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† 茨の道 (1) †


「んじゃ俺は、ここで待ってるからな。気ィ付けて行って来いよ」
「はい。ありがとうございました」

 船でトロデーン大陸まで送ってもらい、ローディさんを船番に残して、僕らは、久しぶりに懐かしい大地を踏んだ。
 民が日常的に行き来する街道の周りにモンスターが近寄らないよう、定期巡回する兵士たちも動けなくなってしまっている所為で、道中、やたら魔物に出くわしたけど――国を出たときと違って仲間が何人もいるから、行く手を阻む敵の群れも難なく蹴散らして先を目指せた。

 けれど、トロデーン上空には……よく晴れた昼間だというのに暗雲が立ち込め、正門には太い茨が模様のように絡みついていて、僕が押したくらいじゃピクリともしない。
 出立の日、ここはまだこんなふうじゃなかったのに――茨が、伸びた?
 留守中に、賊に荒らされたりしないようにと鍵を掛けて出てたけど、これじゃどのみち誰も侵入出来なかっただろう。
「ゼシカ。この茨を、魔法で何とかしてくれんか?」
「仕方ないわね。ちょっと待ってて」
 陛下の頼みに応じ、あっさり茨を焼き払ってくれた、ゼシカ級の魔法使いを擁していれば話は別だが。
「さあ、これで入れるわよ。でも、お願いだから、このお城の茨を全部焼き払えなんて言わないでね」
 ボロボロと焼け落ちる茨の残骸を背に、こちらへ向き直ったゼシカは肩を竦めた。
「私の魔力じゃ、とてもじゃないけど、そんなこと不可能なんだから」

 彼女が言うとおり、茨は城全体を絡め取っていて、魔法ですべて焼こうと思ったら手分けしても何十日かかるか分かったものじゃないし、そもそも城の皆が一部にされてしまっている現状、下手に傷つけるのも恐ろしい。
 茨を消しさえすれば呪いが解けるなんて、そんな単純なものだとは考えにくいし。

「…………」

 静寂に満ちた中庭を、重い足取りで進む。
 図書室脇に、手足すべて茨になってしまっている学者さんの姿を見つけた女の子たちが蒼白になり、どちらからともなく身を寄せ合い震えている後ろで、小さく十字を切るククールの姿が見えた。
 トロデーンの惨状は折に触れ説明していたけど、聞くのと現物を目の当たりにするのは全然違うだろう。
「美しかった我が城の、なんと荒れ果ててしまったことか――これも全て、あのドルマゲスによる呪いのせいじゃ」
 陛下の嘆く声が聞こえ、振り向くけれど。
「わしらの旅は、あの日、我が城の秘法が奪われたことから始まったのじゃったな――」
 それは独り言だったらしい。陛下は、姫様や僕じゃなく城を仰ぎ見ているようでいて、その目は、どこかもっと遠くへ向けられていた。

 ドルマゲスの動きにも気づかず、外警備の持ち場に突っ立って、夜空を眺めていた僕は、なぜか一人無傷で呪いから逃れていた。
 滝の洞窟の主・ザバン曰く 『呪いを弾く体質』 らしいけど。
 姫様や陛下を、城の皆を守れなくちゃ意味が無い……杖を封印の間に戻すだけで、呪いが解けてくれれば万々歳だけれど。
 もしダメだったら――解決手段を見つけるまで、二人を守り切れるだろうか? それまで、茨にされてしまった皆は大丈夫なんだろうか? いや、そもそも今だって――触ると少し温かいからって、生きている保証なんて。

「兄貴ぃ〜! そんなところで、おっさんと突っ立って何してんでさあ?」
 考え込んでしまっていた僕は、ヤンガスの大声にハッと顔を上げる。
「城の中で、杖を封印できるか試すんでげしょう? さっさと行くでがすよ〜!」
 ぶんぶんと手を振る彼に並んで、普段どおり勝気な表情のゼシカ、済まし顔のククールもこっちを見ていた。
「馬車じゃ中まで入るのは無理でしょうから、念の為、魔除けの魔法を施して行きます。私たちが戻るまで、なるべくここから出ないでくださいね」
 いつの間にか、姫様が立っている場所を中心に魔方陣が描かれていて、ユリマさんの言葉に、陛下たちが揃って頷く。
「それじゃあ、エイト。封印の間まで、気を付けての。それから結果が芳しくなかったら、ますます長旅になるじゃろうから、宝物庫の中身を持ち出して来い。無人の城に置いておくのも落ち着かんし、非常時に役立ててこその宝じゃしな」
「はい。お預かりします」
 陛下から、宝物庫の鍵を受け取った僕は、馬車から問題の杖を引っ張り出して、落とさないよう背中に括り付ける。考えるのは後だ……ドルマゲスやゲルダさんみたいに操られる人を出さない為にも、こんなもの早く封じてしまわなきゃ。

 ――ところが、そう簡単には行かなかった。

 普通に歩けば30分もかからない場所、茨を避け迂回しても1時間あれば充分だろうと思っていたのに。
「なんだ、こいつ? 堅ぇ!!」
「モンスターが出るなら出るって言っといてよ、エイト! 武器は持って来てたから良いけどっ」
「茨に覆われはしたけど、こんなの城にいなかったよ! 少なくとも、僕らがトロデーンを発つまでは……!」
 ベホマスライムや、フラワーゾンビ、さらにはメタルハンター。
 城内をうようよしている危険なモンスターの群れに応戦しながら、仲間たちがボヤく。
「こんな種族、トロデーン周辺に現れるなんて聞いたことないですよ!」
「これも呪いの影響で湧いて出たってことか!?」
 油断すれば命の危険も感じるほど、本来トロデーンに生息する魔物とは桁違いの怪物が、ひっきりなしに襲い掛かってくる。
 あちこちを茨が塞いでいて足場は悪いし、そこかしこで茨と同化している人たちを巻き添えにするのが怖いからと、思うように魔法を使えずにいるゼシカやユリマさんは、すごく戦いにくそうだ。
 さらに言えば、どこでも正門と同じように魔法や放火を無効化する特殊加工が施されているわけじゃないから、こんな植物だらけの城内でメラミを連発されたら、たぶん城は燃え落ちる。
 結果、女の子たちを庇いながら、ほとんど男三人で道を切り開いているような戦況だった。近いはずの封印の間が、遠い。
 だけど本来、ここに立つのは僕だけになるはずだった。
 皆、それぞれ理由や事情があるとはいえ、トロデーンに仕える身でもないのに手伝ってくれているんだ――城内を案内できる人間も僕しかいない、しっかりしなきゃ。

×××××


 嫌だけど、ギャリングの屋敷は快適な造りだったから、とりあえず城が元に戻るまで適当にメイドの真似事でもしていようかと思っていたのに……こいつも、その息子たちも、このぼくを馬車馬のごとく扱き使おうとするのはどういうつもりだ!

「ぼくはサザンビーク王子だぞ、分かってるのか!?」

 一応は世話になっている身だからと、1日は我慢してやったけど、それが限界だった。
 コーヒーが温いから何だって?
 人手が足りないって言うならまだしも、山ほど使用人を抱えてるんだから、わざわざ傷心のぼくに押し付けないで普段どおり連中にやらせればいいだろ!?

「今は石像の街だし、あんたはただの借金男で、どれが良いかって聞いたら屋敷で働くって答えたんだろうが?」
 ソファにふんぞり返って答えるギャリングの左右には、そ知らぬ顔で昼食を口に運ぶ黄緑と水色の派手な頭。
 ああ、美味そうなベーコンエッグだなあ。
 そういえば腹が減ったな。まったく、このぼくに提供する食事が使用人どもと一緒ってどういうことだよ? 城以上の物を用意しろとは言わないが、屋敷の主と同じものくらい出すのが王族に対する礼儀だろ!?
「現王の親バカぶりにゃ、いつか物申してやりたいと思ってたんだが、あいつワシのこと嫌いだからな。聞く耳持ってねぇし」
 ぼくは、ギャリング一家の無礼さにうんざりだよ。
 ぼくの代になったら、いやその前に父上に話して、この家つぶしてやるからな! どうせ嫁も見つからず実子はいなくて、こいつら養子だって話だし。そんでもってカジノは国有化すればいいんだ、うん。
 兄の方は慇懃無礼、妹の方はガサツで無礼だし……名家の血筋でも何でもない貰われっ子の分際で、このぼくに難癖つけたこと、死ぬほど後悔させてやる! 覚えてろよっ!
「これも何かの縁だろ、横槍が入らない間に次期国王の性根を鍛え直してやるわ、がっはっは!」
「あーもう、止めだ! やってられるかこんなこと!」
 ぼくは、脱いだエプロンを床に叩き付けた。
「名も無き小島とやらに連れてけ! そこで幸せの靴ってヤツを探してやる!」
「へぇー、いいのかい? さすがに定期的に食料は送ってやるが、野宿になるし誰もいねぇし、はぐれメタル以外にも人食い箱とか出るぜ?」
「はぐれメタルは、こっちが戦いたくないときは勝手に逃げてくし、メタル族以外のモンスターからは逃げれば済むだろ! ぼくには、父上が宮廷魔術師に作らせた特注の魔除けの聖印があるから、ザキ系の呪文は無効化できるしな」

 こうでも言えば態度を改めるかと思ったのに、
「じゃ、1週間後に様子見に来てやるよ。頑張りなー」
 数時間後――船に揺られた果てに、ぼくは無人島に放り出されてしまっていた。

「せいぜい根性見せなよね、ボンクラ王子様」
「ユッケ……一応まだサザンビークは滅びたと決まったわけじゃないし、彼は次期国王だ。言葉遣いには気をつけた方が、身の為だぞ」
「だって、あたしアイツ嫌いだもーん」
 兄の方が窘めるのに、妹ときたら憎たらしい態度でそっぽを向く。
「カジノのバニーちゃんたちも、散々セクハラされて嫌がってたし。王子の癖に金払いは悪いしさ。城に請求しろ、じゃなくて持参しなさいっての。経理のおっちゃんだって毎回困ってたんだから。王子に言われたとおり請求してんのに、なんでカジノ側が悪者扱いされなきゃなんないのよ?」
 なんだと、あのバニーたち!
 愛想のいい顔しといて、裏じゃぼくの悪口を言っていたのか!?
「横暴だし、王家の試練からも逃げ回るような弱虫で、自分の国が大変なことになってるのに生き残りの兵士を指揮することもしないで、そのくせ偉そうにしてさ。こんなデブちんが次期国王だなんて――どのみち性格悪いなら、まだお兄ちゃんが王様になった方がマシじゃん」
 船縁から身を乗り出したギャリングの娘は、さらに減らず口を叩いた。
「あんたの取り巻きは言ってくれなかったみたいだから、あたしが教えてあげる。サザンビークが呪われたまま滅びちゃったら、あんたなんか味方の一人もいない、バカにしてるメイドの仕事さえマトモに出来ない、借金持ちの孤児なんだから。王子だ王子だって誇り高く飢え死にするか、乞食の真似でもするしかないんだからね! それが嫌なら、パパが呆れて見放さないうちに、少しは借金返す努力しときなさいよ」
「な、なんだと!? おまえの方こそ孤児だったくせして、調子に乗るなよ!」
「調子になんか乗ってませんよーだ。あんたと違って、自分の言動に責任取る覚悟ぐらいしてるわよ。未だに状況理解してない王子様に、いっぺん忠告してやらなきゃ気が済まなかっただけ」
 あかんべーって……子供か、おまえは!
 ふん。名家に拾われたとはいえ、しょせんどこの馬の骨とも知れぬ捨て子だな。品性も何もありゃしない。
「サザンビークの問題がいつ解決するか知らないけど、あたしは、あんたの面倒見るなんて絶対に御免だから。あたしがパパの跡を継いだら、あんたなんか道端に放り出してやるんだからね」
「おいおい、ユッケ。聞き捨てならないな。父さんの跡を継ぐのは私だぞ」
「なによ。じゃあ、お兄ちゃんは、パパの希望だったら、こいつの世話を引き受けてあげるわけ?」
「…………私に、父さんほどの包容力は無いからな。借金は、城の生存者で分担し、早々にクリーンにしてもらいたいものだ」
「ん、まあ。この問題まで、おまえたちに引き継がせる気は無いから安心しろ」
 ぼくが言葉を挟む暇も無く喋り続ける二人を遮って、ギャリングが口を開いた。
「これは、なんちゅうか――いなくなっちまったエルの代わりにやれることはやってやりたいっちゅー、ワシの感傷だからな」
 こいつは一応、ぼくに対してそれなりの態度を取ってはいるけど、娘の失礼を諌めない時点で同罪だ。
「そんな訳でだ王子様。ワシも、そこそこ歳なんで、なるべくさっさと借金は返してもらえるとありがたい。まずは “幸せの靴” 探し、お手並み拝見といきますよ」
 そもそも、ぼくに対する要求が無茶苦茶なんだよ!
 こんな無人島に置いていかれるのは心底嫌だが、いまさら脅しのつもりでした屋敷でメイドの仕事してますと頭を下げるのはもっと嫌だ。
 用意された保存食は充分にあるから、1週間くらいならなんとか野宿で過ごせるだろうし、これで次期国王が怪我でもしたら、さすがにギャリングもヤバイと思って態度を改めるかもしれない。
 けど、そもそもの原因は、あんな魔女の進入を許した警備兵の怠慢だ! ちくしょう、うすのろ兵士ども……さっさと元宮廷魔術師のじいさんとやらにサザンビークを元に戻させて、迎えを寄越せっ!!



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エイト一行はトロデーンへ帰還。実際は城の戸締りどうなってたんだろう? 魔物に食べられた茨人間さんはいないと思いたいが……ユッケちゃんは、チャゴス相手に言いたい放題。パパが窘めない限りは毒舌ノンストップなイメージ。愛される為にすんごい努力してきた養子さんにとって、チャゴスは腹立たしい存在だと思います。