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† 彼女を追って †


 ああ、なんてこった、なんてこったい――兄貴がいねぇ間に、馬姫様が攫われちまうなんて! 子分失格だ!!
「まったく、あの不届き者が! なぜ止めたんじゃ、ヤンガス!」
「あんなの、相手してる時間がもったいないでがすよ。それより、早いとこ闇商人の店に……!」
 キントの野郎が隠れてた小屋を出て走りながら、怒り狂うおっさんを宥めていると、ゼシカが頭上を指した。
「あ、あれ! ルーラの軌跡――」
 おお? するってえと、兄貴たちに報せに飛んだユリマの嬢ちゃんが?
(うわあああ、兄貴がお戻りになる前に馬姫様を取り戻しときたかったのにー!!)
 悪いことにルーラ使い二人ともマイエラに行っちまってたから、慌てて道具屋で買ったキメラの翼代も面目ねぇ……普段から兄貴が、どんだけ節約してるか知ってんのによぉ。

「陛下! ヤンガス! 姫様は!?」

 ちょうど大通りにいるアッシらの姿が目に入ったらしい、血相を変えた兄貴が駆けてくる。
「街のチンピラに誘拐されちゃったのよ!」
「しかも闇商人の店とやらに1000Gで売ったと――トロデーンの至宝を捕まえて、そんなはした金で取り引きするとは、どういう了見じゃ! あの酔いどれキントとやら、斬り捨ててやれば良かったものを!!」
 小屋の方角を指差すゼシカの隣で、おっさんが地団太を踏み、アッシはその場に土下座した。
「すすすす、スイヤセン、兄貴……! アッシがいながら、こんなことに!」
 この街の連中、人の過去や事情には無関心だけど、持ち物には関心ありまくりなんだよなあ。アッシは顔も腕っ節も知れ渡ってたから、狙って来るヤツなんかいなかったけど。
 酒場の前なんて目立つところに、パルミドの外から来たって一目瞭然の馬姫様を一人で待たせてたんじゃ、こうならない方がおかしいってのによぉ――忘れてたじゃ済まねえよ、アッシの脳ミソのアホンダラ!!
「近衛兵だっていうのに傍を離れた、僕の責任だ」
 ぶん殴られても当然だと覚悟してたが、兄貴は、抑えた口調で首を横に振るだけだった。なんか逆に怒ってるって感じで、いたたまれねぇような……。
「それで、その闇商人の店って?」
「ば、場所なら分かりやす! 店主もアッシの知り合いなんで、キントの野郎から回収したこの金そのまま渡して頼めば、きっと馬姫様を返してくれるでがすよ!」
 ずっしり重い布袋を持ち上げて見せながら、慌てて答える。
「こんな街の商人だが、貴重品の取り引きも多いから、商品の扱いは丁寧なオヤジでがす! 馬姫様を傷つけたりとか、そういう心配は無用でげすから――」
 すると兄貴は、ちょいと表情を和らげてくれた。
「……そう。じゃあ、そこに急ごう」
 ふー。いつも穏やかな兄貴に、あんな厳しい目で睨まれると生きた心地がしねぇでげす。この人に嫌われたら、見放されちまったら、アッシはもう死んで詫びるしかないでがすよ!
 ひとまずホッとしつつ先を急いでいると、おっさんが、また唐突に怒りだした。
「ヤンガス、貴様! ミーティアを商品呼ばわりするとは、どういうつもりじゃっ!?」
「はあ? べ、べつに深い意味は無ぇよ!」
「言葉の綾ってヤツでしょ? 怒る気持ちは分かるけど、王様も、ちょっと落ち着いてよ。ヤンガス殴って気絶しちゃったりしたら、闇商人の居場所が分からなくなるわよ」
「む? むう。それは困るわい――しょうがないの、ゼシカに免じて勘弁してやる」
 偉そうにふんぞり返ってる姿はムカつくが、今回ばかりは、どう言われても仕方ねぇか。娘を攫われちまったんだもんな。
 しかしキントの野郎、よりにもよって兄貴の大事なお人を連れ去るたぁ……さっきは拳骨一発で済ませたが、もっとしばき倒してやりゃあ良かったか?
 まあ、おっさんに怒鳴られて、あれは魔物の姫だったのかって勘違いして震え上がってやがったから、馬姫様を見かけても二度と、ふざけた真似はしねぇだろうけど。

 しかし物乞い通りを突き進み、闇商人の店に着いても馬姫様は見当たらず。

「もう売っちまったぁ!?」
「あ、ああ。すまねえな」
「誰に?」
「おまえさんもよく知ってるヤツだよ。ゲルダが気に入って買っていった」
「げっ、ゲルダぁ!?」
 もう、なにが一番ショックなのかも分からなくなって、カウンターを乗り越える勢いで詰め寄っちまう。あいつとアッシの間のいざこざを多少は知ってる店主は、
「しかしキントなんぞに盗まれるたあ、おまえさんともあろう者がついていながら、油断したもんだな」
 気まずそうにボリボリと頭を掻いた。そんなアッシらの後ろで、兄貴たちは困った顔を見合わせている。
「ゲルダって、例の、船の持ち主だっていう女盗賊の?」
「ま、まあ、ゲルダさんにはどうせ会いに行く予定だったんだし――」
 ううっ、馬姫様の行方は分かったが……なんで、よりにもよってあいつなんだ? けど、
「あ、兄貴。安心してくだせえ。ゲルダは、人間相手にゃおっかねえけど動物には優しいヤツでがす。馬姫様は大事に扱われてるはずでがすよ」
 その点は一安心だった。
「そっか――」
 強張っていた兄貴の表情も緩んで、だいぶ普段に近くなる。
「それは分かったけど、おじさん。馬車の中の荷物は? まだあるなら返して。だいたいは無くなってもかまわないものだけど、ひとつ、危険な物が混ざってるのよ」
「なに!? 危険な?」
 ゼシカが横から口を挟み、店主は、ぎょっと後ずさった。
「そ、そいつぁマズったかな……あの馬が売られて来てからずっと、バタバタしてたもんで、馬車の中身まで確かめてなくてよ。丸ごとゲルダに売っちまったよ」
 そうだ、まだ、その問題があったんだよ!
 ユリマの嬢ちゃんも、ちょいと気になることを言ってたし。兄貴も馬姫様のことで頭いっぱいだったみたいで、ハッと息を呑んだ。
「そ、それでゲルダは!? 店を出たのは、どれくらい前だ?」
「あー、また船でお宝探しに出るって、下っ端どもが食糧なんかを買い込んで来てたからな。もう、とっくにアジトに帰ってる頃じゃないか?」

 そうと判れば、ここに居ても仕方ねえ。
「お手数かけてスイヤセン、兄貴! ルーラで剣士像の洞窟に!」
「分かった!」
 大急ぎで外に出て、記憶のまんまだった建物を見上げる。
 昔は、よく世話になった店だが――盗賊からは足を洗ったってのに、こんな形で再び訪れることになるとは。まったく、皮肉な話だよな。
「ちょっと待ってエイト、ユリマとククールは? 姫様のことは、ユリマから聞いたのよね?」
 魔法の発動体勢に入った兄貴を、ゼシカが止めて。
「あ、うん。僕は先に一人で飛んで来ちゃったから……」
 そういえば、と周りを見渡していると、おっさんが嬉々として飛び跳ね空を指した。
「おおっ? 噂をすれば、じゃな」
 顔を上げれば、兄貴が戻ったときと同じ光が、こっちに向かって来ていた。

×××××


「あー、着いた着いた。馬車が運んでくれるって楽でいいだなぁ」
「まあ、馬は守ってやらなきゃなんねえけどな」

 森に囲まれた池の傍、ここがゲルダさんのお家みたいです。
 子分の方々は物置小屋の中に私を繋ぐと、荷物を下ろし始めました。
 道中、皆さんがお話しているのを聞いていて分かったけれど、大柄な覆面の男性はローディ、ぽっちゃりした小柄な男性はファルマというお名前らしいです。
「ほれ、ご苦労さん。水だぞ」
 ファルマさんが、バケツにお水を汲んで来てくださいました。たくさん歩いた後の飲み物は美味しいですね。
「ん? なんだい、この杖――ああ、店主が、売られてきたときのまんまだって言ってたっけね」
 馬車の中からゲルダさんの声が聞こえます。
(杖……?)
 そ、そうだわ忘れてた! 普段、使わない荷物は馬車に積んだままだから、あの杖も中にあるんだわ!
(それに触っちゃダメです、ゲルダさん!)
 とっさに叫ぼうとしても、口から飛び出すのは馬の嘶き――ああ、なんて不便なの!
「お、おい? どうした? 急に暴れるな! ゲルダ様が危ないだろ!」
 ローディさんが慌てて、わたしの手綱を引きました。けれど馬車を揺らしたいんじゃなくて、危ないのは杖を持ってしまうことで……!
(あら? でも、ユリマさんが魔法で封じてくださってるはずだから、大丈夫なのかしら?)

 そう考えたと同時に、ドバアァン!! と背後で凄まじい音がして。

「ぐはっ!?」
 台風みたいな空気の渦に、吹き飛ばされたローディさんが壁にぶつかって。
「どひゃあ!?」
 ファルマさんも尻餅をついてしまって。
 わたしは反射的に、その場にしゃがみ込みました。背中に当たる暴風。バケツがひっくり返って水溜りが出来て。お馬さんのミーティアは重たいはずなのに、身体が、ずりずり押されて地面を滑ってしまいます。

(…………?)

 ようやく強い風が止まって。
 おそるおそる目を開けてみると、屋根には大穴が。
 木製の物置小屋はあちこち板が外れてしまって、ローディさんは大の字に倒れています。
 わたしの身体には、破けてしまった木片や布の切れ端――壊れた馬車の残骸が散らばり積もって。
「げ、ゲルダ様が……飛んでる……?」
 隣で唖然としている、ファルマさんの呟き。
 夕暮れの空に浮かんでいる、ゲルダさんの姿は、さっきまでとほとんど変わらないけれど、
「ふん――なかなか良いじゃないか、この身体。あの男よりは、遥かに魔力を蓄えておけそうだ」
 顔色がおかしくて、ひたいに血管が浮いているのが遠目にもはっきり分かるほど。瑠璃色だったはずの瞳は真っ赤です。これは……!?
「? ゲルダ様? あのう――」
「試し撃ちでもしてみようかい」
 ゲルダさんが無造作に、杖を、ファルマさんに向けました。
「へっ?」
(! 危ない……!!)
 わたしは咄嗟に、彼に体当たりして。雷みたいな閃光が、わたしたちのすぐ傍を突き抜けて、ゲルダさんのお家を抉った勢いのまま海のかなたへ。風圧で海水が左右に割れて、まるで道のよう。
「ひ、ひぇぇっ!?」
 ファルマさんは、あわあわとその光景を凝視しています。
 ゲルダさんは、再びスッと杖をこちらへ向けたけれど、急に視線を外しました。そうして、
「チッ。面倒なヤツらが、また邪魔しに来たみたいだね――先に信者どもを復活させておくか」
 茜色の空を、西へと飛んで行ってしまいました。

(た、助かった……のでしょうか?)

 わたしは、お馬さんにもそういうことがあるのかは分からないけど、腰が抜けてしまったみたいで。
 その場にいた誰も、動けず、立ち上がれずにいました。
 数分のことだったのか、それとも長い間、放心してしまっていたのか――そんなわたしの耳に、

「姫様ー!!」
「ゲルダぁあああああ!!」
「ミーティアやーい!!」

 遠くから、よく知っている声が聞こえてきました。
 最初は、皆のところへ帰りたいと思うあまりの幻聴かしらと思ったけれど、だんだん声は大きくなって、たくさんの足音も。
「いたいたいたぞ! 馬姫様だっ!!」
「なんだありゃ? ゲルダのアジトがぶっ壊れてる!?」
「なんじゃ、馬車がボロボロではないか! ミーティアよ、怪我は無いかっ?」
 駆けつけて来た、エイトがホイミをかけてくれて。
 ユリマさんがマホカトールで、人間の姿に戻してくれて。
 わたしが皆に、なにがあったかを説明している間に、ククールさんは、ローディさんたちに回復魔法をかけてあげて。
「じゃあ、なに? 今度はゲルダさんが杖に操られて!?」
「やっぱりマホカトールの効力、切れちゃってたんだ……」
 真っ青になるユリマさんを慰めるように、ククールさんが片手を振りました。
「どのみち魔方陣から杖を出した時点でアウトだ。ユリマちゃんに非はねえよ」
「そうじゃ! 悪いのは姫をかどわかしおった酔いどれキント! そして元はといえば、トロデーンから杖を盗んだドルマゲス! おぬしが責任を感じる必要は無いからの」
「無い訳あるか! 盗まれんなよ、そんな物騒なモンを!」
「なによ。盗品だって知って売り買いしてる、あなたたちの自業自得でしょ? こっちは、ちゃんと悪影響が出ないように封じてたんだから」
「な、なんだとお!?」
 目を覚ましたばかりのローディさんが、どしんと一歩、彼女に詰め寄りました。ご自分の二倍はありそうな体格の男性を前にしても、ゼシカさんは負けずに睨み返しています。そんな二人を、
「事実だろうが! カタギの人間からどう思われたって、文句言える立場じゃねえだろ」
 押し留めたヤンガスさんが、真っ青な顔で呻いて。
「とにかくゲルダを追いかけて止めねえと、このまま放っておいたら人殺しになっちまう」
「はあ? 寝惚けてんのかヤンガス? ゲルダ様は凄腕の盗賊だぞ。盗みはしても、殺しなんかやらねえよ」
「だから、今は杖に操られてんだよ! 姿形はゲルダでも、意識は暗黒神ラプソーンって野郎に支配されてんだ。あれを前に持ってた野郎は二人も殺してる!」
「姫様。飛び去ったというゲルダさんは、どっちへ?」
「西に。夕陽の方へ――」
「西……なら、ドルマゲスが言ってたとおりだ。ベルガラックのドン・ギャリングが標的にされる可能性が高い」
「おい、おまえら船を持ってんだろ! ゲルダを追いかけるぞ、すぐに出港準備しろ!」
「なんで、おまえに指図されなきゃならねえんだよ!」
「張り合ってる場合じゃねえだ! ローディ!」
 ケンカになりそうなヤンガスさんたちの間に入ったのは、今にも泣きそうな表情のファルマさんでした。
「おまえは気絶してたから知らないだろうけど、オラは見たんだ! あの杖を持ったゲルダ様が空ぁ飛んで、オラに攻撃しようとして、アジトも壊しちまった――この馬――じゃない、娘っ子が庇ってくれなかったら、オラたぶん死んでた。ありゃ、確かにゲルダ様じゃねえよ」
 ぷるぷる震えている彼を見下ろして、ローディさんは困ったように腕を組んで俯きました。
「まあ冗談にしちゃ、この惨状に説明がつかねえよな。だったら頭数が多いに越したこたねえだろうし……まず無事だった食料ぜんぶ船に積み込むぞ。おい、おまえらも手伝え!」
「はい、お願いします!」
 エイトが真っ先に頷いて、皆はバタバタと動き出しました。
「おい、ヤンガス! おまえ確かパルミドの宿に予約入れてたろ、取り消して来い」
「あ、ああ、そうだった! 晩飯もフロントで預かってもらってんだよ」
「皆は出港準備を進めててくれ。オレは、こいつをパルミドで下ろして、ちょっとマイエラの様子を見てくる。西へ向かったと見せかけて、引き返してくる可能性もゼロじゃないし――話の途中でユリマちゃんが来たもんで、院長に頼むの忘れてたんだよ。法皇様に、賢者やら封印のこと聞いといてもらう件」
「分かった!」
「この人数で西の大陸か……まあ食料や水も、さっき買い込んだ分でどうにか足りそうだな」
「馬車の修理もしなきゃよね、これじゃ使い物にならないじゃない」
「材料なら船にあるべ。航海中にやってやるよ」
 さっきまで口論していた人たちも、それは水に流して共同作業を始めました。
 けれど船では、いくら急いでも、飛んで行ったゲルダさんに追いつくには数日かかるでしょう。今は、被害者が出ないことを祈るしかないですね――



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そんなこんなで当サイトではゼシカじゃなくて、ゲルダ姐さんが乗っ取られました。しかしゲルダの子分たちには名前が無いようで……不便なんで勝手に付けます。荒くれマスクさんと、農夫さん。roudy&farmerで。