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† 新たなる目的地 †


 旧マイエラ修道院に閉じ込められていた死霊たちが、昇天した翌朝。

「……これは、この世界の地図。きっと旅の役に立つことでしょう」
 修道院の正門まで見送りに来てくれた、マルチェロさんが丸まった羊皮紙を差し出した。
「皆さんに、あらぬ疑いをかけた、そのお詫びの印です。どうぞお受け取りください」
「ありがとうございます、助かります!」
 思わぬプレゼント (?) に、つい余計なことまで口走りそうになって、慌ててお礼の言葉だけに留める。
 トロデーン城にも世界地図くらいあるんだけど、肝心な図書館の出入り口が太くて硬い茨に覆われてしまっていて、僕一人の力じゃどうにも取りに行けなかったから――領内の地理なら陛下が詳しいし、僕もある程度は把握してたけど、こうして南のアスカンタ大陸に渡ってしまうとヤンガスの土地勘に頼るしかなかった。
 でも、地図があれば確実だし、先の予定も立てやすくなる。
「皆さん。ククールを、どうぞ宜しく……旅の無事をお祈りしております」
 オディロさんが丁寧に頭を下げてくれて、
「あ、はい。こちらこそ色々とお騒がせする結果になっちゃって、すみませんでした。捕まえたドルマゲス――杖も失って牢屋の中じゃ、なにも出来ないとは思いますけど、くれぐれも身辺には気をつけてくださいね? マルチェロさん、宜しくお願いします」
 聖堂騎士団長は、言われるまでもないといった表情で頷いた。


 マイエラ修道院の敷地を出たところで、
「ま、院長命令じゃ拒否権は無い。俺も旅に加えてもらうぜ?」
「うむ、うむ。むさいヤンガスより見栄えが良い! わしの威厳も増すというものじゃ」
 腕組みした陛下が、満足げに頷いて。
「は?」
 むすっとしたヤンガスや面食らった表情のククールに構わず、上機嫌で姫様に話しかける。
「家臣が増えるのは嬉しいもんじゃのう、ミーティアよ」
「……オレは、しばらくの間、旅に同行するだけで、化け物ジジイの家臣になった覚えは無いぜ?」
「気になるのは戦いの腕前じゃな。聖堂騎士団の実力とはどんなものかのう? まあ、弱くはないにしても、トロデーン近衛兵ほど屈強ではなかろうが――」
「聞けよ、おっさん!」
 ククールが語気を強めるけど、姫様と会話しているときの陛下に、周りの雑音が届くことは滅多に無い。
「でも……いいの? ククール?」
「ん?」
「拒否権は無いって言うけど、オディロさんなら、嫌がってる人を強引に旅に出したりはしないでしょ。傍に居なくて、心配じゃない? 牢屋の中とはいえ、ドルマゲスが同じ建物内にいるなんて――杖の封印がどうなったか気になるって言うなら、僕が時々、報告に顔を出しても良いし」
 元々はトロデーンの問題だし、ユリマさんの協力を得られたとはいえ、なにをどうすれば解決するって保証も未だ無い。
 義務感だけで加わってもらうには、先行きが見えなさ過ぎる旅だった。
「……お人好しだな、おまえ」
 僕の懸念に、数秒きょとんとしていたククールは、肩を竦めて苦笑した。
「いいんだよ、修道院の窮屈な暮らしには飽き飽きしてたんだ。良い機会さ――それと、約束してたよな? いろいろ世話になった礼は、いずれ必ずするって」
「え?」
 ああ、院長さんの部屋に行って様子を見て来てくれって頼まれたとき、あんまり唐突だったから即答できずにいたら。
(礼なら後で必ず、って必死の形相に押し切られたんだっけ)
 言われて思い出しながら、ふと気づけば、さっきまでの真顔はどこへやら。
「ゼシカ。これからオレは、片時も離れず君を守るよ。君だけを守る騎士になる」
 いつの間にか僕から離れてゼシカの手を取り、芝居がかったウインク付きで宣言しているククール。
(世話になった礼が、ゼシカ限定騎士……?)
 正直、ちょっと呆れた。
 まあ、体力や防御面ではどうしてもか弱い女の子だから、率先してモンスターの襲撃から庇ってもらえれば助かるけど。
「はいはい。どうもありがとうございますー」
 ゼシカは嫌そうにそっぽを向いて、適当な返事をした。口説き文句の一環だろう、くらいにしか思ってなさそうだ。そこへ顔を輝かせたユリマさんが、わくわくした様子で訊ねる。
「まあ! お二人は、恋人同士なんですか?」
「そうそう」
 ニヤリと笑って肯定するククール。
「ちっ、違うわよ!!」
 真っ赤になったゼシカが、全力で否定しつつククールの手を振りほどく。
「つれないねー。オレとしては、ゼシカとはもっと深い付き合いになりたいんだけど?」
「私は嫌よ! あんたみたいなケーハク男! っていうか、いちいちベタベタ近寄らないで! ユリマも、あいつの言うこと真に受けちゃダメだからね!」
「は? はあ……」
 怒り心頭といった感じのゼシカが、ユリマさんの手を引っ張って、陛下たちに駆け寄り。
「ひっでー」
 ククールは怒鳴られても堪えた様子は無く、小さく笑って、ぷらぷらと彼女たちの後を追って行った。


「かなり遠回りになるうえ、砂漠を越えねばならんが、ポルトリンクの西にトロデーンへ繋がる道がある」

 まずは地図を囲んで今後の相談。吊り橋が壊れて使えない前提でも、帰国手段ならあると陛下は教えてくださって。
「お父さんやトラペッタの皆に頼んで――橋を作り直してもらうことも出来ると思いますけど。武器屋のおじさんだって、あの橋が無いと、トロデーンへ納品に行くとき困るはずだし」
 ユリマさんの提案には、困り顔で首を振った。
「いや、それでも何ヶ月も待たねばならんじゃろうし、迂回して行った方がよほど早かろう……なにより出来ることならトロデーンが呪われたなどと、国外の人々に知られぬうちに解決してしまいたい」
 ドルマゲスが言い放った 『トロデ王ではございませんか』 という台詞を聞き咎めてしまっていた、オディロさんたちには、変にごまかすよりはと全て打ち明けたらしいけれど。
「民が無事に目覚めても風評被害で肩身の狭い思いをするじゃろうし、姫の婚約も取り消されてしまうやもしれんし――」
 確かに。
 信頼できると思った人だけに話しても、どこで誰が聞き耳を立てているかは分からないし、トロデーンの窮地に付け込もうとする輩に、姫様が狙われでもしたら一大事だ。
 言う必要が無いことは、伏せておいた方が良いだろう。

「じゃ、とりあえずポルトリンクに引き返さなきゃね。誰か、キメラの翼持ってる?」
「無い。けどエイト、おまえルーラ使えるんだろ?」
「あ、ごめん。覚えたの、こっちの大陸に渡ってからだから……ダメだ」
「そういうものなの? ルーラって」
 小首をかしげたゼシカに、ククールが肯いて返す。
「ああ、町や村の入り口に埋められている、守り石が目印だからな。それと一度でも術者としてシンクロした後でなきゃ、いくら景色を思い浮かべたって発動しない――そもそも知ってる場所なら無制限にどこでもOKなら、こいつのルーラでトロデーンまでひとっ飛びだろ」
「あ、それもそうか」
「それに、移動先へ行ったことが無い人間が含まれてると、失敗して地面に真っ逆さまって危険もある。術者の熟練度が低いと、特にな……トロデーンに行ったことあるヤツ?」
「ありません」
「無いでがす」
「私も。公的な用事で呼ばれていくのは、ずっと兄さんか、母さんだったし」
 ユリマさん、ヤンガス、ゼシカも揃って首を横に振った。
「ごめんね、役に立たなくて」
 いくら習得したって、行ける先が無くちゃ意味も無い。
 気まずくなって頭を掻くと、
「まあ、ドルマゲスは捕縛済だし、杖の呪いも今すぐどうこうって話じゃないんだろ。キメラの翼もタダじゃない、この面子での戦法確認がてら、のんびり歩いて、人里から離れたところで馬姫様のお姿でも拝んでさ――暇だったらユリマちゃんにトベルーラでも習うか。到着前に習得できりゃ、飛んでいって、その封印の間とやらを試せばいいだろ」
 ククールが軽い調子で流してくれた。
「うん、ありがとう」
 修道院内では “問題児” 扱いされていたみたいだけど、けっこう砕けた雰囲気で話しやすい人だなぁと思う。

「……ねえ、ユリマ」
 船着場へ向かって出発、しばらく歩いて――そろそろ昼食時だなという頃。
「杖の封印って、どういう仕組みになってるの? 兄さんの妹の、私じゃダメなのかな?」
 思い出したように、ゼシカが訊ねた。
「封印ですか? 古文書には、七賢者の長子に代々引き継がれるって記されて……」
「け・い・ご」
 ちょっと拗ねた表情の彼女を見て、ぎこちないながらも普通に喋りだすユリマさん。
「あ、うん。ええと、それで――たとえば不慮の事故なんかで、その “宿主” が亡くなった時点で途切れちゃうものらしいわ。例外として、封印を受け継いだ子が、成長して自分の意志で “賢者の定め” を拒否した場合は、元の宿主である親御さんに戻っちゃうみたいだけど」
「なら、私や母さんじゃダメか……あ、母さんは、そもそも嫁入りしてきたんだから、シャマルの血自体は継いでないか」
 眉根を寄せながら、呟いて。
「けど、亡くなったマスター・ライラスって、近所に住んでたってだけのユリマに色々託したくらいだから、独身だったんでしょう? オディロ院長が言ったみたいに、ドルマゲスに狙われなくても遠からず血が絶えちゃってたってことよね? そんな研究してるのにどうして、結婚して子供を作ろうとしなかったのかしら? まあ、封印の為だけに子作りって言うのも、嫌な感じだけどさ」
「マスターね、今でもハンサムなおじいちゃんって言われるくらいで、若い頃はそうとう格好良かったんだって」
 今は亡き人を懐かしむように、少し寂しげにユリマさんは答えた。
「立派な魔法使いの血筋だし、すごくモテて、だけど外見や家系できゃーきゃー騒がれるのに嫌気が差して女嫌いになっちゃって。デートなんかするより魔法の研究していた方が楽しいって、仕事に没頭してたら、そのまま歳を取っちゃったんだって――あ、これは町のおばあさんから聞いた話」
 トラペッタの教会で故人の冥福を祈っていた老婦人が、『カッコイイ爺さん』 だったと語っていたなと思い返す。
「……同じ色男でも、どっかの誰かさんとは正反対ね」
 別段、声を潜めるでもなく、容赦ない感想を漏らすゼシカ。
 まだククールに対して “ナンパ男だ” という実感が無いらしいユリマさんは、不思議そうに目を瞬いている。
 僕はなんとなく、最後尾を歩いている話題の人物を窺ってしまって――だけど、こっちの気まずさに反して、本人はどこ吹く風といった感じで飄々と、掴めない笑みを返すだけだった。
「それで、すっかりおじいさんになった頃に、先祖が残した古文書を見つけて、焦ったんだって。それまで、自分が大魔法使いの子孫だとは知っていても、血筋そのものが、呪いの杖を封じる鍵になっているなんて知らなかったから……」
 ゼシカとユリマさんは、まだ話し続けている。
「さすがに、いまさら結婚して子供を、なんて無理だし。それで慌てて弟子を取ったり、賢者について書かれた文献を掻き集めて研究して。だけどドルマゲスさんとはケンカ別れしちゃったらしいから――せめて魔封じの呪文を、後世に残したかったんだと思う」
「そっか。そう言えばウチでも、そんな封印云々なんて聞いたことないわ……ああ、やたらアルバート家のしきたりって煩かったの、家系を絶やさない為もあったのかしら?」
 亡くなったサーベルトさんを思い出したのか、自分も母親とケンカ別れして飛び出してきていることに思い至ったのか――それまで勝気だったゼシカの表情が、急に曇った。



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ルーラの概念。本来は、今まで行った場所なら、わざわざルーラ習得後に再訪しなくても行き先リストにある訳ですが、それだとなんで主人公はトロデーンで暮らしてたのに、トロデーンが含まれないのさ!? と突っ込まざるを得ないわけで。当サイトでは、こんな設定に。