NEXT  TOP

† 海を渡った、その先に †


「わ〜! あなた、器用ねぇ」
 だいぶ元通りになった馬車を見上げて、感心しているゼシカ。
「へへっ、材料さえありゃあ大概のモンは直せるだよ」
 幌の入り口部分を繕いながら、ファルマさんは得意げに鼻の頭をこすりあげた。

「あー、風向きを気にしなくていいって楽だなぁ。これなら思ったより、だいぶ早く目的地に着きそうだ……しかし魔法で風なんて起こせるんだな。すげぇな、おまえ」
 船尾には、帆に向けて片手を翳したククールさんの姿。
「ある程度熟練した、バギ系の使い手なら誰でもやれると思うぜ。しばらくはオレが進路を守っとくから、あんた寝てろよ」
「あー、じゃ頼むわ。一眠りしたら、後は俺が舵を切るからよ」
 甲板に寝転がったローディさんは、すぐにぐうぐうと鼾をかき始めて。

「 “先に信者どもを復活させておく” ――ですか」
「ええ。確かに、そう言っていたわ」
「うーむ。大昔にであれ神と崇められていたなら、教徒もおったろうが……具体的に、なにをどうするつもりなのか?」
 船首に描いたマホカトールの魔方陣内、消沈した面持ちで座っているミーティア姫様の傍で、行く手に魔物がいないか警戒しているエイトさんたち。
「ククールの話では、今のところマイエラには異常が無かったと言うし。すぐさま賢者の末裔が襲われずに済むこと自体は助かる、とはいえ素直に喜んでもおれんのう」
 溜息をつく陛下に、思案顔を上げたエイトさんが切り出す。
「ベルガラックに到着した時点で、まだ何事も起きていないようなら、僕かククールがパルミドに飛んで――情報屋さんに、暗黒神を祀る人々が今も存在するか、いないなら過去、どこにいたかを教えてもらおうと思います」
「そうじゃな。ラプソーンも一度、ユリマの魔法で封じ込められたことで、わしらを警戒しておるだろう。なんとか先回りせんとなあ……」

 夕方、ゲルダさんの隠れ家に辿り着いて、姫様を見つけたまでは良かったんだけど――嫌な予感、的中。杖の封印は解けてしまっていて。
 追いかける為に水や食料、日用品を “麗しの貴婦人号” にバタバタ積み込んでいる最中、ローディさんたちとは別行動してたっていう子分さんたちが帰って来て、辺りの惨状にビックリ仰天。
 事情を伝えて、半壊しちゃってる隠れ家の修理と、留守は彼らに任せることに決まって。
 私たちは船に乗り込み、西の大陸へ向かっているけど……ラプソーンに意識を乗っ取られたゲルダさんは、どこへ行ったか分からない。
 ククールさんがドルマゲスさんを問い質して、次にターゲットにされそうな人物の目星は付いてるけど、それが当たっていたとしても対処が間に合うの? マイエラ修道院のときは、相手も私のことなんか知らなかったろうから、ぶっつけ本番の未熟な魔法でも命中したけど――
(あーあ、もっと魔法使いとしての修行をしてたら良かったなぁ……)
 自分が、こんなふうに旅に出るなんて。実際に習った魔法を使う必要に迫られるなんて思ってなかったから――どれも知ってるだけ、一応は使えるだけ。
 後悔したってどうにもならないし、今から頑張るしかないんだけど。

 船内は、個人の船にしては立派な造りで、キッチンも整頓されていた。
 今日の私の仕事は、晩ごはんのお片付け。
 ……といってもメインはパルミドの、お惣菜屋さんのお弁当だったから (8人分頼んであったのを9人で分けて、足りない人はパンを食べたりした) 使ったコップやフォークを洗うだけ。人数が多いといっても簡単だ。
「嬢ちゃん、食った後のゴミは、これで全部だと思うでげすが――どこに置いときゃいいんでがしょ?」
「あ。ありがとうございました。そこの扉の奥がゴミ置き場らしいです」
 洗い終わった食器を、ふきんで拭きながら指差すと、
「おう、ここでがすな」
 ゴミ袋を扉の中に放り込んだヤンガスさんは、
「今日は、アッシの所為で疲れさせちまって面目ねえ。嬢ちゃんは、早く休むんでげすよ」
「いえ、私の方こそ力不足で……でも、ありがとうございます。お先に失礼しますね」
「おう! 船の警備は、アッシが兄貴らとバッチリやっとくでがすから」
 にかっと笑うと、甲板の方へ戻って行った。だけど普段の明るさと違って、無理して笑っている感じだった。

 晩ごはんの最中も、誰からともなくゴメンナサイ合戦になっちゃったんだよね――結局、全員悪い、連帯責任、ゲルダさんを解放して杖を封印するまで協力し合おうって結論に落ち着いたんだけど。

 ヤンガスさんの知り合いだけあって、盗賊とはいえ話の分かる人たちで、ミーティア姫様が本当は人間だって分かると目を丸くしてたけど、
『ゲルダ様に、人買いの趣味は無ぇからな。ファルマも、その姉ちゃんに助けてもらったらしいし……ただ、俺たちが勝手に返してやる訳にもいかねぇ。とりあえず、キントの野郎から回収したって金はもらっとくぜ』
 ローディさんは、そう言って肩を竦めた。
『これで、この船に乗ってる間――ゲルダ様を見つけるまでは、一時的に自由の身ってことにしてやる。あとは、あの人を無事に助け出したら直接交渉しな』
 そう、体調を万全にしておいて、なんとか助けなくちゃ……どうか、間に合いますように。

×××××


 ――気づけば、空を飛んでいた。

 海の上を、すいすいと……まるで鳥みたいに。
 景色だけを見れば心地良い夢なのに、妙に浮かない気分だ。

(夢の中でくらい楽しく過ごしたいもんだよ、まったく)

 うんざりする意識と裏腹に、夢の中のあたしは、月も星も見えない曇った夜空を飛んでいく。頬をなぶる風は、ほんのり冷たい――夢でも、暑い寒いの感覚ってあるものなんだね?

 やがて大海原に、ポツンと浮かぶ小島と、遺跡のような建物が見えてきて。
 あたしはふわりと、その荒れ地に降り立った。
 扉の向かいに立っている尖塔型の石碑には古代文字でなにか書かれているようだ。加えて、不自然な丸い窪み……たぶん、なにかを嵌め込む仕掛けになってるんだろう。

 あたしは石碑の横を素通りして、遺跡の中へ入っていった。
 入り口までは青紫の靄が立ち込めて視界が悪かったけど、足を踏み入れてしまえば壁沿いに明かりが灯っていて、歩き回るのにまったく支障ないレベルだ。
(……魔力が働いている遺跡だね)
 管理する者もいないのに光源が保たれている、そういった場所には年代物のお宝が眠っていることが多い。
 しかも古びて崩れた部分もあるものの、やたら立派な造りだ。遺跡というより、神殿と呼んだ方がしっくり来るかもしれない――不気味な像に囲まれた大広間に出ると、ぼうっと光る青白いもの――?
「オオーン オオーン……。何千年も破られることのなかった暗闇の結界が、ついに破られてしまったのか? なぜ、ここに生きた人間が……?」
 外見は、さまよう魂そのものだけど、襲い掛かってくる様子は無い。
「ここは我らの崇めるラプソーン様の、復活の日を願って建てられた神殿……暗闇の結界は、異教徒どもから、ここを守る為のもの」
 ゆらゆら揺れながら、泣いているような声で囁く。
「その結界が破られたということは、異教徒どもが神殿を汚しに攻め入って来たというのか……?」
 そいつに向かって、あたしの唇は勝手に妙な言葉を紡いだ。
「破られちゃいないさ。あたしが入れた理由を知りたいなら、付いて来な。何千年も待っていたんだろう? 暗黒神の復活を――五感を取り戻させてやるよ。新たな肉体を与えてね」
「……ま、まさか……おまえ、いや、貴方は……!?」
 さまよう魂の声色は、困惑から驚愕に変わり。
 ゆらゆらと、あたしの後を付いてくる。

 大広間を出て、入り組んだ回廊を進んだ先にあったレバーを動かし、さらに階段を降りていくと、今度はメラゴーストと思しき炎が見えた。

「オオーン オオーン! どうしたことか? とても懐かしい、ラプソーン様のお力を感じる――」
 メラゴーストは、あたしの周りを猫のようにクルクルと回る。
「ラプソーン様? この世界に、お戻りになられたのですか!? ああ、肉体を持たぬ私には、お姿を拝見することが出来ない……」
「この状態でも神の波動が分かるとはね。おまえは生前、神官だったのかい?」
「は、はい! では、やはりラプソーン様? 再臨なさったのですか!?」
「いいや、この忌々しい神鳥の杖に閉じ込められたままだよ。ただ、賢者の末裔、二人分の呪縛は解き放った――残りの連中も、さっさと殺したいところだがジャマな奴等がいてね。先に、おまえのような信者たちを黄泉返らせておこうと、ここへ来たんだ」

 喜ぶ魂たちを引き連れて、茨が伝う奥へ進むにつれて、レバーを動かす仕掛けはどんどん複雑になっていく。通路が沈んだり、逆にせり上がって、行き止まりに見えてた部分とくっついたり。
 そうして降りていった階段の踊り場で、またメラゴーストもどきに出くわした。

「生ある者よ。見よ、あの壁画を……! 世に暗黒をもたらす為に戦われたラプソーン様の、勇姿を描いたものである」

 妙に偉そうな声に従って、なんとなく見上げた壁には――角が生えた魔王っぽいモンスターと一緒に、燃えている城や、ギガンテスやゴーレムみたいな魔物の群れが描かれていた。
「かつてラプソーン様は暗黒の世界を作るため、我らに従わない者どもの屍で、大地を埋め尽くそうとなされたのだ」
 なんだ? さっきから、この魂たちが騒いでる “ラプソーン様” っていうのは邪神ってことかい?
 ……で、あたしがソレって話? 夢は深層意識の現われだって聞いたことあるけど、どんな脈絡だよ。
「なにを偉そうに、馬鹿者めが!」
「ラプソーン様の波動も感じられぬ分際で――」
「な、なんだと?」
「ほどなく暗黒神、完全復活の時が来る! 嘘だと思うなら共に来るが良い!」
 あたしが無言のままでも魂たちが勝手に話を進めて、そいつも列に加わった。まったく……悪趣味なカルガモ親子だね。

 あたしは歩き続ける。
 今度は二体の、馬鹿デカイ像が目立つ場所に出た。

「オオーン オオーン……。この奥に、ラプソーン様を祀る暗黒の祭壇があるぞよ。壁に描かれし、憎き鳥レティスの翼を奪った者だけが、ラプソーン様のお傍に近づくことを許されるのじゃ」
 そこにいたオレンジ色の炎は、ふらふら揺れながら嘆いた。
「じゃが、肉体を失った、わらわには悪鬼の像を動かすことが出来ぬ。口惜しや、口惜しや……」

 あたしは愚痴には応えず、螺旋状の通路を伝って右側の像に近づいた。
 その足元には、くすんだ赤と青のボタンみたいな丸い石。
 赤い方を踏みつけると、驚いたことに、像がズシンズシンと足踏みしつつ回転を始めた。しかも目から赤い光線を迸らせて――壁に当たる光の位置は、どんどんズレていって、さっきとはまた違う壁画を指し示した。
 右側に描かれている物体は、マントを羽織った人影のようにも見えるけど、なんだかよく分からない。
 左側にいるのは翼を広げた鳥と、大きさや服装もてんでバラバラな、七人の……人間みたいだ。
 赤い光が鳥の羽に当たったところで、あたしは身を翻す。すると像は動きを止めた。

 隣の像へ移動した、あたしは今度は青い石の上に乗る。
 さっきと同じように像が回転して、赤い光が鳥の羽に当たった――途端、壁画の鳥は、熱した金属みたいに黄金に輝き始めた。
 二体の像から放たれる赤かったはずの光も、いつの間にか金色に変わり、一際まばゆい光を放つなりスッと消え失せる。
 次いで、鳥の輝きも途切れ、代わりに眼下の床に変化が起きた……隠し階段?
「おお? 開いた? 何千年ぶりに開いたのか? ラプソーン様のお傍へ行く為の扉が!」
「ああ、そうだ。あの方のお役に立ちたいなら、我々と一緒に来い」
 勝手に仲間を増やしている魂たちは放って歩き出すと、嘘だ本当だと言い争いながら、わらわらと後を追って来た。

 開け放った大きな扉の先には、一瞬、墓地かと思うような――大量の蝋燭が灯る空間。

 天井には薄青い泉のような光源と、そこから釣り下がった悪趣味なシャンデリアみたいな球体。なんだ、こりゃ?
「さて、と……今の魔力で何体、呼び出せるかね?」
 あたしが戸惑っている間に、夢の中のあたしは右手に握っている物を翳した――杖? これ、どこかで見たような――
「懐かしき闇の世界に住まう、身を引き裂くような激しい悲しみを捧げる者たちよ……!」
 頭上の球体が揺らぎ、黒い鏡のように何処かを映し出す。

 牢屋に繋がれ項垂れている、黒髪の男。そいつを鉄格子越しに胡乱げに眺めている連中は、聖堂騎士団の制服姿だけど、どいつもこいつも黒服だ――確か、あいつらは青で統一されてなかったか?
 映像が切り替わる。
 けっこう立派な内装の部屋で、アンティーク調のイスに座っている、人形みたいに無表情の娘。
 黒髪、白い肌、黒い服。顔だけ見ると幼いくらいなのに、豊かな胸元がやたら目立つ。年齢不詳の外見だった。
 そいつとよく似た風貌の中年女が、険しい表情でなにか言っているが、娘はピクリとも動かない。さらに森をうろつく浮浪者っぽい男や、やたら立派な身なりのデブなんかの男女が数人映るけど、どれも奇妙に色が無い光景だった……不気味なくらい、白か黒だけ。

「使い勝手が良さそうな器は、こんなところか――これより、この者たちを召還する。それぞれ波長が合うものに憑くが良い」
 杖から光が迸る。
 さっき見えた連中が唐突に、その場に現れて。
 呆気に取られているそいつら目掛け、魂どもが殺到する。

「……うわあああっ!?」

 魂たちの姿が吸い込まれるように消えた後、そいつらは頭を抱え、地面を這うようにのた打ち回り始めた。
「今の魔力じゃ、まともに動けるようになるのは、せいぜい二人だろう。だが、残る賢者のうち三人は、余命も知れた爺婆のようだ。なにもしなくても、いずれ神殿は魔力で満たされる――身体を支配した者から、末裔の抹殺に動け」
 発狂したとしか思えない形相は、正視に堪えない痛々しさだったけど、夢の中のあたしは足元に転がる男女を見下ろし、鼻を鳴らして笑う。
「もっとも、うち一人は今から、あたし直々に殺しに向かう。ジャマさえ入らなければ、おまえたちの出番は無いだろうけどね」



NEXT  TOP

ラプソーンって部下らしい部下いなかったけど、闇のレティシアにはゲモンがいたし、あっちの世界には他にも忠臣がいたのかな?
しかしオリジナルモンスター考える技量は無いんで、まず良く似たモノクロ別人マルチェロとゼシカを召還してみる。黒マルチェロはクーデター?計画バレて捕まり死刑寸前、黒ゼシカはやっぱり兄さん殺されて廃人状態なイメージ。他は誰を出そう……。