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† 殉教者たち (2) †


 ベルガラックへ帰り着いてみると、女盗賊ゲルダは問題なく目を覚ましていた。
 ちょうど昨夜、意識が戻ったところらしい。
 あきらかにホッとした様子のヤンガスが、なにか声をかけるかと思ったが、黙ったまま百面相をした挙句なぜかオレの後ろに隠れちまう……なにやってんだか。

「ファルマとギャリングから、あらかたの話は聞いたよ――面倒かけちまったみたいだね」
「いえ、杖が盗まれたのは、城の警備を任された僕ら兵士の責任ですから……」

 謝り合っている場合じゃないということで、本題を切り出せば、ゲルダの口からいくつかの事実が判明した。

「じゃあ、僕らがトロデーンで遭遇した、黒尽くめの二人って――」
「遥か昔、暗黒神を崇めていた教団幹部の、魂に……闇の世界から召還した、新たな肉体を与えた存在」
 操られていた間のことは覚えちゃいるが、夢でも見てたような感じらしく、
「闇の世界? そんなの、どこにあるの?」
「古き時代に分かたれ、この世界と合わせ鏡に存在する、光差さぬ大地……数多の下僕が、神の帰還を待ち続ける場所」
 記憶を辿るたびに眉間にシワを寄せ、ひとしきり考え込んでいる。
「敵のツラが、知り合いのマルチェロって男と、こっちのゼシカにそっくりだったんだがよ。なんでだか分かるか?」
「表裏一体の世界だ。異なる歴史を刻む中でも、つがう相手が同じであれば、姿形は酷似したものになろう――」
「……意味わかんねえ」
「闇の世界ってとこに、ゼシカそっくりのご先祖さんがいたみたいですねぇ」
「おお、なるほど! 他人の空似ってヤツだな?」
「ちょっと違うと思うけど……まあ、もうそう思っておきなさいよ」
 確かに夢ってヤツは起きて時間が経つほど、どんな内容だったか薄れていくもんな。
「無茶な魔法を使って動けなくなったみたいなんだが、どこに隠れてると思う?」
「闇の遺跡の最深部なら、壊れかけの身体も癒せる……」
 あれ以上トロデーン城でモタモタして戻るのが遅れていたら、得られる答えは、もっと曖昧な代物になっていたかもしれない。
「私たちが遺跡に入る方法って、あるかな? 変な術で阻まれて近づけないって噂なんだけど」
「敵の侵入は許さぬ。我らが張り巡らせた結界を解ける者などおるまい――」

 それぞれ気になっていたことを訊ね終えたものの、場の空気は重い。敵が何者か判ったところで相手が弱くなる訳じゃなし、居場所の見当が付いても入れなきゃ意味が無い。

「……それで、この先どうするつもりだい? 例の杖を、本来の安置場所に戻してもダメだったって話だけど」
「ギャリングさんが、闇の遺跡について調べてくれていたはずなので、どうなったかを聞いて――とにかくアレを敵に渡さないよう守りながら、封印し直す手段を探します」
「だったら。あたしも、あんたらに付いてくよ」
「なんだって!?」
 ゲルダの宣言に、断固反対といった形相で大声を上げるヤンガス。
「おいおい、なに勝手なこと言ってんだよ? こいつは遊びじゃねえんだぞ!」
「あたしが、そう決めたんだ。あんたの意見なんざ聞いちゃいないよ」
 対するゲルダの語調は静かでも怒りが滲み、けっこうな迫力だった。
「人の意識を乗っ取って操る、だぁ? このゲルダ様を、コケにしやがって……! 暗黒神だか何だか知らないが、叩き潰してやらなきゃ気が済まないね」
「だからって、おまえ! 兄貴でも手こずるくらい厄介な連中が相手なんだぞ!?」
「いちいちうるさいヤツだね。馬鹿力しか取り柄が無い、妻子持ちの元山賊こそ、すっこんでな」
「なんだよ。せっかく人が心配してやってるのに――」
 けんもほろろに言い放たれ、ふて腐れたように目を逸らしたヤンガスが、首をひねりつつ 「……妻子持ち?」 とゲルダを伺い見るが、
「それに、あんたら、西と東の大陸を行き来するのに “麗しの貴婦人号” を使ってたそうじゃないか。自前の船が無いからなんだろう? あたしを連れて行かないって言うんなら、これ以上、船は貸さないよ」
 彼女はエイト相手に談判中で、ヤンガスの呟きは耳に届いていないようだった。
 そういや元々は、船を借りる為にゲルダのところへ向かっていたんだったか。あれこれありすぎて忘れかけてたぜ。

「お、おーい、ゲルダ? 妻子持ちって、なんの話だ?」
 エイトが答えを出すより先に、困惑顔のヤンガスが口を挟めば、
「あ。そういやあ、いつ結婚したんだ?」
 部屋の隅で繕い物をしていたファルマが、のんびりした調子で冷やかしの言葉を投げた。
「ヤンガスのくせに、ボインの嫁さんと可愛い娘っ子連れて里帰りしてたって、パルミドの連中が噂してたべ」
「はあ……!?」
 驚きの声がはもる。なんだ、そりゃ? こいつにそんなのいる訳ない。
「ボインの嫁さん? ひょっとしなくても、ゼシカのことか?」
「な、なんで私が、ヤンガスと夫婦扱いされなきゃいけないのよ?」
「じゃあ、娘っ子って――」
「ゼシカとユリマさんが、ヤンガスの子供と間違われたってこと?」
「あ! そういえば惣菜屋のおばあちゃんに、そんな勘違いされましたよ。だけど、その場で訂正したのになぁ」
 あんまりな話に誰からともなく顔を見合わせ、爆笑してしまう。
「だから娘どころが、嫁さんもまだもらってねえって……」
 ヤンガスは、ぶすっと恨めしげに溜息をつき。
「あー、でも確かに、情報屋さんのとこを出て、エイトたちと別行動になった後は、ヤンガスに頼りきって歩いてたものね。私たち」
「だからって嫁や子供に間違われるかあ? 普通」
「年齢差的には、まあ……ありえなくはない、のかな?」
「やっぱりダイエットがんばりましょう、ヤンガスさん!」
「なんだ、あいつらの勘違いかい」
 好き放題言ってるオレたちに呆れ顔で鼻を鳴らしながらも、ゲルダの声音には安堵が滲み出ていた。
 お? これはヤンガス、けっこう脈ありなんじゃないのか?

「ところでゲルダ様、例の馬の件なんですが――」

 重かった空気がほぐれたところへ、思い出したようにファルマが話題を変えた。
 しかし話を聞き終えたゲルダの第一声は、
「あんた……ヤンガスの馬鹿がうつったのかい? それとも、あたしがアジト前で暴れちまったとき、頭打って変な夢でも見たとか?」
 呆れ返ったと言わんばかりの調子だった。
 まあ 『実は呪いで馬に姿を変えられたトロデーンのお姫様だったんで、父親のところへ返してやってください』 と急に頼まれても、信じられないのは仕方ないだろう。
 オレたちだってマイエラを出て、元の姿にお目にかかるまでは半信半疑だったんだし。
「論より証拠、見てもらった方が早いだろ。マホカトール、いけるか? ユリマちゃん」
「はい! 船で、ぐっすり眠らせていただいたから、もう普段どおりですよ」

 訝しげなゲルダを、屋敷の軒先でくつろいでいた馬姫様のところまで引っ張っていき、魔法で元の姿に戻して見せれば、
「…………!?」
「あ、ゲルダさん。お目覚めになられたんですね」
 あんぐりと口を開けた女盗賊に、ミーティア姫がぺこんと頭を下げる。
「その節は、杖に触れてしまうのを止めきれず、申し訳ありませんでした」
「ああ、いや。え? じゃあ、さっきの話は……? ファルマがボケちまったんじゃなくて?」
「だから、これも暗黒神の野郎の呪いなんだって!」
 混乱しきった様子でオレたちと姫様を見比べているゲルダに向かって、ヤンガスが言い募り。
「だ、だからって、はいそうですかって――」
 ムッとした表情を見せたゲルダが、急に動きを止め、みるみる真っ青になったと思ったら今度は真っ赤になった。
「あんた……ちょっと、こっちに来な。話がある」
 そうして、なぜかミーティア姫様の腕を掴み、庭の方へと連れ出そうとする。
「こ、こりゃっ! わしのミーティアに何をする気じゃ!?」
「うるさいね! べつに危害を加えようってんじゃないよ。事情はどうあれ、あの馬は、あたしが金を払って買ったんだ。話は本人と付ける――他のやつらは引っ込んでな」
 トロデ王の抗議もピシャリとはねつけ、ゲルダは、姫様の腕を掴んだまま仁王立ちでオレたちを睨んだ。
「うろちょろして盗み聞きしやがったら、お姫様は、どんな大金積まれたって返してやらないからね!」
「な、なんじゃとっ!?」
「おっさん、おっさん! ゲルダがヘソ曲げちまったら余計話がややこしくなるから、言われたとおりここで待ってろって! 馬姫様と話をするって言ってんだから、な?」
「それが問題なんじゃっ! 父親のわしから引き離して、いったい、どんな無理難題を、いたいけな姫に押し付けるつもりじゃっ!?」
 じたばた暴れる王様や、心配そうなエイトを、どうにかこうにかヤンガスが押さえている間に――女二人は連れ立って庭園の奥へと入り込んで行き、すぐに姿が見えなくなった。

×××××


 どんどん歩いて皆から離れて、騒いでいたお父様の声も聞こえなくなって。
「あの、ゲルダさん? お話って……?」
「あんたは父親に返してやるよ」
 少し不安になりながら訊ねた、わたしを見返して、なぜかゲルダさんは大きな溜息をつきました。
「あたしに人買いの趣味は無いからね。ただし条件がある」
「条件、ですか?」
「闇商人の店で、あたしがあんたに愚痴ったこと――絶対、誰にも言うんじゃないよ」
「え? 愚痴……?」
 予想外のことを言われて戸惑ってしまいます。
 わたしを買う為に、お店で支払った代金に、きちんとお礼分を添えて返すことや。代わりにもっと働き者の良いお馬さんを探してくることが、皆のところへ帰る条件かと思ったのですけれど。
「あ! “ビーナスの涙” を取って来てあげるって約束したのに、どこかへ行ってしまわれた酷い方の――」
「口に出すのも禁止だ!」
 思い出したことを口にすると、首筋まで真っ赤になったゲルダさんに怒られてしまいました。
「分かったね?」
「はい、分かりました!」
 念を押されたので、心を込めて頷きました。
 ゲルダさんはミーティアのこと、お馬さんだと思っていたから安心して打ち明けてくださったんですものね。
 うっかり話題にして、ローディさんたちに聞かれてしまったら困るんですね。
「ミーティアと、ゲルダさん、二人だけの秘密ですね」
 なんだか嬉しくなって、つい 「ふふっ」 と笑ってしまったら、ゲルダさんが眉を顰めました。
「なんで楽しそうにしてるんだい……余計なこと考えやがったら、お姫様だろうとタダじゃおかないよ」
「あっ、すみません! 笑ったりして」
 真面目な話をなさっている最中なのに、笑うなんて失礼なことでした。でも、やっぱり楽しい気分になってしまいます。
「お城には、わたしの他に子供って、エイトしかいなくて。もちろんエイトが来てくれただけでも、すごく嬉しかったんですけれど――ずっと、女の子のお友達っていなかったから」
 今はゼシカさんや、ユリマさんと時々おしゃべり出来るけれど、皆も一緒だし。誰も聞いていない場所で、こんな話をするのは初めて。
「だから “女同士の秘密” っていう関係に、少し憧れていたんです」
 トロデーン王女の名と、ミーティア自身の誇りにかけて、お約束します。
「絶対に守りますね!」
「調子狂うね……まあ、いいや。二枚舌の心配は無さそうだし」
 ゲルダさんの声は、どこか呆れたような響きだったけれど、とりあえずミーティアの言葉は信じてもらえたみたい。嬉しいです。
「だったら、あたしも約束してやるよ。トロデーンの王族が呪いで魔物や馬に変えられていた、なんて話は口外しない」
 ようやく少し笑ってくださって、それから。
「あと、あたしも、あんたたちに付いていくことにしたから。あんな物騒な杖、放っちゃおけないからね」
「まあ! ありがとうございます、ゲルダさん」
 暗黒神封印に、ご協力いただけるのだと判って、ますます嬉しくなりました。まだまだ終わりの見えない旅だけれど、また力を貸してくださる人が増えて、心強いです。
「ミーティア、これからも頑張って荷物を運びますね!」
 それから、どんな状況でも絶対に知らない人には付いていかず、皆を待つことにしましょう。お城を出てみて、自分の世間知らずさが良く分かりました……。



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姫とゲルダさんの内緒話。この時点で姫は、まだゲルダの想い人がヤンガスだとは気づいてないです。妻子持ちネタが住人の勘違いだったと判明するのは、いつの日か……。