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† 呪われしゲルダ (2) †


「なにを言い出すかと思えば、ふざけやがって……!!」
 倒れたヤンガスさんの前に仁王立ちしている、ゲルダさんの顔が、ちゃんとした肌色に変わったと思ったら、またすぐ青くなったり、元に戻ったり。
「行き遅れの三十路女なら、宝石ちらつかせりゃ言うこと聞くとでも思ったのかい!? ビーナスの涙ぁ? 今更なんのつもりだ、舐めんじゃないよ! この妻子持ちのチビデブ男!」
 げしげし。
 どげし、げしげし。
 ひっくり返って気絶しているヤンガスさんのおなかを踏みつけて、ブーツの踵でグリグリしたり蹴ったり。
 さっきグーパンチを放った右手は握りこぶしのまま、ぶるぶる震えている。
 杖を持ったままの左手も、やっぱり同じように震えていて――そこから紫色の霧が渦巻いたり、消えたり。植物の蔓みたいな物が伸びかけて、引っ込んだり。
 さっきまでの血管が浮き上がった青い顔も不気味だったけど、今は今で、鬼の形相っていうか……怖い。
 なにか怒ってるみたいだけど、ビーナスの涙を欲しがってたって言うのは勘違いだったの?
「あー、たぶん、だいたい分かった。ヤンガスが、あの女に会いに行くのをやたら渋ってた理由」
 ククールさんが呆れた調子で呟いたけど、どういう意味だろう?
「外見年齢であれくらいなら、実際はヤンガスと同じか、もうちょい上か? ちょっかい出したら面倒な年頃の女相手に、なにやったんだか――」
「え、えっと、あれ……正気に戻ってくれたと思っていいのかな?」
「杖は持ったままだし、変なの出てるし、顔色もころころ変わるし――そもそもヤンガスを助けなきゃなんだろうけど、攻撃しにくい雰囲気っていうか、ねえ?」
 エイトさんとゼシカは取るべき行動を決めかねているみたいで、困り顔を見合わせている。

 誰もとっさに、その場から動けずにいる中で、シュッと走る人影があった。
「!!」
 瞬時に間合いを詰めたギャリングさんが、ひたすらヤンガスさんを罵倒し続けていたゲルダさんの手首を蹴り上げて、
「あうっ!?」
 彼女の手から離れた杖が、くるくると宙に投げ出される間に、突き飛ばされたゲルダさんは壁に叩き付けられて、うつ伏せにドサッと倒れ込んだ。
 ……あ。
 ボーッとしてる場合じゃないんだった、今だ!

「 “マホカトール” !!」

 チャンスが来たら即撃てるよう準備だけはしていたから、五芒星の魔方陣は、ちゃんと杖に命中してくれて――すかさず杖を掴んだエイトさんが、倒れたゲルダさんを警戒しつつ飛び離れる。
「な、なんとかなった……?」
 大きく溜息をついた彼と入れ替わり、おそるおそるゲルダさんに近づいていくゼシカ。
「気絶してるだけ、みたいね。ヤンガスは?」
「こっちも伸びちまってるだけだ。つくづく頑丈だよな、こいつ」
 回復魔法をかけながら、ククールさんは肩をすくめた。
「パパぁ!!」
「父さん!」
「がっはっはっは! 少々苦戦したが、必ず最後に正義は勝ぁつ!!」
 駆け寄っていった女の子たちを両腕でがしっと抱えて、ギャリングさんは豪快に笑った。
 しばらくそうして良かった助かったと笑い合っていたけど、
「ちょっとあんた、いつまで寝てんの! 早くパパやお兄ちゃんの怪我を治してよ!」
 僧侶らしい男性をゆさゆさ揺さぶって起こそうとする彼女を、苦笑いしつつ止めに入る少年。
「まあまあ、待てユッケ。そいつも怪我人だ、手荒に扱っちゃかわいそうだろ」
「ああ、そうだった――そこの聖堂騎士団員殿? お手数かけるが、そこで倒れとる僧侶を動けるようにしてやってくれんかね? ワシは腕力なら自信あるが、回復魔法は使えなくてな」
「ああ、分かった」
 応じて治療を始めたククールさんを横目に立ち上がった、ユッケさんが、はっと辺りを見渡す。
「あ、あと縄か何か持ってこなきゃ! その危ない女、早く縛って牢屋に閉じ込めないと、 またいつ目を覚まして暴れだすか分かんないよ!?」
「ま、待ってくれ! ゲルダ様は操られてただけなんだ! もう杖を手放したんだから正気に戻ってるはずだべ……オラが責任持って連れて帰るから、牢屋は勘弁してくれよお」
 ゲルダさんを庇うように飛び出して、訴えるファルマさんに少女は白い眼を向けた。
「なに、ふざけたこと言ってんの? 操られただか何だか知らないけど、あたしたちは酷い目に遭ったし、この女に切り刻まれた部屋の中もボロボロじゃん! 物陰に隠れてて戦ってもないくせに、こいつが起きた途端また暴れだしたら、どう責任取ってくれるのさ!?」
「ううっ、いや、それは、でも」
「こらこらこら、ユッケ」
 腰に手を当ててファルマさんに詰め寄る少女の後頭部を、ギャリングさんが軽く小突いて。
「暗黒神ラプソーン絡みなら、当事者はワシで、この人たちは巻き込まれた側だ。招いちゃいないが客人だな。丁重にもてなさねばならんのだから、そう怒るな」
「え、どういうこと?」
 不思議そうなユッケさんと、同じく物問いたげな少年を見比べて、ギャリングさんは頭を掻いた。
「うーむ。おまえたちが “儀式” に挑む時にでも話そうと思っとったんだがな――まあ今日は疲れたし、さっさと寝よう。また明日な」
 そうこうしていると階下から複数の足音が聞こえてきて、
「あ、あの。ギャリング様……?」
 使用人らしい人たちが、おそるおそる顔を覗かせた。戦ってる物音がしなくなったから様子を見に来たんだろう。
「おお、無事だったか? おまえたち」
 ギャリングさんがニカッと笑いかけ、少年は心配そうに問いかける。
「1階に怪我人は? 被害は?」
「い、いえ。戦える者は全員、2階へ駆けつけて行きましたから――」
「そうか。なら、これさえ塞げば、後片付けは明日以降でかまわんな」
 窓ガラスごと吹っ飛ばされたらしい夜景がよく見える壁の穴を眺めつつ、うんうんと頷いたギャリングさんが、指示を出す。
「侵入者退治にご協力いただいた、この方々をお泊めする。女性二人に男性四人、あと別室ひとつ要るな……夜中に済まんが、客室を3つ整えておくれ」
「は、はい」
 ホッと表情を綻ばせたメイドさんたちは、パタパタと走り出した。
「ま、そういう訳でだ。こちらとしても、おまえさん方に聞きたいこともあるし、今夜はウチに泊まって行っとくれ。そのおなごには念の為、監視を付けさせてもらうがな」
「お、オラ、ゲルダ様が目ぇ覚ますまで、傍に付いてたいだ!」
「ん、そうか? まあ、意識が戻ったとき知ってる顔がいた方が良いかもな。じゃあ、あんたと、ウチの者二人が様子見に付いとくってことで」
 必死な顔で挙手したファルマさんの訴えを、あっさり聞き入れて、
「お嬢ちゃんたちで1部屋、残りの男どもで、もう1部屋――」
 部屋割りを教えてくれていたギャリングさんが、急に目を丸くして呟いた。

「……エル?」

 皆なんのことか分からなかったみたいで、数秒、変な沈黙が流れる。
「? エルって、なに?」
 私たちの疑問を代表するように、ユッケさんが小首をかしげると、ギャリングさんは我に返ったように頭を振った。
「ん? ああ、いやいやスマン、なんでもねえ――とにかく話は明日だ。ワシは、ここ塞いだら寝るから、怪我ぁ治してもらった者からさっさと休むんだぞー」
 ククールさんと、彼に回復してもらった僧侶さん、それからホイミ系呪文の心得もあるエイトさんが、負傷者を手分けして治療して。
 ギャリングさんは、どこからか担いできた木材を軽々と持ち上げて、釘と金槌でドンドンカンカンあっという間に穴を塞ぐと、ベッドに寝転がって鼾をかき始めた。
 鼻から下やアゴ周りが、ずいぶん立派なフサフサしたヒゲに覆われているけど、あれって自分でくすぐったくなったりしないのかなぁ?
「相変わらず父さんは、おやすみ三秒だな……」
「あんな目に遭った後なのに、よく眠れるよね」
 呆れ顔を見合わせ苦笑したユッケさんたちが、私たちに向き直って。
「いくら父でも正直、あのままでは危なかっただろうと思う――助太刀、感謝するよ」
「よく分かんないけどパパがお客だって言うんだから、あなたたちはお客様だよ。今夜は、ゆっくり眠って。なにか足りない物があったらメイドたちに言ってね。おやすみ」
 ひらひら手を振りつつ就寝の挨拶を残すと、二人して喉が渇いたとボヤきながら階段を降りて行ってしまった。

 私とゼシカは、メイドさんに案内してもらった部屋のベッドに寝転がって。
 さすが立派なお屋敷の寝具はサラサラふかふかだなぁ、なんて思いながら、どうにか間に合って良かったね〜と今日の出来事を話しているうちに、いつの間にか眠ってしまった。


 ……翌日。

 寝坊しちゃった私たちが、すっかりお昼近くになって起き出すと、エイトさんたちはもう身支度を済ませて。
 街の外で心配していた陛下たちも、ギャリングさんの厚意で、お屋敷の軒下へ招き入れてもらっていて。
 ゲルダさんの一撃で気絶していたヤンガスさんは、もう元気いっぱいだった。
 だけど彼女は昏睡状態のまま――身体にこれといった異常は見られないから、自然に目覚めるのを待つしかないというのがククールさんの見立てだった。

 早く船で待ってるローディさんに、ゲルダさんが無事なこと教えてあげたいし。
 今すぐにでもトロデーンの封印の間へ、杖を戻しに行きたいし。
 姫様が聞いた 『信者どもを復活』 という言葉の意味、ゲルダさんが覚えているものなら聞きたいし。
 闇の遺跡って呼ばれる神殿の中になにがあるのかも気になるけど、外は生憎の土砂降りだった。

 ククールさんがいるから風向きを操作可能、とはいえ、やっぱり雨だと船旅の危険がグッと増す。
 加えて、ゲルダさんの意識が戻らなきゃ、やっぱり杖の影響が残ってないか断言出来なくて心配だ。
 マホカトールを使っただけの私と違って、戦った後も怪我人の治療に当たったエイトさんたちは、一晩休んでも、まだ疲れが抜け切っていないみたいだし……そんなこんなで今日は休養する、と決まり。
 私たちは、さっき昼食をいただきながら事情説明を終えて。そのままギャリング邸のリビングで、雑談も交えながら、のんびりさせてもらっている。

「あれ? そういえば――」
「どうした? 嬢ちゃん」
 お茶を飲みながら、ふと思い出したようにゼシカが訊ねた。
「ご自分が七賢者の末裔で、血が絶えれば暗黒神が復活してしまうということはご存知だったんですよね?」
「ああ。家督を継ぐ時、言い聞かされたからな。血を絶やすなってよ」
「だったら、その……どうしてお子さんが二人とも養子なんですか? 封印の為に子供を、というのも順番が逆だろうとは思うんですけれど、世界の存亡がかかっているわけですし……」
 マスターの話をしたときも、同じこと気にしてたなと思い出す。だけど確かに、どうしてだろう?
 そもそも末裔の自覚が無かったオディロさん、血筋による封印云々までは伝わってなかったマスターやゼシカの家と違って、ここの一族は “竜骨の迷宮” という場所に、はっきりしたご先祖様の言葉が残されてるって言うし。
 ただ七賢者の中では戦い担当、封印の手段なんかにはノータッチな人だったらしくて、暗黒神や呪いをどうにかする方法は知らないって謝られちゃったんだけど。
「あ! ひょっとして奥さんに先立たれた――とか? す、すみません!」
「いやいや、違うぞ。単になあ。運命の赤い糸ってヤツにこだわり続けていたら、こんな歳になっちまっただけなんだ」
 がっはっは、と豪快に笑うギャリングさんの左右で、フォーグさんが肩を竦めて、
「理想が高すぎるんだよな、父さんは。包容力も財力もあるがガサツで、お世辞にも女性にモテる容姿や性格じゃないのに……」
「あたしたちのママ候補、一時期募集しまくってたけど、ピンと来る人がいないからって全部断っちゃってさー」
 ユッケさんも呆れたように笑って。
「けっこうな美人さんも、そこそこ若い人も、それなりに性格良かった人でも納得しないって、どんな女神様ならいいんだかねー」
「なにを言う! ワシは、べつに容姿や若さに拘っとるんじゃないぞ。この女の為なら全てを投げ打っても、と思えるくらい心ときめく相手を探し求めとるだけだ!」
 子供みたいに口を尖らせて、ふんぞり返るギャリングさん。そういえば今いくつなんだろう?
 お父さんよりは歳上に見えるかな? オディロさんほど、おじいちゃんでもなさそうだし――60歳は越えてなさそう。50代後半? そんなとこかな?
「昔なあ。仲良かった……幼馴染っていうか、まあ、弟分だな。そいつが、えらい別嬪さんと恋に落ちてよお。身分から種族から何まで障害だらけだわ、相手の親父さんには反対されるわ、それでも諦めずに頑張ってた」
 懐かしそうに目を細めて、溜息混じりに。
「それまでは適当に見合い結婚でもする気だったんだが、なんか、年甲斐もなく二人の熱さに憧れちまってよ――いったい今頃、どこで何やってんだかな。エルトリオの野郎とウィニアちゃんは――」
 ジジッ!?
 語るギャリングさんを遮るように、唐突に、げっ歯類の鳴き声がした。
「ど、どうしたのトーポ? 昨日の戦闘で、ポケットに穴開いちゃった?」
 見ればエイトさんの足元に落っこちている、小さな生き物。
「そういや、おまえの上着、ゲルダに切り裂かれてなかったか?」
「うん。破れたところは直したつもりだったんだけど……おかしいな、ポケットは普段どおりだ」
 エイトさんが連れ歩いている、ネズミのトーポちゃんだ。
「おまえさんのペットかい、そいつ? 珍しい外見だな。ハムスターにゃ見えないし、なんかのモンスターの子供か?」
「いえ。子供どころか、10年以上は生きてるはずで。ネズミなのか、なんなのか――種族はちょっと、分からないですけど」
 そう。かなりおじいちゃんらしくて、普段はポケットの中で、うとうと眠ってばかり。ごはんをもらうとき以外は滅多に顔を出さないから、私たちは、あんまり接する機会も無いけど、見た目はとっても可愛いんだ。
 トーポちゃんがもっと元気なら、なでたり構ったりしたいんだけどな。
「飼い主なのに知らねえのか?」
「はは、どうも僕、頭を打つかなにかしたみたいで、子供の頃の記憶が途中からしか無いんです。気が付いたときにはもう、こいつ、当たり前みたいにポケットの中にいたから……」
「へえ」
 相槌を打ったギャリングさんは、じろりと、エイトさんのズボンを伝ってポケットへとよじ登っていくトーポちゃんを見つめた。
「あ、だけどモンスターに分類されるんだとは思います。まだ僕が小さい頃、おつかいの途中で魔物に襲われたとき、火を吹いて助けてくれたりしたから――最近はすっかり弱っちゃって、それも無くなりましたけど」
「10年以上生きてて、火ぃ吹いてチビ助を守ろうとする、モヒカンネズミねぇ……」
 視線を感じたのか、そっちを向いたトーポちゃんは、硬直したように動かなくなって。
「ちょっとちょっとパパ、トーポちゃん怯えてるじゃない? ただでさえ顔が怖いんだから、じろじろ見ないであげなよ」
「ん? ああ、そうだな。今は杖の問題が先か」
 ユッケさんに窘められたギャリングさんが顔を背けると、ホッとしたように定位置のポケットに潜り込んだ。



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そんなこんなでギャリング一家は今日も元気です。サザンビーク王子にとってギャリング一族は、リゾート地の名士か領主ってところだろうから、顔なじみかと。エルトリオさんは、生きてれば40歳そこそこくらいですかねー。
そんでもって思いがけず娘夫婦の名前を出されて、うっかり動揺するグルーノ爺ちゃん。すでにご乱心竜神王の影響で弱り始めているという裏設定。