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† 迷宮へ (1) †


「んもーっ、最低! 最悪! お兄ちゃんの卑怯者ー!!」

 キメラの翼を使って飛んだ先、薄気味悪い “竜骨の迷宮” とかいう遺跡の――不気味な化石の背骨や頭を通り道に、襲って来るモンスターを片っ端から悪態つきつつ殴り倒し蹴っ飛ばし突き進んで行く、外見だけなら華奢な女。
(ドン・ギャリングの養子って……あんまり興味なかったからうろ覚えだけど、確かまだ20歳前じゃなかったっけ?)
 それが、この猪突猛進ぶり。
 しかも素手。
『ワシと同じ脳筋さ』
 一戦交えた際のギャリングの、あっけらかんとした声を思い返す。
 いくら父親がアレでも、子供の頃から鍛えられてたにしても、これで女って――下手するとサザンビークの兵士長より強いんじゃないか? べつに護衛なんか要らなかったんじゃ?
 気味悪い景色を見なかったことにさえ出来れば、同行してる僕は楽だけどさ。背後から仕掛けてきた敵を魔法で蹴散らす以外は、ユッケが疲れて来たタイミングで、ベホイミかけてやるだけで済んでるから。
 性格が良ければまだ嫁の貰い手もあるだろうけど、ガサツで無礼とあっちゃ、いくら大富豪の養女でも……ああ、だから使用人連中もフォーグの指示に従って? だったら納得だ。
 ただでさえ養子だってのに、ユッケが跡継ぎになんか決まったらギャリング家はコイツの代で潰れて無くなるだろ。
 フォーグの方が、まだ頭は良さそうに見えたしな。

 この迷宮に棲み付いてるらしいドラゴンソルジャーやキラーマシン、マジックリップスもメタルキングさえも、怒髪天を突いてるユッケの拳でボコボコに薙ぎ倒されていった。

 ここは砂漠のど真ん中にあった巨大トカゲの化石――その口から中へ入り込んでいくと、辺り一面だだっ広い迷宮になっているって意味不明な場所だ。
 なんでも最深部に、ギャリング一族の初代が遺した “宝” があるんだとか。
 言い伝えじゃ “竜の墓場” だって話だけど、そんなの実在した訳ないし、アルゴリザードと同系統のもう絶滅したトカゲどもの住処だったんだろう……ああ、嫌だ嫌だ。
 骨になってるから、本物のトカゲほど気持ち悪くはないけど、そのぶん不気味だし不衛生だし。

「しかもジャンケンに負けたせいで、こんなのとコンビ組まされるし! 一応、護衛やるって言った癖に、たらふく食べて起こされるまで寝こけてたし……こんの寝ぼすけっ! もし、このままお兄ちゃんに負けちゃったら、全部あんたの所為なんだからねー!?」

 なんでだよ。
 屋敷を出てしばらくは反論してたけど、だんだん口を挟むのも疲れてきた。
 早朝出発って取り決めだったのに、ユッケに叩き起こされた時点で昼前というハンディキャップ。こんなに出遅れちゃ負けは確定だろうし、借金も帳消しにならないんだから、とにかくさっさと先に進んでフォーグを見つけて、文句を浴びせる相手を変えてもらわないと。
 しかしギャリングほど滅茶苦茶じゃないけど、こいつ……というか、兄妹どっちも横暴だよな。
 三人の中じゃ、まだマトモっぽく振舞ってたフォーグでさえ、勝負相手の夕飯に眠り薬を仕込むなんて手段に出たあたり。
 それを口止め料でももらったのか元々フォーグ派だったのか知らないけど黙認して、澄まし顔でテーブルに並べてくれた使用人たち。
「あーもう、こんなことになるんなら、昨日のアフタヌーンティーに超強力な眠り薬を仕込んどくんだった! 朝ごはんに混ぜればいいや、なんて考えてた、あたしが甘かった!」
 正々堂々勝負する気だったのかと思いきや、実は兄貴と似たり寄ったりなことを企んでいたらしいユッケもさ。
 
 日頃から 『常識の範囲で何でもあり』 って言うのがギャリングのモットーらしいけど――こんな奴らが跡継ぎで良いのか? いや、これくらいえげつない思考回路してないと、カジノオーナーなんて勤まらないのかもしれないけど。

 ああ、いまさら遅いけど借金してまでカジノに入り浸るんじゃなかった。オーナー連中が、まさかこんな輩だったとは――さっさと城に帰りたい。
 ギャリング本人は、昨日の朝、
『遺跡の結界を破る下準備が整ったらしいから、ちょいとワシは行って来るわ。片が付いて帰ってくる頃には、勝負も終わって跡継ぎが決まっとるだろうな。どっちが勝つか、どんな戦いをするか楽しみにしとくぞー』
 畑仕事に行って来るわー、夕飯のメニューは何か楽しみにしてるぞーみたいな軽い調子で出掛けて行ったけど……向こうは今頃どうなってるだろう? 石化したサザンビークを元に戻す手立ては、見つかるだろうか?

×××××


 ――姫様の歌声を聴きながら “マホプラウス” を唱えて、すぐに。
 目を閉じた上から目隠しの布を巻いた状態でも、辺りが白く照らされたと分かる。全身に突風を浴びたような衝撃、それから熱い光が体内で循環しているのを感じ取れる。

「制御……出来てます。大丈夫です」

 放たれた魔法を溜めておける、ということは、マイエラ修道院でドルマゲスさんが教えてくれたものと同質の光なんだ。良かった。
 もし合致しなかったら、遺跡に入る手段を探し直さなきゃいけないところだったもの。
 またゼシカやマルチェロさんそっくりな黒い人たちが襲って来るかもしれないんだし、悠長にはしていられない。

「おーい、オセアーノン! 上手くいきそうだー!! 海竜のヤツらに、さっきのを一斉にやれって言ってくれー」

 ヤンガスさんが叫んで。
 承知しましたー、と応える声がする。
 それほど広い島じゃないけど、遺跡がある場所は高い岩山に囲まれていて。
 この作戦に欠かせない海竜族は陸までは上がって来れないから、まずは船を係留した浜辺で、発動準備を整えることに決まったんだ。
 だから、ここは砂浜で、さっきから私はグルッと海竜の群れに囲まれているはず。
 強い光はともかくとして、回避術が確立されていない幻覚作用をなんとかする方法は誰も思いつけなかったから、遺跡の結界を払えたら私は姫様たちの護衛として、ここに残る予定だ。

「聞こえる? ユリマ、遺跡はこっちよ。今から腕、引っ張るからね」

 ゼシカの声がして、手を取られる感触。
 たぶんもう身体は幻覚に囚われているはずだから、絶対に目を開けちゃいけないんだけど、閉じたままにした上から目隠しもしてるし――大丈夫よね。
 限界まで溜めた魔法を、指示する声に従って、放ったら。

「ぶわー!!」
「……た、台風並みの暴風だね」
「姫様、陛下、掴まって!」
「わたたたたっ!?」
「きゃ――」
「ちょ、ちょっと! 覗かないでよっ!?」
「は? なに……」
「スカート!」
「心配すんな、ゼシカ嬢! 見たくても目ぇ開けてらんねえよ!」
 焦る皆の声が、切れ切れに聞こえる中――視界を閉ざしていても、物凄い暴風が巻き起こったこと、砂や枯葉がピシピシと肌に当たる感触、それから辺りが一際眩く光ったことを感じ取れた。そうして、

「……やった、やったぞ!」

 エイトさんが嬉しそうに叫ぶ声が聞こえて、皆の歓声も響いて。
「変な紫の霧が晴れた! ありがとう、ユリマさん――って、ああっ!?」
「? どうしたんで」
 振り返ったら目の前には、ぬめぬめした、一軒家よりも大きい……大きなナメクジ。
「きゃあああ! 塩どこー!?」
 家の台所じゃないんだから、そんなの手元にある訳ない。だったら、えーっと……燃やせば蒸発していなくなるかも!?
「 “メラゾーマ” っ!!」
「どわっ!?」
「え、えっ、なんで――目隠しにしてた布は!?」
「マズイ、さっきの暴風で吹き飛んだんだ!」
「ぶぁっかもん! ユリマは目を閉じたままでおったのに、おまえが驚かすからじゃ!」
「す、すみません! つい……!!」
「ユリマ、落ち着いてユリマ! それククールだから!」
「えっ、え?」
 え、もしかしなくても私、目を開けちゃった? これって幻覚? だ、だけど、けど――
「ナメクジは嫌あぁ!!」
 気持ち悪いし怖いし気持ち悪いし、両手に出したメラゾーマ、引っ込めなきゃと思うけど、巨大ナメクジが気持ち悪くてそれどころじゃない。
「ナ、ナメクジぃ!?」
「ぶはははは、幻覚状態だと、さすがの色男もゲテモノに見えるんでがすなあ?」
「笑ってる場合じゃないだろ、この馬鹿……!」
 幻聴効果は無いはずだから、聞こえてくる皆の会話こそが現状を正しく伝えるものだと、そう自分に必死に言い聞かせようとしても――やっぱり気持ち悪すぎて、これ以上撃たないように制御するのに精一杯で。
 半ばパニックになっていたら、ポフンと何か柔らかいものに頭が包み込まれて。
「!?」
 視界を埋め尽くしていたナメクジの姿が消えた。同時に耳元で声がする。
「落ち着いて、ユリマ。私、ゼシカよ……分かる?」
「ゼ――」
 包まれた瞬間、反射的に閉じていた目をまた開けてしまいそうになって、慌ててギュッと強く瞑る。
 そうだ、落ち着かなきゃ。こんなところで私が暴れたら、遺跡を調べる前に皆が怪我しちゃうかもしれない。
「ゼシカ? ホントにゼシカ?」
「そうよ。だから、落ち着いて」
 ……あ。
 バスタオル借りた時と一緒、ゼシカの匂いだ。
 あと、このふわふわって――もしかしなくても、彼女の胸?
「馬車の中に連れて行くからね。念の為、目隠しも付け直しておくから」
「う、うん……」
「ちょっと、みんな! ボーッとしてないで、飛んじゃった布か、代わりになるもの探してきて!」
「あ、ああ」
 促すゼシカの声に応じて、だだっと走り出す複数の足音。
 ああ、良かった。ゼシカのおかげで、段取りを台無しにしなくて済んだみたい。
 私は今から、幻覚状態から自然回復するまで、体力と魔力の温存も兼ねて仮眠を取らせてもらうことになっている。

「ごめん、ゼシカ。もう、うっかり幻見ちゃわないように気を付けて待ってるから――ゼシカも、無茶しないでね」
「うん。頑張って来るから、トロデ王たちのことお願いね」

 見えないままだけど、メラゾーマで狙っちゃったらしいククールさんに謝って、遺跡へ向かう五人に行ってらっしゃいって言って。

 私は念の為に目隠ししたまま、頭から毛布をかぶる。
 さっきはゼシカが止めてくれたけど。ここにはもう陛下と姫様、護衛に来てくれたギャリングさんしかいないんだから、さっきみたいに混乱する訳にはいかない。
「疲れたじゃろう、ミーティア。おまえも今のうちに休んでおいたらどうじゃ?」
「ヒヒン……」
 姫様はもう泉の効果が切れて、お馬さんの姿になってしまったみたいだ。
「見張りくらいワシ一人で充分だ、全員休んでおきな。敵が襲ってきたら叩き起こさせてもらうからよ」
「む、そうか? すまんのう」
 ここで心配していても何か役に立てる訳じゃないから、万が一に備えて早く休んでしまった方が良いとは分かっているけど……やっぱり気が昂ぶっているみたいで、なかなか寝付けなかった。



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ユッケちゃんに振り回されるチャゴスの図。彼女、良いパンチをお持ちなので、あとチャゴスは自分よりワガママな人間なんて周りにいなかったと思うので――コンビ組ませると、お互い言いたい放題になって話を進めやすいですね。エイト一行は、さっくり遺跡の結界を突破。