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† 紡ぎし絆は (1) †


 遺跡の結界を破る為に、必要な歌を習うことになって。
 魔術師のお爺さんに連れられて、エイトやお父様と一緒にルーラで飛んだ先は――静かな森の中にある、とてもキレイな泉でした。

「すごいです! 本当にお水を飲んだだけで……!?」

 お爺さんに促されるまま口にしてみると、ユリマさんに魔法をかけてもらったときのように身体の周りがキラキラ光って、ミーティアは人間の姿に戻っていました。
「歌の練習をすれば喉が渇くから、また飲めるでしょうし。ここにいれば、ユリマさんのお手を煩わせなくて済みますわね」
 旅の途中、時々みんなと一緒に夕食をいただきながらおしゃべりする時間は、とても楽しい気分転換になったけれど。ミーティアの為にユリマさんを疲れさせてしまうことは申し訳なくて複雑だったから――ほっと胸を撫で下ろしたところで、ひとつ疑問が湧きました。
「だけど、そういえば “まりょくのうた” って、お馬さんのまま歌っても効果は変わらないのかしら?」
 歌の本番は、遺跡前にある石碑の傍で行うそうです。
 ここでお水を飲んで行っても、途中で馬に戻ってしまったら……せっかく皆の役に立てそうなのに、ミーティアの所為で失敗してしまうなんて嫌です。
「はて――どうなんじゃ、ご老人?」
「ドラキーの一族に伝わる歌じゃ。馬であること、そのものは問題にならんだろうが……姫の意識が人間である以上、人の姿で歌った方が安定するであろうな」
「じゃあ、どれくらい飲めば、どのくらいの時間、人間に戻っていられるかも練習の間に確かめておかないといけないですね」

 ここで待っておくようにと言われて、しばらく三人で話しながら周りの景色を眺めていると、お爺さんが、パタパタと空を飛ぶ紺色のドラキーを連れて戻っていらっしゃいました。

「さっき話した方々じゃ。あの姫君に、おまえの得意な歌を教えてやっておくれ」
「くるくる、ぴー……」
 丸い目を、きょろきょろさせて、お爺さんとミーティアたちを交互に見やりながら、
「いじめない?」
 そう呟かれたので、少し、びっくりしました。
 夜間に旅人を襲って、血を吸うモンスターだと学んでいたのですけれど――ああ、だけど見世物小屋で酷い扱いをされていた彼らを、お爺さんが引き取って暮らしているというお話でしたもの。一概にそうとも言えないんですよね。
 ドラキー族にとっては、ミーティアたち人間こそが怖い存在なんですね。
「この方たちは大丈夫じゃ、おまえたちを檻に閉じ込めとった人間とは違うよ。エジェウスが危惧した未来を阻止せんと戦っておる、勇気ある人たちじゃ」
 お爺さんがあやすように言うと、ドラキーさんは、
「エジェウス!」
 急に驚いた声を出して、ぱたたっと高く舞い上がりました。
「だからの、この姫君と一緒に歌ってくれるか?」
「分かったっぴ! ご先祖様が約束した話、聞いてるっぴ!」
 エジェウス……確か七賢者の一人ではなかったかしら? 約束って、どういうことでしょう。
 そういえばドラキーって人語が通じるんですね。モンスターが喋っているところなんて初めて見たけれど、なんだか小さい舌足らずな子供みたい。まんまるな目や、パタパタ浮いている姿も、ぬいぐるみめいて愛らしいです。
 人間の言葉でも伝わるみたいだし、ちょっと、ご挨拶してみましょう。
「ミーティアと申します。よろしくお願いします、先生」
「ぴ!」
 ぺこりと頭を下げると、ドラキーさんは激しく羽ばたきました。
「先生っぴ!」
「はっはっは、偉くなったもんじゃなあ。おまえ」
 表情の変化はよく分からないけれど、嬉しそうな声でピィピィ鳴いて、お爺さんも隣でニコニコしていらっしゃいます。失礼にはならなかったみたいで良かったです。
「おお! ミーティアよ、なんと健気な……! しかし、あんなちんちくりん相手に姫が頭を下げるとは……うぬううう! それもこれも元はといえばドルマゲスめの阿呆が!!」
「お、落ち着いてください。陛下」
 頭を抱えて呻いているお父様のことは、エイトが宥めてくれました。
 大好きなお父様ですけれど、国外の方にまで時々無茶を仰るものだから、またトラペッタの時みたいな騒ぎになりはしないかと心配になることがあります。
 エイトも朝から晩までお父様に付き添っている訳にはいかないし、本当に、ヤンガスさんたちが一緒に来てくれて心強いわ――城を出てそう長い月日が経った訳でもないのに、三人きりになったのは、すごく久しぶりな気がしますね。

「ほほう、歌がお得意だと仰るだけあって上達も早いようじゃのう。もう魔力増幅の効果を帯び始めておる……」
「おっしゃ、おっしゃ! さすがミーティアじゃ!」

 お父様たちの雑談が聞こえる中、歌い続けます。
 ドラキーさんの声は、まるで弦楽器のような響きでした。
 さすがに鳴き真似は難しいと思ったけれど、それよりも音階を合わせて魔力を込めることが大切みたいです。


 聴覚が鋭い馬の姿で、先生の歌を聴いて。
 へとへとになるまで歌って感想を聞いたり、エイトに魔法の威力がどう変わるかを試してもらったり、お父様には時間を計ってもらって。
 今晩は――いえ、歌いこなせるようになるまで、お爺さんの家でお世話になることになりました。


「あの。ミーティアも、なにかお手伝いを……」
「よいよい。日暮れまで歌い続けて、お疲れであろう? エイト殿が優秀じゃて、ほどなく準備も終わる。後は煮込むだけじゃ」
「けっこう長く、小間使いやってましたから」
 懐かしそうに笑うエイトと一緒に、台所に立っているお爺さん。ドラキーさんたちも、家庭菜園から野菜を運んできたり、ミルクを搾ってきたりと働いているのに――なにをすれば役に立てるのかも分からずに、もたもたしていたらお馬さんの姿に戻ってしまいました。

 食事は皆で一緒にと誘われて、こうしているのですけれど。お馬さんなのに家の中にいるって、不思議な感じですね。

 すぐに晩ごはんの時間になって、ミーティアは、泉から汲んできてもらっていたお水を飲んで、元の姿に戻って。
「おまえ、爺さんと同じで優しい。気に入ったっぴ!」
「ふふ、ありがとうございます」
 先生とおしゃべりしていたら、スライムさんが背を向けて、
「……オレは気に入らないっち」
 ぴょんぴょん床を跳ねながら外へ出て行ってしまわれました。
「ご、ごめんなさい。急におじゃまして――」
「気にすることないっぴ。あいつ、あまのじゃく! 気に入らないって言ったから、おまえのこと気に入ってるんだっぴ!」
「そ、そうなんでしょうか……?」
 気を遣ってくださってるのではと悩んでいたら、さっき出て行ったスライムさんが戻ってきて、ミーティアのお皿に赤いものを幾つか落としました。木苺――みたいです。
「え、えーと……?」
「食ったらダメだっち!」
 それでは、これはどうしたら良いのでしょうか?
「食ったら、さっさと帰れっち」
 ミーティアが困っていると、お爺さんが楽しそうに笑いながら仰いました。
「デザートでも食べて、ゆっくりくつろいでくださいと言いたいようじゃな」
 本当に、それで良いのかしら?
 少し自信が無かったけれど、ずっと一緒に暮らしている皆さんが言うのだし、歌を習得するまでは帰るわけにもいかないのだから、仲良くなれるように頑張るしかないですよね。

「お父様。ミーティア、少し外を散歩してまいりますわね。エイト、付いて来てくれる?」
「え? あ、はい。ご一緒します」
「おお、おお。そうか? まあエイトが一緒なら心配いらんな」
 お父様は、思いがけずお酒を呑めて、ご機嫌みたいです。
 ミーティアのことばかり気遣ってくださるけれど、国の皆が呪われてしまって、町へも入れないから野宿ばかりで、お父様こそお辛いはず。こんな楽しそうな笑顔を見るとホッとします。

 お爺さんの家を出て。泉に行きたいとエイトにお願いして、歩き出してすぐ、またお馬さんに戻ってしまいました……お家から出たり入ったりする時だけは、お水を飲んだ直後にしないと、扉や壁を壊してしまったら大変です。お世話になっている間、気を付けましょう。

「お話とは、なんでしょうか? 姫様」

 泉に着いて人間の姿に戻ったミーティアに、エイトが、そんなふうに訊きました。
 昼間、歌の練習をしていた時に、少し話したいことがあるから後で付き合ってほしいとお願いしていたんですよね――だから、それは良いのですけれど、
「もう! 二人きりのときくらい、昔みたいに普通に話してほしいです」
 ミーティアが頬を膨らませると、彼は困ったように頭を掻きました。
「そう言われても……いつもきちんとしていないと、うっかり忘れそうで」

 城に来たばかりの頃のエイトは、王族がどういうものかもよく分かっていないみたいで。ミーティアに向けられた視線は、先入観もなにも無い自然なものでした。
 彼に接していると、王女じゃない、自分自身を見てもらえているようで嬉しくて――だから教育係や侍従たちに注意されたエイトが、敬語を使うようになったときは寂しくて、悲しくて。
 せめて、他に誰もいないときは普通に話してほしいとお願いしたけれど……子供の頃はともかく最近は、そんな機会なんて滅多に無かったから。エイトも、もう敬語が癖になってしまっているみたい。
 意識的に話し方を変えるって、きっと難しいですものね。

「――あのね、エイト。お妃様が政治に口を出すのは、やっぱり迷惑がられてしまうことだと思う?」

 ミーティアが話を切り出すと、エイトは、面食らったように目を丸くしました。
「トロデーンがあんなことになって、旅に出て……ヤンガスさんが一緒に来てくれて、ゲルダさんも協力してくださると仰ってくれて」
 最近ずっと考えていたこと。
 だけど一分一秒も惜しい、先を急ぐ旅の途中で、話をしたいからなんて理由で足止めする訳にはいかなかったし。
「ずっと山賊や盗賊って、人の物を盗む悪い人たちだと聞かされて――だけどお二人は、あんなに優しくて良い人で。ミーティアが世間知らずなばっかりに誘拐されて、皆に迷惑をかけてしまったけれど、パルミドで出会った人たちも、そんな怖い人ばかりじゃなかったですし」
 だから、こんなふうに理由があって一箇所に留まって、危険な洞窟を探索したりする必要も無い日なんて、次はいつ来るかも分からなくて。
「モンスターは危険だと教えられて来たけれど、あんなふうに人間と仲良く暮らせる子たちだっている」
 日頃の疲れも溜まっているだろうエイトのことは、本当なら、食後のんびり休ませておいてあげるべきなんでしょうけれど……今夜だけは、ミーティアとお話してほしいです。
「誰も、盗んだり襲ったりしなくても暮らしていけるような――そんな国になるよう役に立ちたいって考えてしまうのも、ミーティアが世界を知らないだけかしら?」
「……そうだね」
 草むらに並んで座ったエイトは、少しの沈黙を挟むと、肩をすくめて笑いました。
「危険なモンスターの方が多いし、筋金入りの悪人に、こっちの常識や善意は通じない。旅先で知り合った相手が、たまたま肩書きや種族のワリに友好的だったからって――そんなふうに考えるのは甘いよ。ミーティア」
 きっぱり断言されてしまって、ちょっと落ち込みます。
 でも、そうですよね……実際に危ないことがあるから、お城を兵士の皆さんが護ってくれていたんですものね。
「だけど一緒に仲良くやっていけるなら、それに越したことは無いよね。トーポだって分類的には、たぶんモンスターなんだろうし」
 話題にされていると分かったのか、エイトの上着のポケットから、ぴょこんとトーポが顔を出しました。
「こいつだけ城から放り出されなかったこと、感謝してるよ。陛下にも、ミーティアにも」
 頬のあたりの毛を掻いてあげると、気持ち良さげに目を細めています。
 考えてみたらお父様は、自然にそうしていらっしゃるんですよね。無害なトーポを認めて、エイトと一緒に城に置いて――元山賊のヤンガスさんたちも、旅の仲間として迎え入れて。ときたま衝突していることもあるけれど、なんだか楽しそうに言い争っている感じがしますし。
「だからさ。迷惑かどうかは、国王や大臣……その国の人々がどう思うかによるんじゃないかな?」
 エイトは座り込んだまま、夜空を仰ぎました。
 ほんのり輝いている泉と、月明かりに照らされた森の景色は、とても幻想的です。
「実際、アスカンタのシセル王妃は、あからさまに表に出ることこそしなかったみたいだけど、パヴァン王の相談に乗ったりして、かなり政治に影響を与えていた人だったんだと思う」
 ミーティアのお母様と同じように、まだお若いのに病死してしまわれた王妃様。とても素敵な方だったと噂に聞いています。
 わたしも、そんなふうになれるかは分からないけれど――呪いで石にされてしまったらしいサザンビークの皆さんも、トロデーンの民と同じように苦しんでいるはず。なんとか解放してあげたいです。
 ミーティアが先生の歌を覚えて、ちゃんと歌えたら。闇の遺跡の結界を払えたら……なにか解決策の手掛かりを得られるかしら?
「それに次期国王に任せっきりじゃ、サザンビークは――」
「……サザンビークは?」
 エイトは、あの国に行ったことは無いはずだけれど、ベルガラックで何か聞いたのかしら? それとも外出中でご無事だったというチャゴス王子に、どこかでお会いしたのかしら?
 だけど今日までずっと忙しくしていたから、そんな時間も機会も無かったはずですよね。
「えっ? あ、いや……えーと、ほら」
 なんでもないよ、とエイトは首を横に振りました。
「呪われたことを抜きにしてもさ。ただでさえ大きな国だから、王妃様のサポートも無いと大変だろうなって――とにかく自分の意見をしっかり持つのは、いいことだと僕は思うよ」
 そうして、ふっと真顔になって、強い口調で。
「たまには自分の為のワガママを言ったって良いと思うし……それくらい聞けないようなヤツは、ミーティアの結婚相手として相応しくないと思う」
 そんなふうに言われて、少し驚きました。
 自分の為のワガママ?
 そういえばエイト相手には、話しやすいものだから、つい色々とお願いをしてしまうけれど――お父様や、他の家臣たちからワガママだと怒られたのは、ずいぶん昔のことのように思います。
 駄々をこねなくなったのは、いつ頃だったかしら……? 忘れてしまいました。
「ありがとう、エイト」
 もやもやしていた心がすっかり軽くなって、嬉しくてお礼を言うと、彼は、にっこり笑い返してくれました。

 強くて優しい、ミーティアの近衛兵さん。
 呪いをなんとかしなくちゃ、結婚どころではないけれど――チャゴス王子が、エイトみたいな人だったら良いのにな。



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主従関係はあれど幼なじみ。第三者の目が無ければ敬語は使わないかな、というイメージです。
お爺さん家の1Fにいるあまのじゃくスライムたちに比べて、2Fのドラキーちゃんは影が薄かったなー。