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† 憂鬱な午後 †


「え、えーっと……じゃあ、後は闇商人のところで、お宝を売っ払うだけですね」
 おどおど人の顔色を窺いながら、後ろから追ってくる子分たちの存在を、ここまで鬱陶しいと感じたことが今まであっただろうか?
「食料と薬も買い込んどきな」
 振り返らず、短く告げる。とりあえず平静は装えた、と思う――あいつのことを気にしているだなんて思われるのは、死んでも御免だ。
「アジトに戻ったら、すぐ海に出るよ」
「へ、へいっ!!」

 数ヶ月ぶりに訪れた、悪徳の街・パルミド。

「あら〜、ゲルダちゃんじゃないの?」
 子供の頃から出入りしていた、ここは顔なじみだらけだから、世間話の類にしろ仕事絡みにしろ、声をかけてくる人間は多い。けど今日は、
「ありゃりゃ、聞こえなかったのかね」
 なにを言われるか、聞かされるか、もう分かり切っているんだから足を止める必要は無い。まったく、どいつもこいつも人の顔を見るなり――

『あんた、知ってたかい? ヤンガスのヤツ、ずいぶん若い嫁さんもらってよ!』
『あんなボインの美人、どこで捕まえたんだか。なあ?』
『ヤッくんがさ、子連れで里帰りしてたんだよぉ! おばちゃんも老けちまうはずだよねえ、嫌だわあ。あはは』

(……うるさいな)

 心の中で毒づく。
 そうさ、あたしには関係ない。
 あいつは昔馴染みの商売敵、それだけだ。なのに――なんだってこんなに、イライラしなきゃならないんだ!?

×××××


 店主さんが、困ったように頭を掻き掻き、ミーティアを見つめています。

「参ったなぁ……従順な気性の馬かと思ったのに、ずっとこの調子じゃ買い手が付かねぇぞ。馬を欲しがるような客も限られてるし……しかしキントの野郎にゃ、おとなしく従ってたように見えたんだがなぁ」
 困らせてしまって申し訳ないけれど、ミーティアも困っているんです。
「おい、おまえさん。元の主人のところに戻りてぇのかもしれねえが、諦めな。どっかイイトコで飼われてたんだろうが――そんな真っ当な人間は、ウチみてぇな裏稼業の店、存在すら知りゃしねえ」
 そ、そんな……!

 だけど確かに、ここはお店みたいなのに、ショーウィンドウと呼べるような窓が一切ありません。外の様子が見えないんです。
 これでは外からも、店内がどうなっているかは判らないでしょう。
 入れ代わり立ち代わりいらっしゃるお客さんは、どうやら酒場のカウンターの奥、バーテンさんが立ち働いているスペース――なにも知らなければ、そこには厨房があるんだろうとしか思えないような扉から、出入りしているみたい。

 溜息をこぼした店主さんは、諭すような口調になって。
「ペットを飼う趣味は無いんでな。あんまり売れねぇままだと、馬肉にするしかなくなっちまうぞ」
 ばにく……。
 わ、わたし、売れなかったらステーキにされて、食べられちゃうの!?
 ど、どうしましょう? ああ、本当に、どうしましょう――人間の言葉さえ話せれば、事情を説明できるのに!
 わたしが焦っていると、またお客さんがお見えになりました。

「おや、ゲルダじゃねえか。久しぶりだな」

 キリッとした雰囲気の女性の後ろから、大柄な男性と、その背中に隠れてしまいそうなくらい小柄な男性が、
「けっこうな大荷物だな……また、どこかの遺跡に潜ってたのかい?」
「ああ、査定を頼むよ。そこそこ数があるんでね」
 ふうふう言いながら担いできた大きな布袋を下ろして、紐を解くと、なにかキラキラした物がたくさん詰まっているのが見えました。
「じゃ、そこで座って待っといてくれ。ああ、そんだけ多いなら茶ぐらい出しとかねえとな」
 店主さんは、わたしの傍の壁に椅子をひとつ置くと、ケトルを火にかけました。
「それじゃあゲルダ様、俺たちは今のうちに、食料の買い出しを終わらせて来ますんで」
「ああ。グズグズするんじゃないよ」
 お連れの二人を見送った彼女は、長い脚を組んで椅子に座ると、ちらりとわたしを見上げました。
「なんだい、馬? 珍しいね」
「ああ、どうだい? ひとつ」
「なに言ってんだい。確かに、良い馬なのは分かるけどね――盗賊のあたしが、馬を買ってなんに使うのさ? これだけキレイな馬だ、もっと飼い主に適したヤツがいるだろ」
「ま、そりゃそうだな」
 肩を竦めた店主さんは、紅茶の香りが漂うカップをカウンターに置くと、
「飲み終わったら、ここに置いといてくれや。数が多すぎて、ここにゃ広げられねえから、そっちの小部屋で作業してるからよ」
 そう言い残し、大きな袋を抱えて奥の部屋へ。

「ふう……」

 誰も居なくなると、ゲルダさんは、急に浮かない顔になりました。
「あいつも妻子持ちかい、まったく――」
 紅茶に手を付けることもなく、うな垂れて、
「連絡のひとつも寄越さないまんまで、さ……不器用なヤツだから、どっかで野垂れ死んでんじゃないかって、心配してたあたしがバカみたいじゃないか……」
 小さく呟く声音は、今にも泣き出してしまいそうに悲しげです。
 いったい、どうなさったのでしょう? 気になって、表情を窺おうと首を伸ばすと、
「ん?」
 勢い余って、ゲルダさんの頬に鼻が当たってしまいました。どうしても、人間のときの距離感で手足を動かしてしまうんですよね――お馬さんの首は長いのに。ミーティア、失敗です。

「なんだ、ひょっとして慰めてくれてるのかい?」

 ゲルダさんは少し驚いたようだったけれど、怒ることもなく、わたしの背中を撫でてくださいました。
「悪かったね、隣でブツブツ言っちまって」
 店主さんや、お連れの男性たちとお話なさっているときは、ちょっと怖そうな雰囲気だったけれど、今は目元や手つきも、とっても優しいです。ただ、
「……昔ね、ちょっと良い感じの相手がいたんだよ」
 その瑠璃色の瞳には、うっすら涙が浮かんでいて。
「あたしの為に、ビーナスの涙を手に入れて来てくれる、なんて言ってさ――こいつ、あたしに惚れてるんだなって。けっこう期待して待ってたんだけどね」
 あら? “ビーナスの涙” って、午前中にエイトたちが探索した、剣士像の洞窟の……?
「ま、どんなトレジャーハンターでも制覇できなかった、面倒な罠だらけの洞窟だから、お宝に辿り着けないこと自体は仕方ないんだけどさ……ダメだったって謝って、それだけ」
 ヤンガスさんも昔、挑戦して、まったくダメだったと仰っていましたけど――同じように断念した方が、やっぱり他にもたくさんいたんですね。エイトたち、すごいな。
「プロポーズしてくれるつもりかなって、どういうふうに答えようかって、ガラでもないこと考えながら待ってたこっちの気持ちは、どうしてくれるんだい」
 ゲルダさんは、ふてくされたように紅い唇を尖らせました。
「謝罪の言葉なんか、いらないんだよ。あのイノブタマン!」
 い、いのぶたまん?
 ミーティアの覚え違いでなければ、それはモンスターの名称だったような……あだ名なのかしら? ゲルダさんの想い人は、いったいどういう人物だったんでしょう?
「ケンカになってさ。それまで住んでた街も出て行っちまって、それっきり、音信不通になって――数年ぶりに噂を聞いたと思ったら、嫁さんと子供連れて里帰りしてるんだとさ。やってらんないよ、まったく」
 そ、それは酷いお話ですわ!
 確かに、なにも具体的な約束はしていなかったのかもしれませんけど、でも、それならそうと報せてくれたって良いじゃありませんか?
「なんで、このゲルダ様が、あいつのことなんかでイライラしなきゃならないんだか……こんな憂鬱な気分のときは、お宝探しに出るに限るよ」
 立ち上がったゲルダさんは、ティーカップを手に取るとグイッと飲み干して。
「世界は広いんだ。お宝が眠っていそうな遺跡や洞窟は、まだ山ほどある――嘘つき野郎が所帯を持とうがどうしようが、あたしの知ったことかい! そうさ、あいつは昔馴染みの商売敵。それだけだ」
 カップをカウンターに戻すと、ふうっと深呼吸なさいました。
「聞いてくれて、ありがとうね。吐き出したら、ちょっとスッキリしたよ……子分たちの前じゃ、こんなみっともない話、出来やしないからさ」
 わたしの頭を撫でながら、苦笑混じりに。
「あんたは、良い相手に巡り合えるといいね」
 囁かれた言葉に、わたしは戸惑いました。そんなこと初めて言われたからです。
 ゲルダさんには馬としか思われていないのだから、良い飼い主に引き取られて、という意味なのでしょうけれど。
(そうか、市井の方々は、そんなふうに出会いと別れを繰り返しながら、生涯添い遂げる相手を決めるのですよね――)
 だけど、わたしは、もうじきサザンビークのチャゴス王子と結婚します。
 それは生まれた時から決められていたこと。
 トロデーンが呪われて、お父様は、わたしも、こんな姿になって、今後どうなるかは分からないけれど……とにかく早くエイトたちのところに戻って、ゲルダさんに船をお借りして、杖を封印の間に戻してみなくちゃ……あれ?

(女性の、盗賊の、ゲルダさん?)

 確かに皆、そんなふうに話していました。
 そうして今、わたしの目の前に立っている女性も、盗賊の、ゲルダさんというお名前です。もしかして――ううん、間違いなくこの人ですよね? エイトたちが会いに行こうとしている相手は。
 考えてみれば、この街からさほど遠くない場所で暮らしていらっしゃるというのだから、パルミドに立ち寄ることだってあるでしょう。

「待たせたな、ゲルダ。査定、終わったぜ。この金額でどうだ?」
「ゲルダ様ぁ〜。ただいま戻りやした〜」
「保存食、こんなもんでどうですかね?」
 今頃になって気づいた、わたしの傍で、店主さんや、お戻りになったお連れの方々と話し込んでいるゲルダさん。
 ああ、どうして、わたしは馬の姿なのでしょう? これでは話を聞いていただくことさえ出来ません……。
「じゃ、またな」
「ああ。また宝探しに出る気なんだろ? 気を付けてな」

 店主さんに見送られて、お店を出ようとしていたゲルダさんは、ふと足を止めるとこちらを振り返りました。

「ゲルダ様?」
 訝しげなお連れの男性には応えず、店主さんと、わたしを交互に見比べながら、
「気が変わった。その馬、もらって行くよ。いくらだい?」
 そんなふうに言われて、びっくりしたのは、わたしだけではなかったようです。
「へ? おまえさん、さっき要らねえって」
「ウチから、ここは歩いて来れない距離じゃないが、荷が多いとさすがに面倒だ。船を手に入れたときから、陸での運搬方法を考えちゃいたんだよ――馬車があれば、こいつらが物を担いで回る必要も無くなる。そうすりゃ道中、モンスターに出くわしたとき身軽に動けるからね」
「げ、ゲルダ様ぁ〜! 俺たちの負担を減らすために?」
「ありがとうごぜえやす! 嬉しいです!」
 お連れの方々は、飛び上がって喜んでいます。確かに、ここへ来たとき以上に荷物が増えているみたい。
「べつに、あんたたちの為じゃないよ。この馬が気に入っただけさ」
「そうかそうか! じゃあなあ、1万で、どうだ?」
「ああ、文句ないよ。この馬の値段としちゃ安いもんだ。馬車付きになってるところを見ると、元々これを引いてたんだろう? 真夏や真冬は、中で休憩することだって出来そうだしね」
「あれ? そういや客が途切れなくてバタバタしてたから、放ったらかしだったけど……おまえ、馬車ごと売られてきたんだな。中の荷物、チェックしてなかったぜ」
「なんだい? もう1万で買うって決めただろ」
 ゲルダさんは、腕組みをして店主さんを睨みました。
「どうせ持ち主が離れてる間に盗まれたものなんだろ? どんなマヌケでも、貴重品は手荷物の方に入れてたさ――あたしは忙しいんだ。今から中を調べるだ何だで待たされるのは御免だよ。ただでさえ査定の間、待たされてたっていうのに」
 困りました。また頑張って、ここに留まらないと……。
 あ、だけどゲルダさんに付いて行って、ゲルダさんのお家で待たせてもらえば、エイトたちのところに戻れる可能性は高いですよね。
 ここで誰にも見つけてもらえないまま、お肉にされてしまう訳にはまいりませんし――わたしに出来ることは荷物を運ぶだけだけど、それでもトロデーンの呪いを解く為に、皆のところへ帰らなきゃ。

「ほら、おいで」

 ゲルダさんと一緒に行くことに決めて、歩き出すけれど、二、三歩で動けなくなってしまいます。そういえば、後ろ脚を鎖で結ばれていたんでした。
「おや、おまえ、ゲルダのこと気に入ったのかい?」
「どういう意味だい?」
「いや、見てのとおり極上の馬だろ? 今まで何人か買って帰ろうとしたんだが、テコでも動こうとしなくてよ。ずっとこの調子じゃ馬肉にするしかなくなるけど、それももったいねえから困ってたんだ」
 目を丸くしたゲルダさんは、不思議そうに首を傾げました。
「へえ……従順そうに見えるけどね」
「ああ、誰の評価も同じなんだがな。飼い主を選り好みするとは、よっぽど賢いのかもしれねえな」
 やれやれと笑った店主さんが、鎖を外してくださって。
「まあ、いいや。おまえさんを逃したら、次にこいつのお気に召すような客がいつ現れるか分かったモンじゃないしな。馬車ごと持ってけ!」
 最後に、わたしの背中を撫でてくださいました。
「ちっと怖いとこもあるけど、ゲルダはいいヤツだぜ。しっかり働いて元気で暮らせよ」

 そうしてやっと外に出られて、来た道を引き返していく途中、お父様がお酒を呑んでいるはずの建物が見えました。

 わたしがいなくなったことに、もう気づいているでしょうか? まだでしょうか?
 どちらにしても大通りには、わたしに見える範囲の路地にも、エイトたちの姿は見当たりません。残念です。運が良ければ、パルミドを出る前に見つけてもらえるかと思ったんですけれど……。
 ゲルダさんたちを振り切って走り出すことは可能でしょう。けれど、危険な暴れ馬と思われて、武器を向けられてしまったら、もうどうしようもありませんし――わたしの都合で、周りの方々に怪我をさせるなんて、いけないことです。
 元々、ゲルダさんを訪ねて行く予定だったのだし。
 あのお店を突き止めてくれたら、ゲルダさんに買い取られたということも、きっと判るでしょうから……とにかく今は一生懸命、馬車を引くことにしましょう。



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ヤンガスと同じく、動物には優しい気がするゲルダ姐さん。ビーナスの涙の件でケンカ別れしたのが何年前かはちょっと不明だけど、4〜5年前と仮定して――べつに宝石がほしかったんじゃなくプロポーズを期待してたんだとしたら、ヤンガスって、かーなーり罪作りなことしてるんですけど。見栄やプライドの為に、適齢期の女性を待たせたらいけませんよー。