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† 殉教者たち (1) †


「ラプソーン様が復活なさった後ならば、貴様のようなアバズレどうなろうと構わんが、今は我と貴様の二人しか、動けるようになった者がおらぬのだ。少しは頭を使ったらどうだ」
「う、うるさいわ! 武器を振り回すしか能が無いくせに、竜ごときに敗北した分際で――」
 真っ黒いマルチェロの肩に、小麦袋みてぇに担ぎ上げられた真っ黒いゼシカが、ぐったりしたままヒステリックに叫ぶ。
「ふん」
 ゼシカもどきの方は喋り方が全然違うから、まだ別人だと思えたけど、マルチェロもどきは偉そうな口調まで似てやがるから、服やら髪型が同じだったら見分けがつかなかったかもしれねぇな……ククールなんか、ゼシカに蹴飛ばされても呆けた顔のまんまだし。
「さて、杖を渡してもらおうか――」
 アッシらを威嚇するように黒い剣を向けて、靴音をカツカツ響かせ近づいてきたマルチェロもどきが、
「……!?」
 ぎょっとした顔になって動きを止めた。いつでも兄貴を庇えるよう身構えたまんま、ちらっと奴の視線の先を見てみると、
「ただの人間でも一応、使えるんですよ。フィンガー・フレア・ボムズ――」
 さっきのゼシカもどきと同じように、五本指ぜんぶ蝋燭みたいになってるユリマの嬢ちゃんが、どんどん火の玉をデカくしながら、
「お話なさってる間に詠唱は終わりましたから、いつでも撃てます。これでも潜在魔力はすごいって、大魔法使いのおじいさんから褒められていたので……そちらの、ベギルさん? 避ける余力も無さそうだから、間違いなく消し炭になりますね」
 にっこり笑って敵を脅した。
「あなたはメラゾーマ五発分の炎、耐えられますか?」
 おさげもローブも炎に煽られてユラユラ揺れてて、虫も殺せそうにない外見と、使おうとしてる魔法のギャップがとんでもなさすぎて――味方だってのに、ちっと怖え。
「だけどこれ、人間が使うと身体に悪いらしいので……出来れば、ここは痛み分けということで、退いてくださると私としては嬉しいんですけれど」
「ラプソーン様が二度も、人間ごときに後れを取ったわけだ――」
 チッ、と舌打ちしたマルチェロもどきは、
「次は無い。口を開く前にその喉、刺し貫いてやるぞ。小娘!」
 捨て台詞を吐くと、ゼシカもどきを抱えたまんま、黒焦げの天井に開いた穴からどっかに飛んで行っちまった。

 そうして、敵の気配がしなくなって――誰かの溜息が聞こえたと思ったら、ユリマの嬢ちゃんがフラッとその場にへたり込んだ。
「! ユリマ、大丈夫?」
「ユリマさん!?」
「す、すみません。あのまま撃った方が良かったのかもしれないんですけど」
 揃って慌てて駆け寄って、周りにしゃがみ込んでみると、汗だくの嬢ちゃんが肩で息をしながら笑った……けど、無理して笑ってんのが丸分かりだった。
「私、概念は習ったけど、実際に使ったことなくて。五発も同時に制御できる自信が――失敗したら、皆を巻き添えにしちゃいかねないし」
「へっ? じゃあ嬢ちゃん、さっきのアレは」
「はったり、って言うんですかね。あはは……」
 は、はったりィ!?
 いやでも撃とうと思えば撃てたのか? あーいやいや、そしたらアッシらも黒こげ相打ち共倒れになってたかもしんねえのか。
「なんにせよ、助かったよ。ありがとう」
 まったく兄貴の言うとおりだぜ。
 あのマルチェロもどき、すげぇ威圧感だったし。ゼシカもどきは貶してたけど、子分が親分を助けに来たって感じじゃなかったから、同じぐらい強いか格上か――とにかくフィンガーなんたらで散々な目に遭って疲れ切ってるアッシらが、まともに戦り合って勝てたとは思えねえ。
「寿命が延びた、とも言えるけどな。あの女が回復する前に、手を打たないとヤバイぜ」
「分かってる。とにかく、しばらくは連中も戻って来ないはずだ……早く用を済ませて、ベルガラックに引き返そう。あれが “信者” って呼ばれた奴らなら、ゲルダさんに聞けば、なにか分かるかもしれない」
 頷いた兄貴が立ち上がって。
 さっきので体力も魔力も使い切っちまったらしいユリマの嬢ちゃんは、アッシが負ぶって行くことになって。

「――あった! 魔法のカギだ」

 宝物庫にあるモン全部持ち出して、アッシらは、大急ぎでトロデーン城を出発した。


「マジかよぉ……剣士像の洞窟を制覇したアンタらが、束になっても勝てねえ黒尽くめって」
「とにかく、もうトロデーン大陸にいてもやることがねえ。ベルガラックに戻るぞ、ローディ」
「言われなくたって、そんな物騒な連中がうろついてる国にいたかねえよ!」
 いや、奴らは飛ぶから、多分どこにでも現れるぞ――と言おうかと思ったが 『そんなんが現れて船を破壊されたら、溺れ死ぬじゃねえか! 出航しねえぞ!!』 なんて拒否されても困るから黙っておいた。
 ……お? こんなことを思いつくなんて、ひょっとして兄貴たちと一緒に過ごして、アッシの米粒みてぇな脳みそも豆粒くらいには鍛えられたんだろうか?

「しかし、よっぽど疲れたんだな。ユリマちゃんは――」
 西へ進む船の甲板じゃあ、さっきから赤い二人組が話し込んでる。マホトーンを使えば良かったんじゃないかとか、あれは自分より魔力が高い相手には効かないから無駄骨だとか、次に出くわしたときに備えて作戦を練ってるみてえだ。
「当たり前よ! メラゾーマを同時に五発よ? いくら実際には撃たなかったからって……」
 話題にされてる嬢ちゃんは、アッシに負ぶわれてすぐクースカ眠りこけちまって、船に乗り込んだときも出航してから船室の女部屋に寝かされた後も、周りがどんなに騒いでようが熟睡したまんま。

「呪いを解く手段さえ掴めてないのに、あんな連中に妨害されるなんて――もっと腕を上げなきゃ、今のままじゃ勝てない」

 アッシはさっきまで、思いつめた表情の兄貴に頼まれて槍の修行相手をしてたんだが、
「訓練を欠かさぬのは大切なことじゃが、ここは船上。あまりやり過ぎては、海の魔物に襲われたときに本来の力を発揮できんぞい」
 おっさんに窘められて休憩を取ることになった、と思ったら今度は手すりに凭れて魔法書に齧りついちまってる……そんな兄貴を馬姫様が、ちっと離れた場所から心配そうに眺めてるのにも、気が付いてないみてぇだ。
 まあなあ。アッシだって兄貴と旅するようになって、オセアーノンとかドルマゲス、トラップボックスなんて危ねぇ敵とも戦って、けっこう強くなったつもりでいたんだがなあ。
 今、ゼシカもどきとマルチェロもどきが同時に襲ってきたら、手も足も出ねえ気がする――このまんまじゃ兄貴の役に立てねえ。
「もっと強くなんねぇと……けど今は、見張り当番をキッチリ、だな」
 海のモンスターも油断ならねえが、こうなると空も警戒しとく必要がある。
「ゲルダのヤツ、目ぇ覚ましてっかな――」
 あいつが操られてた間のことを覚えてて、敵の弱点とか隠れ家とか、そういうのが少しでも判りゃあ助かるんだが。

×××××


「まったく……本当に “幸せの靴” なんて代物、存在するのか?」

 蹴り飛ばされて気絶したらしいはぐれメタルを摘み上げながら、ぼやく。
 ここは無人島だから、返事するヤツなんかいるわけないんだけど――文句のひとつも零したくなるってモンだろ。
「ギャリングめ、どういうつもりでこんな条件を……」
 そもそもメタル族には足が無いんだから、靴を持ってたって履けないじゃないか。仮に持ってたとして、それはいつどこでどうやって作られた物なんだ?
 憎たらしいカジノオーナーのヒゲ面と、去り際に散々バカにしてくれた養女の、ユッケ……だったか? ムカつく顔と声を思い返したらイラッとしたんで、はぐれメタルを放り投げた。
 けっこうぶっ飛ばして調べたけど、今日も収穫無し。やれやれだ。

 そのまま雨避けにしてる大樹の根元まで行って、寝転がる。
 たまに出くわすモンスター以外は、虫と魚、海鳥くらいしか見かけない名も無い小島――うろついてる魔物もスライムと、標的のはぐれメタル。あとはミミックや人食い箱くらいだ。
 “ザキ” は特注の聖印が無効化してくれる、とはいえ偽宝箱どもの馬鹿力はちょっと侮れないし、変種のスライムが合体したキングスライムときたら踏み潰されそうな大きさで危ないけど。
 どんな渾身の一撃も当たらなけりゃ痛くも痒くもない。集まり始めた時点でぶっ飛ばせば合体できない。片手で数えられる種類のモンスターと毎日睨みあってれば、さすがに対処法も分かってくる。
 最初のうちは食べて寝て時間を潰して、迎えが来たら適当に靴探ししてたフリしようとか考えてたけど、こんな無人島じゃ暇つぶしになる物も無くて暇すぎる。暇でイライラするよりはと、一応はぐれメタル狩りすることにして。初めは手足や服が汚れるのが嫌だったけど、いくら気を付けても泥だらけになると分かったらどうでも良くなった。
 護身用の短剣も、メタル族相手じゃマトモに刺さらないし、滑って逆に自分が怪我しそうで危ないから使うのを止めたら、動きやすくなった気がする。
 鋭い枝に袖が引っ掛かって破けたって、潮風で髪がボサボサになったって、うるさく言う侍従長も今は……石頭が、本当に石頭になったっていうんだから、笑えない。

 カラッと晴れた青空。聞こえるのは、眠気を誘う波の音だけ。
 こんな場所に放り出されていること自体が、サザンビークがどうなってるかの証明ではあるんだけど――あんまり静かな日々だから、ふとした瞬間、全部ぼくが見てる悪い夢なんじゃないかって気がしてくる。
 噂を耳にして、ルーラで飛んで戻って、この目で見たんだけどさ。
 石化した町の住人や、城も、玉座から立ち上がりかけた姿勢のまま、よく出来た石像みたいになって動かない父上の姿も。
 それがあの日、カジノへ向かう直前に見かけた、黒ずくめの魔女の仕業らしいってことも判ってる。
(そういえば、結局……何者だったんだ?)
 あの女。
 いったい何が目的で、白昼堂々城に押し入って全てを石に変えて――今は、どこにいる?
(呪いの類は、呪った本人が死ねば解けるって……昔、魔法学の教師から習ったよな)
 じゃあ、あの女を捕らえて処刑すれば、サザンビークは元に戻るんだろうか?
 大勢いた兵士を蹴散らして、皆を石に変えてしまうような、とんでもない魔女――たまたま逃げ延びた連中だけで、居所を突き止めて倒せるか?
(無理だろ、絶対)
 あっさり石像にされてしまうのがオチだ、うん。
(残ってる連中よりは、まだ、ぼくの方が……)
 嫌でも不真面目にでも毎日強引に授業を受けさせられてた甲斐あって、習った魔法の大部分は、ここへ来て何度か試せば使えるようになったし。未修得の分も、もう少し試し撃ちを繰り返せば、使いこなせそうな手応えはある。
 なにより、はぐれメタルが逃げようとする先に回り込めるくらい、ぼくは速いんだから。
 確か、あの女、自分のことを “美しき魔女” とか言ってたし、呪いなんか使うのは、やっぱり魔法使いだろう。
 攻撃手段が魔法だけなら “マホトーン” で封じられる。幸い、それは習得済だ。
 どうにかして見つけて、気づかれないように近づいてマホトーンを浴びせて。それか相手が仕掛けてくる前に不意打ちで、なにか固い物で思いっきり頭を殴れば――死ぬかな?
 賊とはいえ女性相手に手荒な真似をしたくはないけど、ぼくがこんな目に遭ってる元凶でもあるんだし。父上たちが元に戻れることの方が大事だし。
 死なないにしても気絶してくれれば、後の処分は兵士たちに任せられる……って、なに考えてるんだよ、ぼくは?
 城を守るのが兵士の仕事だし、こんな事態になってるのは兵士どもの怠慢の結果で、だから解決する責任があるのも残った兵士たちだ!
(――けど、あいつらに任せておいて解決するのか?)
 ダメだったら。
 あの魔女が見つからなかったら……サザンビークは、父上は、ずっとこのまま?
『自分の国が大変なことになってるのに生き残りの兵士を指揮することもしないで、そのくせ偉そうにしてさ。こんなデブちんが次期国王だなんて』
 無礼な女に浴びせられた台詞が、頭の中をグルグル回る。
『サザンビークが呪われたまま滅びちゃったら、あんたなんか味方の一人もいない、バカにしてるメイドの仕事さえマトモに出来ない、借金持ちの孤児なんだから』
 ……ああ、むかつく!

 こんな無駄なことばかり考えてしまうのは、島の生活が退屈だからだ。そうに決まってる。
 石化の呪いなんて危険な術を使う魔女、捕まえようと近づいたりなんかして、ぼくに何かあったら、サザンビーク王家は途絶えてしまうじゃないか!
(……王家?)
 城も街も、父上も、家臣たちも民も――なにもかも石になった国の?
(あーっ、だからそうじゃなくて!)
 ムシャクシャするったら、ありゃしない。
 朝から動き回って腹も減ったし、なにか食べよう。

 ギャリングが置いていった食料箱の中から、パンとワインを取り出して、昼に浅瀬で捕まえた魚を焚き火であぶってる間に、食料を冷やしてる氷を取り替えておく。
「便利なもんだよなぁ……メラも、ヒャドも」
 城で暮らしていたときは、食事時になれば料理が運ばれていたし食材の管理なんて厨房の連中の仕事だったから、こんなの覚えて何に使うんだって授業中に居眠りして、魔法学の教師を怒らせてばかりだったけど。
(城が元に戻ったら、役に立ったぞって褒めてやっても、いい――かもな)
 1週間経ったらギャリングが、様子見に来るって言ってたっけ。
 その頃には解決してる……だろうか?



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とりあえずチャゴスは、父上や威張り散らせる相手が傍にいる限り変われないと思うので、自分を客観的に見つめざるを得ないサバイバル生活を経験、内省していただきます。
そんでもって8主人公のイトコ、あのエルトリオさんの甥っ子であり、ろくすっぽ訓練も積んでないだろうに凄まじい素早さと体力・頑丈さをお持ちなので、武道家に向いてると思うのですよ。