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† 無法地帯 (2) †


「あ、ねえ。占いの館だって――この町って、いろんな店があるのね」
 酒場へ引き返す途中の道で、小さな家の前に、ちょっと気になる看板を見つけて立ち止まる。
〔占い師デビュー・サービス期間中、今なら無料で占います!!〕
 ですって。
 新人さんのお店ってことね?
「そういえば、お父さん以外の占い師さんって見たことないかも……」
 隣でユリマも、興味深そうに呟く。
「ちょっと入ってみない? どうせ通り道なんだし、まだ夕食には早いでしょ」
「オレ、占いには興味ないんだよなー。今のうちにマイエラで報告を済ませてくるよ」
 肩を竦めたククールに、エイトが声を弾ませる。
「あ、じゃあ僕も一緒に行っていい? 確か前に、書庫にたくさん本があるって言ってたでしょ? 錬金レシピ、探したいんだけど」
「ああ、いいぜ」
「じゃあ、ヤンガス。二人のこと頼むね?」
「がってん承知でがす! メシの調達も済ませて、お帰りをお待ちしてるでげす」
 そんなふうに話をまとめて、エイトたちはルーラで飛んで行った――男の子って、占いの類は好きじゃないのかしら? まあ、オディロさんと法皇様が顔を合わせる機会がいつ来るか分からないんだから、急いで報告しておくに越したことないわよね。
「あと、カジノも行ってみたい!」
 この際だからとヤンガスにリクエストしてみる。実家で暮らしていた頃じゃ、絶対に母さんが許可しなかったもの。
 人数は減っちゃったけど、ここにパルミドに詳しいボディーガードがいるんだし。多少治安が悪くたって、日が暮れる前に宿に入れば平気よね?
 うーん、自由って素敵!
「あー、じゃあ、メシを頼んで、待ってる間に軽くカジノで遊ぶでがすか」
 ヤンガスが頷いてくれて、まず私たちは占いの館に入ってみた。

「マクラ、カマクラ、キタマクラ〜!」

 …………。
 謎の呪文を唱える、ルイネロさんと違って霊的なパワーを微塵も発してない女性による、占いの結果は――毒にも薬にもならないっていうか、気休め? なんとも言えない感じで。
 まあ無料だし、最初は誰だってこんなものなのかな、と微妙な気分のまま、お守りやパワーストーンなんかの雑貨が陳列されている棚をひやかしていると、
「あ、お父さんが書いた本だ」
 ユリマが嬉しそうな声を上げた。
「へえ〜、あの人、本なんて出してたの?」
 横から覗き込んでみる。小さな本棚にある、それはどうやら売り物じゃなくて占い師さんの私物みたい。
「まだ若い頃にだけどね。熱心な本屋さんから話が来て、透視能力の高め方とか、占いで助かった人の体験談とか、あれこれまとめて出版したんだって」
「待合室を作っちゃうくらい流行ってたんだもん、きっと占い師を目指してる人や占い好きな人には、かなり売れたんでしょうね」
 ユリマの実家のダイニング、かなり広かったのよねー。ひょっとしたらウチと同じくらいあったかも?
「うん、だけど生活が荒れて評判が落ちた後は、本の信憑性も認められなくなっちゃって、もう絶版になってるんだけど……」
「わざと、ただのガラス玉で占ってたうえに、ヤル気も無くしちゃってたんでしょ? ルイネロさんって。もう復活したんだから、今度は逆に、本の価値が跳ね上がったりして」
「なんですって!?」
 私たちの雑談を掻き消すように、バンッと凄い音がして。
「占い師ルイネロが復活したって――ただのガラス玉で占ってたって――本当なの!?」
 びっくりして振り返ると、さっきまでは自信無さげというか頼りなさそうというか、とにかくおとなしい感じだった占い師さんが、テーブルに両手をついて身を乗り出していた。
「は、はい」
「それ、いつの話!?」
 瞳をキラキラさせている占い師さんに、ユリマは、目を白黒させながら答える。
「つ、つい最近……まだ一ヶ月も経ってないですけど……」
「こうしちゃいられないわっ!」
 紅潮した頬。はしゃいだ声。さっきまでとは別人みたいに、ウキウキした空気を撒き散らして。
「私が占い師を志して活動を始めたタイミングで、ルイネロ様が復活なさるなんて――運命だわ!」
 占い師さんは、くるりと身を翻すと、奥のタンスの中身をひっくり返し始めた。

 なんだかジャマになりそうだし、もう用も無いしと外に出て、だけどなにがどうしたのか気になって、しばらく様子を窺っていると。

 どんどんカシャカシャばたばたズッテン!
 ぎゅうぎゅうパリーン!
 ごしごしガサガサ。
 
 不可解な物音が続いた後、引っ越しでもする気かしらってくらい大荷物を背負った占い師さんは、呆気に取られている私たちに気づく様子もなく、軽やかに走り去っていった。
 静けさが戻った後、占いの館の扉は硬く閉ざされ、張り紙がしてあって。

〔修行の旅に出てきます。ご用の方はトラペッタ、占い師・ルイネロ邸へ〕

「ひょっとしなくても、ルイネロさんに弟子入りする気かしら? あの人」
「そんな感じ、するね……お父さん、気難しいところあるけど、だいじょうぶかなぁ?」
 気にはなったけど、私たちが気にしてどうなることでもないから放っておくことにした。

 そんなこんなで、今度はカジノへ向かう途中。

「おやまあ、ヤンちゃん? 帰ってたのかい。ずいぶん可愛らしいお嬢さんたちを連れて――もう、そんな大きな娘さんがいるような歳になったのかい!? あたしも足腰が弱ってくるはずだねえ」
 立ち寄った惣菜屋さんでは、店番のおばあちゃんに、よりにもよってヤンガスの子供だと勘違いされた。
「いやいやいや。この娘っ子たちは、アッシの兄貴の連れなんだ! 娘どころが、嫁さんもまだもらってねえよ……」
 そこまで年齢差があるわけじゃないから、さすがのヤンガスもショックだったみたいで、全力で否定しながら用件を切り出す。
「と、とにかく今晩は泊まりなんで、弁当頼むな。十人――いや、ええと、八人分」
「まあ! そんなにお友達がいるのかい? にぎやかそうで良いねえ」
 うーん、正確には七人しかいないんだけど。
 ちょっと多いのは、ダイエットする気になっても、まだ普通の量じゃ足りないヤンガスの分だ。これでも前より、だいぶ自主的に減らしてるんだけどね。
「どれくらい経ってから、取りに来りゃあいい?」
「そうだねえ、数が多いから、1時間ぐらい見てくれると落ち着いて作れるねえ」
「1時間か……まあ、ちょうど良いかもな」
 店先に並んだお皿の上、美味しそうなオカズの数々から、必死に目を逸らしつつ頷いたヤンガスは 「じゃ、時間までカジノで気分転換でがすよ」 と、私たちを手招いた。

×××××


 ――キィ、と音を立て、酒場の扉が開いて。

(お父様かしら……?)

 振り向いてみたら、緑色のローブ姿で黄土色の頭巾をかぶった、頬の赤い男性が、ふらふらした足取りで外へ出てくるところでした。
「んあ? なんでい? こんなところに、馬――」
 飼い主はどこだろうと訝しんでいらっしゃるのか、きょろきょろ辺りを見渡すと、不意に相好を崩して。
「おい、おまえ、ちょっとこっちに来いよ」
(な、なんでしょう??)
 馬の姿になってから、知らないに人に引っ張られることなんて無かったからビックリして、思わず嘶いてしまうと、
「しーっ、静かにしろ! こんなところで騒いだら……! ほら、ご近所さんに迷惑だろう? ここは酒場と宿屋のどまん前なんだからよ」
 焦ったように、しーっ、しーっと繰り返す。
(あら? もしかして――ここって馬車を停めていてはいけない場所だったのかしら?)
 確かに出入り口だし、ペットを連れて来たらいけない飲食店が大半でしょうし、動物嫌いなお客さんだってお越しになるかも……それは申し訳なかったですわ。
 初めて訪れる町なんですもの、従業員の方にお尋ねしてから待たせてもらえば良かったですね。
 反省しつつ静かにすると、
「おうおう、俺の言ってることが分かるのかい? 賢いねえ〜、よし、じゃあ付いて来な。店のジャマにならないところに連れて行ってやるからよ」
 男性は満足げに、わたしのタテガミを撫でてくださいました。
 あまりにもお酒臭くて、ちょっと触られるのは嫌だな、と思ってしまったけれど、馬車の位置を咎めるということは酒場の従業員さんなんでしょうから、衣服にお酒の匂いが染み付いていても仕方ないですわよね。

 きっと忙しくて、早く戻らなくてはいけないんでしょう。ふらつきながらも走る男性に手綱を引かれながら、
(魔物の姿になっているお父様のことも受け入れてくださる、素敵なお店なんだもの。きっと中はお客様で満席なのね)
 大通りに出て、左折して、次は右折して――どんどん進んでいく途中にも、教会や、小さな家が立ち並んでいるのが見えます。

 左側にある高い壁は町の外壁でしょうか? 町の端っこに向かっているのかしら? なんて考えていたら、男性は、黄色いテントの向かい側、ドアの前で立ち止まりました。
 頭上では、洗濯物が揺れています。
 そうしてコン、ココン、ココココンと、まるで楽器を奏でるようにリズミカルなノックをなさいました。すると扉が開いて、
「なんだ、キントか。珍しいな。大物かい?」
「ああ、ちょっとこいつを見てくれよ」
「へぇ……こりゃまた随分と立派な馬だな。どこぞの王宮で飼われていてもおかしくないぜ」
「へへっ、だろ?」
「で、どうだい? いくらで買ってくれる?」
「そうだな――1000Gで、どうだ?」
「うっひょう、さすがは闇商人! 目が利くなぁ〜」
「おい! 外に聞こえるだろうが、気を付けろ」
「あ、ああ、そうだったな。すまねえすまねえ、そんな大金、久しぶりなもんでよ」
「ほらよ」
 男性は、扉の中の人と会話なさっているようです。ここが動物の預かり所なのかしら?
 でも、預かるのに1000Gって、それは後でお父様が請求されてしまうのでしょうか? ずいぶん高額な気がしますけれど……わたしが世間知らずなだけ? この町では、それくらいが普通なのかしら?
 それに知らない単語も飛び交っています。やみしょうにんって、なんでしょう?
 わたしが首をかしげている間に、キントというお名前だったらしい酒場の従業員さんは、さっきまでは持っていなかった袋を手に、元来た道を引き返して行ってしまわれました。

「しかし、さすがにウチがなんでも扱うったって飼葉は置いてねぇんだよなあ――さっさと買い手が付けば良いんだが」
 かいてがつく?
 飼い主が迎えに来るって意味かしら?
「とりあえず、ほれ。水でも飲んでな」
(まあ、ありがとうございます!)
 ちょうど喉が渇いていたところだったので、ありがたくバケツに汲んでもらったお水をいただきました。自然に囲まれた町の水は、とっても美味しいですね……あら、外から足音? 誰か来たようです。

「おや、珍しいな。馬か?」
「ああ、さっきキントが売りに来てな。どうだい? ひとつ」

 う、うりにきた?
 ……売りに来た?
(あら? あらら? もしかして、もしかしなくても――わたし、キントさんに誘拐されて――今から、ここで売られてしまうの!?)
 ど、どうしましょう? どうしましょう!
 子供の頃から絶対に知らない人に付いて行ってはいけませんと言われていたのに!
 だってだって、トロデーン王女という立場のミーティアならまだしも、ただのお馬さんを誘拐する人がいるだなんて思わなかったんだもの!
 ああ、酒場の前で引っ張られたとき、少しは疑って抵抗していたら!
 で、でも……お馬さんのミーティアが暴れて蹴飛ばしたりしたら、骨折してしまったり、運が悪ければ命を奪ってしまっていたかもしれないし……そんなふうに後悔している間にも、男性二人は、わたしを指して会話を続けています。
「最上級に良い馬じゃねえか。こいつぁ掘り出しモンだ。5000Gでどうだ?」
「よし、売った!」
 えええええっ!?
 町の中にいればまだ、わたしがいなくなったことに気づいて皆が探しに来てくれるだろうけど、どこか遠くへ連れて行かれてしまったら、一生、帰れないかもしれない!?
 とととと、とにかく、せめてここに居させてもらわなきゃ!
「おい、どうした?」
「こら、こっちに来いって――!」
 わたしを買いたいという男性に手綱を引っ張られるけれど、脚を踏ん張って抵抗しました。相手に怪我をさせないように、だけどその場から一歩も動かないように。
 こういうとき、外見だけじゃない、ちゃんとしたお馬さんのパワーがあって良かったなと思います。
 男性は、わたしを連れて行くことを諦めてくれたみたいで、
「いや〜、いくら質の良い馬でも、こうも人間に反抗的じゃ使えねえよ。やっぱり止めとくわ」
「そ、そうかい? 残念だ……」
 元々の買い物予定だったという特やくそうを購入すると、お店を後にされました。

 ああ、びっくりした――だけど、問題はひとつも解決していません。
 このままじゃ、お父様は心配するだろうし、エイトたちにも余計な苦労をかけてしまいます。なんとかして、暴れる以外の方法で、皆に見つけてもらえる工夫をしなくちゃ……。



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酔いどれキントに馬パワー持ちの姫様を力づくで連れ去ることは出来ないと個人的には思うので、世間知らず姫様が善意の勘違いでおとなしく付いていった感じに。あと、ちょっぴりパルミド観光。腕の良い占い師だったのに、ユリマちゃんのことで華の無い人生送ってきたルイネロさんには、自分に憧れてくれるお若い弟子さんぐらい現れても良いんじゃないかと。