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† 闇を払う光 (1) †


 なんだかんだあってトロデーンの姫様一行に加わることが決まり、複雑な気分でヤンガスの棘帽子を眺めていると、ふっと振り返った悪人面と目が合った。
「ところで、ゲルダよお。ギャリングの野郎はどこ行ったんだ? ここに着いてから、ずっと見かけないけどよ」
「……ああ。石化して使い物にならなくなってるサザンビークの家宝に、海竜が放つ強い光を浴びせりゃ、元の魔力を取り戻す可能性があるってんで、今朝お供の連中を引き連れて出掛けて行ったよ」
「元宮廷魔術師だとかいう、ちっこい爺さんも一緒だったべ」
 あたしの横からファルマも言い添えると、マイエラの聖堂騎士団員だっていう色男が、ひゅうと口笛を吹いた。
「さすが世界最大規模のカジノオーナーだな。仕事が早いぜ――だったら、うろちょろするより、ここで待たせてもらってる間に体力や魔力を回復しといた方がいいだろうな」
「あ、はい。留守中に皆様がお戻りになったら、丁重におもてなししておくようにと仰せつかっております」
「嬉しいねえ」
 屋敷のメイドに流し目を送る、そいつの足を赤毛の小娘が無言で踏んづけた。そんな二人を、リーダーらしいバンダナ男と、おさげの子は苦笑いしつつ眺めている……ヤンガスのヤツ、どっか行っちまったと思ったら、こんな連中とつるんでたのか。
 馬の正体だった姫様といい、似合わないというか、なんというか――善良を絵に描いたような顔ぶれに、どういう経緯で同行することになったんだろう?
 トロデーンが呪われたのは比較的最近のことらしいけど、そうなる前から、あの国で暮らしてたんだろうか?

 そんな疑問は、そろって昼食を振舞われている間に、ファルマがあれこれ聞きたがったことで、あらかたの経緯が判明した。
 自分たちに襲い掛かった山賊が、崖から落ちようがどうしようが放っときゃいいだろうに……お人好しも、そこまで行くとただの馬鹿だね。
 そんな馬鹿どもの目的に協力しようって、あたしも大概だけどさ。

 食後のお茶を飲みながら、しばらく行動を共にすることになった面々の名前や素性を一通り把握したところへ、
「たっだいまー!」
 響く高い声。急に玄関の方が騒がしくなった。ギャリングたちが帰って来たようだ。
「エイトたち、戻ってるんだって?」
 ギャリングの娘は、ユッケとか言ったっけ――ぴょんぴょんと跳ねるようにダイニングへ入ってくると、溜息混じりに肩をすくめた。
「ダメだったんだってねー。残念! こっちも散々だったよー」
「散々……?」
 分かりやすく消沈した様子を見せるエイトに、のっそり姿を現したギャリングが頭を掻き掻き、椅子に座るよう促した。
「まあ、順を追って話そうか」
 そうして代わる代わるに話し始める。
「まず手始めに残存兵のリーダーに話を通して、宝物庫の鏡を借りて、例の遺跡にゃ行ってみたんだがな。建物の傍に、ちょうど鏡を嵌め込める造りの石碑があったんで試してみたが、うんともすんとも反応しなくてよ」
 よほど腹が減っていたようで、メイドたちが運んできた食事を、豪快に平らげながら続ける。
「遺跡の扉そのものは鍵も何も掛かっちゃいないんで、とりあえず入ってみようとしたんだが、まっすぐ進んでるはずなのに妙な幻覚が見えたかと思ったら、いつの間にか逆向いて入り口に戻されてる」
「オバケよ、オバケ! 気色悪いオバケが、キヒヒヒヒって笑ってんの!」
「私にはグロテスクな魔物が見えたよ……ああいう、触手がうねっているようなタイプとは遭遇したくないな」
 思い出したように身を震わせる妹の言葉に、兄の方もげんなりした表情を見せた。
「元宮廷魔術師の爺さんも、鏡から魔力を感じないって断言してな」
 その爺さんは、久しぶりに遠出をして疲れたとかで、話はギャリングに任せて別室で足腰のマッサージを受けているらしい。
「その信者たちが、闇の遺跡を本拠地にしてるなら、サザンビークを襲った理由は、例の鏡かもしれねえな――あれが無けりゃ、誰も遺跡に踏み込めない」
「その鏡は、今どこに? 魔力を戻す手段があるとかで、今朝、試しに向かわれたとゲルダさんから聞きましたけど……」
「あー、結論から言うとだな」
 ぼりぼりと髭を掻いたギャリングは、斜め上を見上げつつ答えた。

「……壊れた」

 しぃんと静まり返る部屋。
 集中する視線を避けるように、ギャリング兄妹もあからさまに目を逸らした。
「ええええーーーーーーっ!?」
 一拍遅れて五人分の大声が重なり、
「ジゴフラッシュなんざなあ――まあちょっと火傷するくらいの熱と幻覚作用はあるが、眩しいだけで、たいした衝撃でも無いはずなんだが。石化して、よっぽど脆くなってたんかな。粉々になっちまったよ」
「どどっ、どうするんですか! サザンビーク王家の家宝だって聞きましたよ?」
「どうしたもんかなあ? がっはっは」
「笑ってる場合ですか!?」
 血相変えて詰め寄るエイト。まあ一行の中じゃ誰よりも、トロデーンにかけられた呪いを解きたがってる人間だろうからね。笑って済まされちゃ堪らないか。
「まあ、サザンビークを元に戻す手立てを探す一環の不可抗力だ。兵士連中と爺さんの代理って形で行ったんだから、大目に見てもらうさ」
「大目に見てもらうにしても! もう遺跡を調べる方法は無くなったってことでしょう!?」
「そうだなあ。八方塞りだなあ」
 大騒ぎしている面々の中で、一人、椅子に座ったまま考え込んでいたユリマが、小首をかしげた。
「……あの、ギャリングさん?」
 ぼーっとした町娘にしか見えないけど、短期間ながら大魔法使いの助手をしていたとかで、けっこうな大技の使い手らしい。
「その、強い光? ジゴフラッシュを放つ魔物って、どこにいるんですか?」
「ウチから、けっこう近い海辺に教会があってな。そっから南東に進んだ、岩に挟まれた海峡に一匹住み着いてる」
「遺跡の入り口に幻覚作用があって、中へ進めないんですよね?」
「ああ」
「鏡に浴びせる光として適していたのが、海竜の “ジゴフラッシュ” ――それに幻覚作用があって、だけど殺傷力は皆無に等しくて、ひたすら眩しいんですよね?」
「そうだな」
「お話を聞いた感じ、鏡そのものは、そこまで重要じゃない気がするんです」
 バッと振り向いたエイトが、食い入るように娘を見つめた。
「光を生み出す魔法の道具だったんじゃなくて。浴びた魔力を蓄積、増幅する鏡だったんじゃないかと……だったら “ジゴフラッシュ” と同質の光を、遺跡に張られた結界を吹き飛ばすくらい浴びせれば、なんとかなるかもしれません」
 ヤンガス以外の面々は魔法に関する知識持ちのようで、納得したように頷き合っている。
「光の種類を指定なさったのは、お話に出ていた元宮廷魔術師の方ですか? 出来れば直接、詳しいことを伺いたいんですが――」
「おおう、どうにかしてくれるんならありがたいぜ。話をしながらでもマッサージは出来るだろ。爺さんならこっちだ、付いて来てくれ」

 そうして移動した小部屋で、元宮廷魔術師だという爺さんは、嬉しそうに目を細めた。

「なんと、ライラスのお弟子さんか!」
「はい。私も、西の大陸に、すごい魔法使いがいるんだって話をマスターから聞いたことはありましたけど……」
 ひとしきり故人の話で盛り上がってから、本題に移る。

「鏡の効果を魔法で、のう――」
「ええ。ジゴフラッシュって “マホプラウス” で吸収できるものでしょうか?」
「マホカンタが有効であるから、魔法には違いあるまい。ただ、あれは無属性でな、そこが厄介じゃのう……」
 専門的な話を繰り広げる二人を遠巻きに見ながら、馬鹿が首をひねった。
「無属性って、なんでげすか? 兄貴」
「僕もあんまり詳しくはないけど、メラ系や、ヒャド系――そういった一般的な体系から外れた術や技を使うモンスターが、たまにいるんだ」
 エイトは、どっちが年上なんだかって感じの調子で説明を始めた。
「たとえばメラ系の呪文に耐性を持つ防具を装備していたとして。当然、メラ系呪文の威力は軽減してくれるよね?」
「でがすな」
「だけど、メラ系にしか見えない魔法を浴びたのに、その防具を付けても外しても、ダメージが変わらないっていう場合があるんだ」
「……? 実は魔法じゃなくて、どっかに隠れた魔獣が火ぃ噴いてたってことでがすか?」
「いや、あくまでも魔法で」
「…………はが?」
 ヤンガスは妙な声で呻くと固まった。相変わらずの脳ミソは、話に付いていけなくなったらしい。
「ま、まあ、メラそっくりだけどメラじゃないってことだね」
「まず、そんな術を使う怪物に出くわすことが無いものね。魔法の教科書に載っているのは、キラーマシンのレーザー攻撃くらいだし――ほとんど、伝承だけの存在よ」
「おまえが考える必要は無い類の問題だ。忘れとけ、ヤンガス」
「おお、そうするでげす!!」
 ゼシカとククールの助け舟に、あっさり思考放棄して復活するヤンガス……こういうところは昔から変わりゃしないんだね。

 そうこうしているうちにユリマと爺さんの会話で分かったこと、今後の方針は。

「まず大前提として、浴びた魔法を溜めて放つ “マホプラウス” という呪文がある。これをユリマ殿が使える。海竜を同じ海域に集め、同時に放たれたジゴフラッシュを吸収、そのままルーラで闇の遺跡前へ飛び発動すれば、おそらく道は開けよう」
 爺さんの言葉に、ゼシカが表情を翳らせ、 
「だけど身体に負担をかけず “溜める” には浴びる魔法に習熟している必要があって、ジゴフラッシュの幻覚作用も、高熱を帯びた光も、マヌーサやイオ、ニフラム系統に合致しない無属性……そんな知らない魔法を強引に溜めるなら、それなりのダメージも伴う」
「しかも浴びれば例外なく幻に囚われる代物。マヌーサ属性じゃないから “破幻のリング” も効果無いし、もうユリマちゃんが遺跡の内部まで同行するのは諦めて、入り口で王様たちと留守番するって割り切った方が話は早い、と――まあ敵の本拠地らしい場所に、杖付きの馬車を置いてくからには、どのみち誰か護衛に残るべきかもしれないな」
「そして鏡が壊れたことで、増幅器の役割を持つ石碑も動かせないから、ジゴフラッシュの威力をさらに高める為に……姫様にも、協力を仰ぐ必要がある。どうにか短期間で “まりょくのうた” を覚えてもらって」
 エイトが言うにはミーティア姫は、歌に魔力を込められるんだそうだ。
 吟遊詩人として旅をしている訳でもないお姫様じゃ、せいぜい今までは城下町の子供相手に子守唄を歌うくらいしか、活用の場も無かったらしいが。
「ああ、歌はウチのドラキーが教えるし、近所の泉の水を飲めば、ユリマ殿のマホカトールと同程度の効力は得られるだろうからの」
「ミナカトールで護られた聖域の泉かぁ……それにしても、魔物を可愛がる変わり者だとはお聞きしてましたけど、本当だったんですねえ。ドラキーと一緒に暮らしてるなんて」
「スライムや泥人形もおるぞい。しかし、ライラスのヤツにだけは変人呼ばわりされたくないのう」
 ユリマの呟きに、爺さんはカラカラと笑った。
「そんでもって人間が頼んだって海竜が協力してくれる訳ねえし、爺さんとこの魔物も相手が海竜じゃ、話をする前に吹っ飛ばされて終わりだろうけど――アッシらがポルトリンクで出くわしたオセアーノンなら、暗黒神の怖さも体験済だし、大型海獣同士、話が通じる可能性が高いから、探し出して手を貸してくれるように頼む、と」
 一応は状況を呑み込めたらしいヤンガスが、ふんふんと頷き。
「んで、残る問題は、ジゴフラッシュの閃光の威力。副作用が幻だけなら結界を破るまで目を閉じててもらうことも出来るだろうが、熱閃はそうもいかない。一発の威力は高が知れていても、数匹分を同時に集めようっていうんだ。下手すりゃユリマちゃんが倒れちまう」
「こればっかりは一度試してみないと無属性に該当するのかどうか分からないけど、道化師として城に招かれたドルマゲスは “光の魔法” を操っていたって話だ」
「それを今からユリマちゃんに覚えてもらって、ジゴフラッシュをいなせるようになるか実験する……ってとこだな」
 話を整理し終えた一同に、ギャリングが訊ねる。
「あー、するってえと? マイエラの聖堂騎士団に捕まってるドルマゲスって野郎のところに、ユリマ嬢が行って?」
「ユリマちゃんにはオレが同行する。ミーティア姫様と王様は、歌をマスターするまで爺さんの家だな」
「僕も護衛として陛下たちに付いて行くよ。ヤンガスとゼシカは、ゲルダさんと一緒に船で、ポルトリンク海域でオセアーノンを探して」
「分かったわ」
「がってん承知でげす!」
「よーし、んじゃワシらは一休みさせてもらっとくぜ。遺跡に乗り込む時には声かけてくれや。及ばずながら姫様方の護衛として、同行するからよ」
「ありがとうございます! ユリマさん、使う魔法はすごいけど、体力面では本当にただの女の子って感じで――敵が杖の方を狙ってきたらと思うと、さすがに心配なので助かります」
 結界を破れる可能性が出てきたのは良いけど、ぼさっとしている暇は無い。
 マイエラ、泉組は早速ルーラで目的地へ飛び、あたしたちはオセアーノンとかいう魔物を探す船旅に出発した。



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船なんてゲルダ姉さんので良いじゃんと思った結果、姫様の見せ場 (?) だったイシュマウリとのデュエットが実現してないので、闇の遺跡前で歌っていただくことにしました。原作で困ってるイシュマウリに自分が歌うアピールをしたってことは、姫様は、自分の歌声になんらかの魔法効果があるとご存知な訳ですよね……?