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† 凱旋、ポルトリンク †


 オセアーノンの野郎とドンパチやる必要があった行きと違って、すいすい進んだ船は定刻どおりポルトリンクに到着した。

 がやがやと散っていく乗客たちを横目にアッシらは、まず、この辺の地理に詳しいらしいおっさんに先導されて、トロデーンへの迂回路があるという西へ向かう。
 体力を削られること間違い無しの砂漠越えに備え、今夜はポルトリンクで一泊する予定だが、まあ、その前に下見して覚悟を決めとけってこった。

 しかし気合を入れて歩いていってみりゃあ、街道は、ひどい崖崩れで見事に塞がれちまっていた。
 土砂の撤去作業をしている一団を見つけ、いつからこんな状態なのか訊ねてみると、どうもトロデーン城が呪われた時期と一致するようだ。
「偶然かもしれんが、強い魔力が渦巻いた影響で崩れた可能性が高いのう……」
 おっさんが途方に暮れた表情で、山のごとく積み重なった岩石を睨み。
「道が元通りになるまで、どれくらいかかりそうですか?」
「あー、町も俺たちを雇っちゃいるが、なにしろこの先はなんにも無ぇただの砂漠だからなぁ。安全第一で、さほど急かされてもねぇし増員の予定も無いから――早くて2ヶ月か、3ヶ月、天気の良し悪しによっちゃ半年は――」
 ガタイの良い強面が、頭をポリポリと掻きながら兄貴に答える。
「あんたらトロデーンに行きたいんだったら、リーザス村を経由してトラペッタに向かった方が早いと思うぜ?」

 ぬおお!?
 他にも道があるっていうから安心してたのに、こうなるといよいよ、吊り橋をぶっ壊しちまったアッシの責任がぁ……!!

「うーん、困りましたね」
「陸路は厳しい、となると、なんとかして船で向かうしかないが――ポルトリンクからは、南への定期便しか出てないしのう」
 とぼとぼ引き返しながら、おっさんと話し合っている兄貴の後ろで小さくなっていると、
「じゃ、私が港の責任者に頼んでみるわ。トロデーンまで船を出してって」
 ゼシカが、あっけらかんと口を挟んだ。
「予備の船くらいあるはずだし。べつに浜辺で待っててもらわなくても、こっちに戻ることはルーラで出来るんでしょ?」
「え、いいの? そう出来るなら助かるけど……トロデーンの近くまで行かなくても、とにかく陸続きの場所で降ろしてもらえれば」
 兄貴が顔を輝かせ、ゼシカは 「任せてよ」 とデカイ胸を張る。

 ああ、そういやポルトリンクの連中は、領主でもあるアルバート家に頭が上がらないみてぇで、オセアーノン退治前に船を出す出さないで揉めてたときも、責任者のオヤジは小娘のゼシカ相手にタジタジだったな――

「おや。お嬢様、お帰りになってたんですかい?」
 再びポルトリンクに足を踏み入れると、道行くバアさんや船乗りと思しき男どもが、次々と声をかけてくる。
 加えてチラチラと、ククールの野郎に向けられる好奇の目……田舎じゃ見慣れない、真っ赤な騎士服の色男と “ゼシカお嬢さん” の関係を勘繰っているんだろう。
 兄貴の方が、ずっと男前だと思うんだが。
「サーベルトさんを殺害した、犯人の行方は掴めたんですかな?」
「うん。見つけて、戦って――マイエラ修道院の聖堂騎士団に引き渡してきたから、もう、これ以上被害が出ることは無いわ。安心して」
 顔見知りらしい老若男女に囲まれて、応じるゼシカの歯切れはイマイチだ。
 まあ、アッシらも戦ったとはいえ、こうして全員がピンピンしていられるのはユリマの嬢ちゃんが加勢してくれたから。
 加えて、ずっと八つ裂きにしてやるって勢いで突っ走ってたのに、マルチェロに阻まれオディロの爺さんに諭されて、結局は処罰も全部マイエラの連中に任せてきた状態じゃ、仇を討てたという実感もあまり湧かないだろう。
「おお、とっ捕まえたんですか!?」
「兄上様も、きっと天国で喜んでますよ!」
「わっはっはっは、お嬢さんを守ってくれてありがとうよ。護衛ども!」
 アッシらを雇われ傭兵の類とでも勘違いしているのか、漁師っぽい風貌の男がバシバシと、人の背中を叩いてくる。痛えな。
 しかし誤解させておいたほうが説明の面倒も省けそうだと、兄貴も思ったのか苦笑いするだけだったんで、アッシも同じく黙っとくことにした。
 野次馬の中に宿屋の主人が混ざっていて、今夜のタダ飯と寝床を確保できたのはラッキーだったでがす。

 詳しい話を聞きたがる町の連中に囲まれちまって、30分近く足止めを食らい。
 ようやく港の待合室に戻って。

「いや、トロデーンへの定期便も昔はあったんですよ? しかし出没する魔物が強すぎて危ないから、無くなった訳でして――」
「モンスターが出たら私たちが退治するってば! この二人が強いってことは、あの巨大イカの件で知ってるでしょ? 戦える人間も、あのときより増えたし」
 アッシらを指差して、唇を尖らせるゼシカに対し、
「しかしですねえ、船体そのものを攻撃されたらお手上げでしょう? トロデーン近域で沈没しようものなら、潮の流れで沖合へ放り出されちまう。泳げても、避難用ボートに乗り込んでも無駄です……まず陸地にゃ戻れません」
「モンスターが近づいて来たら、こっちが先に攻撃すれば済む話でしょ?」
「あのイカみてぇに、堂々と通せんぼしやがる方が珍しいんですよ。上空や前後左右ならともかく、船底から突っ込んで来るものを、どうやって阻止します? 魔物が出なくたって、嵐に見舞われて難破する危険は常にある――海を甘く見ちゃいけません、ゼシカお嬢さん」
 責任者のオヤジは、やはりタジタジとなりながらも頑なに首を横に振った。
「そんなふうに危険だ危険だ言ってたら、南への定期便だって出せないじゃない」
「だからこそ海域に出没する生物を把握して、航海士は経験に基づいた天気の予測を立て、お客さんと積荷を安全に運べるよう最善を尽くすんですよ。お嬢さんに頼まれたからってハイ分かりましたと、どこへでも船を動かす訳にゃいきません」
「だったら、私たちだけで行くわよ。それなら道中でなにがあったって自己責任でしょ。風向きが悪くてもバギ使いがいるから、航路を外れる心配は無いし……一番小さな船で良いわ、貸してちょうだい」
「そういう問題じゃなくて、ですねえ――」
 鍋や掃除道具じゃねえんだ、そりゃ二つ返事で貸してもらえるわけがねえよなと、押し問答する両者を遠巻きに眺めていると、
「その娘が言うことを、聞く必要はありません。仕事に戻りなさい」
 唐突に、やや刺々しい女の声が割って入った。
 声の主を振り返ったゼシカとオヤジが、ぎょっとしつつ一歩後退る。
「お、お母さん!?」
「奥様……! いつ、こちらへ?」
「さっき着いたばかりです。サーベルトの喪も明けましたから――業務の方、任せ切りで悪かったわね。お疲れ様」
 港の職員たちに労いの笑みを向け、実の娘には冷ややかな一瞥をくれる。
 グラマラスな迫力美人が凄むと、なかなかに怖ぇ。さすがはゼシカのおふくろさんって感じだ。
「なにか好き勝手な要求をしていたようですけれど、その娘は、もうアルバート家の一員ではありません。しつこいようなら、力づくで追い出してしまいなさい」
「は? アルバート家の一員ではない、とは……?」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするオヤジに、おふくろさんは 「勘当しましたから」 と短く答え。
 当のゼシカは、今それを思い出したように目を丸くした。

 この娘っ子がリーザス村を飛び出す前に繰り広げられた、親子喧嘩を思い返す。
『今から私は、あなたをアルバート家の一員とは認めません。この家から出てお行きなさい』
 容赦なく言い放たれた台詞に、それでけっこうとばかりに背を向けたゼシカ――勘当って単語こそ出てなかった気がするが、どう客観的に見ても親に背いて勘当された家出娘だ。
 それがお嬢だからって、従業員に要望を呑ませるたぁ……筋が通らねえよな、うん。

「か、勘当ッ!?」
 すっとんきょうな声を上げるオヤジ、待合室に居合わせたその他従業員や客たちも、唖然とこっちに注目している。
「勘当されたことすら理解していないバカ娘に、あなたたちが振り回される必要は無いわ。報せていなくてごめんなさいね――まさか、こんなところで領民に、無理難題を押し付けているとは思わなくて」
 おふくろさんは、溜息混じりに呟いた。
「あまり、家の恥を広めたくもなかったのだけれど」
「あ、いや、しかし奥様……! お嬢さんはご立派に、サーベルト坊ちゃんの仇を討たれたようで」
 しばらく硬直していたオヤジだが我に返るなり、あわあわと両者を取り成し始める。
「なにがあったかは存じませんが、勘当だなんて、そんな寂しいこと仰らずに……」
「仇を? この子が?」
 息子を殺した野郎がとっちめられたと聞いて喜ぶかと思いきや、おふくろさんは無表情になり、次いで鼻で笑った。
「サーベルトほどの手錬が敵わなかった相手に、多少攻撃魔法を齧った程度のこの子が勝てるわけがないわ。噂どおり殺人犯が捕まったのだとすれば、それは聖堂騎士団かどなたかが打ち負かしたのであって、ゼシカは、その場に居合わせた程度でしょう」
 おお、すげえ。ほとんど当たってる。
「そもそも殺人犯は捕縛されたなら、強引に船を出させて――トロデーンへ? これ以上、なにをしようと言うの」
「それは、その……」
 ちゃんと目的はあるんだが、杖の呪いだなんだを一口に説明するのは難しい。
 ゼシカが口ごもったのを、物見遊山の為だとでも解釈したのか、おふくろさんは突き放した口調で言う。
「なんにせよ港も船も、あなたの玩具ではありません。大勢の生活を支える、ポルトリンクにおける産業の要です。個人で貸し切りたいのなら、予定航路、日数、嵐や魔物の襲撃に見舞われた場合の補償金を提示した上で正規の料金を支払いなさい」
 それきり、ゼシカを放ってオヤジに話しかける。
「経理部の方は、今どちらに? こちらの都合で遅れさせてしまっていた、定期報告を受けたいのだけれど――事務室を訪ねたら、誰もいなくて」
「いやいや、そんな。喪に服されていた訳ですから! ビリーは、ちょいと昼飯を食いに出てるんですが、報告書はまとめてあるはずなんで、事務員に聞いてみましょう」
 オヤジは焦ったように、傍らの女職員を促す。
「アンナ、奥様をご案内してくれ」
「は、はい」
 おふくろさんは、アンナって呼ばれた女と二人して 【従業員以外立ち入り禁止】 という札の掛かった扉から出て行った。

 しーんと静まり返った待合室に、焦ったオヤジの弁明だけが響く。

「え、ええと……すいません、ゼシカお嬢さん。べつに奥様に言われたからって訳じゃなく、本当に、トロデーン周辺海域は危なくてですね! あと、業務を取り仕切ってたサーベルト様が亡くなって、事務方もバタついてるもんで運航に余裕も無くて……予備の船とはいえ貸し出せる状態じゃあ……」
 聞いているのかいないのか、真っ赤になった顔をうつむかせ、握りこぶしを固めてプルプル震えていたゼシカは、
「とにかく、なにが原因でケンカなさったのか存じませんが、早く仲直りなさった方が――ああっ、お嬢さん!?」
 オヤジやアッシらが呼び止める間もなく、バタバタバターンッ!! と大きな音を立て待合室から外へ飛び出して行っちまった。


 行き違いを防ぐ為にも、この辺の地理に疎いククールは、ユリマの嬢ちゃんと一緒に町の入り口で待たせておき。
 アッシは兄貴にお供して、ゼシカを探しに外へ出た。

「ちょっと頭を冷やしたいって、近くの海辺にいたよ」

 いつものように馬姫様と二人、郊外の木陰で待機していたおっさんが、走り去っていくゼシカを目撃してたんで、捜索対象はあっさり見つかった。
「船を借りるのは無理そう、ごめんねって謝られた。もう少し海を眺めていたい――夕方には戻るって」
 おふくろさんにバッサリ切られて悔しかったのか悲しいのか、故人との思い出に浸ってるのか知らないが、とにかくベソかいた顔を見られたくないんだろう。
 またどこで出くわすか分からない母親や、顔見知りの面々、あと初対面から反発しているククール辺りにも。
「ゼシカが勘当されたことは知ってたのに……頭から抜けてた。簡単に頼んじゃって、悪かったな」
 やれやれと一息つきながら、残る全員で馬車を囲み、立ち話。
「豪快に啖呵切って家出したってのに、特権階級意識を振りかざしたゼシカちゃんの自業自得だろ。おまえが気に病むことじゃねーよ」
 かつてアルバート家で起きたゴタゴタをおおまかに聞かされたククールが、兄貴を擁護しつつ、辛口の評価をする――女に対しちゃ無条件に甘いのかと思っていたが、そうでもないようだ。
 この場に本人がいたら、メラ一発じゃ済まなかったろうな……火に油、たぶん火事が起きてるぞ。
「ふうむ。しかし吊り橋は使えん、砂漠へ続く道は崖崩れで封鎖、船を調達する手立ても無いとなると――復旧を手伝いつつ待つか、有り金はたいて船を借りるしかないが」
 御者台の上で腕組みしたおっさんが、口をへの字に曲げ。
「どんな小型船でも、借りれば路銀は吹っ飛ぶ。杖を封印の間に戻すだけで解決すれば良いが、それで終わらんかった場合を考えると……心許ないのう」
「うーん。それじゃ一度、トラペッタまで戻ってみませんか? ルーラで行けるようになれば、橋復旧の報せがあった時点ですぐにトロデーンへ向かえますし。あと父に、ダメ元で、なにか他の手段が無いか占ってもらうのはどうでしょう?」
 ユリマの嬢ちゃんが、遠慮がちに提案すると。
「ルイネロさんに? そうか、そうだね――」
 兄貴の表情が、少し明るくなり。
「ポルトリンクには、いつでもすぐ引き返せる訳じゃしの。船を借りるか決めるのは、それからでも遅くないか……」
 ふむふむと頷いたおっさんは、ポルトリンクで一泊した後、トラペッタを目指すと決めた。
「今夜は、ゆっくり休んでおけ。ああ、しかしゼシカが日暮れまでに戻らん場合は、もう一度迎えに行ってやるんじゃぞ、エイトよ」
「はい」
 今後の方針は決まって、宿屋に移り。
 さすがにいつもの元気は無かったが、ゼシカも晩飯前には戻って来ていて一安心。
 アッシは、再びの長旅に備え、美味い海鮮料理をモリモリ食って寝た。

 翌朝、ククールに、鼾が煩いと文句を言われた。
 あてつけみてぇに耳栓しといて、まだ煩いって……どんだけ神経質なんでがすか、この兄ちゃん?



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勘当された自覚ないだろ、と思いましたオセアーノン退治前の港職員とゼシカのやり取り。ゼシカの性格ってククール好みだとは思うんですが、ナチュラルに染み付いた特権階級意識はやっぱり鼻につくと思われます。