NEXT  TOP

† 闇を払う光 (2) †


「――という訳でして。捕まっているのにそれどころじゃないって思われるのは重々承知ですけど、物騒な神様たちを何とかする為ってことで、ひとつ。お願いします!」

 愚弟と共に現れ、再びマイエラ修道院の地下室に足を踏み入れた魔法使いの娘は、鉄格子越しにドルマゲスと向かい合ったまま頭を下げた。
 床に胡坐をかいていた男と目線を合わせようというつもりか正座しているものだから、端から見れば囚人相手に土下座している格好だ。
(……プライドは無いのか、プライドは)
 半ば呆れつつ眺める。止めさせたいのは山々だが、こいつが使う魔法に用があるというからには仕方が無い。
「良いではないか、どうせ牢の中では暇じゃろう? いい加減、外の空気も吸いたかろう。彼女たちに協力してくれるならば、無罪放免とはいかんが、魔法の授業中は臨時措置ということで出してやれるぞい。食卓も共に囲もう、のう?」
 院長まで一緒になって、ああだこうだと困惑顔のドルマゲスを頷かせようとしている。
 こいつが応じれば一時的に牢から出さざるを得ない流れだ。
 あの杖が無ければマトモに魔法も使えん小物、妙な真似をすれば叩きのめしてやれば済む話――とはいえ非常に不本意だ。殺傷能力に乏しい光の魔法? 確かに使い手は珍しいだろうが、それが何故よりにもよってこの罪人なんだ?
 げんなりした気分で眼前の光景から目を逸らせば、騒ぎの元を連れてきたククールが、
「とりあえず立とうぜ、ユリマちゃん。な? 床、冷たいだろ? 院長も!」
 地べたに座り込んでいる二人の腰を上げさせようと四苦八苦していた。そうこうしているうちに結局、
「……私は、魔法の教え方なんぞ知らん。見せるだけしか出来んぞ」
「それでも良いですから!」
 娘と院長に拝み倒されたドルマゲスは、根負けしたように立ち上がった。
「ほれほれ、マルチェロ。話はまとまったぞい。早く鍵を開けてやってくれ」
「……その前に、騎士団の連中に事情を説明して、人払いしておきます。魔法の訓練に使う場所は中庭のみ。飲食もそこで。よろしいですね」
「うーん。まあ、仕方ないかの。あの騒ぎで負傷した者は、やはりまだ怖かろうし」
 それが暗黒神封印の為に必要なことであるならば、さっさと光の魔法とやらを習得した上で、立ち去ってもらうべきだろう。

 団員に集合をかけ、修道士たちも呼び、しばらくドルマゲスが中庭に姿を現すこと。魔法が放たれている間は近寄らないよう言い含め――さっそく夕食前に一度と張り切る娘や、落ち着かぬ様子でうつむき歩いている囚人を伴い、中庭へ場所を移せば。

「ところで、大して手間は変わらんのなら、またアレをやってくれんか。ぜひ、もう一度見たいと思っておってな」
「……アレ、とは?」
「アレじゃよ! アジサイの花みたいに、どーんとなったアレ! 室内より、暗いところで見た方がキレイだろうと思っておったんじゃ」
「ああ――」
 院長の言葉に応じたドルマゲスが、右手を中に翳した。
 ひゅるりと日暮れ後の空に上がった光球が音も無く弾け、撒き散らされた水飛沫のように巨大な円を描き、すっかり暗くなった修道院の庭を照らす。
「うわあ!」
 途端、目を輝かせた娘が歓声を上げ、ちらちらと降ってくる光の粒に手を伸ばそうとする。
「すごい、すごい! すっごくキレイ……!!」
「あまり近寄るな。かすめたくらいで火傷はせんだろうが、熱いぞ」
「あ、はい。すみません」
 忠告を受け、素直に手を引っ込めた娘は、しかし、
「もっとお手本見せてください、ドルマゲスさん! お手本!」
 本来の目的を忘れているんじゃないかと勘ぐりたくなるほど、浮かれた様子で頬を紅潮させていた。
 娘と院長の顔を交互に見やったドルマゲスは、小さく溜息をこぼし、次々に光を生み出し始める。王冠や、吊り橋、翼を広げた鳥など、光の粒子が次々に広がり、動いて、様々な物を形作り。
「なんじゃ、なんじゃ? 私に見せてくれたときよりも、ずっと凄いではないか! ドルマゲスよ」
 院長も娘と似たり寄ったりのはしゃぎようで、夜空を仰ぎ、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
「……室内でやるには限度があるからな」
「そうか、それもそうじゃのう。ほっほっほ、しかし良い眺めじゃわい。子供らも楽しそうじゃ」
 楽しそうな院長の言葉に周りを見渡せば、中庭に面した窓や通路にいつの間にやら、見物人がたむろしていた。
(近寄らず、各々の仕事をしていろと言ったろうが……!)
 一喝して追い払おうかと思ったが、少し考え止めておく。

 まあ、確かに。美しい眺めであることは事実だ。
 有害な魔法でもないようだし小坊主どもが束の間、立ち止まって眺めるくらいは許可しても良いだろう。なにより、院長が上機嫌でいるのは悪くない。
 そう思い直したところで視線を感じ、そちらを振り向けば、
「……なんだ?」
 なぜかククールが目を瞠り、ぽかんとした間抜け面をさらしていた。敵襲かと肩越しに背後を確かめても、常と変わらぬ石壁と草木があるだけで、これといった気配は感じない。道化師の動きに注意も払わず、なにを見ている?
「えっ、ああ?」
 一拍遅れて身じろいだ愚弟は、後頭部を掻きつつ愛想笑いを浮かべた。
「いやあ。あんな強面のピエロじゃなくて、綺麗なバニーちゃんがやってるんだったら、絵的にパーフェクトなんですけどねえ――」
 この状況で戯言を、私相手に漏らす神経が分からない。トロデーン一行に同行している間ぐらい、口を慎んでいれば良いのだが。
「くだらん。魔法を覚える必要があるのは、あの娘であって貴様ではないのだろう?」
 まあ、べつに何か不審物に気づいた訳でもないようだ。私が気を散らしている間に、ドルマゲスが、光の造形物をあの方向にも浮かべていたんだろう。
「他にすることが無いなら、報告書を上げた後、院内の仕事をしていろ。働かない者には食わせんぞ」
「承知しました」
 薄笑いを引っ込めたククールは、大はしゃぎしている院長と娘を数秒見やってから踵を返し、宿舎の方へ戻っていった。

×××××


「――あ! デブちん王子が、ちょっと痩せてる」
 開口一番、この台詞。
 船べりから身を乗り出したギャリングの娘は、相も変わらず失礼千万だった。
「おまえ……ぼくを馬鹿にしたこと、そのうち後悔させてやるからな」
 こめかみが引き攣るのを自覚しつつ呻くと、ユッケは、またしてもあっかんべーと舌を出す。
「やれるもんなら、やってみなさいってのよ」
 ああ言えばこう言う。まったく、どういう育て方をしたんだギャリングめ? 養子とはいえ赤ん坊の頃から名家で育ったんだろうに、淑女の風上にも置けないヤツだな!
「それで、サザンビークはどうなっている? 元宮廷魔術師の爺さんと連絡は取れたのか?」
 げんなりした気分で、島へ下りてきたギャリングに向き直る。とにかく様子見の船が来たってことは、あれから一週間経ったんだろう。
 最初の三日くらいは朝陽が上るごとに木の幹に傷をつけて数えていたけど、面倒くさくなって途中で止めてしまっていた――だって、どうせ嫌気が差したら、いつでもルーラで逃げられるんだし。
 ただまあ、ここへ戻って来ることは出来ないし。逃げたからって現状、どこに行くんだって感じだけどさ。
「ああ。爺さんに知恵を貸してもらって、あれこれ打開策を練ってるよ。調べ物の過程で太陽の鏡は壊れちまったが、不可抗力なんで大目に見てくれや」
「……おい!?」
「そんで準備が整ったら、敵の本拠地らしい場所に、とある勇敢な若者グループが殴り込みをかけにいく予定でな。ワシも及ばずながら助太刀するつもりだが」
 さらっと宝物の破損を告げておきながら、話を先に進めてしまうもんだから、文句を言うタイミングも逃してしまった。
「ワシに万一のことがあったら屋敷に残された者が困るんで、早急に跡継ぎを決めてしまおうと思ってな。出来ることなら、こいつらが単独で迷宮を制覇できる力を身につけるまで、先延ばしにしたかったんだが――こうなると、そう悠長にもしておれん」
「……?」
 甲板に佇むギャリングの息子たちが、お互いに戸惑った顔を見合わせ、
「護衛付きで送り込むと決めたは良いが、こないだ屋敷に賊が入ったときに大半の者が負傷して、回復魔法で治してもらってもまだ万全とは呼べない状態でな。しっかり働けそうな者が三人しかおらんうえ、それぞれ武力・治癒・攻撃呪文と特技が偏ってるもんだから、チーム組んでようやく、どっちか一人を守れるだろうといったところで困っとるんだ」
「はあ……?」
 そんな家の問題は息子どもと話し合えば良いだろうに、なんで無人島までやって来て、ぼく相手に愚痴をこぼすんだ? 内心首をひねっていると、
「護衛募集の張り紙を出したって、いつになったら応募者が来るかも分からんし――ってな訳で、そろそろ靴探しにも飽きたろう。おまえさんが護衛した方が勝ったら、借金はチャラにしてやるぞ。引き受けてみんか?」
「はあ!?」
 とんでもない提案をされ、思わず聞き返す声は、見事にギャリングの息子たちとはもった。
「試練は、私たちが二十歳になったらと言っていたじゃないか! そんなこといつ決めたんだ、父さん!?」
「竜骨の迷宮に、このデブちんと二人三脚で挑めっての!? なにその罰ゲーム! でっかいお荷物背負ってくようなものじゃん! まだ一人で突撃する方がマシだよ!」
「なんだって、ぼくが護衛なんかやらなきゃいけないんだ! ぼくは護られるべき身分なんだぞ!? ただでさえこんな無人島に一人で放り出しておいて……次期国王を、なんだと思ってるんだアンタ!」
 三者三様に叫び、抗議するが。
「王子様の弛みきった肉体が、たった一週間でけっこう引き締まって来てんの見て今さっき思いついた。どうしても嫌なら無理には誘わんが、次はちょっといつ様子見に来れるか分からんし、永遠に迎えが来なくても文句言わんでくれよ?」
 ギャリングは悪びれず答え、息子どもは揃って頭を抱えた。
 ぼくに対してだけ横暴なのかと思ってたけど、ひょっとしなくても普段から、こんなふうなのか?
「デブちんが、ちょっと痩せたからって何なのよー!? 王家の試練からも逃げ回ってるような根性無しに、護衛なんて務まる訳ないでしょ! そいつ連れてくくらいなら、風呂敷いっぱい薬草詰めて担いで行った方が百万倍いいったら!」
「そうかあ? じゃ、どんなもんだか確かめてみるか」
「え?」
 ニヤリと笑ったギャリングが、急に間合いを詰めてくる。
 慌てて避けたら、背後にあった岩がドガッと嫌な音をたてて粉砕された――冷や汗が頬を伝う。
「いきなり何するんだ、危ないだろ!」
「おーおー、相変わらず天然物のスピードだなあ」
「人の話を聞けよ!」
 ギャリングは楽しそうに殴りかかってくる。ぼくは必死になって避ける。逃げる。
「すごーい。そこそこ本気っぽいパパの攻撃、避けてるよ」
「血筋だろうな。あんな生活態度で過ごしてきてさえ、見事な足捌きだ。羨ましいものだよ、まったく」
 息子どもは船べりに並んで好き勝手なことを抜かしている……なに見物してるんだ、止めろよ父親を!
(ん、待てよ?)
 確かギャリングと戦って勝てば、借金は無かったことにしてやると最初に言われていた。
 こいつら、ぼくのことをカジノで遊ぶばかりで魔法もろくに使えない王子だと軽く見ているはずだし……先に攻撃してきたのはギャリングだ。拳を避けながら不意打ちしてやれば、ひょっとして。
 ギャリング一族は格闘術使い。破壊力は凄まじいけど、当たらなければ痛くないし、攻撃対象も基本的に手足が届く範囲に限られている。
 その点、魔法は飛び道具と一緒だ。
(帳消しとまではいかなくても、減らしてもらうからな!)
 宙に飛び上がったギャリングの側面に回り込んで、右手に意識を集中する。
「ベギラマ!!」
 閃熱波がギャリングの右肩あたりに命中して、日暮れ後の無人島を一瞬、明るく照らす。
 それはすぐに霧散して、小さな目を丸くしたギャリングと、焦げ臭い匂いと、
「パッ、パパ! 大丈夫!?」
 ユッケの悲鳴で我に返る。べつに死にゃしないだろうけど、やり過ぎた――だろうか? よく考えたら人相手に攻撃魔法なんて初めて撃った。モンスター相手に手加減なんて考える必要無かったし、高熱に曝された腕がどうなったのか、よく分からない。だけど、
「がっはっは! 油断したわい、たったの一週間でベギラマを使うかぁ? さすがはエルの甥っ子だ!」
 こっちや娘の心配を余所に、ギャリングは楽しそうに笑い出した。そうして 「ほれ」 と負傷した右腕を突き出してくる。
「……なんだよ?」
「回復魔法も使えるんなら、軽く治してほしいんだが」
「なんで、ぼくが。いきなり殴りかかって来たのは、そっちなんだから自業自得だろ。部下か息子たちにやらせろよ」
「僧侶も連れては来とるが、出航まで休憩時間にするから仮眠しとけって言っちまったし、叩き起こすのもかわいそうでなあ。あと残念ながらウチの子供たちに魔法の素質は無ぇんだ。ワシと同じ脳筋さ。フォーグは妙に頭でっかちに育っちまったが、反面教師ってやつかねえ?」
 知るかよ、そんなこと。
 だけど借金している現状、ギャリングに怪我させといて知らん顔ってのはマズイか。サザンビークの避難民は、こいつから物資の提供を受けてる訳だし。
「……ベホイミ」
 ギャリングの腕を掴んで呪文を唱えれば、傷跡はキレイに消え失せた。皮膚の内側まではどうなっているか分からないけど、血が止まっていれば化膿したりとかの心配は無いだろう。多分。
「おー、おかげ様で元通りだな。がっはっは!」
「嘘だあ……ボンクラ王子が、そこそこの魔法を使ってるよ」
 唖然と呟くユッケの隣で、フォーグは苦笑いしていた。なんなんだよ。

 まったく疲れる親子だよな――ああ、早く城に帰りたい。



NEXT  TOP

マルチェロ兄貴や院長と並んで花火を鑑賞するククールさんの話 (違)。
ドルマゲスの我流魔法による芸って、具体的にどんなものだったかはゲーム中に出てこなかったけど、現代で言うイルミーネーションや花火に近い派手さだったら、そりゃあ城や修道院のお偉いさんにも招かれるだろうなあと。電気が無い世界、光は魔法を使えない人間にとっては貴重だったろうし。