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† 三人目の標的 †


 当面の間とはいえ愚弟が視界から失せ、しばらくは快適に過ごせると思っていたのに、ヤツがいた頃より疲れる気がするのは何故だろう……?

 執務机に座ったまま、頭を抱える。
 原因は、分かってはいるのだ。
 だが、頭痛の種がオディロ院長では文句も言えない。
 しかも愚弟と違って、あの人は、なにも咎められるような行為に及んでいる訳ではない。

 ドルマゲスを捕縛してからというもの院長は、日課のように、あの殺人未遂犯の牢屋に通っている。
 事情聴取といえば聞こえは良いが、話の中身は雑談だ。しかも、かなりの頻度で趣味のダジャレを披露しては感想を求めている――なんのつもりだと胡乱げなドルマゲスの態度は、不愉快ではあるが当然の反応だろうとも思う。
 なぜ己を殺そうとした、杖に操られてとはいえ国外では二人も惨殺して来たらしい、あんな輩にさえ親身になるのだ?
 敬愛する、大切な人ではあるが……正直、理解に苦しむ。警備するこちらの身にもなってほしい。
 まあ、杖を失い武器も持たず、元は魔法適性など皆無に等しかったらしい男が鉄格子の中から、院長に危害を加えられるとも思えないが――

 夕食の時間になったら、それを口実に連れ戻そうと決め、処理しても処理しても増え続ける書類を片付けていると、
「団長。ククールが戻りました。定期報告のようです」
 ノックの音と、遠慮がちな部下の声が、またうんざりする男の訪れを告げた。
「……通せ」
 最後に受けた報告は――そう。アスカンタ王国へ到着したという日、ポルトリンク西の街道が崖崩れで塞がれ当分は通れないこと。ポルトリンクで船を借りる手は、懐具合の問題で避けたいこと。トラペッタの占い師ルイネロに最良の手段を占ってもらい、ゲルダという名の女が所有する船を借り受けるため、大陸の南端を目指すという話だったな。
 そこまで思い出して、指示を訂正する。
「ああ、いや待て。先に、ドルマゲスのところにいるだろう院長に報せて、それから連れて来い」
「はい。では、少々お待ちください」
 連中の動向は院長も気にしているから、同席した状態でなくては二度手間だ。さらに言えば、あの人をドルマゲスから引き剥がす口実になってちょうど良い。

「聖堂騎士団員、ククール。定期報告に戻りました」

 入室した愚弟は、一足先に戻っていた院長の姿を見とめ、ホッとした表情になる。私と二人だけでは少々気まずいといったところだろう。お互い様だ。
「お元気そうで何よりです、院長」
「最近、ますますダジャレを考えるのが楽しくてのう。ほっほっほ。さっきもドルマゲスに新作を披露しとったんじゃが、これがなかなか――」
 機嫌良く応じる院長を前に、笑みを引き攣らせ、気の毒そうにこちらを見やる。
「団長は……お疲れの、ようで」
「前置きはいい、報告を始めろ」
 促されたククールは、軽く頷くと数枚の書類を差し出した。
 前回もそうだったが旅の最中に書き記しておいた物らしい。ざっと眺めただけでも、きちんとまとめられている――愚弟だが、要領は良いし無能でもないのだ、こいつは。
 いっそ全てが “あの男” に生き写しであったなら。騎士団に入る力量無しと内外から見なされ、修道士にも不適格として、自活可能な歳になった時点でここから巣立つより他なかったろうに。
 マイエラに残り、しかも聖堂騎士団を志望するとは……女遊びやギャンブルに溺れたいなら野に下れば良いものを、半端な。
「大筋は、これに。その前に、エイト――ああ、ええと、一行のリーダー格――バンダナ姿の青年ですが、覚えておいでですか? 調べ物をしたいと、書庫の閲覧を希望しているのですが」
「書庫に?」
 基本的に、一般人に開放するものではないのだが。
「うーむ。あの御仁なら、なんの問題も無いとは思うが、以前も濡れ衣で騒ぎになってしまっておるからのう」
 私が渋るより先に、顎ヒゲを撫でながら院長が口を開いた。
「上着の類は脱ぎ、手ぶらで入室してもらい、騎士団員を一人ともにおらせる……それで良いよな? マルチェロや」
 断固反対するほどの問題でもないため頷いて返すと、院長は、さっき自分を連れ戻してそのまま室内に残っていた団員を手招いた。
「それじゃ、おぬし。エイト殿を案内しておくれ。彼が読書を楽しんでいる間は、そうじゃな、書庫の掃除に勤しむんじゃぞ」
「かしこまりました」
 一礼して退室した団員を、院長は、なぜか少しガッカリしたような面持ちで見送った。

 長く喪に服していたアスカンタの王が、政務に復帰したこと。
 湖畔の宿屋とパルミドの中間地点に、胡散臭い外観の建物があり調べようとしたが中に入る方法が見つからなかった――ドルマゲスの隠れ家ではないかという疑念が浮かんだので、調べてほしいこと。
 パルミドに住む情報屋により、七賢者の末裔の所在地についてある程度分かったため、場合によっては彼らに助言を請う予定であること。

 報告書を元に不明点をいくつか問い、説明させ、
「明日にも、船の持ち主を訪ねて行きます。次の報告は……トロデーン城の封印の間に、杖を戻してみた結果になるかと」
 そう締めくくった愚弟は、私と院長を交互に見ながら訊ねた。
「それでドルマゲスは、なにか吐きましたか?」
「あやつものう。不器用な男のようでの」
 こくりと頷いた、院長が溜息をつき。
「魔法使いに憧れてマスター・ライラスに弟子入りしたは良いが、まったく才能が無いもんで、長い間、呪文の本すら読ませてもらえず雑用ばかりさせられておったんじゃと。街の人からも馬鹿にされておったとか――」
 掻い摘んで話しだす。騎士団員による尋問には固く口を閉ざし続けていた、あの男が、ようやく身の上話を始めた相手は自分が殺そうとしていた院長だった。
「それでとうとう師匠とケンカ別れしてしもうて、自力で魔法を習得しようと努力しても満足いく結果は得られんで……文献で読んだトロデーンの秘宝の杖を手に入れれば、強大な魔力を得られると思ったんだそうじゃ」
 短絡的かつ身勝手で、到底、同情できる動機ではないが――処刑など強行すれば院長の顔は曇るだろう。まったく――イライラする。連中が来るまでは、この人も私に実務を任せ、隠居状態であったというのに。
 単独犯であるようだし、あの時、赤毛の娘を止めず好きにさせておけば良かったか? などと考えてしまう。
「人々を見返してやりたかっただけで、なにもライラス殿を殺したかった訳ではないようでな。まだ、反省の言葉は聞けておらんが……瞳を見れば分かる。悲しそうじゃよ」
 ドルマゲスの動機を語る院長の声が途切れ、静まり返った室内に、

 ――さぁん!

 唐突に、かすかに甲高い声が聞こえた。
 一般人も出入りする礼拝堂周辺はともかく、男ばかりの宿舎内で? 空耳かと訝っていると、
「エイトさぁん! ククールさーん! どこですかあ!?」
 声が少し大きくなり、固有名詞が響いた。
「……ユリマちゃん?」
 名指しされた愚弟が眉をひそめ、窓から身を乗り出す。
「お、おいこら、そこの娘! ここは一般人は立ち入り禁止だ――」
「ま、待て。手荒な真似はするな! 確か、その子は院長たちの命の恩人だ!」
「ええっ、こんな子供だったんですか!?」
 侵入者を制止する団員の声も混じりだす。なんの騒ぎだ。
「なにかあったかの?」
 窓に歩み寄った院長に続いて外を見やると、書庫へ駆け込んでいくオレンジ色の人影と、それに追いすがる団員たちの姿が見えた。そうしてほどなく、

 ――どごおんっ!!

 別棟にいても聞こえるほど物騒な轟音が響き、院長の居室になっている2Fの屋根が、地震かと見紛うほどグラグラと揺れた。
 しかしこちらでは、家具も人間も微動だにしていない。
「きゃーっ!?」
 女の悲鳴がして、さらには、よろよろと扉から這い出てきたエイトという名らしい男が、
「だ、だいじょうぶか、おまえ!」
「首の骨、折れたんじゃないか!?」
 作り直したばかりの橋に辿りつく手前で、ぱったり倒れ伏して動かなくなり。それをゆさゆさ揺さぶる娘と団員たち。
「エイトさん? しっかりしてください、エイトさーんっ!」
「おい、動かすな! たぶん脳震盪を起こしているから……」
 引き攣った顔でその様子を見ていた愚弟は、
「なにやってんだ、あいつら――ちょっと失礼します」
 一礼すると、部屋から走り出ていった。
 放っておこうかとも思ったが、あの娘の慌てよう。少々気になる。

「何事かの。エイト殿も、ご無事だと良いが……」

 心配そうに階下へ向かう院長を追い、連中のところへ行ってみると、
「なんの騒ぎだ、これは?」
「す、すみません。マルチェロ様! その、先ほどまでは静かに読書なさっていたんですが」
 しゃっちょこばった敬礼を返した団員は、困り果てた様子で応じた。
「エイト殿が、その子の話を聞くなりルーラで飛ぼうとなさって――天井に、しこたま頭をぶつけ倒れてしまいました」
「…………」
 なにをやっているんだ。馬鹿か?
 呆れて見下ろせば、ククールに回復魔法をかけられていたバンダナ男が、はっ、と目を開け身じろいだと思いきや。
「ミーティアっ!!」
 真っ青になって叫んだ勢いのままルーラを発動、どこかへ飛び去っていった。その軌跡を目で追いながら、愚弟が問う。
「どうしたって言うんだ? エイトは……ユリマちゃん?」
「はい! あの、姫様がいなくなっちゃったんです!」
「は? 馬姫様が?」
「お二人と別れた後、お惣菜屋さんに晩ごはんを頼んで――待っている間ちょっとカジノで遊んだりしていて、そうして酒場に戻ったら、入り口に姫様が見当たらなくて」
 魔法使いの娘は、おろおろと早口でまくしたてた。
「陛下も酒場にはいらっしゃらなくて、予約した宿には誰も入っていないって言うし……おかしいなと思って大通りに引き返したら、陛下お一人で姫様を探していて」
 黙って聞いている愚弟の顔つきが、だんだんと険しくなり。
「酒場に入ってしばらくした頃、外で姫様が鳴く声が聞こえたらしいんです。意味も無く街の中で騒いだりなさるわけないから、変だと思って外に出たら、もう姿が無かったって――それで聞き込みをしたら、キントっていう男性が白い馬を引っ張ってるところを見たって、目撃証言がいくつか」
「そいつに連れて行かれたってことか? けど馬姫様は、頭の中身まで馬になっちまってるわけじゃないだろ? 相手が男一人なら、いくらでも抵抗できるはずだぜ?」
「ええ、力や体力もお馬さんになるって仰っていたし、そのはずなんだけど……見つからないし」
 肩を落とし、話し続ける娘は、
「それに私、カジノで遊んでいるときに、なんていうか――ふっと肩が軽くなる感じがしたんです。ゼシカに話したら、修行の成果で魔力が上がったんじゃないかって言ってくれてたんですけど」
 でも、と小さく首を振り、唇を噛んだ。
「ひょっとしたら、もう街の外に連れ出されてるんじゃないかって……もしも、そうだったら。あの肩が軽くなった感じって、杖と離れた所為で、マホカトールの効力が切れちゃったからかも」
「!」
 辺りに緊張が奔る。聞き捨てならない台詞だった。
 その憶測が正しいなら、杖の危険性を知らぬ者が手にすれば、再び、あの夜と同じように――?
「今はヤンガスさん、ゼシカと陛下が手分けして、キントって人を探してます。せっかく里帰りなさってたのに申し訳ないですけど、ククールさんも探すの手伝って……」
 ここへ来るまでも走り回っていたんだろう、状況を説明し終えた娘は、大きく息を吐いた。
「マホカトールの効力が、切れた? だとしたら――」
 その傍らに膝をつき、真顔で考え込んでいた愚弟は、
「! あいつ……」
 ハッと踵を返すと、宿舎の方へ走りだした。
「ク、ククールさん?」
「おい、どこへ行く!」
 体力が尽きている様子の娘に回復魔法をかけてやり、後を追う。悪目立ちする赤い騎士服の行き先は、すれ違った者たちに聞けば容易に分かった。

「おい、あんた! 院長の次は誰を狙う気でいた!?」

 地下牢に足を踏み入れる前から、響いてくる大声。
 ククールは牢の鉄格子を掴み、まくしたてていた。
「馬車が杖ごと? 杖が馬車ごと――ああ、とにかく例の杖が持ち去られちまったかもしれねえんだ! なにも知らないバカが手にしたら、また賢者の末裔が狙われる! 院長の次のターゲットは誰だった!?」
 愚弟の勢いに押され、ドルマゲスは目を白黒させながら答える。
「な、名前は知らんが……西の大陸の北西に、賢者の血を感じる……と考えていた、はずだ」
「北西――西の大陸の――ベルガラックの、ドン・ギャリングか!」
 ぶつぶつ呟いた愚弟は、バッと振り返り、
「行くぞ、ユリマちゃん!」
 駆け出しざまに娘の手を引っ張った。
「は、はいっ」
 引き摺られるように階段を上りながら、娘は、こちらへ向かって会釈した。
「お、お騒がせしました! ドルマゲスさん、教えてくれてありがとうございます……!」
「兄貴、院長を頼んだ!!」
 愚弟は振り返りもせず、そう言い残して。

 嵐が去った。

(院長を頼んだ、だと? 言われるまでもないわ)
 急に静かになった地下牢に、
「殺人犯だぞ、私は――嘘の情報だと思わんのか」
 呆れたようなドルマゲスの呟きが落ちる。
「ん? 嘘なのかの?」
 院長の問いに、男は、ふて腐れた口調でそっぽを向いた。
「大嘘を教えてやれば良かったな。急に聞かれたから、そこまで頭が回らなかった」
「そりゃあ、おまえさんが根っからの悪人ではないからじゃよ。人間、切羽詰った場面でこそ素が出るもんじゃ」
 相変わらずの暢気さで、院長は笑いながら言う。
「これで、そのギャリングさんとやらが無事で済めば、ひとつ償いになるのう」
「……ふん」
 鼻を鳴らすドルマゲスを、横目に睨む。まったく面倒な杖の封印を解いてくれたものだ。しかし愚弟どもも間が抜けている――ああ、そうだ。
「おい、貴様。アスカンタ王国の、湖畔の宿屋とパルミドの中間地点に隠れ家を持っているか? 部下が、胡散臭い建物を見かけたらしいんだが」
 ドルマゲスは、悪人面をぽかんとさせた。
「それは……バトルロード闘技場じゃないのか? そもそも私は家など持っていないぞ」
「そうか」
 だろうな。報告書を見たときから、そうではないかと思っていたが。
 しかし厄介な事態になったものだ。とにかく杖の無事が確認されるまで、院長の身辺警護を強化しておかなくては――



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なんでもリメイク版では、ドルマゲスとマスター・ライラスの過去のいざこざ描写が追加されているとか? 管理人はプレイしてないんでネット情報のみだと、なんかライラスの方が口下手偏屈癇癪持ちの酷い人みたいになってるような……しかしプレイしてないのに、そっちに沿うのも中途半端なんで、当サイトでは自分のイメージで参ります。