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† 旧マイエラ修道院 †


「……その杖を放置すれば暗黒神が復活しかねないとなると、マイエラ修道院としても見過ごすわけにはいかん」
 てっきり、おっさんとマルチェロしかいねえと思っていた団長室には、オディロの爺さんも来ていて。
「しかも、ユリマさんの話を前提とするなら――賢者の血筋は、遠からず、ふたつは絶えてしまう」
 話の主導権も、爺さんが持って行っちまった。
 ドニの町で聞いた噂やら、修道院の連中からの評判を思えば、マルチェロが偉そうに場を仕切りそうなもんだが……爺さんの横で、なんというか、ちぃと困ったような無表情で押し黙っている。
 どこでだったか聞いた話 『親代わりの院長には頭が上がらないらしい』 ってのは事実らしい。
 ヤツの嫌味口調が苦手なアッシとしては、背中が痒くならずに済んで大助かりだ。
「貧しい粉屋の子として育った、私は正直、賢者の血筋などと大仰なことを言われてもピンと来んのじゃが――間違いなく末裔である男を知っておる。そいつは病で、余命いくばくも無い。子や孫もおらん」
 おっさんが 「なんと……」 と呻いて頭を抱え、兄貴たちの顔も険しくなったり、曇ったり。
「私も見てのとおり、爺じゃ。子供どころか親族もおらん。これといって身体に悪いところは無いが、そのうちお迎えが来るじゃろうて」
 溜息をついた爺さんは 「ククールや」 と、壁に寄りかかっていた銀髪の兄ちゃんを手招いた。
「はい」
「そういう訳だから、おまえ、トロデ殿たちと共に行き、杖の完全封印をお手伝いして来るのじゃ!」
「へっ?」
「は?」
 マルチェロも同時に目を剥き、なに言ってんだとばかりに爺さんを凝視する。
「ククールは、ルーラを使えるからの。この方たちの旅に同行し、たまにこちらへ戻っても行程の妨げにはなるまい。他にルーラの使い手といえば、おまえくらいのものじゃが、さすがに団長がいつ終わるかも分からぬ旅に出て、マイエラを離れたままという訳にはいかんじゃろ。成人した団員の中で、まだ、これといった職務を与えられていないのもククールだけじゃしの」
「それは、そうですが――しかし、こいつの素行の悪さは院長もご存知でしょう! 目的があって旅をしている、しかも他国の方にご迷惑をかける訳には」
 うんうん、ナンパだ賭け事だ、ドニの酒場でも面倒を起こしてやがったなぁ。
「まあのう。しかし、きちんと状況を弁えた行動を取る、判断力があることも知っておるよ」
 確かに修道院の連中がボサッとしていた中で、ドルマゲスの物騒さに気づいて走り回ってたのも、この兄ちゃんだったか。
「ドルマゲス……いや、杖の脅威を目の当たりにした後に、しかも旅に加えていただく立場で、いい加減な振る舞いなどするまいて」
 渋い顔で反対するマルチェロを、ほっほっほと笑って流した爺さんは、これまたちぃと困ったような無表情で押し黙っていたククールに向き直ると、歳の割りにビシッとした口調で指示を出した。
「マイエラ聖堂騎士団の一員として、事の次第を見届けろ。定期的――月に一度は状況を報告に戻れ。良いな?」
「畏まりました。仰せのままに」
 この兄ちゃん、同意する仕草まで芝居がかってやがる……マルチェロを見てるときほどじゃねえが、やっぱり背中が痒くなるでがす。
「ククールの同行許可をいただけますかな、トロデ殿? 回復、攻撃魔法、弓や剣などの武器も扱えますから、皆様方の足を引っ張る心配は無いと――」
「もちろん、もちろん! この先も、なにが起きるか分からん以上、戦力が増えるのは助かりますわい」
 満足げに頷くおっさんと爺さんの後ろで、顰めっ面をしているマルチェロに、
「あ、そうそう。マルチェロさん、オディロさん」
 それまで、おっさんの脇に控えていた兄貴が、思い出したように話しかけた。
「川沿いの奥に、旧マイエラ修道院の跡地がありますよね。あの廃墟の中、アンデッドモンスターだらけでしたよ。疫病が流行ったときに放棄された建物だって聞きましたけど……もうちょっと、ちゃんと弔いとか慰霊とか、した方がいいんじゃ」
 続けて、眉を吊り上げたゼシカが声を荒げ、
「そうだった! ククール、あんたね、魔物が出るなら出るって言っておきなさいよ! モンスターだけならまだしも、あちこち毒の沼みたいになってるし、しかも骸骨だらけ! 空気を吸ってるだけで病気になりそうな気がしたわ――ああ、思い出したら寒気がする」
 地獄絵図だった景色を振り払うように、身震いする。
 あの晩、アッシらが院長室に入り込んでいた、ククールの指輪を持っていた本当の理由、どこを通って来たのかそれでピンと来たらしく、
「ククール、貴様は……騎士団の指輪を何だと思って」
 鬼の形相で睨むマルチェロから目を逸らした、ククールはボソボソと弁解する。
「しょうがねえだろ! ドルマゲスの嫌な気配がビシビシ漂ってるのに、誰も気付いちゃいなかったし、石頭の見張りどもが橋を通らせてくれる訳ねえし」
 そんな二人を交互に見ながら、兄貴はポリポリと頭を掻いた。
「あ、話しちゃマズかった? ごめん」
「しかし、それは……本当か? 疫病の再発を防ぐ為にも、年に一度の慰霊式典で内部は点検している。去年の冬の時点では、なにも異常は無かった」
 気を取り直したようにマルチェロが問い、兄貴は 「はい。もう死霊の巣窟って感じで――」 と肯いてみせた。
「だとしたら、たぶん杖の封印が解かれた影響が、マイエラ一帯に出てしまったんだと思います」
 そこへユリマの嬢ちゃんが口を挟み、
「あの、マルチェロさん? 私、そこに入らせてもらう訳にはいかないでしょうか?」
「なに?」
「あ、もちろん修道院の方々が土に還して慰霊してくださるなら、それで……ただ」
 ぱたぱたと両手を振りながら、力説した。
「魔法的な “力” に影響されて目覚めてしまったものなら、魔法で天へ送り返すことも可能だと思います」

×××××


 調べればすぐ判るような嘘を吐く理由は無いだろうと、兄貴の話をとりあえずは信用したらしいマルチェロたちと、再び旧マイエラ修道院に足を踏み入れて。
「埃まみれだわ、泥水で足場は滑るわ、おまけに死体だらけ……」
 たいして進みもしないうちに、顔を引き攣らせたククールが他人事みてぇな感想を漏らした。
「あんたら、こんなところよく通って来たな。感心するよ」
 誰の所為でがすか、とアッシが突っ込むより早く、
「あんたが言うんじゃないわよ! 誰に頼まれたと思ってんの!?」
 茨のムチの柄部分を握りしめたゼシカが、銀色の後頭部を張り倒した。ごすっと良い音が、じめじめ暗い通路に響く。
「いや、悪かったよ――ほら、ドルマゲス! ドルマゲスの所為だろ、元々は?」
 逃げ腰のククールを詰るゼシカ。
 二人の騒がしさに顔を顰めながら、マルチェロは、よたよたと歩いている爺さんを気遣った。
「院長……やはり、空気が悪すぎます。我々が、きちんと見届け慰霊もしますから、外でお待ちください」
 ぞろぞろと十人も護衛に付いて来た騎士団の連中が、それぞれ松明を掲げているから、前に入り込んだときより足元はだいぶ明るいが、それでもヨボヨボの爺さんには歩きにくいことこの上ないだろう。
「そうはいかん。おまえに実務を任せるようになったとはいえ、まだ修道院長は私じゃ。こんな惨状を人任せにしてはおけんよ」
 立派な顎鬚をさすりながら、しかし頑固に首を振る。
「こうなっては事が解決するまで、死ぬ訳にはいかん。最近のんびりし過ぎておったからの、明日からは少し、足腰も鍛えねばなぁ」
 マルチェロはまた、ちぃと困ったような無表情で押し黙った。
 本当に、この爺さんに対しては強く出られないらしい――ククールに対する容赦無さとは大違いだな、と修道院の地下で立ち聞きしちまった話を思い返す。
 まあ、訳有りの異母兄弟が同じ屋根の下で暮らしてちゃあ、色々こじれもするだろう。

(しかし、こないだ蹴散らしたばかりだってぇのに、普段は出入り口も封鎖されてんのに、どこから湧いて来やがるんだろうな、こいつら?)

 嬢ちゃんが言うところの “魔法的な影響” ってヤツなんだろうか? 謎だ。
 アッシらが、襲いかかって来るモンスターを防いでいる間に、階の中央部分に、なにやら絵文字みてぇな線を描いていたユリマの嬢ちゃんが、ようやく作業を終えたらしく高らかに呪文を唱えた。

「右に清ら火、添えるは浄化の光――浮霊昇天、“ニフラーヤ”!!」

 とたんに一帯が真っ白に染まって、そこら中でウゾウゾしていたアンデッドの群れが、あっという間に光に融けていく。
“お、おお、おお――”
 腐った死体が、脱皮するみてぇにザラリと崩れて、代わりに教会でよく見かける修道士の姿が透けて見えた。
“神ヨ……今、御元ニ参リマス……”
 骸骨は、ちっこい坊主に。ミイラ男は、マルチェロと同じ青い聖堂騎士団員の格好に。
 呆けた顔で泣きながら浮かび上がって、次々に消えていく。
 教会関係者らしいヤツら以外にも、場違いな農夫だとか小奇麗な娘っ子なんかも混じってる――疫病が流行って看病が追いつかなくなれば、たいてい神父がいる場所に担ぎ込まれて行くから、全員ここで死んじまった連中なんだろう。

 だんだん光が薄れてくる頃には、徘徊していたモンスターは一匹残らずいなくなって、臭かった空気もキレイなもんに変わっていた。

「ふう……良かったです、ちゃんと効いたみたい」

 顔を上げた嬢ちゃんが、ホッと一息。
「でも、すみません。私の力量じゃ、効果範囲はワンフロアが精一杯で――この先、どれくらい長いんでしょう?」
「地下4階までだ」
「うーん。集中力が続かないので、ちょっとだけ休憩させてもらっても良いですか?」
「かまわん。こちらはその間に、慰霊の儀を行おう」
 さすがに爺さんを助けてもらった恩を感じてるのか、それともイヤミ野郎も女子供を怖がらせないくらいの愛想は持ち合わせてるのか、とりあえずマルチェロと嬢ちゃんは普通に会話しているようだ。

 爺さんを中心に、式典の道具だか何だか細々とした小物を並べた騎士団の連中は、やがて整列して祈り始めた。
 兄貴たちも一緒になって祈っている。
 せっかく寝ていたモンを、ドルマゲスの所為で無理に起こされたなら気の毒な連中でがした。事情を知らなかったとはいえ最初に来たときは、容赦無くぶちのめしちまって悪かったなぁ。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」
 アッシも、とりあえず拝んでおいた。教会式の祈り方はよく知らねぇけど、こういうのは気持ちが大事なはずでがす。

 奥へ進むにつれアンデッドの数も増えていったが、嬢ちゃんの魔法は道中にあった毒の沼地ごと消し飛ばしてくれて。
 さすがにひっくり返ったタンスや椅子はそのまんまだったが、それは騎士団の連中が置き直していた。
 そうして整えると、おどろおどろしかった旧修道院跡地も、だだのガランとした空き家って感じになって。
 アッシらは、前回と違ってスッキリした気分で、修道院の中庭まで戻って来れた。

 さすがに疲れたんで、もう一泊させてもらい、明日出発するってことになった。
 屋根付きの寝床はありがてぇけど、ここ、メシのボリュームがなぁ……まだ日暮れには早ぇし、あばれうしどりでも捕まえてくるか?
 そんなことを考えているアッシの前を、とぼとぼ歩いている嬢ちゃん。すげぇ魔法を連発して、よっぽど疲れたんだなと思ったが、

「あんなにたくさんの方が――ひどい疫病だったんですね」
 とんでもねぇ数のアンデッドを一度に目にして、さすがにショックだったらしい。トラペッタの辺りにゃ、あんなの出ねぇだろうからな。
 それにククールが相槌を打った。
「ああ、根絶するのは難しいらしくて……20年に一度くらい流行っちゃ、住民を皆殺しにしていく」
「怖い、ですね。病気は魔法では治らないと聞きますし――」
「試したことあるんだ?」
「いえ。私、ホイミとか使えませんから」
「へ?」
 色男にしてはマヌケな顔をして、まじまじと嬢ちゃんを眺める。
「そんな特殊な魔法、使いこなしてんのに?」
「マスターが教えてくれた魔法の中には、ありませんでしたから。トラペッタには医学に長けた神父様がいて、特に必要も無かったですし」
「なんか、もったいないな。それだけ魔法の素質があるなら、ホイミくらいすぐ使えるようになると思うぜ」
「だけど魔法にも、持って生まれた適性ってあるものなんでしょう? 私、ルーラって駄目で……トベルーラとかリリルーラとか、概念は教えてもらっても結局習得できず終いだったから」
「へー……オレ、ルーラなら使えるぜ」
「ホントですか!?」
 しゃべってるうちに気を取り直したようで、少し弾んだ声を上げる。
「じゃあ、ククールさんなら空を飛べるかもしれないですね」
「空を飛ぶ?」
「そう! キメラの翼みたいに一瞬で移動するんじゃなくて、ふわふわゆっくり、自由気ままに鳥みたいに。きっと気持ちが良いと思うんですよー」
 アッシが魔法に疎いってことを抜きにしても、人間が自在に空を飛べるなんて聞いたことが無ぇ。
 それは兄貴やゼシカも同じだったようで、
「ルーラなら、僕も使えるけど」
「エイトさんも? すごーい。良いなあ二人とも」
「ルーラかぁ。私も、兄さんに教えてもらって練習したけどダメだったわ」
 興味津々といった感じで、話に加わって来た。
「ゼシカさんも?」
「うん。あ、そういえばユリマって歳いくつなの? そんなに変わらないと思うし、その敬語、止めない?」
「私ですか? 17歳です」
「あ、一緒だ。そういえば、エイトは?」
 嬉しそうに笑ったゼシカが、兄貴に話を振る。
「僕は18歳……かな? ヤンガスは31歳って言ってたっけ?」
 ガキの頃から米粒みてぇな脳みそだと皆に言われてきたアッシは、しょっちゅう周りの会話についていけなくなっちまう。そんな子分も輪に入りやすいよう、こんなふうに気遣ってくれる――兄貴は本当に優しいお人だ!
 ひっそり感動しつつ 「そうでがす」 と頷いたアッシを、ククールのヤツがじろじろ見やがる。
「え? 年齢不詳な見た目だとは思ってたけど、三十路になったばっかりかよ……思ったより若いんだな、あんた。マルチェロと大して変わらねえ」
「うるさいでがすよ。そういう兄ちゃんは?」
「オレは20歳」
「ほおー」
 一応は成人してる、とはいえアッシとおっさん以外は、ほとんど全員未成年みたいなモンでがすな。
 しばらくこの面子で旅をするんだ、山道の歩き方や野宿にも慣れているアッシが、しっかり兄貴たちを守らねぇとな。うん。



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あの旧修道院って、まさか疫病で苦しんでいる僧侶や騎士たちを生き埋めにしちゃったのか!? と最初どん引きしたんですが……オディロ院長って、そこそこ長く院長やってるみたいだし、定期的な慰霊もせずに放置してたとは思いたくないんで、杖の封印が解けた影響にしちゃいました。