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† サザンビーク滅亡 †


 ――結局もう一晩、ギャリングの屋敷に泊まって。

 いつゲルダが目を覚ますかサッパリ分からねえし、鬱陶しい雨も上がった。
 これからトロデーンを目指すにしろ、魔法の鏡の件を調べにサザンビークへ向かうにしろ、いっぺん船に戻ってローディの野郎に状況を教えとこうって話がまとまり。
 そろそろ出発しようかってアッシらを見送りに出てきたギャリングたちのところへ、
「ギャリング様ー!! たっ、大変です!」
「なんだ、どうした?」
「さささ、サザンビークが石に……!!」
「は?」
「城が、街も人も動植物も、とにかく全部――石になっちまってます!」

 血相変えて走ってきた男は、爆弾発言を落とした。

 笑いながら 「嘘だぁ」 とか 「白昼夢でも見たんじゃないか? 昨晩お客人に便乗して、だいぶ呑んでいただろう」 なんて肩を竦めているユッケやフォーグたちと違って、
「あんたら全員、サザンビークには行ったこと無いって話だったな?」
「は、はい」
 険しい目つきになったギャリングの質問に、青褪めた顔の兄貴が頷き。
「現場を知らないヤツが多すぎると、事故が起きやすいんだったよな、ルーラは?」
 異常を報せに来た男は、ぶんぶんと頭を激しく縦に振る。
「コイツが真っ昼間から冗談を言うとも思えんが、事実なら事実で、あんたたちみたいに何が起きたか話せる人間も残っとるかもしれんからな。ちょいと見てくる。20分ばかし出発を延ばしてもらえんか?」
「……分かりました。お願いします」

 そうして待ってる間、フォーグたちが言うことにゃ、アッシらが次の目的地を決めかねてるって話したことで、ギャリングが、ルーラ使いの使用人をサザンビークへ遣いに出してくれてたらしい――つまりは “魔法の鏡” を貸してくれと。
 ところがどっこい、届いたのは耳を疑うような報告で。

「黒尽くめの魔女が……!?」
 戻って来たギャリングは、苦り切った調子で話し始めた。
「ああ、そっちと一緒で呪いの類じゃねえかな。白昼堂々乗り込んで来て、宝物庫の扉を壊そうとしたんで取り押さえようとしたら、そいつに触ったヤツから何もかも石に変わっちまったんだと。画用紙に、灰色の絵の具をぶちまけたみてぇにな」
 自分が城を見て回ってる間に、ルーラ使いを “王家の山” って場所へ飛ばせたところ、そこに石化の波から逃げ延び生き残った一握りの兵士や、十数人の国民が集まってたんだそうだ。
「サザンビークは、確かにコイツの報告どおり、悪趣味としか呼べねえ有り様だった」
 よっぽど見聞きした内容が堪えたのか、ギャリングに指されたルーラ使いは無言で項垂れちまってる。
「これも暗黒神絡みか、まったくの別件かは分からんが。とにかくトロデーンの方は、その杖を “封印の間” に戻せば解決する可能性があるんだろう? だったら、あんたらは、まずそこから試してみてくれんか? 例の鏡も石になっちまって、魔力を感じられないって話だ。闇の遺跡を開く鍵だって言い伝えが本当でも、今の状態じゃ使い物にならんだろう」
 対するギャリングは、よっぽど肝が据わっているのか焦った感じも見せず、
「あんたらが戻るまでに、こっちで調べられそうなことは調べとくからよ」
「なにかアテがあるのか?」
 ククールに訊かれて、葉巻をふかしながら続ける。
「こういったことに詳しい元宮廷魔術師のじいさんが、でかい泉の傍で暮らしてるそうでな。兵士どもが協力要請に行ってる。避難民への食糧供給と引き換えに、なにか分かったら教えてもらうよう話はつけてきた。ワシらは私有の船があるから、闇の遺跡にあるって結界が本当に破れないのか試してみるよ。ああ、それから――ざっと城内を見てきた限り、チャゴス王子が見当たらなくてな。たぶん、またウチのカジノに入り浸ってて難を逃れたんだろう。動機が王家に対する恨みの類なら、こいつを見張っとけばなにか仕掛けてくる可能性はあるな」
 ギャリングがその辺をやってくれるなら、アッシらは確かに、当初の目標だったトロデーンを目指すのが良さそうだ。
「ありがとうございます、お願いします」
 兄貴も同じように考えたらしくて、深々とギャリングに頭を下げた。

 食料やら薬、日用品まで、太っ腹なギャリングに 「餞別だ」 と馬車いっぱい積んでもらって。
 大急ぎで船まで引き返して、かくかくしかじか説明すると。

「さ、サザンビークが石にィ!?」
 素っ頓狂な声を上げたローディは、覆面の頭をボリボリと掻いた。
「ゲルダ様が飛んだとか、城が石になるとか……オレやっぱ、どっかでコケて頭打って夢でも見てんじゃねえの?」
「現実逃避してる場合じゃねえだ、ローディ! ゲルダ様が目ぇ覚ましたら叱られんぞ!」
 アッシらだけじゃ信用されないかもと思って連れてきたファルマが、鼻息荒く主張する。
「オラは、ゲルダ様が起きるまで付き添わせてもらっとくから、おまえはヤンガスたちをトロデーン大陸まで乗せてってやってくれ、な?」
「まあ、ゲルダ様が眠ってるんじゃ指示も仰げねぇし、杖から助けてもらったらしい恩はあるから、乗せるのは良いけどよ――こっからトロデーンっちゃ、また遠いぜ? まず買い出しと、それから」
「だから急いでるんだべ! こんなヤバイ杖、さっさと封印して来るだ! 食料も何もかんもギャリングがくれただよ!」
「ほれ、どけどけローディ!」
「な、なんだこの肉ぅ!?」
 アッシらが馬車から担ぎ出した、焼く前からヨダレが出そうな冷凍肉や魚、日持ちする干物類、娘っ子が好きそうな果物がギュウギュウに詰まった箱、山盛りの野菜だのパンだのを前にしたローディは、溜息混じりに呟いた。
「なんかまだ信じられねぇけど……ベルガラックのギャリングの屋敷に世話になってるってのは本当みたいだな」
 だよな。
 アスカンタ城の厨房にゃ毎日こんな食材がそろってんのかなーと思っちまうくらい、豪華だもんな。
 ダイエットも悪かねえけど腹が減っちゃ戦は出来ねえ、保存が効かねぇヤツは食うぞー! 今日は景気付けのごちそうだ!!

×××××


「我々にだって分かりませんよ!!」

 ぼくの詰問に、顔を真っ赤にした兵士が声を荒げる。

「とにかく魔法か呪いの類でしょうから、元宮廷魔術師長の手を借りて、打開策を探ります。申し訳ありませんが、王子のお世話に割けるような人数は残っておりませんから、城が元に戻るまでは避難民と共に、ここでお過ごしください」
 言葉こそ丁寧だが、いい加減にしてくれとでも言いたげな不満げな響きが端々にあった。
 こいつ役職もなにも無い、ただ国境警備をしてたから無事で済んでたヒラ兵士のくせして!
 周りの連中も、次々と石になり始めた同僚たちを見て慌てて逃げ出した臆病者、国の危機に成す術も無かった役立たずのくせに――その顔、覚えたぞ。城が元に戻って、ぼくが王座を継いだらクビにしてやるからな!
「ベルガラックのギャリング氏に協力を取り付けましたから、当面、寝食に困ることはないでしょう」
「……分かったよ」
 ぼくは渋々頷いた。
 ただの兵士じゃ魔法や呪いの問題に疎くてもしょうがない、引退した魔術師の爺さんと連絡が付けば解決するだろ。

「あれ? ママー、チャゴス様がいるよ! おうち、元に戻った? 帰ってベッドでおねむ出来る?」
「王子様はね、私たちと一緒で、たまたま街の外へお出掛けしていたからご無事だったのよ。おうちは、まだ石になっちゃったままなの」
 王家の山、管理人を任されている一家の住まいは、家族だけが暮らす分にはそれなりに広いんだろうけど、少ないとはいえ避難民全員を泊めては狭苦しいことこの上なかった。
「兵隊さんが、帰れるよって報せに来てくれるまで、ここで遊んでいようね」
「はーい……」
 疲れたから一眠りしようと布団を引っかぶっても、嫌でも周りの話し声が聞こえてくる。
「よりにもよって生き残りが、チャゴス様だけとはのう。クラビウス王や大臣、兵士長も文官長も石像になっちまって、難を逃れたのは怯えて逃げ出した数人の兵士と、国境警備しとった連中、たまたま町におらんかったり騒ぎに気づいて避難が間に合ったワシらだけ――」
「このままどうにもならんかったら、誰を頼れば良いのやら……」
 聞こえてるんだよ、まったく!
 次期国王が無事だったんだぞ、もっと喜べよ!?
 布団の中でイライラしていると、ひときわ大きな声が響いた。

「おーい、ジャマするぞー」

 誰だようるさいな、ただでさえガヤガヤザワザワ騒がしいんだから静かにしろよ!
「ギャ、ギャリングさん! ああ、早速食料を――助かります!」
 ギャリング? ベルガラックの?
 良かった、昼食は粗末にも程がある内容だったからな。これで少しはマシな物が食べられそうだ。
「あー、運び込むのは使用人にやらせるから、あんたたちは座ってな。とんでもねぇ事態になっちまって、走り回って疲れたろ」
「お気遣い、傷み入ります……」
「ところでサザンビークの、当座の責任者は誰になる?」
「と、とりあえず兵士内では自分が、暫定のリーダーですが――」
「そうか、じゃあ訊きたいんだが。ワシは避難民の支援を請け負った。人道的な理由と、あと状況を報せてもらう交換条件でな」
「は、はい」
「しかしそれとは別問題で、チャゴス様がカジノで負けてツケになってた借金が、けっこうな額あるんだが」
 なっ、こんなときにそんな話を!? 不謹慎な男だな!
「城の金庫や宝物庫、ジュエリーも、とにかく金目のモンは全部ただの石になっちまって――すぐ元に戻りゃ良いが、万が一どうにもならなかった場合は、あんたらが代わりに払ってくれるのかね?」
「ち、ちなみにお幾らで……?」
「あー、庶民の皆さんもおるところで切り出しておいて何だが、王子様の名誉にかかわるか」
 こっそり布団から目だけ覗かせて様子を伺うと、ギャリングは兵士の耳元に顔を寄せ、ごにょごにょごにょとやっていた。
「む、無理ですよそんなの!」
「じゃー、王子の身柄はこっちで預からせてもらおうか?」
「えっ!?」
「ま、保証書代わりってとこかね。それとも随時分割で払ってもらうか――言っとくが、放っておくと毎月利子が嵩むぞ? こっちも商売なんでな、カジノのことに関しちゃ相手にどんな事情があろうと例外は作れん」
「チ、チャゴス様を、そちらへ連れて行ったとして……いったい、どんな生活に?」
「ま、屋敷の部屋は余ってるから提供するぞ。生活環境としちゃそれなりじゃないか? ただ、国がどえらいことになっとるのに借金持ちの王子様だけが悠々自適の生活してちゃ、家臣にも民にも示しがつかんだろうから、せっかくの機会だ――自分の借金分くらいは、働いてもらおうと考えとるが」
「ぐ、具体的には?」
「屋敷で生活したけりゃ下働きだな。それが嫌ならワシと戦って勝つか、ウチの息子たちより早く竜骨の迷宮を制覇するか、噂のすばしっこさを生かしてはぐれメタルと戦い、幻のアイテム “幸せの靴” を手に入れてくれりゃ、借金は帳消しにしてやってもいいかと思っとるよ」
 なんなんだよ、そのデタラメな条件は?
 王子のぼくが下働きなんて、みっともないこと出来るわけないし!
 他の選択肢は死にそうなものか、永遠に終わりそうにないものばっかりじゃないか!
「ど、どうする?」
「どうするったって……確かに、いつ解決するかも分からないのに、ここで王子も一緒に暮らすとなると民たちは落ち着かないだろうし」
「そりゃギャリングの屋敷なら快適だろうが、チャゴス様に下働きなんて地味な仕事が出来ると思うか?」
「けど、代々武闘派で名高い、城の兵士たちに武術の稽古つけることもあったギャリングさんに勝つとか、モンスターだらけって噂の迷宮に挑むよりマシじゃないか?」
「そうだよな、この緊急事態だ――ご自分が遊んだ借金くらい、自力で返してもらわないと」
 おい!?
「決まりだな? んで、当の王子様はどこだい?」
「え、えーっと、その」
 言うなよ、言うなよ〜!!
「どんなに上手に隠れても〜、立派な帽子が見えてるよ♪ っと」
 祈りも空しく音痴な歌と足音が近づいて来たと思ったら、かぶっていた布団が剥ぎ取られた!
「ひいっ!!」
 とっさに逃げようと人垣を突っ切ってドアを目指した、けど、
「噂どおりの逃げ足の速さだが、テンション上げたワシには及ばんようだな? がっはっは」
 どうやってか、得意げに笑うギャリングに回り込まれていた。
「はっ、放せぇぇえ!」
「だんだんだ〜れが見つかった〜♪」
 調子っぱずれに歌うギャリングに首根っこを掴まれてしまい、手足を振り回して抵抗しても相手はビクともしない。こいつ、そこそこ爺さんのはずなのに!
「チャゴス様が見つかった!」
 嬉しそうに合いの手を入れる、5歳くらいの女の子。笑ってる場合じゃないんだって!
「おう、そうだな。がっはっは。次に来るときはお菓子も持って来てやるから、ママの言うことちゃーんと聞いて良い子にしてるんだぞ? お嬢ちゃん」
「うん!」
 こくんと頷く小さな頭を撫でたギャリングは、ぼくを見下ろしてニヤリと笑う。
「ま、王子様も、民草とひとつ屋根の下じゃ肩身が狭かろう? それじゃー行くぞー」
「い、嫌だぁあー!!」
 抗議の叫びも空しく捕まった、ぼくはギャリングの部下たちに囲まれルーラでどこかへ運ばれていく。
 なんなんだ、あの魔女いったい何者だったんだ? なんだってサザンビークが、ぼくがこんな目に遭わなきゃいけないんだ!? 夢ならさっさと覚めてくれよ……。




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新章突入的な展開で。暗黒魔城都市で、主人公たちの石像が敵として出てきてたので、茨だけじゃなく石化の呪いもありかなーと。チャゴスは自分の立ち振る舞いを棚に上げて、思いっきり目下の人間をバカにしそうなイメージだけど、どんな過保護な育て方したんだクラビウスさんは……。ギャリング格闘塾に放り込むよー。