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† 茨の道 (2) †


 行く手を塞ぐモンスターと戦いながら、ようやく辿り着いた封印の間で、
「ダメ、か……」
 肩を落としたエイトが、残念そうに呟く。
 床に描かれた魔方陣の中央に、問題の杖を収めてはみたものの――せめぎ合うような稲妻に似た光が迸った後、それまでは薄っすら発光していた足元の模様が、黒く焦げたように変色して “力” を失ってしまったのだ。
 杖の魔力を押さえ込もうとして、競り負けたと考えて間違いないだろう。
「……エイト」
 おそるおそる、声をかけてみたけれど、
「封印出来ないものは仕方がない。宝物庫の道具を回収して、早くベルガラックへ引き返そう。そろそろゲルダさんの意識も戻ったかもしれないし――」
 心の何処かで、そうじゃないかとは考えていたのかもしれない。振り向いたエイトの表情や声音は、思ったほど落胆しているようには見えなくて、少しホッとする。
「そうだな」
「その必要は無い」
「へ?」
 ククールの相槌に続いて、ここにいるはずない母さんの声が聞こえた気がして、きょろきょろと辺りを見渡すけれど、なぜか皆は揃って変な顔して私の方を見つめてくる。
「おぬしらは、ここで果てるのじゃからな」
 また聞こえた。
 小馬鹿にするような口調で……頭の上、から?

 困惑したまま見上げた天井すれすれに浮かぶ、真っ黒い人影が、どんな姿形をしているのか認識するのを待たず、
「わあっ!?」
 眼前に吹き荒れた灼熱の渦を、私は咄嗟にヒャダルコを唱えて相殺した。皆も、それぞれ防御したり避けたり、なんとか体勢を立て直して。
「……ほう。人間風情とはいえ、ラプソーン様の邪魔立てをしただけのことはあるわ。わらわの “ベギラゴン” を受けて即死する者がおらぬとは」
 警戒しつつ、あらためて仰いだ頭上には――まるで絵本に出てくる魔女みたいに、全身黒い女の子がいた。
「この身体にもまだ慣れぬ。使い勝手を確かめるには、手頃な運動相手になりそうじゃ」
 きつく結い上げた髪や、胸元が大きく開いたローブ、意味不明なことを喋っている口元まで黒い。黒い口紅でも塗ってるのかしら? とにかく色らしい色が無くて……肌だけが雪みたいに白いから、かなり不気味。何者なの? いつから、この部屋に?
「鼠の数は、五匹か。ならば――」
 彼女が、すうっと伸ばした右手の指先それぞれに、
「メ・ラ・ゾー・マ……!」
 小さな炎が揺らめいて、魔力が膨れ上がるのも伝わってきて、
「みんな、受けちゃダメです! 避けて!!」
「 “フィンガー・フレア・ボムズ” !!」
 血相を変えたユリマの叫びに被せるように、極大の炎が放たれた――私たち五人に向かって同時に!?
「う、嘘でしょ……わわっ!?」
「きゃあ!!」
 とっさに撃った吹雪は、凄まじい火勢に飲み込まれてしまって、私は、ユリマも、あちこち火傷して。
「あち、あち、あっちぃー!!」
「くそ、こんなところで――」
 ヤンガスは右上半身、エイトも左足が服ごと焼け爛れてしまっていた。
「なんて威力だよ…… “ベホマラー” !」
 回復魔法のおかげで痛みが引いていくのを感じながら、目線だけ振り返ってみると、ククールには炎を浴びた痕跡がない――と思ったら、見覚えある光に包まれている。あれ “マホカンタ” だ。
「まだ耐えるか! おもしろい、おもしろいぞ、実に愉快じゃ」
 楽しげに手を打ち鳴らす魔女をよく見れば、ローブのスカート部分が焼け落ちたみたいで、火傷した白いふくらはぎが覗いていた。
 弾き返せた? ってことは、あれも魔法なんだ――マホカンタなら、私も使える! それは良いとして、
「な、なによ、あの魔法!?」
「メラゾーマ級の火炎弾を一度に五発も……あんなの、マスターにだって使えなかったのに」
 どうやらユリマは知識があるみたいで、だけど詳しく教えてもらおうとする私を、ククールが先に問い質す。
「それ以前に何なんだよ、あの女は! おいゼシカ!?」
「なんで私に訊くのよ!」
「いや、だって声も顔も瓜二つでがすよ? 双子の姉貴とかじゃねーんげすかい?」
「知らないわよ! どこが似てるって言うのよ?」
「いや。僕にも、ゼシカの声に聞こえたよ」
 目立った傷は皆さっきのベホマラーで塞がったみたいだけど、どうでもいいこと気にしていられるような状況じゃないのにエイトまで、表情を曇らせ早口でたたみかけてくる。
「確かに目や髪の色は全然違うけど、顔はそっくりじゃないか? アローザさんに似てる、ってことかもしれないけど……本当に、心当たり無いの?」
「え、ええ?」
 ひょっとして私が知らない親戚の誰か? 母方の、分家筋とか?
 だからって、さっきまで城門が閉ざされてたトロデーン城の封印の間に入り込んで、出会い頭に攻撃してくるような、しかも暗黒神を “様” 付けで呼ぶ子なんているわけないし!
 あ! まさかドルマゲスやゲルダさんみたいに操られて――いやいや、だけど杖はエイトが持ってるんだから違うって!
「む……?」
 こちらの会話を聞き咎めたのか、滞空したまま眉根を寄せた魔女が、ふと意味ありげに私を見て笑う。
「ああ、なるほどな。我が器の、合わせ鏡の存在か」
「どういうこと?」
「ふふ、この場で焼死する人間が、知る必要はあるまい?」
 訊いても嫌な笑みを深めるだけ、答える気は無いみたいだった。そうして、また指先に炎を生み出そうとする。
「 “マホカンタ” !」
 響いたククールの声に我に返って、私も大急ぎで呪文を唱えた。そうして皆を庇うように前に立つ。
 これなら魔法は撃ちにくいはず。魔法使いなら、たぶん腕力や体力はたいしたことないだろうし、なんとか空中から引きずり下ろせれば――
「ふん、それを使うと分かっていれば造作ないこと」
 けれど敵は鼻で笑って、手を高く掲げた?
「 “フィンガー・フレア・ボムズ” !!」
 頭上へ撃たれた火炎球が次々と天井にぶつかって、衝撃で部屋が大きく揺れて、あっという間に焼け崩れた建材や、上階の物だろうテーブル、割れた花瓶なんかまでバラバラと降ってくる。
「ちょ、ちょっとおっ!?」
 いくら魔法を弾けたって、燃えてる瓦礫には意味が無い。
「おいおいおい、冗談だろ!?」
「ゆっ、ユリマ? なにか、あれなんとかするような呪文……!」
「さすがに無理だよぉー!」
 次々と落ちてくる椅子や石柱に押しつぶされないよう、悲鳴混じりに逃げ惑う私たちを見下ろして、魔女はケタケタ笑っている。
「ここはトンズラしましょうぜ、兄貴!」
「そりゃ確かに勝てそうにないけど、簡単に逃がしてくれる相手とも思えないし――」
 それ以前にうかうかしてたら部屋の扉も何もかも瓦礫で埋め尽くされそうだ。
 この惨状を引き起こしてる張本人は飛べるから、すいすい避けて涼しい顔してるし。いくらこっちが数で勝っていても、少しは戦い慣れていても、形勢をひっくり返せる気がしない。エイトもそう判断したみたいで、
「僕が時間を稼ぐ! 全員、この部屋を出たらバラバラの方向へ逃げて。城の外に出て、陛下たちと合流することを最優先に」
「なに言ってんですかい! 兄貴を置いてなんて、逃げられるわけないでげすよ。アッシは残りやす!!」
「ダメだ。僕の為だと思うなら、いったん退却して。先に陛下と姫様を、安全な場所へ逃がして」
「ぐっ……」
「今はエイトの指示に従え、ヤンガス」
 渋るヤンガスを、諌めるククールも冷や汗を流していた。
「誰か一人、足止めに残ったとして――あの女を振り切って来れる可能性がある適任者は、城の構造を熟知してるこいつだけだ。体力はあるし、回復魔法も使えるしな」
「うぐぐぐ……!」
 そりゃあ全滅だけは避けないと、なにが起きたか王様たちに伝えられる人間もいなくなっちゃう。けど、でも!
「ありがと、ククール」
「城外に出ちまえばルーラで逃げられるんだ。頼むから、やられるなよ――でないとオレが、ヤンガスに殺されそうだ」
「僕だって、まだ死ぬ訳にはいかない。どうにか致命傷は避けて粘るよ……行って、みんな!!」
 迷いながらも、じりじり後退する私たちに気づいているのかいないのか、敵は薄く笑っているだけ――さすがに息が切れたのかしら、と思ったら、
「うげっ!」
「きゃ……!?」
「なに、これ――」
「使役してやがるのか? モンスターを……」
「道を塞いでおくだけで良いぞ。この者たちは、わらわの獲物ゆえ」
 そもそも退路は無いに等しかった。
 出口の外は右も左も、モンスターで埋め尽くされていて通路の先が見えない。
「逃がさぬ。ラプソーン様を封じ込めた、その忌々しい杖――渡してもらうぞえ」
 宣言と同時に再び、逃げる先すら見つからないほど強い炎の渦。
「あは、あはは、はははははははっ!! ちょろちょろとよくもまあ、まるで鼠じゃ!」
 マホカンタを使えないエイトたちは直接狙って、私やククールに対しては執拗に、上から瓦礫を降らせるように連射してくる。
「さすがに、ヤバイな――」
 ククールが必死にベホマラーで皆を回復させるけど、彼の魔力にだって限りがある。エイトの槍も、敵を直に狙うには長さが足りない。全員で魔法攻撃すれば、とも思うけど、防御体勢を崩したとたん黒焦げにされちゃいそうだ。
(このまま、全滅……?)
 ふっと嫌な想像が脳裏を過ぎったのを、読み取ったみたいに、
「人間にしては頑丈な者どもじゃったな」
 それまでは、どこかふざけた感じだった敵の雰囲気が、スッと冷える。
「もう少し遊んでいたい気もするが、ラプソーン様の完全復活を早める方が大事よの――さらばじゃ、鼠ども」
 そうして私たちに向けた両手の指、全部に火の玉が揺らめいて。
(まさか、十連発……!?)
 ここまでか、と息を呑みつつ身構える。けど、

「な、なんじゃ……?」

 炎がフッと掻き消えて。胸を押さえた敵は、顔を顰めた。
 その身体から、どくん、どくんと湯気のような空気が周りに波打って――私に似てるって言われた外見とはまるで違う、どこかの王妃様か皇太后みたいな服装の、おばさんの姿が幻みたいに被さって見えたり、消えたり。
「なんだ、どうした?」
「分からない、けど、苦しんでるみたいに見えるね……」
 戸惑っているのは誰も同じみたいで。
 だけど理由はどうあれ、劣勢を打開するチャンスだ。
「作戦変更、かな――僕は残る。四人は一緒に撤退。なんとかモンスターの群れを蹴散らして、右の通路を走って。左へ進むより出口に近いはずだから」
 敵から視線は逸らさないまま、語気鋭くエイトが告げた。
「だ、だけど今なら、様子が変だし……全員で集中攻撃すれば倒せるんじゃない?」
 逃げる好機なのは確かだけど、彼だけ残して行くなんて、しなくて済むならしたくない。それに、
「杖を狙ってるみたいだし、ほら! 姫様が話してた “信者” ってヤツかも――ここで逃げ切れても、追って来られたら結局、殺されちゃうわよ?」
 私の意見にも一理あると思ったみたいで、エイトの目に迷いが浮かぶ。皆も敵と扉を見比べて、
「そうでがす、兄貴! こんなの野放しにしておいたら、馬姫様とおっさんも危ないでげすよ!」
 元々残りたがっていたヤンガスが真っ先に、エイトの隣に並んで斧を構えた。そうこうしているうちに、

「!?」

 空中でもがいていた魔女が、ボトッと力尽きた鳥みたいに落ちて来た。
 荒い呼吸を繰り返しながら、片手で床を掻き毟るけど、起き上がれない……っぽい?
「や、やっぱり、チャンスでげすかね?」
「フィンガー・フレア・ボムズ――禁呪に近い魔法で、身体への負担がすごいから、人間が使うと寿命を縮めるってマスターから聞いてます。連発の反動かもしれませんね」
「だったら、ここで息の根を止めておくべきか」
「ゼシカそっくり過ぎて、ちょっとやりにくいけど……城に不法侵入した賊だし。使う魔法も危険極まりないし」
 さっきまでの攻撃が凄まじ過ぎたからだろう、皆すぐには近づかず遠巻きにして、敵の様子を観察している。
「一応最後に訊いとくが、本当にゼシカの親類縁者じゃねえんでげすな? 後で文句言われても、アッシは責任取れないでがすよ」
「違うったら! 万が一、私が知らない血縁者だったとしても、こんな危険人物を放っておいたらアルバート家の恥じゃない! なんなら私がトドメ刺すわよ」
 エイトは優しいし、ククールは筋金入りの女好き、ヤンガスも何だかんだで人情に弱いところがあるし――無抵抗になった相手が私と同じ顔 (?) じゃあ、武器を向けにくいだろう。
「兄さんを殺した暗黒神なんか、復活させてたまるもんですか……!」
 同時に五発なんて芸当は出来ないけれど、ありったけの魔力を込めれば、こいつのメラゾーマ一発を上回る威力ぐらい出せるんだから!
「お、おのれっ――」
 焔を目にした敵の顔が、恐怖で引き攣る。
 そんな表情で呻かれると確かに、私っていうか、なんだか母さんが倒れて怯えてるみたいで……ちょっと内心たじろぐけど、そんなこと言ってる場合じゃない。こっちの方が殺されかけたんだもの!
「炎の魔法なら私だって得意なのよ! 消えなさい!!」

 私がメラミを放つのと、眼前に黒い影が降って来たのはどっちが早かったんだろう?

「え、ええっ!?」
 ひゅっと鈍い光が閃いた、途端、敵へ放ったはずの火炎弾が猛スピードでこっちへ迫ってきて、
「ゼシカ!」
 ククールに呼ばれたと思ったら、すごい勢いで床に突き倒されて、視界が真っ赤に染まって。

「相も変わらず浅はかだな、ベギル」
「――ツォ、ン?」

 どこかで聞いたような低い声と、魔女の掠れ声が聞こえて。
「ま、マルチェロ……!?」
 頭上からはククールの、愕然とした声。
 顔や身体に纏わり付いている柔らかいものを引っ張って退けると、赤かった視界が元に戻った。
 手に握っているのは――マント? ククールのだ。助けてもらってしまった、らしい。私に覆いかぶさった状態で、上半身を起こしたククールは唖然と敵の方を凝視している。
 ……って?
「ちょっと、呆けてないで退いてよ!」
「どわっ!?」
 助かったのは良いけど傍から見たら押し倒されてる体勢じゃないの!
 それにしても、あれ新手? また黒尽くめの格好だけど、今度は男性だ。しかも、
(マルチェロ、そっくり――)
 緑色だったはずの目は黒いし、長髪を首の付け根で縛ったヘアスタイルは、むしろククールみたい、だけどマイエラの聖堂騎士団長に瓜二つだ。ホント、何者なのよ?




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黒ゼシカの名前はベギル、黒マルチェロの名前はツォン、由来はドイツ語で色欲と憤怒です。暗黒魔城都市に皆の石像が出てきたけど、あれがもっとドッペルゲンガーみたいな敵だったら盛り上がったかなーと。ドラクエ好きだけど、ペルソナシリーズも好きです。