NEXT  TOP

† 紡ぎし絆は (2) †


 いくら探す相手が大型海獣だって、海は果てしなく広いんだ。やみくもに探し回ったんじゃ効率が悪すぎる。
「オセアーノンって言ったっけ? そのイカだかタコだかが居そうな場所に、心当たりは無いのかい?」
 その頭足類と戦った頃からの面子だっていう、二人に訊いちゃみたけれど。
「うーん、ごめんなさい。これといって……」
 困り顔で眉根を寄せたゼシカの隣で、馬鹿が不思議そうに首をひねる。
「適当に進みながら大声で名前を呼んでりゃ、そのうち出てくるんじゃねえか?」
「それじゃ時間が掛かり過ぎるって話をしてんだよ!」
 ヤンガスの向こう脛を蹴っ飛ばし、溜息ひとつ。

 姫様一行は、魔力増幅の為に歌を。
 マイエラ修道院へ飛んだ連中は、光の魔法を習得――それぞれ教えを請う相手の所在地もハッキリしてるし、とっくに鍛錬を始めてる頃だろう。
 それに比べて、こっちは何処にいるかも分からない魔物探し。モタモタしてたら、他の奴等を待たせっぱなしになっちまうってのに。

「けどなー。魚は海を泳いでるもんだろ? こっちは潜って探す訳にもいかねえし……」
 蹴られた足をさすりながらブツブツぼやいていたヤンガスが、ふと思い出したように言う。
「そういや兄貴と情報集めしてるときに、ニュルニュルのボスが云々愚痴ってるクラゲが居たなあ。確か、オセアーノンが正気に戻った後も、あの井戸に住み着いちまってる感じだったし――そうだそうだ、もしどっかに住処があるんなら、あのクラゲに訊きゃあ判るかもしれねえぞ」
「クラゲ? 人語が通じる固体だったんだね? そいつは、どこにいるんだい?」
「えーと、どっかの井戸に……」
「 “どっか” じゃ、大海原でオセアーノンを呼び続けるのと大差ないだろ! どこの町か、村か! さっさと思い出しな!」
「おまえだってオレの頭の悪さは知ってんだろ。思い出せって言われても――」
「開き直ってないで少しは考えなさいよ! オセアーノンに協力してもらわなきゃ、闇の遺跡に入れないかもしれないのよ? そのクラゲに会ったのは、エイトと旅をするようになった後で間違いないのね?」
 ゼシカと二人がかりで問い詰めても、結局どこの井戸だかは分からなかったけど、トロデーン大陸にあるリーザス村からポルトリンクの間だろうってところまでは捜索エリアを絞り込めた。
「海から追放されたクラゲが逃げ込んだ先って言うなら、ポルトリンク近郊の方が可能性は高いわね……任せて! 私にとっては子供の頃から遊び場だったの。領地にある井戸の場所なら、ほとんど分かるわ。しらみつぶしに探してみましょ」

 どうにかこうにか行動方針がまとまって、飲んだり食ったり寝たりしている間にも、追い風を受けた船は大海原を進み――ほどなく、目的の港町が見えてきた。

 ローディとファルマを船番に残して、ゼシカの記憶を頼りに片っ端から調べて回ると、思ったよりも簡単に、三つ目の井戸に喋るクラゲが居て。
「僕らの、優しいボスに用があるの? ……えっ? ボスを正気に戻してくれた人たち? だったら、きっとボスも大歓迎だよね」
 弾んだ声を上げながら、ぱたぱたと触手を動かして。
「だけど、いくらお客さんでも、勝手にボスの家に案内する訳にはいかないし――それに人間は、海の中じゃ息が出来ないんだよね? しばらく、ここで待っててくれる? ボスに伝えてくるからさ」
 そう請け負うと、ぱしゃんと水に潜っていった。
 言われたとおり待つことにして、腹ごしらえを済ませた後、

「……それじゃ、お言葉に甘えて」

 いつクラゲが戻って来るかも分からないからと、交代で仮眠をとることになり。
 まず先にゼシカが休んで、元から夜型のあたしとヤンガスが敵襲に備えて見張りに就いた――とはいえ、ここは井戸の中。周りは壁に囲まれているから、頭上と水中にだけ意識を向けときゃOKなんで、通常の野営に比べればかなり気楽なモンだ。
「あんたも眠けりゃ寝ちまいな。こんな場所だし、起きとくのは一人で充分だよ」
「そっちこそ。夜更かしは美容の大敵だ、とか言うじゃねえか」
「それは小娘たちの受け売りかい? 余計なお世話だよ」
 問題は、この状況じゃ話し相手がコイツしかいないってことで――黙りこくってるのは変な気がするけど、楽しく雑談するような間柄でもない。
 だから一眠りしてくれりゃいいのに、ヤンガスときたら首を縦に振らない。しかも似合わない台詞まで吐いて。

 突っぱねられて気まずそうに目線を逸らすと、ボリボリ頬を掻いている。
 パルミドを出て行っちまう前も太ってたけど、あの頃以上に丸い……まるで酒樽だね。
 まあ、そこでゼシカが寝てるんだ。睡眠の妨げにならないように静かにしとくことは、おかしくもなんともないだろう。そう結論付けてクラゲが消えていった水面を睨む――オセアーノンの住処とやらは遠いのかね? さっさと帰って来てくれないもんだろうか。
  
「あー、ところでよう。覚えてるかどうか分かんねえけど、ゲルダ、おまえ……ラプソーンに操られてたとき、アジトぶっ壊しちまってたろ?」
「――ああ。一応、覚えちゃいるよ」
 ファルマから、家屋の修理と留守番は他の子分たちに任せて来たことも聞いたし。
 日を追うごとに薄れて来ているけど、どこで何をしてたかくらいの記憶はまだあった。
 ただ、目覚めた当初は鮮明だった “暗黒神の思考” は、もうキレイサッパリ思い出せなくなっちまってる。
 しばらくは本のページでも捲ってるみたいに、ラプソーンの知識を引っ張り出せてたんだけどね。いつまでも頭ん中に、自分じゃない誰かの意識が残ってるなんて気色悪いから、まあ良いんだけどさ。
「そ、そうか……そんでよう」
 せかせかと頷いたヤンガスの懐から、
「オレぶっ飛ばされて気が遠くなってて、うろ覚えだから間違ってるかもしんねえけどよ。いまさら要らないって言うんなら仕方ねえけど――」
「? なんの話……ッ!?」
 取り出された青い涙型の輝きに、思わず口を噤む。実物を見るのは初めてだったけど――いや、正確には操られてギャリング邸で暴れてるときに見たけど――疑う余地も無い、ビーナスの涙だ。
 昔から憧れていた宝石。すぐそこに在ると知りながら、難解な洞窟の仕掛けに阻まれ手が届かなかったもの。
「これよお。おまえに船を借りたいけど、タダじゃ聞いてくれる訳ないと思って兄貴たちと取りに行ったんだよな」
 ほとんど光も差さない井戸の底で、ビーナスの涙は、青く神秘的に光っている。
「相変わらず罠だらけで酷ぇモンだったけど、それより危ねえ、宝箱に擬態した化け物がいてよ。情けねえけど、オレ一人じゃ逆立ちしたって手に入れられなかったってことが、よく分かったよ……」
 溜息混じりにボヤきながら、バツが悪そうに頭を掻いたヤンガスは、
「おまえは頼んでもねえのに一緒に行くとか言い出すし、どうしたもんかって兄貴に相談したら、馬姫様を返してくれたうえに船にも乗せてもらってるんだから、ゲルダさんにって――んで、その。オレが自力で手に入れたモンじゃねえけど」
 べつだん何も無い井戸のあっちこっちに視線を泳がせた後、ようやく顔を上げたと思ったら、
「やっぱり、おまえが付けてたら似合うと思うし、気に食わないって言うなら売っ払って、アジトの修理費にしてもらってもかまわねえから……もらってくれねえか? これ」
 へへっと鼻の下をこすりつつ、それをあたしに差し出してきた。
「――な」
 とっさに返す言葉が浮かばず、向かい合わせに座っている男の顔も見ていられなくなって、無骨な手のひらに乗せられた宝石に視線を落とす。
 なんなんだい? 本当に、いまさら……こいつがコレを、あたしにくれるって言う。
 けど、それを望んだのは遥か昔のことで。
 嫁や娘がいるって話はパルミドの連中が勘違いしてただけらしいけど、ここにある “ビーナスの涙” は、どうやら詫び代わりの代物らしい。
 あたしだって、何年も音沙汰無かった男に、なにか期待してた訳じゃないけど――あっさり受け取るのは癪な気もする。
 だからって突っぱねるのも、昔のことを根に持ってるって誤解されそうで嫌だ。
 じゃあ、どうする?
 ゴチャゴチャ考えたって結局のところは、もらうか断るかの二択……だったら。
「ま、くれるって言うならもらっておくよ」
 宝石の輝きに嘘は無い。これは世界レベルの値打ち物だ。
「おおっ? そうかそうかー! じゃ、ほれ」
 ヤンガスは肩の荷が下りたような顔で笑って、あたしに石を手渡した。
「まあ、暗黒神の野郎にいいようにされて腹が立つって言うのは分からなくもねえし、おまえは世の中のことに詳しいから旅の仲間としちゃ心強いけどよ――戦うのは得意じゃねえんだろ。この先、ヤバそうな敵が出たらオレの後ろに隠れろよ。盾代わりにくらいならなってやれるからよ」
「ふざけんじゃないよ。あんたに借りを作るくらいなら、自力で避けるさ。あたしより、あのユリマとかいうトロそうな小娘でも守ってやりな」
「あー、ユリマの嬢ちゃんはなあ。本気でどんくさいんだよなあ……」
 しみじみと頷くヤンガス。人は見かけによらないとか言うけど、あの娘は第一印象どおりらしい。
「それより剣士像の洞窟は、どうやって突破したんだい?」
 あの面子に、そこまでのキレ者がいるようにも思えなかったけど、ビーナスの涙が手元にあるからには罠を全て潜り抜けたんだろう。もう挑む必要は無くなった――とはいえ、どういうカラクリだったのかは興味深い。
「お、そうだな! ゼシカも寝ちまったし、クラゲが戻ってくるまで暇だし……よっしゃ! オレと兄貴が出会った、聞くも涙、語るも涙の物語を最初から聞かせてやるぜ!」
「…………」
 誰もそんなことは聞いちゃいないよと突っ込みたかったけど、止める間もなく、吊り橋での感動的な事件とやらを語り始めちまったから好きにさせておくことにした。
 どうせ今は、暇だしね。

 けっこう煩かったろう話し声にピクともせず、未だくーすか眠りこけているゼシカを背に。
 最近の出来事を語り終えたヤンガスが満足そうに、水をラッパ飲みして。
 あたしは、ちょっとゲンナリした気分で――とりあえず、こいつにエイト絡みの話題を振ると長くなりそうだから、今後は止めておこうと心に誓っていると。

「あー、住めば都と思ってたけど、やっぱり海水の方が美味しいや」

 やっと戻ってきたクラゲが、ポルトリンク東の海岸まで来るようにと、あたしたちを手招いた。

「いやー、どうもどうも。その節はお騒がせしまして」
 砂浜に現れた、イカとタコを足して2で割ったようなモンスターは、妙に腰の低い態度で頭を下げた。
「……で、話はコイツから聞きました。海竜さんとの仲介役を頼みたいということで、お間違いないでしょうか?」
 ふよふよと傍で浮いているクラゲを指し示しつつ、あたしたちを順繰りに見渡す。
「おう、そういうこった。引き受けてくれるか?」
「ええ。二度手間になっても良くないだろうと、先に海竜の長に話してきましたらね。暗黒神に立ち向かわんとする者たちが呼ぶのなら、先祖が交わした盟約に従い、力を貸すと――あそこに」
 体はサーモンピンク、頭や模様は薄紫という、やや毒々しい色合いの巨体は、のどかな砂浜にいると馬鹿みたいに目立つ。
 以前こいつも暗黒神に操られて騒ぎを起こしたって話だし、一般人が居合わせたら騒ぎになったろうが、幸い辺りに他の人影は無い。
「あ、あれが海竜?」
 さらに沖合いには、オセアーノンに負けず劣らず大きな、黒光りする鱗を持つ生き物の姿があった。
 シャギャアア!! と、威嚇しているとしか思えない咆哮が響き渡るが、
「それで具体的にはどうしたら良いか、とお聞きになってますが?」
 のんびりした口調で、オセアーノンが通訳してくれる。けど、あたしたちもザックリした方針しか決まっちゃいないんだよね。
「いやー、たぶんユリマの嬢ちゃんに向かって、ジゴフラッシュってヤツを撃ってくれれば良いと思うんだが」
「なにぶん、こっちも初めてのことなんでね。必要な魔法や歌を会得するのに、もう少し時間がかかりそうなんだよ」
「それでも数日で準備が整うと思うから。出来れば闇の遺跡、近海で待っていてもらって。オセアーノンも通訳として、同行していてくれたら助かるわ」
「承知しました……長、かまいませんでしょうか?」
 再びシャギャーと応じる声が響き、オセアーノンは、あたしたちと海竜を交互に見ながら告げた。
「でしたら、あなたがたの船を確認させてくださいとのことです。我々にはニンゲンの固体識別は難しく、近くまで寄らないと分かりませんが、闇雲に近づけば攻撃されかねませんので。船なら、遠目にも判別しやすいですからね」
「分かった、停泊している場所まで案内するわ」
「ああ、陸路では時間がかかるでしょうし、我々も付いて行きにくいもので――ワタシの頭にお乗りください。どこか、この辺りなのでしょう? どこでも泳げば一気ですよ」
「えっ……」
 ゼシカがたじろぎ、ヤンガスも首をひねった。
「なんか滑りそうな気もするけど、しがみついときゃなんとかなるか?」
「ま、今は時間が惜しいしね。トロデーン城に現れたっていう黒尽くめたちより、先に動かないと」

 案の定、オセアーノンの乗り心地はお世辞にも良いとは呼べない代物だったけど――無駄に歩かずに済んだ訳だし、口をあんぐり開けたローディとファルマのマヌケ面はちょっとおもしろかった。



NEXT  TOP

ヤンガスとゲルダで小休止。太陽の鏡に適した光が海竜の物だったってことは、大昔に、エジェウスと仲良かった海竜さんと共同開発して、万一に備えてサザンビークに託したのかな? 島の石碑も、本当は誰が何の目的で作ったんだろう……。