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† ベルガラック †


 西の大陸へ向かう道中、何度も海のモンスターと戦闘になったけど、片っ端から蹴散らして。
 ククールが頑張って追い風を起こしてくれたおかげで、あと1時間もあればベルガラックに辿り着けるだろうと、航海士を務めるローディさんが教えてくれた。

 一般的に、陸の魔物より強いと恐れられている海獣たちが、たいした脅威にならなかったのは――僕らの戦闘能力も上がってはいるんだろうけど、懐事情的に到底、買えないような武器や防具のおかげだった。
 シルバートレイは、ゼシカの不安要素だった防御力を。疾風のリングは、ヤンガスに欠けていた素早さを補ってくれたし。
 杖をルーンスタッフに持ち替えたユリマさんの、攻撃魔法の威力は目を見張るほど。
 ククールがプラチナヘッドを装備したことで、長旅をするには生命線ともいえる、回復魔法の使い手が倒れてしまう危険も激減した。
 ついでに僕も、パワーベルトのお陰で物理攻撃力が上がっている。
 これ全部、パルミドのカジノで少し遊んだっていうヤンガスたちが、手に入れた景品なんだよね。いや、正確には……ゼシカとユリマさんの戦利品で、彼は見物してただけらしいけど。

「アッシは、ギャンブルにゃ向いてないんでげすよ。若い頃、何度か挑戦したんだが、すっからかんになるだけでがした」
 頭を掻きつつ首を振る、ヤンガスの傍で。
「えへへっ、得しちゃったよね」
「運に頼る部分も多いだろうけど、けっこう頭も使うものなんだねー」
 女の子たちは、初体験だったらしいカジノの思い出話に花を咲かせている。
「ビギナーズラックってヤツか――なんにせよ、たいしたモンだよ。こんな状況でなけりゃ、ベルガラックには世界最大規模のカジノがあるんだけどな」
 さっきまでヤンガスや僕と、新しい武具の性能に舌を巻いていたククールは、残念そうに空を仰いだ。
 あーあ、本当に……あのとき情報屋さんに話を聞きに行くのは皆に任せて、僕だけでも姫様の護衛に残っていたら。こんな、ややこしい事態にはならなかったろうし、ゼシカたちの戦利品だって、もっと増えてたかもしれないのに!
 出航した晩、連帯責任だから蒸し返すことは止めよう、協力してゲルダさんを救出しようって話に落ち着きはしたけど、やっぱり自分の迂闊さが悔やまれる。

「だけどベルガラックで、ゲルダさんを見つけたとして……どうにかして杖から手を離させなきゃなんだよね?」
「下手すりゃ一緒に、信者とかいうのも出てくるかもしれないな」
「少しでもゲルダの意識があるんなら、こいつをやるって言やあ反応すると思うんでがすが」
 僕らの会話に応じて呟いた、ヤンガスが懐から取り出した宝石に、ファルマさんが飛び上がった。
「ありゃっ? 嘘だろ、“ビーナスの涙” !?」
「おまえヤンガス、どうしたんだソレ!?」
 同じく叫んだローディさんの顔は、覆面に隠れて見えないけど、
「剣士像の洞窟から持って来たに決まってるだろ。兄貴たちのお陰で手に入ったんだよ」
「あんなトラップだらけの、今まで、どんな凄腕の盗賊も寄せ付けなかったお宝を――こんな馬鹿力と体力しか取り柄の無ぇ野郎が!?」
 ひえぇ、ひぇえと上擦った声で繰り返し、僕らを見回しながら言う。
「す、すげえな、あんたら」
「そう! 兄貴は偉大なお人なんだよ!!」
 なぜかそこで胸を張るヤンガス。慕ってくれること自体はありがたいけど、恥ずかしいから、やたら持ち上げるのは止してくれないかな……。
「良かった〜、あの馬――いや、姫さんに手荒な真似してなくて。まあ、べつに動物をいたぶる趣味は無ぇけど」
「ああ。その点は、こっちも安心だったぜ」
 ヤンガスの相槌に 「ケッ」 と舌打ちしたローディさんは、ぶつぶつ言いながら舵取りに戻っていった。代わってゼシカが、
「本当に、キレイよね……」
 ヤンガスの手元を覗き込み、あらためて感想を口にする。
「私、宝石なんかには、あまり興味の無い方だったんだけど、これには心を奪われちゃうわ」
 僕なんて欠片も興味ないけど、それでも確かにキレイだと思う。ミーティアが身に付けたら、きっと似合うだろう。

 話が一段落して、それぞれ船上での担当業務に戻り――船尾に立つのが見張り番である僕らだけになって、しばらくした頃、
「……兄貴、実はね。アッシが昔あの洞窟に挑んだのは、ゲルダのためだったんでがすよ」
 ヤンガスが、どこかしんみりした声音で切り出した。
「今でこそ、あいつとは単なる商売敵でしかないんでげすが、あの頃はアッシも青くてね。ゲルダの奴も、まだそんなおっかない感じじゃなくて――正直、ちょっと憧れてたんでさ」
 青い宝石をボンヤリと見つめながら、遠い眼をして。
「それで、あいつが欲しがってたビーナスの涙を取りに行ったんですが、結局ケガして逃げ帰るだけでがした」
 会いに行くことを妙に渋ってるから苦手な相手なのかな? くらいに思ってたところへ、意外な打ち明け話。
「まさか今になって、こんな形で手に入れることになるたあ、思いもよらなかったでげすよ」
 好きな人だったんだ……過去形、なのかな?
「もしあの時、首尾よくこの石っコロを手に入れてたら、どうなってたんでがしょうねえ――」
 なんて相槌を打てばいいのか分からなくて戸惑っていると、べつに返事が欲しかった訳でもないらしくて、
「……おっと、今の話は他言無用でがすよ。アッシの苦い青春のメモリーでげす」
 我に返ったように僕を見上げたヤンガスは、恥ずかしそうに笑いながら、青く光る “ヴィーナスの涙” をそっと懐に戻した。
 失恋 (?) してても彼にとっては大事な人みたいだし、だったら、なおさら無事に杖から解放してあげなきゃ――

 そうこうしているうちに船は、ベルガラックに最も近い海岸線に着いた。
「俺もゲルダ様を探しに行きてぇが、さすがに船を無人にしたまま置いとけねえし、ファルマには航海技術が無いからな……」
 悔しそうにしながらも、ローディさんが船番を引き受けてくれて。
「頼んだぞ」
 僕らはファルマさんと一緒に、西の大陸に降り立った。

 その日のうちに辿り着けたベルガラックでは、今のところ、なんの騒動も起きていないようで、ひとまず胸を撫で下ろす。
「じゃあ、先に暗黒神の信者について調べてみないとね」
「ああ、そうだな。せっかく人数もいることだし、二手に分かれて動いた方が効率も良い――とりあえずオレがヤンガス連れて、情報屋のとこ行って来るよ」
「アッシは、兄貴と一緒がいいでがす」
 ヤンガスの控えめな抗議に、呆れ顔で応じるククール。
「駄々こねんな。ただでさえパルミドで騒ぎになった後だ、エイトは、姫様を置いて別の街には行きたくないだろ。情報屋の居場所はだいたい覚えてるけど、一人であの街うろついて、キントって野郎の同類に絡まれるのは御免だぞ? オレだって、どうせならゼシカやユリマちゃんと出歩きてえよ」
「ううっ。分かってるでげすよ……」
「ギャリングの屋敷は元々、厳重に警備されてるみたいだし、なにも起きてない以上、杖がどうこう訴えたって取り合ってくれる訳ないからな――おまえらは街を散策して、どこになにがあるか把握しとけ」
 そう言い残して、ククールたちはルーラで飛び去った。

 僕らは、上空を警戒しつつ、初めて訪れた立派な街を歩き回ってみる。

 洒落たフェンス、白い壁のキレイな建物が立ち並ぶ大通りには、ほとんどゴミも落ちてなくて、まめに掃除されているんだなあと感心してしまう。
 教会、武器や防具、道具屋も当然のように揃ってるし。
 風に揺れる街路樹の緑が、目に優しい。
 テラス席もあるレストランや、ベンチの設えられた噴水公園でくつろぐ人々。
 そこから見える大きな門と、奥に見えるお屋敷がギャリングさんの家らしいけど――門番は当然、余所者を通してはくれなかった。
 それから、宿屋っていうより……ホテル? リゾートホテルって呼ぶのかな? 廊下には絵なんか飾られていて、どこかの城だと言われても違和感ないくらい豪華な宿泊施設の、地下には劇場とバーがあって。
 隣接するカジノの賑やかさときたら、圧倒されて言葉が出ないくらいだった。
 もちろんトロデーンだって立派な城だけど、こういう目がチカチカしそうな派手さとは無縁だったから、なんだか少し落ち着かない。ああ、早く帰りたいな――

「キレイな街。ヤンガスには悪いけど、埃っぽいパルミドとは正反対ねぇ……」

 騒々しい音と人々の熱気に面食らいながら、ゼシカの呟きに相槌を打とうとしたとき、
「お、なかなか美しい娘だな」
 不意に、知らない声がした。
 振り返ると、ポーカーテーブルのひとつに座った、ずいぶん立派な服装の男性が身を乗り出すように、こっち――っていうか、ゼシカを手招きしている。
「こっちに来い来い酌をしろ。なんでも欲しいものを買ってやるぞ」
 酔っ払い特有の赤ら顔、伸びきった鼻の下……どこ見てるのさ?
 まだ子供みたいにも見えるし、おじさんだと言われればそんなふうにも思える――すごく太っているから、ちょっと実年齢が分かりにくい感じだった。
「遠慮しとくわ。私、人探しで忙しいの。だいたいお酒ぐらい自分で注いだら? こんな真っ昼間からアルコールの匂いなんかプンプンさせて、良いご身分ね」
「なっ、なんだとお!? おまえ、ぼくを誰だと思って……!」
 ガタッと椅子を蹴立てた男を、大慌てで抑えにかかる、後ろに控えていた護衛と思しき格好の一団。
「王子、その娘はカジノの従業員ではありませんよ!」
 お、おうじ?
「トロデーンの姫君を王妃として迎える日も、そう先のことではないのですから。もう少し節度ある振る舞いを心がけください」
 渋い顔で宥める先頭のおじさん相手に、王子と呼ばれたその人は、口を尖らせて文句を言った。
「だから、その日取りはいつ決まるんだ!? 婚約者、婚約者って、たいそう美しいと噂だけは聞くが、会うことも出来んじゃないか!」
「ですから、それはチャゴス様が、無事に儀式を終えさえすればすぐにでも――」
「嫌だ! 誰が、なんと言おうが、たとえ結婚が無しになろうとトカゲだけは嫌だー!!」
 頭を抱える護衛たち。癇癪を起こしたように地団太を踏み、ぎゃあぎゃあ騒ぐチャゴス……王子。
 認めたくない、見なかったことにしたいけど、あれだよね? ミーティアの婚約者、サザンビークの王子って、よりにもよって。
 明るいうちからカジノに入り浸って出来上がって、通りすがりの女の子にセクハラ紛いの誘いをかける、しかもトカゲが嫌だとか駄々こねてる――こんなヤツ?

「ど、どうしたの? エイト」

 無意識に顔が引き攣り、乾いた笑いも漏れていたみたいで、気づけばゼシカとユリマさんが心配そうに、左右から僕を覗き込んでいた。
 ファルマさんも訝しげに、僕とサザンビーク御一行を見比べている。
「ファルマさん、皆も……ここにいる人たちはゲームに夢中だろうから、もしゲルダさんを見かけてても覚えてる可能性は低いし……もう外に、出よう」
 たとえ王子の人柄や素行がどんなでも、僕は意見できる立場じゃない。
 そもそも今は、ゲルダさんを探し出すことが最優先だ。いつまでも建物の中にいちゃ、敵が現れたとき気づくのが遅れてしまう。
「そうだなあ。飛べるんだから、きっと飛んで来るべ」
 頷いたファルマさんが出口へ向かい、僕らも踵を返した。
 王子たちは、まだ騒いでいて、周りのお客さんやバニーガールがこっそり迷惑そうな視線を向けている。そりゃそうだよね。煩いけど、王族相手じゃ文句も言いにくいはず。カジノにとっては、お得意さんだろうし。
 だけど、それにしたって――無事に呪いが解けて元の姿に戻れても、ミーティアを待っているのは、あんなのとの結婚? ちょっと酷すぎるよ!?
 なにかの間違いなら良いのに……ああ、でもサザンビークの王子は一人っ子のはず。
 彼らが身に付けていた紋章も、確かに王家のものだった。この街は、サザンビークからも近いし――

(……そうか、だから)

 ミーティアは、もうすぐ18歳になる。
 一般人なら、まだまだ生家で暮らしてる年頃だろうけれど、跡継ぎを期待される王族としては、もうとっくに適齢期に達しているのに、定められた婚約者がありながら、まだ輿入れの日取りさえ決まっていないのは――彼女を溺愛している陛下が、まったく娘の結婚を焦っていないからだと勝手に思っていたけれど、先方にも事情があった訳だ。
 サザンビークの王族が代替わりする際、ある試練を受けなきゃならないって話は聞いたことがある。そうして自ら手に入れた宝石を、花嫁に贈る結婚指輪にするんだと。
 それを渋って拒否する王子、しかも言動があれ。加えて、ヤンガスに悪い気がするから指摘したくはないけど、自己管理が出来てないことが丸分かりな、あの体型……そりゃ、せめて儀式くらい終わらせてなきゃ急かしにくいよね。当の王子が、一人前の男になったと認められてないんだから。
 現国王・クラビウス陛下が立派な人だとは、よく噂を聞くから、その子息も好青年なんだと思っていたのに――チャゴス個人に関する話がトロデーンまで届いていなかったのは、きっと悪評が広まることを懸念した家臣たちが、意図的に噂を遮断していたんだろう。

 なんか、ただ歩いただけなのに、どっと疲れた……。



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チャゴス登場ー。ギャリングが襲われなければ、カジノは営業してるはずだから、ここに入り浸っててもおかしくないでしょう。しかし結婚させる予定なのに、すっかり大人になるまで引き合わせもしてないって……変な制度。パヴァンとシセル王妃の結婚式あたり、諸国の王族が招待されたりしなかったのか?