってりゃ大丈夫って話で、しかも杖の呪いだかは、嬢ちゃんの魔法で封じられているんでがしょ? 道中にゃモンスターも出るし、娘っ子の足に長旅はキツイ――ひとまずドルマゲスは、とっ捕まったんだ。ゼシカもだが、もう家に帰ったほうが良いんじゃ?」
 すると間髪入れず、ゼシカさんが強い口調で言う。
「嫌よ! 兄さんの魂が閉じ込められてるだなんて、それが本当なら、せめて、トロデーンにかけられたっていう呪いが解けるのを見届けなくちゃ」
「あ、私も――マホカトールって、術者の熟練度や魔方陣を描いた環境に、効力が左右されるらしいんですよね。たぶん私が遠くに離れたら解けちゃうし、一週間もすると効果が薄れちゃうから定期的にかけ直す必要があるし」
「……そうでがすか」
 ヤンガスさんは、ぽりぽりと顎を掻いた。
「まあ、今は馬とはいえ馬姫様も、娘っ子らしいのに馬車なんか――あ」
 そうしてポンと手を打ち、エイトさんに話しかける。
「兄貴。ひょっとしてマホカトールって呪文かけてもらえば、馬姫様やおっさんの呪い、一時的にでも解けるんじゃないでがすか?」
「!」
 目を瞠るエイトさんの後ろで、ゼシカさんも大きく頷いた。
「可能性はあるかも。ヤンガスにしては、冴えてるわね」
 ヤンガスさんは 「どういう意味でがすか」 とブツブツ言っている。
「ユリマさん、頼める? 一回だけでも良い、陛下は話せるけど姫様は、なにも言えないから――旅が辛くないか、なにか希望とか、不足しているものが無いかって、確かめたいんだ」
「ええ、もちろんです」
 私が笑って請け負うと、ゼシカさんが腕組みして、到着した団長室の扉を睨んだ。
「ついでにトロデ王にも、かけてもらったら? マルチェロのヤツ、魔物だと思って酷い扱いしてたけど……一国の王様だって証明できれば、少しは態度も変わるでしょ」




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ルイネロが荒れてる理由は知ってるのに、夢のお告げを受けるまでなにも言わない、しない。しかも、水晶球の場所まで判ってるのに (ただの町娘でモンスターと戦う力が無いにしても) 回収は見ず知らずの主人公たちに丸投げのユリマちゃん。ゼシカとは正反対って言うか、受動的な子だなーと思います。普通の旅人なら 「なんで俺たちが?」 って断るぞ……。