† 城址 (2) †
(しかし、なんで……よりにもよって、ここで野宿かねぇ……)
焚き火を囲むように毛布にくるまり、寝静まった面々をボンヤリ眺めながら、内心げんなりと嘆息してしまう。
どう足掻いても町や村に辿り着けない僻地なら諦めも付くが、先を急げば船着場の宿に泊まれたろうに――おそらく旅費節約という大義名分は二の次、なるべく他人に目撃される危険を避けつつも、早く姫様を元の姿に戻したかった父親と従者の意向によって。
グースカ爆睡しているヤンガスや、いかにも規則正しい生活を心掛けてるんだろうエイトたちは、さほど苦にしていないようだが……夜型人間のオレは暇潰しに困る。
酒場も無ければ、ギャンブルを吹っかけるに適したカモが通りかかることもない。
仲間内に華があるのは不幸中の幸いだったが、片や警戒心バリバリで素っ気ないし、もう一人は、兄貴やオレだけじゃ守り切れなかったろう院長を助けてくれた恩人なうえ、どうもちょっかいを出しにくい天然系だ。
しかも、どうせ眠れやしないからと深夜の見張り番に回ってみれば、コンビを組む相手がトロデ王と来た。
馬に変化したミーティア姫が重量級の馬車を引いても平気なように、今は魔物の姿になっている、この王様も呪われる前とは真逆の夜行性なんだそうだ。
まあ、戦闘に加わる訳じゃなし、昼間は歩いてるオレたちを尻目に御者台で船漕いでやがるんだから、見張りくらいこなしてエイトたちを休ませてやれよ、とは思う。
けどそれを、当然のように買って出る姿には驚いた。
王侯貴族なんてのは、血筋と権力を盾に威張るだけが取り柄で、家臣を労るなんてことはまず無い人種だが――このおっさん、少々毛色が違うようだ。
だからこそエイトも、呪われた城や主君を見捨てず仕えているのか。
どうあれ、しばらく同行する連中に、嫌いなタイプの人間がいないことは喜ぶべきだろう……けど、本来は人間なんだとしても、今の外見は魔物。しかも、かなり不細工な。
それが時折、棒切れで焚き火を掻き混ぜる他はひたすら、横たわって眠る白馬を眺めている――珍妙な景色だ。
美貌の姫君とて、今は馬。
キレイな毛並みではあるが、さすがに目の保養にはならない。
ゼシカのナイスバディも、今は毛布に覆い隠されている。つまんねぇの。
ヤンガスの鼾は煩いし。
ああ、宿に泊まる場合もどうせ大部屋だろうから、今後に備えて船着場の道具屋で耳栓でも買っとくか。
……しかし暇だ。
暇だと、余計なことを思い出しちまう。
なんだって親父の散財と疫病で没落して、換金できる物は家具もガラスも壁石もことごとく借金取りに持って行かれ、それから十数年雨ざらしになった、もはや廃墟とも呼べない――オレが生まれた家の跡地で野宿するかね。
べつに、こいつらに悪気は無いんだろう。
道すがら雑談した感じ、オレの生い立ちやマルチェロとの確執なんかについては、宿場町や修道院で噂を聞きかじったのか知っている素振りだった。
けど、この城址が何なのか、まで噂話に上ることは無いだろう。なら、単なる野宿向きの場所と捉える気持ちは分かる。
どうせ一晩過ごすだけだ、文句を言うほどのことじゃないと……割り切ってみたものの、こう暇だと時間の流れも遅く感じる。
「……暗いのう」
急にボソッと響く声。辺りが暗いとボヤいているのかと思ったが、王様は、いつの間にか物言いたげにこっちを見ていた。
「言いたいことは溜め込まず、言うてしまった方が良いぞい」
唐突に話しかけられ、面食らう。
「話せば、気が楽になることもあるやも知れんぞ? まあ、無理にとは言わんが――」
まさか、憂鬱さが顔に出ていただろうか? ポーカーフェイスは十八番なんだが。
思わぬ形で修道院を離れて、気が緩んだか。
「まあ、あんたが拒否すりゃエイトも、なんでとか聞かずに従いそうだしな……」
少し迷う。見透かされたと認めるのは癪だったが、今後も度々ここで夜を明かす、なんて展開だけは御免被りたい。
「今夜はもう、しょうがねぇけどさ――マイエラ周辺で野宿したくても、ここだけは勘弁してもらえるとありがたいね」
「なぜじゃ? 完全な地べたより良かろう」
そんなことかと拍子抜けたような顔をする。不細工には違いないが、なかなかユーモラスだ。
「没落して跡形しかなくなった実家なんて、眺めて楽しいもんじゃないだろ」
「なんと!」
オレの返事にどんぐり目玉を見開き、口まであんぐり開けた王様は、
「十年ほど前に流行り病で死んだという、領主の……そうか、ここが……知らんかったとはいえ、悪かったのう」
ぽりぽりと頭を掻きつつ辺りを見渡した。
「知らんかった、って割には、けっこう訳知り顔だな」
「この大陸へ渡ってから、エイトたちも、聞ける噂は片っ端から聞いて回ったわい」
おもしろがるでも同情するでもない、静かな声音は、不思議と肩の力を抜けさせる――ああ、少しだけ院長に似ているかもしれない。
「肝心なドルマゲスを目撃した者はおらんで、おまえさんたち兄弟に纏わる込み入った事情ばかり聞こえてきたがの」
そりゃあ、打ち明け話の手間が省けたな。
どうせ知られてる、と確かめてしまえば苦笑するしかなかった。
「……オディロ院長は、この辺じゃ名の知れた慈善家でさ。身寄りの無いガキを、無条件に引き取って育ててる」
もう少し喋っていたいような気分に任せ、小声で呟くと。
「オディロ殿の評判なら、トロデーンにまで届いておるぞい。噂に違わぬ人格者のようじゃな」
静かに頷いた王様は、そんな相槌を返した。
養父を褒められて嬉しくなってるオレは、やっぱり普段より気が緩んでるのかもしれない。
「ああ。まあ、オレも、そうやって拾われた一人で――マイエラ地方の領主だった両親がいっぺんに死んじまった後――金も無い、親戚もいない、そういうガキには、あの修道院しか行く場所がなかったんだ」
ここに居られなくなった当時のことを思い返す。
借金取りたちに占領された家の中で、“マイエラ修道院を頼れ” と教えてくれたのは誰だったろう……? 屋敷を出る前後の記憶は曖昧だ。
一人とぼとぼ歩き続け、ガキの目には古めかしく威圧的に見えた扉を、おそるおそる潜って。
何人かの修道士とすれ違ったけど、チビだったオレが視界に入らなかったのか、無視されたのか――誰もが素通りしていった。
到底、歓迎されるとは思えない空気に、こっちから話しかける勇気も出せず途方に暮れ突っ立っていたオレに、最初に声をかけてくれたのはマルチェロだった。
『……君、初めて見る顔だね』
優しい笑顔だった。
『新しい修道士見習いかい? 一人で、ここまで来たの?』
すっかり萎縮していたオレは、まともに返事も出来ず頷くのが精一杯だったけど。
『そうか、大変だったね――荷物は? それだけ?』
保護者と呼べる人間はいないと察したらしい、労るような声で。チビのオレと目線を合わそうと、身を屈めてもくれていた。
『あの……父さんと母さん、死んじゃったんだ。だから荷物は無くて、他に行くところも無くて……』
『僕も似たようなものさ。でも、ここなら、オディロ院長やみんなが家族になってくれる――大丈夫だよ』
そんなふうに慰めながら、院長のところへ案内すると伸ばしてくれた手は。
オレが名乗った途端、強ばった表情のまま引っ込められて。
『おまえなんか、今すぐここから出て行け!!』
さっきまでとは真逆の、罵声を浴びせられて……なにがなんだか分からなくて。
その後、オディロ院長に迎え入れられ――しばらくして、初めて知った。
あのときマルチェロが、態度を一変させた理由。
オレには、死んだ親父がメイドに産ませた、腹違いの兄がいて。
それが、あのマルチェロで。
オレさえ生まれなければ、跡継ぎはヤツのはずだったということを。
「オレが生まれた所為で、無一文で屋敷を追い出されたマルチェロの母親は、すぐに過労で死んじまったらしくて……身寄りの無くなったあいつは、やっぱり修道院に引き取られてて」
勉強熱心で将来有望な騎士見習いのマルチェロが、オレと親父を恨んでいることは、マイエラの人間なら誰でも知っていることだった。
けど、オレには寝耳に水の話だった。
しかも世間知らずのガキは、異母兄弟という意味をすぐには理解できず。
ただ、天涯孤独になってしまったと思っていたら実は兄がいた、という事実が嬉しくて、空気も読めずマルチェロを見かけるたび話しかけ――邪険にされ、無視されても。
もっと良い子にしていれば、お祈りを覚えれば、魔法を使えるようになれば……最初にくれた言葉どおり “家族” になってくれるんじゃないか、なんて、ズレたことを考えていた。
マルチェロにしてみれば、疎んじている、とはいえ子供相手じゃ手は上げられず、当り散らすこともプライドが許さない。せめて距離を取ろうとしているのに、異母弟は懲りずに話しかけてくる……今思えば、かなりのストレス源だったろう。
あいつの態度は、どんどん頑なになり。
オレ以外の人間には見せていた笑顔も、やがて消え失せて。
修道院の連中が、長年一緒に過ごしてきたマルチェロに肩入れしてしまうのは無理からぬことであって。
どこか浮いた存在のまま、成長したオレが思春期に差し掛かる頃。
母親譲りの容姿だけは良かったもんだから、世間体の為に寄付をしに来る金持ちやお偉いさんに気に入られ、その奥方やら娘からチヤホヤされだすと、もうハッキリと侮蔑の眼を向けられるようになった。
客観的には見てくれを武器に、死んだ親父の同類に取り入った、ように見えたんだろう。
どう頑張っても認めてはもらえず、邪魔者扱いされているんだと自覚して自棄になり、憂さ晴らしにドニの酒場に出入りし始め――酒やギャンブル、女遊びを覚えてしまえば、完全にアウト――マイエラ修道院と聖堂騎士団の名を汚す、疫病神が出来上がったって訳だ。
そんな救いようが無い間柄でも、どうにか今まで同じ場所で暮らして来れたのは、院長が間に立ち、取り成してくれていたからで。
「死んだ親父が人でなしだったぶん、オディロ院長の存在はかなりデカくてさ」
オレはまだ幼かったし、単に死に別れただけ。
けどマルチェロは、充分物事を理解できる歳になって、急に手のひら返しで捨てられちまった。だから、たぶん院長に対して感じてる恩義は、オレなんかの比じゃなくて。
「もしも院長がドルマゲスに殺されていたら……あいつはもう、神様どころか、この世界のなにもかも信じられなくなっていたと思う」
法皇の座に推薦されるくらい無欲に、神に仕えて。
オレたち孤児にも優しくて。
“笑えば元気が出るから” という持論で、しょうもない駄洒落を日々考えている、お茶目な爺さんが。
あんなイカれた道化師に惨殺されるのが “神の御心” だって言うんなら――そんな神様、崇めろって方がどうかしている。
「だから、あんたたちが加勢してくれて助かったよ。修道院を離れる、良い機会にもなったしな……」
近くにいるから、余計いらだたせる。
たぶん “事情” を知ったときから薄々分かっていたのに。
自活可能な歳になっても外で暮らすとか、修道士になる道を選ばず、聖堂騎士団に志願して――あんな針の筵に居続けたのは。
院長に恩返ししたいって理由だけじゃなく、たぶん……心のどこかで未練がましく縋っていたんだろう。
“すべては時間が解決してくれるだろう”
マルチェロに拒絶され混乱していたオレを慰めてくれた、あの人の言葉に。
それはきっと、その場しのぎの方便って訳じゃなくて。
どんな怒りや悲しみも、いつかは “もういい” と割り切れる日が来るのかもしれないけど――残念ながら、神様と違って人間に与えられた時間には限りがあるんだ。
「たとえ血が繋がってなくても、真面目なあいつと、いい加減なオレじゃあ、上手くいきっこない……聖堂騎士団員としては不適格だって烙印を押されて、追い出されるのも時間の問題だったろうし」
オディロ院長は、もうヨボヨボの爺さんで。
今回はドルマゲスに狙われても無事で済んだけど、そう遠くない未来には、寿命で天に召されちまう。
そうなりゃ後を継ぐのは、まず間違いなくマルチェロ――幼く純真だったククール少年も、今ではヒネた大人だ。いちいち傷つきゃしないけど、二度も面と向かって “出て行け” と言われるのは、さすがにキツイ。
「子供らには、なんら責任の無いことで遺恨を残すとは……困った親父さんだったんじゃのう」
ずっと黙って聞いていた王様は、ふう、と溜息をついた。
「兄弟とはいえ、いつかは親元から離れ独り立ちしていくもんじゃ。この旅を終えた後、おぬしがマイエラ修道院に戻りたくないと思うなら、トロデーンに来るがええぞ」
「え?」
「おぬしの腕前は昼間しかと見させてもらった。エイトの同僚として働くには充分じゃ」
うんうんと、まるで決定事項であるかのようにふんぞり返って言う。
「まあ、民草として暮らすも良し、回復魔法の腕を生かし、神父の補佐をしてもらっても良いが」
予想外の誘いを受け、戸惑ったが、悪い気はしなかったので軽口で返す。
「国に仕えるなんてガラじゃないけど――まあ、美人のお姫様がいる国に、しばらく滞在するってのは良いかもな」
すると王様はジロリと睨みを利かせ、ぷんすか怒りだした。
「おぬし……ナンパが趣味だとも、あちこちで噂されておったが! 言うておくが、ミーティアにちょっかいを出してはならんぞ? 姫には、サザンビーク王子という立派な婚約者がおるんじゃからの」
なんだ、売約済かよ。残念。
けど、話をしているうちに、見張りの交代時刻はだいぶ近づいていた――そこそこ眠気も感じるし、すぐに夜は明けるだろう。
トロデ王を相手に昔語りするククール。本来は川沿いの教会宿泊イベントですが、今のところ立ち寄る予定が無いんで、ここで。ちなみに城址はククールの生家跡ってイメージ。本当はどうなのか知らないですけど。ダメ領主ゆえ領地は没収されて、今はパヴァン王が……腑抜けちゃってるから、アスカンタ大臣が一生懸命に管理していると思われます。